第七十六話 反撃の狼煙
「え、エナ! どうして……飛行のスキルは持ってないはず……!」
「ええ、でも《滑走》のスキルを使ったまま、《超跳躍》で水面を蹴って、飛んできたの!」
良いながら、エナは肩に乗っているとーめちゃんに視線を送る。
とーめちゃんは一言『もきゅ!」と鳴くと、僕の方に飛び移って《回復》のスキルをかけてくれた。
「ど、どうして……ここは危険なのに!」
スキル反動臨界症の苦痛が徐々に和らいでいくのを感じながら、目の前で必死に剣を止めてくれているエナに問う。
「何言ってるの。どうせ、私とエランくんの立場が逆だったとしても、エランくんは同じ事したでしょう?」
「っ!」
振り返ったエナの顔が眩しくて、思わず目を細める。
もしエナがピンチだったら、そのときはきっと、迷わず飛び込んでいくだろう。けど、そんなことを理由に、彼女が死地に飛び込むのは道理が合わない。
でも、なんだか僕のことを心から認めてくれているようで、嬉しかった。
だからこそ――
(その思いにはちゃんと答えないとな!)
僕達を狙い、すかさず岩石を飛ばしてきた報復者。
とーめちゃんのお陰でスキル反動臨界症の症状を緩和できた僕は、岩石群が激突する寸前で《空気障壁》を起動。
エナも含めた全方位を守るよう、障壁を展開した。
展開された障壁に、流星群と化した岩石が衝突する。
更に、散々激突を続けたことで岩石が脆くなっていたらしい。粉々に砕け散り、破片は力を失って下に落ちていった。
「た、助かったわ」
「お互い様だ!」
『ちぃっ! 二人揃ったところで……所詮は一時的なもの!』
千載一遇のチャンスを逃した報復者は、苛立ちを隠そうともせず吐き捨てる。
怒りのままに剣を振り抜き、力業でエナを直下へ叩き落とそうとする報復者。
現状エナは、飛行スキルを持っていない。
故に、力で押し切られれば真っ逆さまに水面へと落下するだろう。
報復者が、“一時的なもの”と揶揄したのも、納得せざるを得ない。
が――それでも。
僕は、真下へ突き落とされかけたエナの腕を掴む。
「《交換》――《飛行》を捧げ、我が手に《滑走》を!」
エナに《飛行》のスキルを与え、代わりに《滑走》を得る。
その結果、エナは空中に浮くことに成功した。
「飛行は少しコツがいるけど、大丈夫。エナならすぐに慣れる」
「あ、ありがとう……でも、エランくん。あなた、どうして……?」
僕の手を振りほどき、ホバリングしたままエナは混乱の混じった声をかけてくる。
それは……目の前にいる報復者も同じだった。
『ば、かな……!?』
整った顔立ちを崩し、驚愕の表情を浮かべている。
そして――二人同時に同じ事を叫んでいた。
「なんで浮いてるの?」
『なぜ浮いている!』
二人の指摘通り、僕は宙に浮くことができているのだ。
『なぜだ! お前は《飛行》のスキルを失っているはず!? 飛べるわけがない!!』
「確かにそうだけど、《飛行》を持っていなきゃ飛べないなんて、一体誰が決めたんだ?」
『はぁ?』
訝しむ報復者に、僕は種明かしをする。
「今起動しているスキルは《反発》さ。対象に設定した二つのものが接したとき、磁石の同極同士のように反発するスキル」
『それがなんだというんだ!』
「わからない? 僕は、反発し合う対象Aを靴底に、対象Bを大気に設定した上で、反発する力を調節してるんだ。いわば、僕は今空気の上に立ってるんだよ」
『なん、だと……? バカな……そんなメチャクチャな!』
血走らせた目を見開く報復者。
なんてことはない。
これは派生技でもなんでもなく、機転を利かせただけだ。
その機転を生む精神的余裕と肉体的余裕は、エナととーめちゃんがくれたもの。
そして――
「お前も言っていただろう? どんな力も使い方次第だって。次は……僕等のターンだ!」
僕は、声高にそう宣言した。




