第七十二話 許せない理由
『なるほどな、ユニークスキル《交換》。猪口才だな。どうやら、こちらの認識を改めねばならないようだ』
黄金色の瞳が鋭く細められ、僕を射貫く。
先程までの、どこか見下すような目とは違う。
殺意の色が、瞳の奥で確かに燃えている。
(ここからは、マジで一瞬でも気を抜いたら殺されそうだな……)
図らずも、ごくりと喉を鳴らす。
それを合図に、報復者が動いた。
「っ!」
慌てて体勢を立て直し、僕もそれを迎え撃つ。
――炎や氷、風や衝撃波が、崩壊しつつあるダンジョンの中で幾度となく交錯する。
スキルとスキルがぶつかり合う度に、大きく、速く、威力を増していく。
Sランク VS Sランク冒険者の対決。
本来、戦う相手はモンスターであるが故に、冒険者同士で争うことは稀だ。
もちろん、パーティ内でのいざこざや、獲物を取り合っての戦いに発展することはある。
けれどそれは、ほとんど小規模で収まるもの。
死人が出ること自体稀だ。
そして、だからこそ。
最強同士の戦いは、きっと異例中の異例なのだろう。
その渦中に、今僕は身を投じているのだ。
「一つ聞きたい! お前の復讐は、なんのためのものだ!?」
『わかりきったことを! 道半ばで命を落とした、我が妹のため! クレアの未来を奪っていった世界に復讐するためだけに、俺は今ここにいる!』
力任せに光の剣を振るう報復者。
その攻撃をガントレットで受け止め、身を乗り出して言葉を続けた。
「世迷い言だね! それがお前の妹の望んだことなのか!?」
『それ以外の何だと言うのだ!』
「決まってる! ただ単に、お前自身の醜い感情を、あの子一人に背負わせたって言いたいんだよ!」
『なんだとっ!?』
相手の振るう剣に力がこもる。
苛立ちの原因は……その自覚があるからだろうか?
「確かにクレアも、道半ばで逝って悔しくないはずがない! でも、復讐を望んだのは彼女じゃないだろう!」
『それがどうした!? クレアを殺したダンジョンは悪だ! この世界にあってはならないものだ! それを破壊せずして、彼女の魂を見送れるものかぁ!!』
絶叫と共に、もう片方の腕に携えた光の剣を振り下ろしてくる。
僕は咄嗟に右腕に《龍鱗》をかけ、鱗の生えた腕で受け止めた。
『ちぃっ!!』
「正直、お前の恨み節にはうんざりしてる。結局お前は“死んだ妹のため”、それを都合の良い口実に、妹を守り切れなかった悔恨、悲哀、憤怒をぶちまけてるだけ。妹の意志はどこにも介在していない!」
結局の所、この復讐は報復者の傲慢。
妹の抜け殻に、都合良く造り出した魂を入れた、今のクレア。そのクレアを復讐者ではなく報復代行者などと名付けたことも、皮肉が効いている。
報復者自ら、代行者などと呼んだのだから。
自分がメインだと示している、何よりの証拠だ。
「大馬鹿だよお前は。やり場のない怒りを全部一人に押しつけて、関係の無い冒険者達を巻き込んで。そんなに鬱憤を晴らしたいなら、一人で勝手にダンジョンの壁でも殴ってろ!!」
そう叫びつつ、両腕を力任せに広げ、光の剣を弾き飛ばす。
『なっ!』
驚愕に目を見開く報復者の腹部に手を置き、小さく息を吸ってスキルを起動した。
「《衝撃波》―発勁ッ!!」
掌から直接、相手の体内へ衝撃波を送り込む。
こいつの場合、拳で殴ろうとしても予備動作をする僅かな間に、回避行動に移る。
しかし――この発勁は別だ。
予備動作無しで、最大効率の一撃を、確実に与えられる。
『がはっ!』
報復者は、喀血しつつ距離をとる。
ここまで戦ってきて、初めてまともな一撃を喰らわせた。
「それに……」
僕は、開いた手を握り込み、溢れそうな殺意を必死に閉じ込める。
矛先は目の前にいる。けれど、それをすればきっと僕は、目の前の男と同じ過ちを犯してしまうから、グッと堪えた。
そして、空中で死んだように浮いているクレアに視線を移す。
目にはハイライトがなく、唇は石のように固まったまま。
いつもなら、彼女の目はもっと生意気に僕を見上げている。
いつもなら、彼女の唇はおっさんじみた変態発言を紡ぎ、僕を困らせ――笑わせてくれる。
だけど、今は。
「お前を許さない理由はたくさんある。でも、僕が今一番許せないのは……大切な人を、つまらない復讐の駒に仕立て上げたことだ!!」
僕は、漏れ出る殺意を言葉に乗せて、言い放った。




