表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/84

第三十四話 制覇の余韻と、謎の声

(ま、まずい……)


 深い水の底へ沈んでいくかのような錯覚に囚われる。

 身体が重い。全身から、生気が抜けていくような感覚。

 もはや、指先を動かすことも敵わない。



 胡乱うろんな意識の中、「レベルアップしました! HP上限が上昇しました!」という音声が遠くで鳴っているのを感じる。


 レベルアップに伴い、HP上限が上がるシステムは当然のこと。その上で、このダンジョンには少し特殊なルールが存在する。

 それは、レベルアップ前にHPが八割以上あれば、レベルアップした際に上昇した体力上限までHPが上昇するというものだ。


 たとえば、レベルアップ直前のHPが900/1000であった場合、体力上限が1100になった際に、1100まで回復する。しかし、HPが700/1000であった場合、上限が1100になっても、体力は700のまま。


 これは、過酷なダンジョンシステムに埋め込まれた、唯一のサービスみたいなものだ。


 これまで、ジャイアント・ゴーレムを除いてマトモなダメージを受けていない僕にとっては、特に気にする余地もなかったが――


(今のHP上限は、6500から大きく上昇して8750。でも、実際のHPの方は168……!)


 しかも、出血やスキル反動臨界症によるスリップダメージが働いて、徐々にHPが減っている。

 身体も頭も回らない今、HP回復のポーションは取り出せない。


 完全に、死に神の鎌に掴まっている状態だ。


(ああ、僕の人生もこれでお終いか……情けないな)


 あまりに恥ずかしい幕切れで、自嘲の気持ちすら湧いてくる。

 勝って生きるとか息巻いといて、なんてザマだ。

 

(すまない、クレア……)


 もうほとんど保てない意識の中、薄らと生意気な少女の顔が浮かんで――遂に、僕の意識は虚無を湛えた闇の中へと――


(……っ!)


 埋没まいぼつする寸前、暖かさが身体を包み込んだ。

 それは、あのときナナミが与えてくれたものと似ている、命の鼓動を高める呼び水のように感じる。


 暖かさに誘われるようにして、僕の意識は覚醒した。


「……ん?」


 目を覚ますと、目の前にクレアの顔があった。


「クレア」

「よかったぁ……死んじゃうかと思って、怖かったよぉ」


 不意に、クレアの瞳からしずくがこぼれた。

 乾いた頬に落ちた雫を目で追って、僕は小さく息を吐いた。


「ごめん。また、助けられた」

「ううん。今回は私じゃない」

「え?」


 涙を拭いながら、クレアは首を横に振る。


「え? じゃあ誰が……」

「この子だよ」


 クレアは、側にいたとーめちゃんを両手で持ち上げる。

 とーめちゃんは、嬉しそうに瞳を細めて『もきゅっ』と笑った。


 思い出した。

 そういえばとーめちゃんは、《回復リカバリー》のスキルを持っていたんだった。


「そうか……ありがとう」


 起き上がり、とーめちゃんの頭に手を置く。

 心地よさそうにするとーめちゃんを見ていたクレアが、不意に頬を膨らました。


「どうした?」

「ねぇ。私も頑張ったんだから撫でてよ」

「え?」


 ぽかんと口を開ける僕の前で、ぐっと顔を突き出してくるクレア。

 

「頑張ったって、今回に至っては何もしてな……」


 言いかけて、口をつぐんだ。

 何もせずとも、彼女が信じてくれたから、迷いを振り切れたことを思い出す。


「……ああ、ありがとうね」


 僕は、ふっと微笑みかけて、クレアの頭を撫でた。

 

「ふっふっふ。あがたてまつってくれてもいいんだよ?」

「お前は何かの神様か」

「ダンジョンの女神様だよ♡」

「アホか」


 一笑に付し、立ち上がってズボンに付いた埃をはらった。


「とりあえず、ボスは倒したし……行こうか」

「行くって、どこへ?」

「決まってるだろう?」


 したり顔でそう言って、僕は上を見上げた。


第三迷宮サード・ダンジョン《トリアース》は攻略したんだ。もうこの場所に用はない。だから、地上へ戻ろう」

『そうだ。それでいい』

「っ!? 誰だ!」


 不意に、頭に直接声が響いて、思わず叫んだ。

 が、辺りを見まわしても人影はない。


「どうしたの? エランくん」

「いや、今なんか変な声が頭の中に響いてきたんだけど……」

「気のせいじゃない? 私には聞こえなかったし」

「そうかな」


 首を傾げつつ、声の正体を探る。

 だが、この場所に別の誰かがいる雰囲気はなかったし、その後も声が響くことはなかった。


頭の中に流れ込んできた声の正体とは?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