第六十五話 明かされる真相1
重なった二人の言葉が、広い空間に残響する。
――報復者。
クレアをこの第一迷宮に連れてくるよう指示した、張本人であり、本人曰くクレアの家族。
正直、胡散臭さ満載のこの男の言うことを、どこまで信用できるかという問題こそ残るが、とにかく自分から姿を見せてくれたのは僥倖ととるべきだろうか。
『ふっ。覚えていてくれたようで、なによりだ……』
報復者を名乗る男は、にやりと笑う。
クレアの家族と名乗るには、やはり歪すぎる笑顔だった。少なくとも、彼女の笑顔はこんなに歪んじゃいない。
「お前は、クレアの何なんだ? 年齢的には、お兄さんに見えるけど」
『兄、か。悪くない考察だ。俺はクレアの兄であって、その女の兄ではない。いや、正確には身体はクレアのはずだがな』
「……はい?」
何か、よくわからないことを言った。
クレアの兄だけど、ここにいる少女の兄じゃない。
どういうことだ、それは。
「じゃあ、今ここにいるクレアとあなたの関係は……?」
『そうだな。俺を報復者とするならば、そいつは報復代行者とでも言うべきか』
「報復代行者……?」
復讐の代行。
それはつまり……
「詳細はわかりませんが。クレアが、お前の駒でしかないってことなのか?」
『そうだな……まあ、そんなところだ』
「っ!」
思わず、歯を噛みしめる。
子細は全くわからない。
が、なんとなく察してしまったことならある。
本当は、この《モノキュリー》に踏み込んだときから、この男がクレアを助ける気が無いんじゃないかと疑っていたのだ。
理由は一つ。
《モノキュリー》に突入する前、僕の脳内に直接語りかけてきたこの男は、「クレアをここに連れてくれば、元気になる」という旨の話を持ちかけてきた。
地上では生きられず、ダンジョン内では生きられる、人間ではない少女。
その設定に驚きこそしたが、地上に出してしばらくの後、クレアは実際に倒れた。
彼女のことなど何も知らない僕は、とにかく詳細を確かめようとこの男の誘いに乗ったのだが――今思えば、一度でも疑ってかかるべきだったのかもしれない。
だって、この《モノキュリー》に突入してから、クレアの様子は一向によくならない。
そればかりか、逆に顔色も悪くなっていく上に、発光現象みたいな天変地異も起きた。
報復者には、クレアを救う気はなかった。
そう考え始めていた矢先の、決定的な発言。
クレアは、報復代行者。
報復者の、手駒。
彼に会えば、何かわかるかもしれない。
そんな甘い考えに縋り、彼の真意を見誤った僕のミスだ。
「お前の目的はなんだ? その目的に、クレアは必要不可欠なんだろう?」
眼光鋭く、僕は問いかける。
クレアが、この男の支配下にある存在であろうことは察した。
家族という設定も、かなり怪しいくらいだ。
では、この男は何をしようとしている?
何のために、クレアを利用しようとしているんだ?
『俺の名前で察してくれ。報復……復讐だ。そして、クレアこそが、俺の復讐を完成させる実行者だ』
「その……復讐の内容は?」
『決まっている』
報復者は、小さく鼻を鳴らし、淡々と事務的に述べた。
『ダンジョン世界の全て……クレアの命を奪った、この世界に対する復讐だ』
「……は?」
僕は、唖然としてぽかんと口を開ける。
クレアの命を奪った?
何の話だ?
それに、ダンジョンへの復讐って……はぁ?
話のスケールが異次元レベルに大きすぎて、理解が追いつかない。
それ以前の疑問も山ほどある。
今ここにいるクレアが、なぜか死んだことにされていること。
クレアが人間でない可能性を持っていること。
この男の口ぶりからして、今のクレアは妹としてのクレアではないであろうこと。
残っている疑問は、全てクレアに関することだから、彼女の存在が鍵になると思うのだが……ダンジョンへの復讐を決意した理由を探る鍵となるクレアの謎が、あまりに大きすぎる。
そんな置いてけぼりの僕に、報復者は問いかけてきた。
『気になるか? 俺が、このダンジョンへの報復を望んだことが……そして、その思いにクレアがどのようにして関わっているのか』
「聞いたら、話してくれるのか」
『もちろんだ。曲がりなりにも、君には恩がある。俺の計画を完成させてくれた恩がな』
何か、引っかかる台詞を言っていたが、ここはあえてスルーする。
きっと、話を聞いている内にこの疑問にも答えが出るはずだから。
「話してくれ」
いろんな疑問にまずは蓋をし、この展開にエナがついて行けているかを横目で確認したあと、報復者に話をするよう促した。




