第二章 たぬきと戦争 ④ (本編の章管理)
人間達の戦争にまきこまれたタヌキ達。戦地で人間の子供の姿をしたタヌキと出会い、タヌキ達が暮らしていた北海道の町内とは比べものにならない悲惨な現実を目にします。
途方に暮れるタヌキ達の前に義明が現れました。
*
(第二章 たぬきと戦争 つづき)
トラックを運転しながら義明は、タヌキ達が出会った4人のことを聞き、
「友達になれたらいいね。友達は大事にするんだ」そう言い、そして、
「これからいろいろな出会いがあると思うけれど、心の目を開いて人のいうことはよく聞くんだ。もし正しい心の持ち主から間違っているよ、と言われたら素直に受け止めるんだ。優しい気持ちや人を愛する気持ちや信じる心や、夢と勇気があれば必ず道は開ける。人を幸せにできる。何より大切なのは心なんだ」そんなことを言った。タヌタヌが、「僕達、人の役に立てるタヌキになれるかな」と言うと、
「いまは焦らないでいいからね。静かにこの戦争が終わるまで身をひそめているんだよ。タヌタヌもみんなもまわりのみんなを幸せにする素晴らしい力を持っているんだ。いつかチャンスを見つけたら、勇気を出して一歩踏み出すんだ。そこから新しい未来がひらける。正しい心で踏み出せば暗い谷底へ落ちることはない、花が咲く野原を行ける。みんなが持っているパワーは自分のためだけでなく、人や動物や植物や、生きているみんなのために使うんだ」
しみじみと義明の言葉をかみしめる5匹。ふとポンが、
「施設にたくさんの動物や植物が捕まっていた」と言うと、
「かわいそうにね。何の罪もない生き物が戦争の犠牲になる」とため息をついた。
「あのね、生きたキュウリを見た」そうポンがいうと、義明はすこし意外な顔をして、
「みんな成長したね。植物の心が見えるようになったんだね。植物にも心があるからね。モノにも心がやどることがあるんだよ。人も動物も植物もモノも、みんな大事にしたいよね」
タヌキ達のほうが意外であった。キュウリが二本足で立つことに対して義明は抵抗がないようだった。
「さあ、着いた、ここだ」
大きな家だ。農家だろうか。家の前には大きな木が立っている。玄関に入り、広い土間の向こうから人のよさそうな初老の男性が歩いてきた。
「やあ、大変だったね。ここは安全だから、ゆっくり休んでいくといい」
そうにこやかに出迎え、土間の向こう方を振り返り、
「雛、来たよ、案内してあげて」
そう言うと、まだ幼稚園くらいであろうか、女の子がピュンと走ってきて、
「こんばんは、みなさん、どうぞ、こちらへ」と、5匹を招いた。
「私は戻らなくてはなりません。統領、よろしくお願いします」
義明がそう深々と頭を下げた。土間の向こうへ進もうとした5匹が驚いて振り向き、トラックに乗り込もうとする義明にしがみつき、シャツのそでやズボンのすそやベルトに噛みつき泣きついた。その5匹に義明は優しく頭や背中をなでながら、
「共和国統領の家だ。普段は統領とお孫さん2人が暮らしている。ここでかくまってもらうんだ。統領は信頼できる人だ。みんなのことを助ける手がかりをくれるから」
うんうん、と不安そうな5匹の顔を順に見てうなずいた。
もう一度統領へ向かっておじぎをして義明はトラックに乗り込み、トラックを走らせようとし、ふと家の前の大きな木を見みつめた。何か危険なものでもあるのかと、タヌキ達がその木を見るが、義明が苦笑いし、
「あ、いや、カラスが見えた気がして。見間違いです。この木、いいですね」
そう言ってトラックを動かし暗闇の中へ入っていった。トラックを見送りながら統領が、
「みんな、義明さんはね、危険を冒して君達を逃がそうとしているんだ。でも義明さんは世界軍側の徴兵で焼き鳥を焼く係だ。大丈夫なように私のルートで根回しはしているから心配しないで。さあ、中へ入ろう」
そう5匹を促し、玄関の引き戸を閉めた。
国の元首がこんなところで孫と3人きり、素朴な生活をしているのかと感心しながら5匹は雛と呼ばれた女の子についていき、居間に通された。居間の真ん中にいろりがあり、火がとろとろと焚かれている。天井は高く、吹き抜けになっているようだ。
エゾリンが女の子に問いかけた。
「統領のお孫さんは二人いるの?」
「うーん、わからない。あのお兄さん、鳥を焼くの?」
「え、うん、お祭りで焼き鳥を焼くの上手だったよ」
「えーそうなの」
