―12奇襲
瞬間、こちらを目掛けナニカを射出する準備をしている穴が肉塊の真中に見えて
「散れ!」
短く言い放ち自らは左へ回りこもうとしてしかしもう既に放たれた巨塊が─────
「ぎゔぃ!!」
割り込み、抱え込んだ鍋のふたでそれをVが抑え込んだ。
ひと呼吸、動揺に塗れて視界がぼやけさえした自らを無理矢理落ち着かせる
「聞いてないぞ…これは…!」
意味のない愚痴とも言い得ない愚昧さを言葉にして放つ、ボスがボス部屋の外まで自分たちを感知しているとは聞いてなかった、むしろセオリーとしてボス部屋に侵入するまで戦闘は始まらないと…いや、違う、まだセオリーが固まるほど探索者制度自体の歴史は長くない、いやそれどころか産まれて間もないシステム、事前情報を鵜呑みにして警戒を緩めていた自分自身の愚かさこそが──────
「Giiiiiviiiiii!!!!!!」
咆哮、刹那放たれる大質量が衝突する粘ついた打突音がばちゃりと響く。
反省するのはあとだ
またしてもVに助けられた、動揺してマリオネットに救われる傀儡師とはなんとも情けないが今はVが敵視を集めている内に少しでも早く削りきらないといけない。
「が〜、びっ!」
GBが投擲を始めた、苗床は二匹にターゲットを行き来して他々人を意識しているようには見えない、穴が開いていない裏を目指し左回りに他々人は駆け抜けた。
「〈code〉change:num=1.1.1〈snake〉!」
完全に穴の反対側に回り込み裏を取ったと判断次第、蛇腹剣を振り回し苗床本体に叩きつける。
ばしゃん、と粘液めいたような液体のようなどちらともつかない音がして弾け、まるで棒で池の水を叩いたような感触が手元に返る。
ダメージは…ある、一匹だが力なく苗床本体からずるりと垂れ落ちる大なめくじが見える。
刃を返して二度、三度刃の波を叩きつける、このままなら計画通り核を晒すまでそうはかからずいけそうだ、と他々人が期待した瞬間だった。
欠けたナメクジの部位が波打ち蠢くのが見えた、しかし完全に裏を取っているためにVからは分からず意識の共有もはっきりとした思考でなければ今の傀儡師の階梯では通らない、なら…!他々人は本能的にその瞬間にやるべきことを行使した。
「access〈V〉〈howling〉!」
Vとの間に繋がれたラインが活性化してピンと張り詰めた感触がした、省略された〈code〉によりVとの感覚が共有され一体となる意識、そして放つ、咆哮、再度受け止めるために盾を斜めにして構えた、準備不足のためか行動をキャンセルさせて逆方向に射撃させたせいか先より勢いのない弾丸が迫る、それを受け流すように跳ね退けた。
奇妙な感覚だった
火事場の馬鹿力かcodeの省略が出来る習熟度合いになったせいか、事前に試していた傀儡操作とは全く違う感覚でVを操作出来ている。
以前はラジコンのようにVだけに集中して操作するか、他々人自身が動くか、どちらかしか出来なかったが今は違う、Vと自身が一体になったかのように、第三の腕を操るようにVを操作しつつ他々人自身も動作することが違和感なく出来る。
削る、見る、構えて、吠える、受け流し、削り、また見て、構え、吠える。
一連の行動がルーチン化していき順調に苗床の体積を減らしつつある、流石にばら撒かれた大ナメクジが邪魔になることも増えその排除が必要になりスピードは一旦少し落ちたがそれもすぐに終わった。
GBの援護も馬鹿になっていない、酸性の体に放つ投石はすぐに溶けてしまい苗床の生命力を削る助けにはなっていないものの、それ自体が嫌がらせとして効果的だった。
溶けた石が異物となり苗床に集る大ナメクジの動きを鈍らせている。
短時間では流石に消化しきれていない石の破片が流動を邪魔し、明らかに砲撃の頻度が落ちている。
控えめに言っても優勢だ、このまま行けば苦も無く倒せるだろう。
けれど、だからこそ危険だ、と思考がざわめく。
趣味でやっていたアクションゲームではないが、これでこのまま終わる敵ではないと他々人の勘が叫んでいた。
(この敵は、こんなあからさまに悪意のあるような見かけをしておいて、こんな単純に倒せるものかよ…!)
まるで偏見その物のようだが、感覚的に間違っていない、と他々人は感じた。
部屋に入る時の奇襲、その悍ましい外観と身振り、なによりこの押し潰されそうになるほど大きく強い敵意…!これで簡単に終わる敵ではない、と。
それら全てを持って他々人は、この敵はこの後になにか予想だにしないことをしてくる、と判断した。それがなにかは全くもってわからない、この戦いは最初から予想外をもって始まったし、そもそも他々人の〈scan〉が鵜呑みにするには熟練度が低すぎる─────
「GB!俺の後ろに位置を変更しろ!」
なにが来るのかはわからない、わからないからもう出来ることは耐える準備だけだ、と他々人は割り切った。
陣形をVの後ろにみんな配置することも考えたが万が一それがVの盾を吹き飛ばす威力だったとしたら全滅しかねない、だから二手に分かれる、それが来る前兆があったとしたらVの〈howling〉で囮になってもらう、冷たいようだが他々人が倒されることがあればそれでみんなゲームオーバーなのだから…そこまで他々人は考えた。
つづく攻撃と反撃のルーチンワーク、一定のリズムで繰り返される戦闘行為、奇妙な緊張と緩和が反復する空気感、場はなぜかいっそうと凍えていく、戦闘の熱で他々人たちはそれに気づけない、洞窟を歩むときに感じた怖気と寒気がますます強まっていることに。
戦いはおそらくは佳境に差し迫っていた。
そして、ついに
「核が、見えたっ!」
ターニングポイントにたどり着いた。