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第六十四話 報復者との接触

 降りしきる雨の中、俯いて立ち尽くす僕の横に、いつの間に近づいてきたのか、エナが立っていた。


「……悲しんでる?」


 既に亡骸なきがらとなった、かつてのリーダーを見ながら、エナは聞いてきた。


「まさか。これが、彼の選んだ選択だ」


 狂った覚悟に身を委ねた男。

 最後の最後まで、愚かで間違った道を進み続けた奴だった。

 けれど……心の奥の奥。くだらないくらいに肥大化したプライドの殻を取り去ったむき出しの精神の僅かな隙間に、良心の呵責かしゃくみたいなものはあったのかもしれない。


 自分の行動が間違っているのだと、無意識の内ではきっと気付いていたのだ。

 そして、だからこそ、間違った道を進み続けるしかなかった。

 自分の狂ったプライドに食い殺された哀れな人間。その認識は、亡骸を前にした今とて変わらない。

 けれど。


(なんとなく、最後の最後に心を交わすことができた気がする)


 《憑怪の石》を砕いた瞬間、すべてのしがらみを取り去ったウッズの心が聞こえてきた。

 まるで、やるせない気持ちを全て拳に込めて放った僕に、呼応するようにして。

 

 だから、せめて誠意を込めてウッズのボロボロになってしまった魂を、空に送ってあげることにしよう。


 俯いたまま目を瞑る。

 耳に届く雨の音が、一際強くなった気がした。


 ――しばらくの間、雨の音が静寂を支配する。

 時間としては、そんなに長い間じゃないだろう。


 降りしきる雨の中、海で囲われた世界の中心で立ち尽くす僕達。

 ある意味で、一つの静寂で完結された世界。

 それを打ち壊すようにして、そいつは唐突に現れた。


 パチパチパチパチ。

 不意に、場違いな拍手の音が聞こえ、僕とエナは顔を上げる。


 いつの間にか。

 そいつは岩山の外、僕等から数メートル離れた空中に立っていた。


 年齢は、20代前半くらいだろうか?

 長い白髪に、鋭い金色の瞳を持つ青年だった。


 微笑んでいるわりに、その表情の端々には喜びとは無縁の――ともすれば憎悪のような感情すら見て取れる。


 全身にはボロボロのコートを纏っているが、不思議と廃れた印象は受けず、そのボロボロの姿も彼を構成する一部かのような、妙な一体感がある。


 均衡を模したいびつ

 そんな矛盾した言葉が似合うような、不思議な男だった。


「誰……ですか?」


 全身が緊張でピリピリと震えるのは、きっとこの男の気配にただならぬものを感じているからだろう。

 一切の油断をすることなく、僕は質問した。


『まずは、第一迷宮ファースト・ダンジョン《モノキュリー》のラスボス討伐おめでとう、と言っておこうか』


 その男は、僕の質問には答えずそう言った。


 ラスボス?

 今のが?

 

 一瞬そう思ったが、元々このダンジョンは迷い込んだ者を虚像の空間に閉じ込めて、なぶり殺しにするというのが、前提条件の構造であるはずだ。

 それを打ち破り、一つしか無い実像世界に移動したとき、敵として待ち構えていたのはハイド・ウンディーネだけだった。


 海を丸ごとひっくり返す勢いで《衝撃拳フル・インパクト》―重炸裂フル・クラスターをぶっ放したが、他のモンスターがいる気配はなかったし、襲ってくるモンスターもいなかった。


 ハイド・ウンディーネがラスボスという意見も頷ける話だ。


(しかし、この声……どっかで聞いたような)


 目の前にいる、この男の声に聞き覚えがある。

 ただ者ではないと本能で警戒し、あまり声色に着目していなかったが、次声を聞けば間違い無く思い出すと確信が持てる。

 それくらい、僕の意識に入り込んでくる声。


「……あなたは、誰なんですか?」


 もう一度、同じ質問をぶつける。

 答えなくていい、声を聞かせてくれ。そうすればわかる。


 ゴクリと唾を飲み込んだ僕の前で、男は口を開いた。


『わかるだろう、お前には。俺の名は――』


 その瞬間、僕の頭の中を閃光が駆けた。

 今、目の前で話している声と、自分の記憶が保持している声が合致する。


 こいつは。

 僕が今、最も会いたかった存在。いや、こいつに会うためだけに、このダンジョンに足を踏み入れたと言っても過言じゃない。


 ずっと会いたかった、お前に――

 

 お前の正体を悟った瞬間、お前の名乗りに重なるようにして、僕は叫んでいた。


「――報復者リタリエイターッ!!」

『――報復者リタリエイターだ』


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