エゾリンは少し戸惑った。サンワ共和国は鳥を食べない文化かもしれない。
「雛ちゃん、私達が住んでいた北海道というところでは豚肉を串に刺して焼いても焼き鳥って言うの、おかしいでしょ?」
「えー、そうなの、ふうん、よくわかんない」
何か気分を害したのだろうか、顔をしかめてあちらの方へ駆けて行った。
「少し難しいことを言っちゃったかしら」
焼き鳥が鶏肉か豚肉か、などどうでもよいことを初対面で異国の子供に話したことをエゾリンは反省し、横のタヌリンが「だいじょうぶだよ」と慰めていた。
居間でいろり火をみながらなんとなくくつろぎ、義明様のことを想った。できれば一緒にいろりでくつろぎ、ひざまくらやだっこをしてほしかった。
車の中で聞いた義明の話では、義明様は軍施設の調理場で焼き鳥を焼くかたわら平和の象徴として桜の苗木をサンワ国内に植えたり、軍施設周辺で雑草の世話をしたり、と、何かと忙しいようだが、タヌキ達は何となく義明の言葉に違和感を覚えていた。雑草は基地の目隠しになるから大事にしているということだろうか?焼き鳥を焼くのが上手だと徴兵されるものだろうか?世界軍にうまく利用され、いいように使われているのではないか、と心配になる。
奥の座敷には客人がきていたらしい。統領と何か言い争う声が聞こえる。玄関口で客人は何か捨て台詞のような大声を出し、出ていったようだ。
「やーれやれ」
統領がため息をつきながら居間へやってきた。
「やー、ほったらかしにしてすまなかったね。改めまして私はこの国の元首です。元ちゃんとでも呼んでください」
国家元首を元ちゃんなどと呼んでよいものかどうかと思いつつ、ポンが、
「元ちゃん、今日はありがとうございます。ここに居ていいんですか?」
とお構いなしに質問すると、
「ああいいですよ。ただここも全く安全というわけでもありません。時にどこかへ隠れていただくこともあります。このいろりの下をくぐると洞窟になっていて、むこうの山まで移動することができるんですよ」
そう言っていろりの横にある床の一部を持ち上げると地下への階段があり、かなり深く続いていることがわかる。
「あなた方はこの居間でしばらくは暮らしてください。万が一のときはここから逃げて山の小屋に潜むのです。ここに滞在中は、孫の雛と、雛と、あれ、なんて言ったっけ。もう一人・・・」
統領は孫の名前を忘れたのだろうか、必死に思い出そうと顔を赤くし、
「なんかド忘れしちゃって、孫たちがお世話しますからね。ゆっくり休んでください」
そう言って、「あれおかしいなあ」と首をかしげながら居間を出ていった。
「まずは一安心だね」エゾtがそう言い、床に足を投げ出して、
「でも、義明様と一緒にいたいな。そして一緒に春美のところへ帰りたい」
テーブルに出された日本茶をすすった。皆もそれに習ってお茶をすすり和菓子を食べた。
義明の出現は夢のようだった。よもや義明が徴兵されて自分たちに会いにきたとは。春美は無事でいるのだろうか。義明と自分達と春美がバラバラな場所にいることが不安で仕方ない。せめて義明とはいつも一緒に行動したい。次に顔を見ることができるのはいつか、そんなふうに思いをめぐらせていた。
翌朝、
「ここに人が来る床下に隠れてください」
元首の孫の雛ともうひとりの子が声をそろえて居間の5匹に声をかけた。うたた寝をしていた5匹はあわてて床下にもぐりこみ、床の上の様子に聞き耳を立てた。
「いや、だからね、そんな人は来ていないって」
元ちゃんの声だ。
「いいや、確かにここに入ったって情報が入っているんだ」
相手は誰なのか。世界軍が連れ戻しに来たか。いや違う。諸国軍のほうか。
「ここか!」5匹は一瞬ドキリとしたが、元ちゃんの声で、
「そんなところに入るものか、冷蔵庫にはどら焼きしか入っていないだろう」
なんで冷蔵庫いっぱいにどら焼きなんだと、相手がぶつぶつ言い冷蔵庫をパタンと閉める音がし、相手の男が頼むような口調で言う。
「世界軍に渡したくない。こちらの味方にするべきだ」
「ここは中立地帯で私は国家元首だ。屋敷の中にいないとわかったらとっとと出ていってくれ」
ちっ、と舌うちをし、その男がこんなことを言った。
「闇タヌキどもは世界軍が呼ぼうとしているウサギには警戒しているようだ。世界軍に対抗して諸国軍もウサギの戦士に近づこうという動きがある。世界軍中枢は連れてきた5匹のタヌキが将軍に匹敵するパワーを持っていると分析している。だがこれ以上の外部戦力はこののどかな国には必要ないだろう、戦争を長引かせるだけだ。どうだ、このあたりでボスの提案を飲まないか」
