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第21話 敗戦国の王都

 魔王軍に敗れ、占領した街。

 かつてヤミナルが王族として治め、愛していた故郷。

 今は俺の支配下にある。


「やはり……街の損壊が酷い……あの美しき王都が……」

 

 俺と共に乗った馬車の中、ヤミナルが悲痛な顔でそう呟いていた。

 馬車の揺れが止まり、街の門が見えてきたとき、ヤミナルは無意識に拳を握りしめていた。 横顔に浮かぶ痛々しい表情は、隠しようがない。 胸が軋むような表情。

 その目で愛する故郷の現状を見るのが怖いのだろう。

 侵略された街。

 蹂躙された民。

 焼かれ、奪われ、辱められた痕跡が、そこかしこに残っているはずだ……と思っていたんだろう。

 まあ、実際俺も最初はそうするつもりだったしな。

 だが、馬車を降りて、街の通りに足を踏み入れた瞬間、ヤミナルは言葉を失った。 ポカンと口を開けたまま、立ち尽くしている。


「……んん?」


 そう、確かに街は傷ついている。

 崩れた建物。

 焦げ跡の残る壁。瓦礫の山。折れた街灯。戦の爪痕は、確かにそこにある。

 だが、民たちは絶望していなかった。


「よし、こっちは終わったぞ! 次は広場の方だ!」

「水の供給は安定してきた。あとは食料の分配だな」

「魔王軍の兵士さん、こっちの荷物、手伝ってくれませんか?」


 泥にまみれながら、汗を流しながら、互いに声を掛け合いながらこいつらは前を向いていた。


「……ああ、分かった。持つぞ」

「コレはこちらに運べばよいか?」


 俺の部下の魔王軍の兵士たちも、そこにいた。

 確かに距離感はある。警戒もある。

 だが、敵意はなかった。


「そっちの木材、もう少し左に寄せろ。通路が塞がる」

「……了解」

「あんた、釘打ちの手伝いできるかい?」

「やってみよう」


 協力していた。互いに、必要な存在として。

 ヤミナルは、まるで夢でも見ているかのように、周囲を見渡していた。その表情は、驚きと戸惑いに満ちていた。

 そのとき――


「……あれ? あれって……」

「ヤミナル様……!? ヤミナル様だ!!」


 誰かが叫んだ。 その声は、瞬く間に広がった。


「ヤミナル様が……生きてた……!」

「本当に……本当に……!」

「よかった……よかった……!」

「ヤミナル様ぁぁぁ!」


 その声は、涙に濡れていた。

 泥にまみれた手で、瓦礫を運んでいた民たちが、道具を放り出して走ってくる。

 年老いた者も、子どもも、若者も。 誰もが、ヤミナルの姿を見て、泣いていた。

 俺はその光景を、少し離れた場所から眺めていた。 ヤミナルの肩が震えている。  

 泣いてるな。あの強い姫騎士が。


「ヤミナル様……!」

「無事で……本当に……!」


 民たちの声が、次々と上がる。

 俺の隣で立ち尽くしていたヤミナルは、呆然とその光景を見つめていた。

 そして、次の瞬間――


「……っ……皆……」


 涙が、頬を伝った。

 普段はあれほど厳格で、威厳に満ちていた女騎士(最近はエッチ中やキス中は可愛いけど)が、今はただ、泣いていた。

 声もなく、ただ、静かに涙が溢れていた。


「皆よ……」


 震える声で、ヤミナルが言った。


「すまぬ……わらわたちが、不甲斐ないばかりに……この国を……」


 その言葉は、謝罪だった。

 敗戦と滅亡に対する、ただ深い謝罪。

 民たちは、涙ぐみながらも、首を振った。


「ヤミナル様……」

「確かに、国は滅びました。でも……」

「俺たちは、こうして生きてます」

「生きて、働いて、明日を作ってます」

「それは、ヤミナル様がいたからです」

「だから……謝らないでください」


 その言葉に、ヤミナルはまた涙を流した。

 そして、もう一度、頭を下げた。


「……すまぬ」


 その声は、震えていた。

 だが、民たちは、優しく微笑んでいた。

 いい雰囲気だ。 感動的だ。でも、俺は……


「おーい、雰囲気くれーよ」


 つい口を挟んでしまった。

 ヤミナルが振り返る。 民たちも、俺の方を見た。

 俺は腕を組みながら、少し困ったような顔をしていた。


「泣くのはいいけど、作業止まってるぞ。瓦礫、まだ残ってるだろ?」

 

