第9章
俺の右腕から放たれる青白い光――魔砲へと変形していく様を目の当たりにしても、マルドゥークの態度は変わらない。
むしろ、その口元には、愉悦の色すら浮かんでいる。
「私が真の魔法というものを見せてやろう。神聖にして高貴なる、我々選ばれし者だけが扱える、絶対的な力をな!」
マルドゥークは右手を天に掲げ、厳かに詠唱を開始する。
その声は、先ほどまでの冷酷さが嘘のように、神々しいまでの荘厳さを帯びていた。
部屋中の空気が震え、マナが急速に一点へと収束していくのが肌で感じられる。
これが、こいつの最高位魔法か……!
「刮目せよ、若人よ! これぞ神の威光、神の裁き!――【ディバイン・ジャッジメント】(神聖なる審判)!」
詠唱が完了すると同時に、マルドゥークの頭上、はるか天上の空間が突如として裂け、そこから巨大な光の剣が出現した。
その剣は、まるで天を突く塔のように雄大で、神々しいまでの輝きを放っている。
見ているだけで目が眩みそうだ。
「これが、真の魔法の力だ! 神聖にして、高貴なる、選ばれし者の技術! 君のような下等種族が扱う、得体の知れぬ野蛮な力とは、次元が違うのだよ!」
マルドゥークは、恍惚とした表情で光の剣を見上げる。
その姿は、まるで狂信者のようだ。
「君のためを思って、あえて最大の痛みを与えてやろう。これもまた、慈悲深い私からの『愛の指導』だ。光栄に思うがいい!」
完全に狂った理論で、マルドゥークは自らの攻撃を正当化する。
そして、天に浮かぶ巨大な光の剣が、ゆっくりと、しかし抗いがたい力をもって、俺目掛けて降下を開始した。
ズズズズ……と、空気が圧縮されるような、不気味な音が響き渡る。
やばい、あれ食らったら、いくらなんでもただじゃ済まないぞ……!
「リク君! あの独善的で欺瞞に満ち溢れた偽善的魔法理論を、君のその魔砲で完膚なきまでに粉砕してやりなさい! 君の怒りを、感情エネルギーを、直接その右腕に叩き込むのよ!」
フィーネが、いつになく異常なテンションで叫んでいる。
その手には、やっぱり例の測定器が握られており、その目は狂気的なまでの輝きを放っていた。
お前、本当にブレないな!
だが、フィーネの言葉は、今の俺にとって何よりのカンフル剤だった。
そうだ、俺は怒っている。
こいつの、自分勝手で、独善的で、他人を見下し、それを善意だの教育だのと嘯く、その腐りきった根性が、どうしようもなく許せないんだ!
「うおおおおおおおッ!」
俺の怒りが、限界点を突破する。
右腕の魔砲が、これまで以上の激しい光を放ち、さらに巨大な、そして禍々しいまでのフォルムへと変形を遂げた。
その輝きは、もはやこの会議室の中だけには収まりきらず、窓ガラスを突き破って、商館の中庭にまで漏れ出しているのが分かる。
「偽善者の説教なんざ、聞きたくもねえんだよッ!」
天から迫り来る神々しい光の剣。
それを睨み据え、俺は右腕の魔砲を構える。
「お前のその腐りきった善意ごと、跡形もなく消え去れやッ!――【ゼロレンジ・ボンバー】!!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!
俺の右腕から放たれたのは、もはや閃光と呼ぶにはあまりにも巨大な、純粋な破壊エネルギーの奔流だった。
それは、マルドゥークが顕現させた神聖なる光の剣を、まるで紙細工のように一瞬で貫き、飲み込み、そして――マルドゥーク本人へと直撃した。
「そん、な……馬鹿な……。この、私が……神聖なる、魔法が……こん、な……野蛮な力、に……」
マルドゥークの驚愕と絶望に満ちた声が、轟音の中でかろうじて聞こえた。
次の瞬間、マルドゥークの身体は、まるで木の葉のように吹き飛ばされ、商館の分厚い石壁に叩きつけられ、そのまま壁ごと中庭へと派手に吹っ飛んでいった。
爆炎と衝撃波が収まり、もうもうと立ち込める粉塵がゆっくりと晴れていく。
そこには、見るも無残に半壊した会議室と、壁に巨大な風穴を開けて中庭まで転がっている、黒焦げのマルドゥークの姿があった。
「わ、私は……善行を……積んでいたはずだ……。彼らを……指導、し、て……いた、のに……」
か細い声で何かを呟いているが、その言葉に力はない。
自己正当化の言葉すら、もはやまともに紡げないようだ。
完全な、敗北。
「やった……! やったわよリク君! 今の魔砲、感情エネルギーの直接物質化、ついに完全な形で確認できたわ! 理論値500パーセント超え! 信じられない! 」
フィーネが、測定器の数値を食い入るように見つめながら、狂喜乱舞している。
その興奮っぷりは、もはやホラーの域だ。
一方、ロバートさんは、腰を抜かしたようにへたり込んだまま、涙を流して俺を見上げていた。
「リク君……フィーネさん……本当に、本当にありがとう……。君たちがいなかったら、私は……私は……」
言葉にならない感謝を伝えてくるロバートさん。
うん、まあ、結果オーライってやつか。
俺は、まだジンジンと熱を帯びている右腕を見下ろす。
「偽善者の理屈なんて、知ったこっちゃねえよ。正しいことは正しい。間違ってることは間違ってる。ただ、それだけだろ」
誰に言うでもなく、俺はそう呟いた。
これが、俺の力。俺の「魔砲」。
魔法使いにはなれなかったけど、こんな力があるなら、それでいい。
この力で、俺は俺の信じる道を、切り拓いていくだけだ。
空には、いつの間にか夕焼けが広がっていた。
それはまるで、俺の新たな決意を祝福しているかのようだった。