「何がいいたい、もともとこの国にも周辺諸国にも軍隊などなかった。戦争をしているのは人の形をした闇兵士と、世界軍の人間だけなんだ。こんな戦争に何の意味がある。お前さんらは結局のところ金儲けをしたいだけだろう。5匹を諸国軍で雇って交渉道具にするつもりか」
男はため息をつき、
「この戦争を終わらせるためだよ。あんたはどうなんだ。どうやったらこの戦争が終わると思う」
「いずれ白き勇者が西の明王と東の神々を導き引き連れてくる」
「おとぎ話や冗談はもうたくさんだ。他の大国をまきこんでも戦火がおさまるとは限らないだろう。現実に何をたくらんでいる。世界軍関係者も知らない助っ人を集めているという噂もあるぞ」
「この世界は滅び、新しい者たちの時代となる。その時に備え中立の立場をとり静かにしているまでだ」
しばらく聞き取れない小声の会話が続いたが、意味不明な会話が続き、やがて不穏な動きとなる。
「何をする気だ」
「手荒なことはしたくない。例の謎解きをたのむ」
「私にはわからぬ」
「うそを言うな。どうしてこの国には闇兵士が近づけぬ」
「知らぬ。人を呼ぶぞ」
ちっ、と男がまた舌打ちをし、
「しかたないな、また出直してくるよ」
そう言って居間を出ていった。
何等かの複雑な人間模様があるようだ。タヌキ達にとって利害関係もおとぎ話もこの際どうでもよかった。ただただ、家に帰りたい。
男が玄関を出るのを確認し、元ちゃんは居間へ戻って床を軽くたたく。「もう大丈夫だがしばらくそこにいてください」そう言って元ちゃんは居間を出た。
どうしてよいものか、真っ暗な階段にじっとしているが、ふとエゾtがこんなことを言って皆を勇気づけた。
「不安なままおびえていても何もいいことはない。戦争を終わらせて人の役に立つ方法を考えないか。」
エゾリンが、
「そうね、このままここにかくまわれていても元ちゃんに迷惑がかかる」
タヌリンが、
「誰も望んでいない戦争なら、そのボスとか闇和尚とかいうのをやっつけちゃったらいいんだよ」
ポンが、
「昨日のどら焼きおいしかった」
タヌタヌが、
「ねえ、下の方に誰かいる」
えっ、と5匹が一斉に下を向く。タヌキであるせいか夜目は効くほうだ。やってきたのはネズミだった。
「タヌキさん達ですね、ああ、よかった。タヌキさん達がここにかくまわれていること、動物や植物の間ではけっこう有名ですよ。逃げ道を確認しておいたほうがいいです」
そう言って、頭のヘルメットについたライトをともし、タヌキ達を階段の下へ案内した。
階段が終ると長い暗いトンネルが続き、道が3方向に分かれた。
「まっすぐ進むと諸国軍の本拠地に近い、国ざかいの山に出ます。左に進むと世界軍の最前線基地に近い山に出ます。右に進むと、え、あっ、ちょっと」
タヌキ達は世界軍と聞いて左の道へ進みだした。義明がいると思ったからだ。ネズミはあわててタヌキたちの前へ進み、
「ちょっと、ちょっと、お待ちください。今日はそちらは危険です。諸国軍が総攻撃を計画しているからです。うわあ、ちょっと待ってください」
義明がいる最前線基地が攻撃にさらされると聞くといてもたってもいられない。急いで行こうとしたタヌキ達の前に先回りしたネズミが、
「攻撃を察知した世界軍は、基地を離れてあちらの方へ移動しているんです。さきほどの道を右に進むと、世界軍秘密基地近くの山に出ます。最前線基地と秘密基地から挟み打つように諸国軍基地を攻撃する作戦をたてています。どちらへ向かってもいまは危険な状況です。でも、お願いです。さきほどの道をまっすぐすすんで、私と一緒に諸国軍基地まで行ってほしいのです」
ネズミによれば、仲間が諸国軍にスパイと間違えられて捉えられたが今日釈放されると、仲間のスパイネズミから聞いた。仲間ネズミは方向音痴なので、迎えに行きたいので一緒に行ってほしいという。
「逃げ道を確認してくださいなどと言って連れ出して申し訳ありません。でも仲間を助けたいんです」
ネズミが頭を下げる。
人助けは本能的に断れない。タヌキ達はネズミについて行く。トンネルを進むと扉があり、扉を開いて山小屋に入った。山小屋は諸国軍基地が間近に見える山の中腹にある。