 民たちは、笑った。


「親方、また空気読まないこと言ってる」

「復興隊長、今日はちょっと黙っててくださいよ」

「レイヴァさん、今はヤミナル様の時間ですってば!」


 その呼び方に、ヤミナルが目を見開いた。


「……親方? 復興隊長?」


 まあ、驚くのも無理はねえ。

 何か知らんが、俺はいつの間にか民連中に「親方」とか「隊長」とか、他にも色々と呼ばれるようになってたんだ。 軍団長とか、魔王軍の肩書きじゃなくて、現場での役割で呼ばれてる。 それはやっぱり……


「レイヴァさ~んっ!」


 そのとき、ふわりと甘い香りとともに声がした。

 俺が振り返ると向こうから、エプロン姿を揺らしながら駆けてくる女、シガー。 籠を抱えて、笑顔で走ってくる。


「みんな~、お茶とお菓子、持ってきましたよ~!」


 民たちが一斉に顔を上げる。


「おっ、シガーさんだ!」

「助かる~!」

「このクッキー、前回のよりさらに美味しいって評判だったやつだ!」


 復興作業の空気が、ぱっと華やいだ。

 そしてシガーは俺の前まで来ると、少し息を弾ませながら笑った。


「レイヴァさん、見つけた~♡」

「おう、俺の分の菓子は?」


 俺が腕を組んで言うと、シガーはにやっと悪戯っぽく笑った。


「レイヴァさんのお菓子は、いま、目の前にいますよ~?」


 その言葉に、周囲の民たちが「おお~」と笑い声を漏らす。

 俺はニヤリと笑って、シガーに一歩近づいた。


「これは……うまそうなお菓子だな」


 そう言って、シガーを抱きしめる。


「もぉ、レイヴァさんってば~」

 

 と照れながら、少しだけ抵抗する素振りを見せる。

 だが、その頬は赤く、目は笑っていた。

 これは、もういつでもヤレる!


「ほんとに、もう……人前なのに……」

「人前だからこそ、味が引き立つってもんだ」

「そんな理屈、聞いたことないです~!」


 つか、前までなら凌辱だのなんだの言われてただろうが、もうシガーは完全に俺に心を許してくれてるのか、デレデレだ。もう、今すぐヤリたいぐらいだ。

 民たちも、とくに止めるわけでもなく、むしろ微笑ましそうにしながらお茶を受け取り、菓子を頬張っていた。

 そんな空気の中……


「ま、待て、そ、そなた……こ、これは一体……!?」


 突然、割って入る声。

 振り返ると、ヤミナルが硬直した顔で立っていた。

 目は見開かれ、頬はわずかに紅潮し、言葉がうまく出ていない。

 シガーは、俺の胸元でデレデレしていた顔のまま、ヤミナルの声に反応してゆっくりと顔を向けた。


「……え?」


 そして、次の瞬間……


「ひ、ひめさまあ!?」


 顔が真っ青になった。さっきまでの甘ったるい笑顔はどこへやら、腰を抜かしてその場にへたり込む。


「し、しししし、失礼しましたっ! あの、えっと、これは、その……!」


 シガーは慌てて立ち上がろうとするも、足がもつれてうまくいかない。

 民たちは。


「姫様に気づいてなかったのか」

「そりゃ腰抜かすわ」


 と笑いながらも、少しだけ空気を引き締めていた。

 ヤミナルは、俺とシガーを交互に見つめながら、まだ言葉を探しているようだった。

 その姿が、なんとも初々しくて、俺は笑った。

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