第6章
「へえ、ここが賢者の石採掘場ねえ。名前だけは立派だけど、実際はただの岩山じゃない」
「こらフィーネ、失礼だろ。依頼主の人に聞こえるぞ」
フィーネと出会ってから三日。
俺たちは今、アルトベルクの街から少し離れた岩山に来ていた。
今日の依頼は「賢者の石採掘場のモンスター掃討」。
なんでも、この採掘場周辺にゴブリンの群れが住み着いて、作業員たちが困っているらしい。
ちなみにフィーネは、当然のように俺の依頼に同行してきている。
「リク君の魔砲データを間近で収集できるチャンスを逃すわけないじゃない!」だそうだ。
もはや俺の保護者兼ストーカーである。
「リク君、あそこ見て! ゴブリンの巣、発見したわよ!」
フィーネが指差す岩陰に、数匹の緑色の小鬼――ゴブリンがうごめいているのが見えた。
数はざっと十匹以上。
「よし、一網打尽にするか。フィーネ、下がってろよ」
「はいはーい。私はここでバッチリ観測させてもらうから、思いっきりやっちゃって!」
双眼鏡型の測定器を構え、目をキラキラさせるフィーネ。
こいつ、本当に肝が据わってるというか、研究以外どうでもいいというか……。
俺は右腕に意識を集中する。
もう、あの変形にも慣れてきた。
「いくぜ……【マジック・バースト】!」
ズドドオオオオンッ!
青白い閃光がゴブリンの巣を直撃し、岩肌ごと数匹のゴブリンを吹き飛ばす。
残ったゴブリンたちが混乱しているところに、もう一発。
さらに奥に潜んでいたらしい奴らも、まとめて木っ端微塵だ。
うん、今日も俺の魔砲は絶好調である。
威力ありすぎてもはや笑えてくるレベルだが。
「素晴らしいわリク君! 今日の魔力変換効率も最高記録更新よ! 特に二射目の、あのタメからの最大出力! あの時の君の瞳孔の開き具合と脳波のパターン、しっかり記録させてもらったからね!」
「脳波まで測ってんのかよ!?」
興奮冷めやらぬフィーネが、何やら複雑なグラフが描かれた羊皮紙を俺に見せつけてくる。
正直、何が何だかさっぱりだ。
と、その時。
「む、今の地響きと爆光は一体……!?」
そんな声と共に、数人の男女がこちらへ慌てた様子で駆け寄ってきた。
一行は揃いのローブを身に纏い、手には杖や魔導書を持っている。
いかにも魔法使い、といった風体だ。
先頭に立つのは、長い白髭を蓄えた、見るからに厳格そうな老人。
年の頃は六十代といったところか。その鋭い眼光は、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。
「おお、アルベルト博士! ご無事でしたか!」
依頼主である採掘場の親方が、老人を見つけて駆け寄った。
どうやら、この魔法使いの一団は、何か別の調査でこの採掘場を訪れていたらしい。
アルベルト博士と呼ばれた老人は、親方に軽く頷くと、俺たちがゴブリンを吹き飛ばした爆心地へと進み出た。
そして、地面に残る巨大なクレーターや、黒く焼け焦げた岩肌を、眉間に深い皺を寄せながら検分し始める。
「……この破壊痕は、通常の魔法によるものではないな」
博士は、先端に水晶玉があしらわれた古めかしい杖で、慎重に地面の魔力残留を分析している。
「詠唱の痕跡なし、魔法陣形成の痕跡もなし、そして何より、属性魔力の痕跡が一切感知できん……。これは一体、どういうことだ?」
博士の呟きに、同行していた他の魔法使いたちも、困惑した表情で顔を見合わせている。
すると、フィーネが待ってましたとばかりに前に進み出た。
「それが魔砲よ! 従来の間接制御型魔法とは全く異なる、直接発現型システムなの!」
目を輝かせ、得意満面に胸を張るフィーネ。
しかし、アルベルト博士は、そんなフィーネの言葉を一瞥のもとに切り捨てた。
その表情は、まるで出来の悪い学生のレポートでも読んだかのように、不快感で歪んでいる。
「……直接発現? 馬鹿な。そんなものは、魔法理論上あり得ん」
吐き捨てるように言う博士。
「魔法とは、術者の魔力を外部の魔素に作用させ、それを特定の属性に変換し、制御することによって初めて現象として発現する技術。これが、我々魔法使いが千年以上かけて築き上げてきた、揺るぎない魔法学の基礎だ。君の言う『魔砲』とやらは、その魔法の定義から完全に逸脱している」
博士の言葉に、他の魔法使いたちも次々に同調する。
「左様。アルベルト博士の仰る通り、魔法学の基本に反しておりますな」
「そのような荒唐無稽な話、学術的に到底認められるものではありませんぞ」
「そもそも、詠唱も魔法陣もなしに、あれほどの破壊力を生み出すなど……常識的に考えて不可能だ」
口々にフィーネの言葉を否定する魔法使いたち。
完全に四面楚歌だ。
しかし、フィーネは全く怯む様子がない。
むしろ、その挑戦的な視線はさらに輝きを増している。
「だから革命的なのよ! 既存の魔法理論の完全な破綻! あなたたちが今まで信じてきた常識が、今まさに目の前で覆されようとしているの!」
啖呵を切るフィーネ。
かっこいいじゃん、お前。
だが、アルベルト博士の態度は冷ややかだった。
「ふん。若い研究者にありがちな、突飛な妄想だな。一度、アカデミーに戻って、正しい魔法学を基礎から学び直すことをお勧めするよ」
まるで諭すような、しかしその実、完全に見下しきった口調。
「それに、仮にそのようなものが実在するとしてだ。それは魔法などではない。ただ野蛮なだけの、破壊の力だ。そのようなものを魔法と呼ぶこと自体、我々が長年培ってきた魔法学への冒涜に他ならん!」
強い口調で断じる博士。
その言葉には、自分たちの権威を脅かすかもしれない未知の力に対する、明確な拒絶と、ほんの少しの恐怖すら感じられた。
俺は、思わず口を開いていた。
「でも、実際に強いじゃないですか。ゴブリンだって、一瞬で……」
すると、博士は俺の言葉を遮り、忌々しげに吐き捨てた。
「黙りなさい、若造が。威力だけの野蛮な力と、我々が誇る洗練された魔法学とを、同列に語るでないわ」
その目は、俺を虫けらか何かのように見下していた。
ああ、やっぱりこうなるのか。
新しい力、理解できない力は、いつだって頭の固い権威者たちに否定され、排斥される。
それは、俺がいた元の世界でも、この異世界でも、変わらないのかもしれない。
俺の魔砲は、どうやらこの世界の「常識」とやらを、本気でぶっ壊しちまうかもしれない。