第六十二話 因縁の対決
メキメキと音を立て、ウッズの筋肉がみるみる内に膨れあがる。
服がはじけ飛び、下から青黒く変色した肌が露わになる。
八重歯は大きく伸び、牙のような形に変化し、額には第三の目が出現した。
胸元には、《憑怪の石》が現れ、全身に禍々しい力を送っているのがわかる。
「ウォオオオオオオオオオオッ!」
魂を喰い潰して生んだような咆哮が、大気を震撼させた。
見たところ、理性を失っているようだ。
この変化は、紛れもなく――
「人のモンスター化?」
「ええ、そうよ」
僕の呟きに対し、エナが淡々とそう答えた。
「《憑怪の石》は、魂と引き替えに人をモンスターにしてしまう、呪具。その正体は解明されていないこともあり、攻略者ギルドは特S級危険物に認定し、見つけても使用を硬く禁じているわ。まさか、ウッズがそれを使用するなんて……」
そんな危険なものがあったなんて、知らなかったな。
一応、冒険者歴はエナより長いつもりなんだけど。
ほんの少しだけ、プライドが傷付いた。
「ちなみに、モンスター化の後、胸にある石を壊したら、人に戻ったりするの?」
「わからないわ。けど、戻るのであればわざわざ特S級危険物に認定しないでしょうね」
「だよね」
だとしたら、ウッズは命と引き替えに僕と戦うことを選んだということか。
一体何故――
そんなことを考えていたそのとき。
不意に、ウッズが動いた。
瞬発的に地面を蹴り、瞬く間に彼我の距離を詰めてくる。
「え、エランくん!!」
エナが悲痛な叫びを上げるが、僕は慌てず《龍鱗》を起動。
左手にはめたガントレットの上に、びっしりとオレンジ色の鱗を生やし、モンスター化したウッズが放った正拳突きを真っ向から受け止める。
通常、攻撃力や防御力などの戦闘向きステータスは魔法スキルに軍配が上がる。
しかし、無属性の通常スキルでも高クラスモンスターの持つスキルは、その限りではない。
《衝撃拳》や《龍鱗》など、ボスクラスの持つスキルは、場合によって戦闘面における性能が、魔法スキルを凌駕するポテンシャルを秘めている。
けれど、通常の冒険者がそれを手にすることはない。なぜなら、ボスクラスが持つスキルがドロップする確率は、途方もないほどに低いからだ。
僕のように、相手のスキルを手に入れることのできるユニークスキルを持っていない限り、手にすることはないだろう。
ダンジョン最下層のラスボスが持っていたスキル《龍鱗》。その防御力は絶大で、難なくモンスター化したウッズの拳を受け止める。
そればかりか、自分が拳を放った勢いでウッズの腕の方が、ぐにゃりと歪んだ。
「グォッ!?」
理性が残ってはいないようだが、本能でこちらとのレベル差を察したらしい。
ウッズは大きく飛び下がり、距離を取る。
複雑に折れた手は、生き物のようにうねりながら元の形を取り戻した。
どうやら、再生持ちのようだ。
けれど、負ける気は全くしない。
「悲惨だね、ウッズ」
僕は、最早哀れみの感情すら浮かんでいた。
たとえモンスター化したとしても、元となったのは人間。しかも、Cランクのそこそこ強いだけの冒険者。
必然、強化の幅には限度がある。
手合わせしてみてわかったが、精々Sクラス上位くらいの強さしかない。
最も、普通の冒険者が複数人のパーティを組んで一斉攻撃をし、やっと倒せるレベルであることに変わりは無い。
けれど、今の僕にはただの格下以外の何物でも無かった。
もちろん、自分の強さに驕って見下しているわけじゃない。
このウッズという男が、なけなしの慈悲を無視して、死を選んだことが愚かだと思ったからだ。
助かったはずの命を放りだし、僕に助けられるくらいならと、死を覚悟で僕に挑んできた。
(いや、最初から僕に殺されるつもりでモンスター化したのかもしれないな)
再び突っ込んでくるウッズに《反発》の対象指定をし、再生したばかりの拳が触れた瞬間、身体ごと後方に弾き飛ばす。
ゴロゴロと無様に転がっていくウッズを見ながら、僕は思案を続ける。
いけ好かないけれど、こいつは《緑青の剣》のリーダーだった。
相手との力量の差を見誤るとは思えない。
モンスター化しても、僕に勝てるとは思わないはずだ。
十中八九、負けることがわかっていて人としての死を選んだ。
(とすると、僕に対する嫌がらせか?)
どうあっても命を見すてないスタンスの僕に、殺させて一矢報いようとでも言うのか。
だとしたら、性根が腐りすぎていて虫唾が走る。
「結局、最後まで僕は、お前のことを理解してやれなかったよ。ウッズ」
どうして僕に、そこまで噛みついてくるんだろう?
八つ当たりもいい加減にして欲しい。
きっと、僕が拳を振るい彼を生物的に完全に殺すそのときまで、心が交わることはないのだろう。
ふと視線を上げると、体勢を立て直したウッズが突っ込んでくる。
口を開け、目を光らせ。
悲しいくらい惨めな姿で、僕の方に牙を剥いてくる。
だから。
僕はいろんなわだかまりを抱えたまま、やるせない気持ちを拳に乗せるしかないのだ。
「《衝撃拳》……」
突っ込んで来たウッズにカウンターを合わせるようにして、胸元の《憑怪の石》に拳をたたき付ける。
その瞬間だった。
僕の耳に、エコーのかかったウッズの声が響いてきた。
――「お前は、この先俺みたいにはなるなよ」――
「……え?」




