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第15話 ツンデレデレデレデレデレ

 ヤミナルの部屋を出た瞬間、廊下の空気が変わった。

 さっきまでの濃厚な時間の余韻が、扉の向こうで急速に冷えていく。


 そして、目の前に立っていたのは――マキ。


 魔界の姫。俺の中では、うるせえ目の上のタンコブ。

 だが今は、鬼の形相……ではなく、顔を真っ赤に染めた少女が仁王立ちしていた。


「……おや、姫様。こんなところでお待ちとは、何かご用でしょうか?」


 俺はとりあえず敬語で問いかける。

 するとマキは腕を組み、顔をそらしながら言った。


「ふ、ふん。あなたってば相変わらずね。いくら女にモテないスケベだからって、私たち魔族にとっては家畜以下の存在でしかないあんな女を抱いて悦んでるんだから」


 その言葉で理解した。

 あー、完全に見てたな。 覗いてたな、マキ。

 顔真っ赤にして、耳まで染めて、目を逸らしてるくせに、態度だけはいつも通り強気ぶってる。

 俺は一歩前に出て、わざと丁寧に頭を下げた。


「これはお恥ずかしいところを。姫様におかれましては、さぞご不快だったかと存じます」


 マキは腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。

 その顔には、明らかに『優位に立った』という満足感が滲んでいた。


「そうよねえ。いくらあなたが下賤下品な駄犬とはいえ、仮にも誇り高き魔王軍の軍団長。お父様である魔王よりそのお役目を得たあなたが、下等種のメスを抱いて満足してるなんてお笑いだわ」


 うわ、ねちっこ。 嫌味もうざった。しかも『下等種のメス』って、ヤミナルのことか?

 どう見ても女としては魔族人間関係なく至高だろうがよ。


「姫様のご高説、誠にありがたく拝聴いたしました。ご心配いただき、痛み入ります」


 でも、やけに突っかかるな。

  俺が誰を抱いてようが、マキには関係ねーだろうが。 ……いや、待てよ。

 その瞬間、ふと相棒の言葉が脳裏をよぎった。


 そういや、マキって俺のこと好きとかって相棒言ってたよな?


 この姫が俺に? 初恋? べたぼれ? ……いやいや、今のこの姿見せられて、信じろって方が無理だろ。

 目の前で仁王立ちしてるマキは、顔を真っ赤にして、腕組みして、罵倒の準備万端。 その口から出るのは「駄犬」「下賤」「下等種」等。

 相棒を疑うことになるが、やっぱりこれに関しては信用できねえ。

 でも、相棒だけじゃなくてクロカワもこいつは俺に惚れている的な事を言ってたよな?

 そうなると、どうだ? こんな態度だけどこの女、本当に俺に惚れてんのか?


「ええ、そうよねえ。まったくブ男はこれだから憐れねえ。これではシスクがかわいそうで仕方ないわ」


 分からん。

 ちょっとカマをかけてみるか。

 

