第七十三話 思い合う権利
クレアは今、いたくない場所にいる。
自分の都合で利用されたクレア。
そんな彼女が、決して遠くない過去に、リーダーの都合で切り捨てられた僕と、強烈に重なってしまった。
だからこそ、僕は激高した。
けれど、そんな僕を報復者は一笑に付す。
『その表情……ふん。なんだ、お前も結局、俺と同じじゃないか。自分の感情を、クレアに押しつけているだけ。お前の行動も、所詮ちんけな自己満足でしかない』
「そう、かもしれない」
あっさりと認めたからだろうか。
報復者の眉が、僅かにつり上がる。
ああ、そうだ。
僕は、今のクレアでいて欲しくないと思っている。
元々、彼女はこうなるべきだった存在。復讐のための道具でしかなかった。
だから、いくら僕が「こんなクレアはクレアじゃない」と叫んだところで、ただ僕が現状を認めたくないだけなのだろう。
『わかっているなら、お前こそなぜ自分の思いを押しつける!!』
「そんなの、決まってるだろ――ッ!」
自己満足を押しつけている自覚はあっても、僕が迷いなく行動している理由。
それは、つい先刻。
《モノキュリー》の虚像空間が崩壊するとき、意識をギリギリ保っていたクレアが発した、弱々しい言葉。
――「……ご、め……ん」――
あのとき、何を伝えたかったのか。どうして謝ったのか。
それをずっと考えていた。
でも、復讐にかられた兄と拳を交えてわかった。
こうなることがわかっていたから、僕に謝ったのだと。
自分の苦しみや運命より、僕を巻き込んだことを悔いていた。
そんな優しい子が歩みたい未来は、こんな悲劇的なものじゃなかったはずだ。
クレアが僕を思ってくれた以上、僕にもクレアのことを思う権利がある。
何も感情を浮かべない、駒として生を受けた彼女は、心の奥底で泣いている。
だから。
「――感情を失った顔の裏で、人知れず静かに泣いてるからだっ!!」
そう答え、一切の迷いなく報復者に飛びかかった。
「うぉおおおおおおおおおお!」
雄叫びを上げ、《身体能力強化》のスキルを全身にかけて、今までよりも速い速度で接近する。
《身体能力強化》は、その名の通り身体機能を向上させるスキルだ。
もっとも、強化幅は筋力やスピードなど、総じて1・5倍の固定値だが、それでも十分な強化である。
こと、同じスキルを持っていた報復者との差を開かせなかっただけでも、有り難いと思うべきだ。
『ちぃっ! 《氷柱雨撃》ッ!』
報復者は、下がりながら《氷柱雨撃》を起動する。
《交換》で奪った《暗黒呪縛》の代わりに押しつけたスキルだ。
降り注ぐ大量の氷柱を、三次元的に飛びまわって躱しながら、報復者との距離を詰めていく。
そして。
「――捕らえた!!」
『くっ!』
追いついた瞬間、間髪入れずに、相手の身体へ手を伸ばす。
それから、至近距離で《紅炎極砲》をぶち込もうとした――そのときだった。
ズズン……。
突如、空中に浮いている状態ですら感じる強い揺れが、ダンジョン内を襲った。
ただでさえ荒れ狂っている波が、30メートル以上も立ち上ったり、底が見えるほどに退いたりして、あちらこちらで渦が生まれている。
「エナは……っ!」
思わず、下にいる彼女のことを心配して意識を逸らす。
エナは……上手く高波を避けることに全神経を集中しているから、大丈夫そうだ。
『余所見をするなど!』
安堵したのも束の間。
こちらの意識が逸れたことを察知した報復者が、カウンターを合わせるように《氷柱弾》―速射を放った。
「っ!」
ほぼ条件反射で左腕を前に持っていき、音速を優に超える速度の氷結弾を受け止める。
が、総威力の弱い弾丸系スキルでも、貫通力と初速は桁外れ。
しかも、派生技で速度エネルギーが倍加している。
その一撃をもろに喰らったガントレットは、たちまち割れ砕けてしまった。
「くっ!」
反射的に後方へ下がり、距離を置く。
もしガントレットをはめていなかったら、左腕がなくなっていたところだ。
その事実に慄然としつつ、様子を窺っていると――不意に報復者がにやりと口角を上げた。




