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昇(七十二歳)②

 毎回こうして選挙に行く往復、特に帰りの道で、つい政治などについて余計なことを考え過ぎて、朝っぱらから気分を悪くしてしまう場合が多いから、やめようやめようと思っているのに、またやってしまった。

 けれども、この単に舗装されただけで、周りの景色も特筆するものがない通りを歩いていると、意識が思考する方向に行ってしまうんだよな。

 周辺の他の市みたいに都市化すべきとは思わないが、そこそこ恵まれた自然を活かしたりして、観光客を増やすこともできそうなものなのに、衰退していくのをただ指をくわえて見ているように、何かをしようというやる気がまったく感じられない。うちのところの市長や市議会議員や市の職員たちはちゃんと仕事をしているのだろうか?

「荒巻さん」

 誰かが前方から私の名を呼んだ。地面のほうにあった視線を向けると、近所の松野さんのご主人がこちらへ歩いてきていた。

「ああ、どうも。おはようございます」

 そう返して、私は頭を下げた。

 勘違いしていなければ、松野さんは私より二つ歳が上だ。もう高齢だが中年太りという言葉がぴったりな体型で、きゃしゃな私と比べて不健康に見えるけれども、歳をとったらやせているよりも太っているほうがいいと耳にしたことがある。体のどこかが悪いという話は聞かないし、神経も図太そうだし、まだまだあの世には縁がないといった感じである。

 おそらく、これから投票にいくのだろう。

「選挙に行ってきたんでしょう?」

 松野さんは言った。

「あ、はい」

「たしか以前にもこれくらいの時間に投票所に向かわれているのであろうところを拝見した覚えがありますが、いつもこんなにお早いんですか?」

「ええ、まあ。せっかちな性格なもので」

「いえいえ、立派じゃないですか。若い連中は見習ってほしいですな。聞くところによると息子の友人たちも、遊びにいくからなどと、ほとんど選挙に行かないらしいですから。荒巻さんのように早く投票を済ませば、遊ぶのなんてその後いくらでもできるでしょうに」

「そうですね」

「今の若者どもはなっとらんですよ。選挙の、一票の大事さがわかっていないんだ。そういうことを言うと、当落の差が一票ということはまずありえないから、自分が行っても行かなくても同じなんだとか屁理屈を抜かしたりするし。本当に、遊ぶことには熱心なのに……」

 やれやれ。黙っていると、聞きたくもない話を長々とされそうだ。

「そういえば、息子さん、裁判員に選ばれたとおっしゃっていましたよね? もうやり終えたんですか?」

 私はそう話題を変えた。

「ああ……」

 ん? 松野さんの表情が曇った。

「あれはですね、ほら、守秘義務っていうのがあるでしょう? だから、あのとき問題になるようなことは言わなかったはずですし、裁判も無事に終わったんですが、その件について他人にペラペラしゃべるなと、息子にも妻にも怒られてしまいまして」

「そうでしたか。しかし、無理やり裁判員をやらせておいて、黙っていろという制度のほうが乱暴で問題があるんじゃないかと思いますけどね」

 裁判員制度の導入前後にそうした不満や懸念の声があったはずだが、トラブルも、何かしゃべった場合の罰則も、ほとんどないようとはいえ、結局理不尽と思えるその状態は変わってないみたいだからな。

「そうそう、まったくその通りです。しかも、せっかく仕事を休んで何日間も裁判所に足を運んで、散々悩んだすえに判決を出したのに、簡単に控訴されて、馬鹿馬鹿しい、ふざけている、と腹を立てていましたよ」

「そうですか。大変なんでしょうね、実際にやると、思っている以上に」

「おっと、いけない。しゃべるなと言っただろうと、また家族に叱られてしまう。じゃあ、私は今から選挙に行きますので、これで」

「はい」

 お互いに軽く礼をして別れ、松野さんはA小学校のほうへ歩いていった。


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