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ダンジョン・ハックアンドクラック  作者: cloudpowder
始まりの草原と灰降る洞窟
5/17

―2錯綜

「またお祈りメールか…」


こちら(電網世界)に越してきてから半年、他々人はしばらくは死んだように眠り好きなときに起きて、レトルトやジャンクフードで食いつなぎ、ぼーっとしながらウェブを見たり積んでいたゲームや小説を崩していく怠惰な生活を過ごしていた。


「けどそれも二、三ヶ月もすればな…」


飽きがきたわけではない、このまま怠惰な生活を寿命まで続けようとすればできるのがこの電網世界だ。

税金も生活費も医療費すらいらない。

公社が電網上に造ったこの世界は、電子により全てが象られているから必要なものは全てアーカイブからコピーアンドペーストすればいい。


「でもそれじゃスコアは手に入らないんだよな…」


[スコア]、そう、それが問題だった。

公社が新しく導入した[ハイスコア(個人価値総数)]による価値交換制度[マーケット]。

旧世界におけるそれまでの歴史が紡いできた文明は、良いも悪いもなく全てアーカイブ内に収められ保存された。

けれども電網世界上で新しく作られた物を手に入れるには[マーケット]で[スコア]を消費して手に入れるしかない。そして[スコア]が欲しいのなら自らの価値を世界に示すこと、それこそがこの世界の新しいルール。


「だから俺もそろそろ働き始めなきゃいけないんだが…」


けれども、落ちた。

落ちに落ちて現在で16回目の就職試験だったがそれも落ちた。

原因は、わかっている、自分自身だ。


「熱意が、感じられないか…」


電網世界における労働において必要なものは、閃きや独創性、新しい道を切り拓くための情熱、なんというか、意欲、勢いこそが最も必要なものだという。

旧世界と違い物理法則に曖昧にしか縛られていないこの世界では、時間も、人手も、工夫すれば際限なく用意することが出来た。

故に大量生産と大量消費が要になって人を労働に追い立てていた旧世界と違い、電網世界における労働とはより自ずから動くべき物となった。

会社に命令されるから働くのではなく、自らの[価値]を示すために心の赴く先に従って動く。

余裕があるからこそ人々はより必死になって[価値]を示し、[承認]を得るために情熱を向けた。

むしろ労働と呼ぶような旧世界におけるルーチンワークは全て死滅している、だから新世界においてこれは活動とでも呼ぶべきなのかもしれない、けれど…


「けど俺には何もないんだよ…」


何もない、やりたい事なんてなかった、思いつかない、むしろ日々決められたことを決められた通りにやることこそが自分自身の素質だと理解していた。

だからネットに頼り求人を探し既に出来ている[カンパニー]に願書を出した、書類は通った、というかここ(電網世界)ではあまり書類審査なんて重視していないようで全て面談までこぎつけた、でも落ちた、性根を疑われたわけでも能力が足りないと言われたわけでもなく、ただ、熱意が足りない、意欲が感じられないとの事だった。


「はぁ…ぐうの音もでない…」


面談は全てウェブ上で行った、3Dモデルで職場の案内や実際の活動内容を見せてもらったが、誰もが、皆、眩しくてたまらなかった。


やりたいことを、やりたいように楽しんでやっていた、希望を眼に宿して情熱を武器に、心には一遍の曇りさえなさそうで。


羨ましくて妬ましくて浅ましい自分。


未来を見据え、今を積み重ね、過去を糧にして己の価値を形にしようと懸命に1日1日を無駄にしないようがむしゃらに生きる、自分とは正反対の人たち。


最後には申し訳なさそうに「うちのチームとは少し方針が合いそうにない」と、断りをいれられた。

そのときにこちらを見た気の毒そうな目が忘れられない。



未だ、囚われていると思われたようだ、あの檻に、ハムスターのようにカラカラと回し車を走らされるあの世界に。



実際のところ、自分がすべきこと、したいことが全くわからなくなってたのが本当のところだ。

得意なのは決められたことを決められた通りにこなすルーチンワーク、苦手なのは逆に自分で自由な形でタスクを創り出すこと、典型的な旧世界の日本代表的労働者だった。


ただ焦りだけが募り、追い立てられるように誰かの船に縋りつこうとしてた。


「仲間に入れてもらったからってああいう風になれるわけでもないのにな…」


本当は[スコア]なんてどうでも良かった、新技術による新コンテンツなんてものが欲しいと激烈に思ったわけでもなし、なにかを成し遂げてみんなに見てもらいたい承認欲求なんてものもなかった、ただ、焦っていただけだ。


此処まで逃げてきたのに、なにもない、未来が見えない自分自身が追いついてきた気がして、なにかをすれば自分もなにかになれる気がして悪足掻きをしていた。


「散歩でもするか…」


ここでこうしていても、無駄に悪いほうに考えて気が滅入るだけだ、と他々人は深く息を吐き思いを切り替えようとした。

外に出て歩けばもう少し頭も働くようになるかもしれない、と腰を上げようとしたときだった。


コトン、と、玄関の郵便受けから音がした。

ここ半年で、初めて聞いた音だった。





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