第七十八話 伝説は現実に存在する
《エナ視点》
(すごい……!)
空中を飛び回りながら拳を振るうエランを見て、私はただただ気後れするばかりだった。
《飛行》を受け取ったことで、協力して二人で相手を追い詰める。
その構図にシフトしてから、エランと共闘している……と胸を張って言える気がしない。
援護しようにも、戦いがハイレベルすぎて、逆に邪魔になってしまいそうだからだ。
それでも。
二人の距離が一定上離れ、かつ報復者が反撃をしようとしたタイミングのみを狙い、私は援護攻撃を放つ。
「朱翔斬!」
収束させた炎の斬撃を飛ばし、反撃を妨害する。
『小娘が、舐めた真似を……!』
当然、報復者の意識はこちらに向くが、その間に再びエランが攻撃を放つ。
これでいい。
どのみち私の攻撃は、決定打にはなりえない。
肩を並べて戦おうにも、ついていけない。
だから、相手に反撃の隙を与えないよう、戦況を見極めて妨害目的の攻撃をする。
それが、私にできる最善の選択だ。
(それにしても……もしやと思ってたけど、エランくんが使ってるあのスキルって……)
私も、噂に聞いたことがある。
高レベルモンスターの使う、魔法スキルを軽く凌駕する通常スキルの存在。
更に、その中でも一際異質なスキルがあるという。
そもそもモンスターの持っている強スキルを手に入れるなんて難しいし、その異質なスキルも実際に使用している人を見たことがないから、眉唾レベルの代物だ。
だから、私も冗談半分で捉えていたのだけど。
(あの桁外れの力……単にSTR(攻撃力)のみに頼った単純なものじゃないわ。いくらSランクと言えど、戦っている相手もSランク。スキル一発じゃ大ダメージは期待できない。なのに……一撃で大量の血を吐き出させ、失神寸前まで追い込むだけの火力。明らかに、常軌を逸してる)
眉唾レベルの代物たる、魔法スキルを越える戦闘性能を叩き出す通常スキル。
その中でも攻撃力に特化し、他の追随を許さない伝説クラスの最強の通常スキルがある。
スキルは常に、素のパラメータが大きく影響するのは周知の事実。
攻撃系のスキルは、その威力の大本をSTRの数値に依存する。
けれど、冒険者の間で噂される話がある。
いわく、STRだけでなく、その人の精神や思いに感応し、どこまでも強くなるパワー系スキルがある、と。
(正直、夢見がちな冒険者が勝手に思い描いた空想だと思ってたけど……)
炎の斬撃を飛ばして援護しながら、私は確信する。
そのスキルは、確かに実在している。
《衝撃拳》
エランの持つ心の熱に応えるかのごとく、一撃一撃を放つ度に、より強く、鋭い攻撃に昇華している。
拳とは、言葉よりもより正確かつ鮮明に、心の内に秘めた繊細な思いまで相手に伝えるもの。どんな方法よりも正直に、純粋な思いを力に変えられる。そのために存在するのが、男の拳……というものらしい。
もちろん、「漢は拳で語る!」みたいな男の理論を私が持っているはずもなく、これは《緑青の剣》に在籍していた、一際野性味溢れる男、アルクがしょっちゅう言っていた台詞だ。
正直に言って、そのときは本気で何を言ってるのか理解不能だったけれど……
必死で拳を振るっているエランの横顔を見て、すとんと腑に落ちるものがあった。
(男の子……なんだ)
男らしい、とはお世辞にも言えない優しげな顔つきだから、ついつい忘れてしまうけど、改めて気付かされる。
彼は、負けられない理由を胸に、一歩も退かず、常に誰かのことを思いながら、全身全霊を込めて拳を振るう一人の男の子だということに。
もしかしたら私は、エランのそういうところに惹かれたのかもしれない。
「エナ、援護を頼む!」
「わ、わかったわ!!」
一瞬たりとも気の抜けない攻防の中、彼の真っ直ぐな瞳が私の方に向けられる。
必然、胸がドキリと高鳴るけれど……気にしている場合じゃない。
彼の思いを無駄にしないよう、私は剣を強く握りしめ、炎の斬撃を飛ばすのだった。




