第八十二話 和解の果てに
「《暗黒呪縛》」
状態異常を付与する闇魔法で、報復者の四肢を縛り、無力化する。
「これでよし。でもこのままじゃマトモに話もできないから、適度に回復させてやるか」
とーめちゃんに任せるのも手だが、ここはあえて別の方法で。
端から見たら悪い顔ととられそうな笑みを浮かべ、《HP回復ポーション》を三つ取り出す。
ガラス瓶の蓋を全て開けると、三本まとめて報復者の口に突っ込んだ。
『ふごっ』
瓶の中の回復薬がもの凄い勢いで報復者の喉に流し込まれてゆく。
もちろんむせ返したが、一切構わず強引に飲ませた。
まあ、これくらいの拷問……もとい意地悪はしてもいいだろう。
『げほっ、ごほっ!』
反撃はできないが、意識は保てるギリギリの状態までHPを回復させた。
あとは、話をするだけだ。
「お前の負けだ。流石にもう、攻撃しないでくれると助かる」
『趨勢は決した。何をしようとしても、俺に勝機はない』
「殊勝でよろしい」
短く頷いて、僕は話を続ける。
「このダンジョン世界を破滅に導き、ダンジョンに挑んでいる全ての冒険者の命を弄び、クレアを利用した罪は重い。このことが公になれば、お前を糾弾する人間は多くいるはずだ。他のダンジョンが受けたダメージがこの《モノキュリー》には及ばないだろうけど、それなりの異常は発生しているはずだ。死者だって少なからず出てるだろう。そうでなくとも、スペロン王国は国の経済の一部をダンジョンから産出されたものでまかなっている。それを丸ごと潰そうとしたんだ。間違いなく死刑は免れない」
『……だろうな』
さして驚く素振りも見せず、報復者は頷く。
まあ、復讐を誓った時点で国に喧嘩を売る行為だってことは、わかっていただろうから、当然だろう。
『この復讐計画が露見すれば、行動に移せなくなる。それがわかっていたから、この《モノキュリー》に身を潜めた面もあるからな。それで、お前は俺をどうするんだ? 王国騎士団にでもチクるか?』
「そうしたいところだけど、しないよ」
『なに?』
意外に思ったのか、報復者は眉をひそめる。
「理由は三つ。一つ、お前は既に、一度死ぬだけじゃ償えないレベルの過ちを犯していること。二つ、お前の行いが露見すれば、王国中がパニックに陥る危険性があること」
パニックに陥るだけならまだいいが、世界そのものを破壊しうる大それたスキルがあると噂になれば、最悪それを悪用しようとする者も出てくるだろう。
「最後に三つ、お前が死ねば、《与魂》のスキルの効果も消える。せっかく助けられた大切な人を、そんなつまらない理由で失いたくはない」
『なるほど。どうやら、最後のが本音らしいな』
「当たり前だ。僕は、世界を救うなんて漠然とした理由だけで、命を賭けられるような人間じゃない」
「嘘つき。どうせそんな漠然とした理由でも、放ってはおかなかったくせに」
側に近づいてきたエナが、悟りを開いたような顔で言う。
なんというか、むず痒い。そもそも僕という人間を買いかぶりすぎじゃないだろうか。
「こほん。まあとにかく、お前には一生僕の元で働いて罪を償ってもらう。生涯奴隷というわけだ。何か異論は?」
『いや……ない。だが、働くというのは?』
「僕達は冒険者だよ? この先も、ダンジョン攻略に勤しむことになる。暴れ馬とはいえ、お前も一応Sランクの冒険者だ。だからお前も、僕のパーティに加わって欲しい。迷惑かけまくった分、きっちり国の発展とモンスター狩りに協力してもらう」
『是非もない』
言葉のわりに、報復者はどこか吹っ切れたような顔をしていた。
「メンバーは、どうするの?」
「決まってるだろう? ここにいる全員で、さ」
振り向いて、質問をしてきたエナにそう返す。
エナにクレア、とーめちゃん、僕そして報復者。
このメンバーで、新たなパーティを組むつもりだ。
「じゃあ、私もいいの?」
「ああ。これからもよろしく」
僕は、満面の笑みをエナへ向ける。
『くくっ、ははは』
突然、報復者が笑い出したので、「なに?」と言葉短く問う。
『いや。実は俺は、とんでもないヤツの配下になったんじゃないかと思ってな』
「買いかぶりすぎだ。僕は、役立たずのお荷物でパーティを追放された、元Eランク冒険者だよ」
そう。
荷物持ちとしてもおぼつかない弱小メンバーだった僕は、パーティを追放されてから恐ろしい速度で強くなった。
そのきっかけになった出来事があるとすれば、それは――
「――ただ、ダンジョンの最下層に落とされたとき、偶然《交換》を手に入れていなければ、今の僕はいなかったかも」
『そうか。であるなら――』
報復者は小さく呼吸をすると、ある台詞を唱えた。
『ユニークスキル《交換》起動。《交換》を与え、我が腕には《報復》を』
「……え?」
呆ける僕の前で、報復者は《交換》を起動。
僕に《交換》を返してくれた……いや!
「ってちょっと待て! どさくさに紛れて《報復》を取り戻すな!! まだ暴れ足りないのか!?」
『勘違いするな。お前の強者たり得る力を、返してやろうと思っただけだ。この俺をとことんまで追い詰めた、最強の力をな』
「それはどうも」
随分と気前がいい気もするが、まあ良しとしよう。
事実、報復者の目には、さっきまでの淀んだ色がない。
これならもう、暴れ出す心配も無さそうだ。
もしまた、クレアを依り代にダンジョンの崩壊を企むようなら、その時点でぶん殴って止めてやるつもりでいる。
(さて、これで一件落着かな)
僕は、背中に背負ったクレアを見る。
すーすーと可愛い寝息をたてているクレアの顔色は、かなり良好なようだった。
《報復》の呪いも解き、身体に溜まっていた膨大なエネルギーも全て消費したから、彼女の身体には異常が残っていないはずだ。
間もなく目も覚めることだろう。
空を見上げれば、ダンジョン内に降っていた雨はすっかり上がっている。
薄く広がる灰色の雲の向こうには、本物と見紛うほどの青空が広がっていた。