「そうです。俺のようなブ男は、どれだけ手柄をあげても……こうやって、自分を慰めることしかできないんです」


 マキの動きが止まった。


「……えっ?」


 キョトンとした顔。 罵倒の準備をしていたはずの口が、ぽかんと開いたまま言葉を失っている。


「姫様のような高貴なお方には、到底理解できないでしょうが……結局俺のような男はこうやって自分の気持ちを誤魔化すしかないんです」

「……な、なにを……」


 マキの声は震えていた。さっきまでの勢いが、嘘のように消えている。

 そして俺は続ける。


「俺は死に物狂いで戦ってきました。血を流し、骨を折り、命を削って、ようやく魔王軍団長の地位を得て、そして今回、ついに大功を掴み取りました」


「……………」


「これだけの功績があれば、きっと俺のことを……魔界における我が至高の女神様……ちら☆ も、少しは認めてくださるだろうと思ってましたが」


「ッッッ!!!???」



 そう言いながら、俺はチラリとマキを見た。名前は出してない。だが、言葉の意味は明白だった。

 マキは一瞬、動きを止めた。その目が、俺の顔を捉えたまま、顔を真っ赤にしてメチャクチャ狼狽え始めた。

 頭のいい女だ。こういう婉曲な言い回しには、すぐ反応する。

 俺は続けた。声を少し落として、わざと弱気に。


「でも……俺がどれだけ上り詰めても、所詮は一介の軍人。魔界最高位にあこがれの女神にに届きもしない」


 マキの表情が変わった。腕を組んだまま、視線だけが揺れている。


「あなた様と再会したときの第一声が『駄犬』だった時……身の程を知らなかった自分が恥ずかしくて、同時につらくて……」


 俺は俯いた。肩を落とし、わざとらしくない程度に、静かにスネてみせた。


「……思わず、人間の女を……」


 その瞬間、マキの肩がピクリと跳ねた。


「な、な、な……っ!」


 マキ、効いてる。この反応、完全に動揺してる。


「すみません、姫様。つまらぬ話をしてしまいました。どうかお気になさらず」

「な、なにを……なにを言って……っ!」


 マキは完全にうろたえていた。罵倒の言葉を探してるのに、出てこない。

 目が泳ぎ、足がもつれそうになってる。


「高貴なお方に、俺のような者が想いを寄せるなど、身の程知らずも甚だしいことと、重々承知しております」


 そう言って、俺は一歩下がり、頭を下げた。

 そして、静かに言葉を重ねる。


「どうか、恥知らずの駄犬の哀れで惨めな慰めの光景など、お忘れください」


 そのまま踵を返し、歩き出そうとした。

 その瞬間、


「ま、待って! 待ちなさい、レイヴァ!」


 マキの声が、裏返った。

 いつもの高圧的な調子ではない。

 どこか、必死で、焦っていて、そして弱い。

 足を止めて振り返ると、そこには「魔界の姫」ではないマキがいた。

 腕を組むこともできず、視線を定めることもできず、指先をもじもじと動かしながら、俺を見ていた。


「そ、そこまで自分を卑下しないで……!」


 声が震えていた。


「あなたは……紛れもなく、魔王軍の誇りにして、魔界の英雄。そんなあなたを……魔界の女神は、とっくに認めているわよ」


 あれ?

 俺は思わず、マキの顔を見返した。その言葉は、予想外だった。

  てっきり、また「駄犬」だの「下賤」だの言われると思っていたのに。


「姫様……?」

「そのね……魔界の女神は……」


 マキは言葉を探すように、視線を泳がせた。

  指先をもじもじと動かし、頬を赤く染めながら、ぽつりぽつりと話し始める。


「本当は……すごい恥ずかしがり屋で……勇気がなくて……」

「……?」

「だから……好きな人にも素直になれなくて……嫌味を言ってしまうような……臆病なの」


 その言葉に、俺の胸が少しだけ跳ねた。

 マキは、俺を見ていた。目を逸らしながらも、確かに俺に向かって話していた。


「だ、だから……あなたが女神にいろいろ言われても、それは……女神の本心ではなくて……女神は……本当は、あなたのことを……その、そのぉ……」


 マキの声がかすれた。 言葉が続かない。

  でも、伝えようとしているのは分かる。


「……その……そのぉ……」


 その瞬間、マキは顔を覆った。

 言葉を結局最後まで絞り出せない。

 耳まで真っ赤に染まり、肩を震わせながら、俯いていた。

 だが、さすがにここまで来たら、最後まで言わなくても俺でも分かった。


 マジか?


 相棒の言ってたこと、正しかったのか? マジで? うそぉ?


