第四十九話 崩壊する虚像の世界
「ね、ねぇエランくん。それ……」
不意に、エナが僕の後ろを指さした。
彼女は、驚きと困惑を隠せない表情を浮かべ、指先を震わせている。
「どうしたの?」
反射的に振り返るが、特に変わったものはない。
「ち、違う。エランくんの背負ってる、クレアさんが……!」
「え? クレアがどうしたって――」
僕は、背中に担いでいるクレアを見て、思わず「あ!」と声を上げた。
クレアの全身が、淡い金色の光を放っていたのだ。
「な、何これ! どうなってるの!?」
いや、人間じゃないって言ってたし、光ったとしても何らおかしいことじゃないのかもしれないけど。
それでも、驚くには十分過ぎる天変地異だ。
「おいクレア! 大丈夫か?」
問いかけると、クレアはゆっくりと僕の方を見た。
未だに生気の戻らない、ぼんやりとした表情のまま、何かを伝えるかのように口をモゴモゴと動かす。
「え? 何……何を言ってるの?」
「……っ」
「悪い、よく聞こえないや」
クレアの口元に耳を近づける。
――と。
「……ご、め……ん」
弱々しい声で、たった一言そう言った。
え? ごめんって何が――
問い返そうと、口を開いた瞬間。
突如、クレアの身体が熱を帯び、カッと眩い光を放った。
「うわっ!」
慌ててクレアから目を逸らす。
再び瞳に映った夜の世界に、異変が生じ始めた。
《紅炎極砲》が衝突した場所とは別に、空間全体に次々とヒビが入り始めた。
星空や水面がパキパキと音を立てて、崩れていく。
「な、何が起こってるの?」
エナが不安そうな表情を浮かべて、腕にしがみついてくる。
「わ、わからない! ただ……!」
僕は、眩い光を放つクレアを見る。
「この子、光と一緒に、何か底知れぬパワーを放出しているように思えるんだ!」
「ど、どうしてしそう思うの?」
「そ、それは……なんとなく。直感で!」
ただそう思っただけで、そう言い切れる物理的な根拠はない。
けれど、彼女の異変に呼応するようにして、虚像たる世界が崩壊していく。彼女がこの惨劇を生み出している元凶であろうことは、否応なく理解した。
(もしかして、《紅炎極砲》の一撃で空間にヒビが入ったのも、元々クレアの影響で虚像空間が不安定になっていたからなんじゃ……)
ふと、そう思い立った。
だって、どう考えてもおかしい。カエラナイは、攻撃力特化のSSクラスモンスターでも、この空間には傷一つ付けられないと言っていた。
いくら強くなっているとはいえ、僕の攻撃一つで簡単にヒビが入るわけない。
(どうすればいい! どうすれば彼女を止められる……!?)
脂汗を垂らしつつ、頭をフル回転させる。
しかし、何も思いつかないまま空間は次々と割れていき――やがて。
空間全体にヒビが巡った瞬間が訪れると、パキィイイン! と涼やかな音を立てて、世界が割れ砕けた。
星を投射したガラス板のような空が崩れ、足下の水はまるで幻であったかのように消えていく。
世界の境界線が曖昧に溶けていく。
しばらく、混沌と曖昧が支配する空間が広がった後、焦点がゆっくりと合っていくかのように、新たな景色を結像していった。
今度こそ、真なる《モノキュリー》の姿が露わになる。




