無知と戯れ踊れ
―――――…まっててね、いつか君に―――を君に与えてあげる……から
「え、まだもってないの?」
手にしたスマートフォンをぷらぷらと動かしながら―――夕焼けに琥珀色に輝く髪を揺らしながら一人の少女が微笑んだ。微笑まえられた方は対象的な仏頂面だ。
「…わりぃかよ」
短髪の黒髪をがりがりと掻きむしりながら、それと同時に唇を尖らせた。
「携帯なんて、連絡できりゃいいんじゃねーの? おれ通話とRainしか使ってねーよ」
Rainとは、スマートフォンに標準搭載されたコミュニケーションアプリだ。
「通話とRainだけって…。今どき貴重な位の機械音痴馬鹿だね」
言いながら少年からスマートフォンを引っ手繰るとなれた手付きでスイ、スイ、と操作する。時間にして数分。
「ほいっ」
操作のし終わったスマートフォンを少年に向かってほおり投げる。自分の大事な”連絡手段”を少年は慌てて受け取った。
「おい、こらまて!」
にやあ
「なによ〜、入れておいてあげたんでしょお?感謝しなさいよお」
「何が感謝だ!勝手にヒト様の携帯に!」
「使ってみなよ〜絶対便利だから!」
「何がだ!」
自分の手の中のほの明るく発光する液晶画面を何度も見返す。
「だから、何がだ!」
「digital partner」
「でじ…?なんだって?」
少女の口から紡ぎ出た言葉に、理解不能、顔をしかめる。
「デジタルパートナー。明のかわりに電話とかメールとか、整頓してくれんの」
明、と呼ばれた少年が手の中のマテリアルをじっ…とみつめる。そして今一度首を傾げた。
「…? どゆこと? 茜サンの言ってる意味がわからん」
言われた言葉に茜、とよばれた少女が盛大に息を吐き出す。琥珀色に輝いていた髪はいつの間にか夜の帳が落ちていた。そのことに気付いた少女――――茜が自分の腕の文字盤に目を落とす。
「あ、やだ、もうこんな時間じゃん! いい?10時位までに設定し終わっておいてよ?」
「何でだよ!」
にやにやり
「もちろんあたしがチェックするからに決まってんじゃん」
じゃね!と言いながら通学用の赤い自転車に跨がる。細い脚で力強くペダルを踏み出すとあっという間に視界の端に向かって走り抜けてしまった。
あとに残されたのはぼんやり薄暗く発光する機体を持った間抜けヅラ。
「…無視…したら、ぶっとばされるよなあ」
トホホ…と肩をがくり、と落とし地を這うようなため息を吐きながらサドルに跨った。力無くペダルを踏み出すと先程茜が向かった方向と同じ方向へ踏み出したのだった。