「……今度は、あなたの番よ」


 マキが顔を伏せたまま、ぽつりと呟いた。その声は小さく、震えていて、でも確かに俺に向けられていた。


「あなたが……地位や身分を気にしているとは思わなかったけど……では……今後、あなたは……女神に想いを伝えない気?」


 俺は少しだけ考えて、正直に答えた。


「……俺も、今はわかんない……です」


 その言葉に、マキは一瞬だけ動きを止めた。そして、顔をさらに赤くしながら、言葉をまくしたて始めた。


「そ、そんなの……だめよ!」

「え?」

「言っておくけど、女神は……本当に、憶病なの! 臆病で、弱くて、素直になれなくて……! きっと、自分からあなたに想いを伝えることなんて……できないのよ! 絶対に! 無理なの!」

「……」

「だからこそ、あなたが……あなたが、いつものように……強引に迫って、押し倒して、自分のものにするぐらい情熱的に……! し、しなさい! そういうの、あなたは得意でしょう!? いつもみたいに、ぐいぐい来て、相手の隙を突いて、逃げられないようにして……!」

「姫様……?」

「な、なによ! 私が間違ってるっていうの!? 違うでしょ!? 女神は、あなたに……その……っ! 実は……いつでも準備万端というか……その……覚悟はできてるというか……!」


 マキは顔を覆いながら、さらに言葉を重ねる。

 

 マジか?


 俺は思わず目を見開いた。

 マキは顔を覆いながら、肩を震わせていた。



「あなたは……いつから女神好きだったの?」


 マキが、唐突に聞いてきた。

 顔はまだ赤いままだけど、声には妙な鋭さが混じっていた。


「えっと……わ、わかんなです……」


 俺は正直に答えた。 嘘をつく理由もないし、今さら隠す意味もない。


「そう、気づいたら……っていうことかしら。あなたのことは幼いころからずっとずっと見続けていたけど私にも気づかない……そんなほのかな想いを……でも、気づいたのなら積極的に行動を起こしなさいよ! 女を犯せるくせに、好きな女は口説けないの?」

「い、いや、あ、で、できるわけないでしょ……女神さまは魔界最高位。俺なんかとは地位も何もかもが違う」


 マキの眉がぴくりと動いた。 でも、俺は続けた。


「多数の許嫁や、俺のようなブ男と違って容姿の優れた方がそばにいらっしゃるでしょうから、俺なんかの想いを知られても迷惑をかけるだけです」


 その瞬間、マキの顔がぐっと近づいた。 目が見開かれていて、怒っているようで、泣きそうで、でも何よりも真剣だった。


「ばか! そんなわけないでしょ!」


 声が跳ねた。マキは拳を握りしめて、俺の胸元を軽く叩いた。


「私は……あなたの気持ちさえ知ってれば、とっくにお父様に全部の見合いも許嫁も門前払いするように言っていたわよ! それこそ、あなたは己惚れていいのよ!」


 マキは一歩、俺に詰め寄る。顔は真っ赤。でも、目は逸らさない。


「魔王軍の軍団長なら、もう何も恥ずかしくない地位だから! 魔王だって、喜んで許可するに決まってるでしょ! 私が……あなたを選ぶのに、誰の許可が必要だっていうの? 私が決めるのよ。私が、私がどれだけ……どれだけ、あなたを……!」


 マキは顔を覆った。

 でも、もう隠しきれていなかった。


「……あなたが、いつ部屋に来てもいいように、お気に入りの下着しか持ってきてないし……毎晩、ちゃんと体も洗ってるし……香りも……その……あなたが好きそうな……だから……だから、もう……あなたから来てよ! 強引に! 情熱的に! 私を、ちゃんと……あなた自他ともに認めるスケベなことが大好きな男なんだから、スケベすればいいじゃない!」


 マキは顔を真っ赤にして、拳を握りしめたまま、俺を見上げていた。


「ちゃ、ちゃんと言ったから! これ以上は言わない! これ以上は男から行動しなさいよ! まま、まっ、待ってるから! 今晩寝ずに待ってるから!」


 その瞳は、涙を浮かべていて、でも――確かに、俺を求めていた。

 この姫、ほんとに分かりやすい。 そして、もう隠す気なんて、微塵もない。

 そう言って立ち去るマキを眺めながら……



「とりあえず、相棒に相談しよ」


 

 ちょっとしたカマかけのつもりがとんでもないものを掘り起こしてしまい、さすがにここからどうすれば分からないので、やはり相棒に相談するしかなかった。

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