第四十四話 《モノキュリー》突入開始
第一迷宮《モノキュリー》は、地上三千メートルに浮かぶ、巨大な島型のダンジョンである。
挑戦して帰ってきたものが歴史上ただの一人もいないその場所への入り口は、《モノキュリー》の真下の地上に存在する。
ちなみに、《モノキュリー》の真下に、人は住んでいない。
何百年と空に浮いているから落ちてくることはないのだろうが、それでも巨大な物体が日常に影を落としている威圧感は計り知れない。
また、得体の知れないダンジョンということもあり、誰も近づきたがらないので、《モノキュリー》直下の地面は雑草の生え散らかした草原になっていた。
「こんなところに、ダンジョンの入り口があるの?」
「うん。噂ではね」
腰の辺りまで平気で伸びている草花をかき分けながら、エナと共にダンジョンの入り口を探す。
巷では、《モノキュリー》の入り口は草原の中に隠れているらしいのだが、こう草花が邪魔をしていては見つけられない。
「まずいな。これ、日が暮れるぞ」
ダンジョンに入る前にへとへとになってしまいそうだ。
なるべく体力は温存しておきたいのだが……
そう思いかけた、そのときだった。
『きゅう!』
突然とーめちゃんがぴょんと跳ねたかと思うと、一直線に進み出した。
「とーめちゃん? どこ行くんだよ!」
僕とエナは、慌ててとーめちゃんの後を追う。
前を行くとーめちゃんは、まるで見えない糸に引っ張られているかのように、迷いない足取りで飛び跳ねながら進んでいく。
やがて、数百メートルほど進んだ先で、とーめちゃんはピタリと止まった。
「あ!」
その場所を視界に入れた瞬間、僕は思わず声を上げた。
草花で覆い隠された地面が、その場所だけぽっかりと穴を開けているではないか。
黒い靄が渦巻いていて、異次元への片道切符のようにも見えるそれは、紛れもなく《モノキュリー》への入り口なのだと直感で理解した。
「さ、流石ダンジョン生物……迷い無く入り口を見つけるとは」
驚いてとーめちゃんを凝視すると、とーめちゃんは嬉しそうに透き通ったアホ毛を揺らした。
ダンジョンに住むモンスターだから、臭いなり磁気の異常なりを察知できるのだろう。
低クラスモンスターのくせに、めちゃめちゃ有能だ。
「よくやった、ほんとに」
かがんでとーめちゃんの頭をぽんぽんと軽く叩き、エナの方に向き直った。
「行くけど、覚悟はいい?」
「ええ、いつでも」
即答したエナに頷き返し、闇色渦巻く穴に足を入れた。
その瞬間、落とし穴に落ちたかのような浮遊感が全身を襲い、真っ暗な闇の中へと吸い込まれた。
△▼△▼△▼
浮遊感が収まり、地面に足が付いている感覚が戻る。
落下中、硬く目を閉じていた僕は、恐る恐る瞼を開いた。
「これは……!」
飛び込んできた景色に、僕は目を疑った。
僕……いや、僕等は静かな夜の世界にいた。
どこまでも続いている地面には、薄く水が張り巡らされていて、満天の星空を鏡のように映して出している。
周囲の空気は冷たく透き通り、雑音ひとつ無い凪ぎの中。
僕と、横に立っているエナの足下の水だけが、場違いのように揺らいでいた。
まるで自分たちが、完璧な世界に突如として混入した不純物のようにすら思えてくる。
「ここは……ダンジョンの中なのか?」
「そうみたい。でも……こんなに綺麗で、寂しい世界なの?」
エナが息を飲む音が聞こえた。
さっきまで昼間だったから、おそらくここは時空そのものが歪んでいるんだろう。
今までのダンジョンも、空間が歪んでいるものは多くあったが、この場所はより鮮明に異次元だとわかる。
空気の質が、今までのダンジョンのどれとも違うのだ。
より濃密で、混沌としていて、それなのに張り詰めている空気感。
「これが、《モノキュリー》……最凶のダンジョン」
ごくりと唾を飲み込み、一歩足を踏み出す。
足が水面に沈み、波紋が小さく広がった……その瞬間。
『第一階層に侵入者を発見。排除する』
ふと、そんな声が響き渡り。
静かだった周りの水面が一気に波打ったかと思うと、どういう構造になっているのかわからないが、数センチほどの浅い水面から、人の背丈ほどもある青白い魚のモンスターが大量に飛び出してきた!