ネズミはガラス窓から外の様子を見、大丈夫だと言って皆で山小屋の外に出ると大勢の兵士に取り囲まれて、あえなく全員捕まった。仲間ネズミも捕まっていた。方向音痴なので、道案内を兵士に頼んだら捕まったという。ネズミと仲間ネズミは虫かごのようなネズミかごに入り、タヌキ達は縄で前足ならぬ両手を縛られ、兵士達に連れられ山を下りる。
山の中、開けた場所に野外ステージのような演壇があり、そこで演説をしている男の話を幾人もの兵士が聞き入っている。男の顔は遠くてよくわからない。その建物の裏手の方に進み、倉庫のような場所に入るとそこは牢獄であり、仲間ネズミの仲間であるスパイネズミもすでに捉えられていた。スパイネズミの檻に、ネズミ2匹が追加され、その横のタヌキ用の檻にタヌキ達が入れられた。
皆を連行してきた兵士がいなくなると、先に捕まっていたスパイネズミが、
「ここを早く出ましょう。もうすぐ世界軍の攻撃が始まるらしい。危険です」
でもどうやって、という顔を一同が見せると、
「かじって穴をあけているところでした。ここから這い出てカギを取ってきます」
ネズミの檻の何か所かはスパイネズミがかじって削られているように見えるが、
「気が遠くなりそうだ」とネズミと仲間ネズミがため息をつく。
「え、そうかなあ」
人間の子の姿をしたタヌキ5匹が自分達が入った檻にかぶりつき、
ガリガリガリ、
あっという間に檻に大きな穴をあけた。
「はあ?」
ネズミ達があきれて見ている。エゾtが、
「歯は丈夫なんだ。毎日磨いているから」
ポンが
「あ、でも、今日も昨日も磨いていないよ」
タヌキ達が顔を見合わせてうつむいた。春美に怒られる、そう思った。
壁にかけてあった鍵を取り、ネズミ達を檻から出してあたりを見渡す。いかにも薄気味の悪い牢獄。黒い影の魔物が何匹もそのあたりをさまよっていて、タヌキ達が気にして見ている。以前、義明の家でも見かけた黒い影だ。外へ通じるドアへ歩きながら「あれは魔物の玉子みたいなものです。あの姿からいろいろと変態し、闇兵士となります」一緒にきたネズミが説明した。
そういえば、と、スパイネズミが、
「諸国軍も世界軍も、闇兵士がサンワ共和国に攻め込めない理由を探っています。答えはサンワの統領しか知らないと思っているようですが、私達にはわかります。あなた方もお気づきでしょう?」
そう言われても何が何だかわからなかった。わからないことが多すぎる。
そおっと牢獄の外に出る扉から外へ出る。建物は山と木々に囲まれている。道路は避け、木々のすきまから山を抜けようということになった。一緒にきたネズミは済まなそうにタヌキ達に頭をさげ、捉えられていた仲間ネズミもスパイネズミも深く感謝した。ネズミ達が先にスルスルと山の中へ姿を消し、あとに続こうとタヌキ達が山へ入ろうとすると、背後から、
「待て」と言われ、皆、両前足をあげて振り返ると、一人の少年がそこに立っていた。
「お前らだな、日本から来たタヌキって」
武器は持っていない。タヌキ達には本能的にその少年がタヌキであることがわかった。
「将軍のゾッティだ、ずいぶん歯が丈夫なんだな」そう言って握手を求めてきた。
エゾtが代表して握手をした。芯の強そうなしっかりとした若者だ。
「お前らがこの国にきてからの足取りから察すると、どうも世界軍にも諸国軍にもなじまないようだな。俺はお前らを捕えようとは思わない。戦おうとも思わない。そこからさっさと逃げたらいい」
さっそくポン、タヌタヌ、エゾリン、タヌリンが林の中へ入ろうとする。エゾtはそのままゾッティと向き合い、
「この戦争を終わらせることはできないの」
そう問うと、タヌキ達は林の中で立ち止まり振り向き、ゾッティは遠い目をし、
「戦うことは好まない、でも戦わなければ・・・が傷つく。だから戦わないわけにはいかないんだ。戦って世界軍に勝ったとしても勝利者にはなれないけどな」
『・・・』の部分は何と言ったのか聞き取れなかった。ゾッティは何かを守るために戦っているのだろうか。
「エゾt、みんな、4人からはお前らのことを聞いている。お前らはいいやつらだ。お前らに会えてよかった。さあ、行け」
そう言ってゾッティは諸国軍の建物へと引き返した。
けもの道をたどりながらタヌキ達はさきほどの小屋にたどり着いた。兵士はいない。暗がりの中、壁をつたってさっきの分かれ道まできた。
「どっちへ行く?」
義明様の安否は気になるが、義明様からのいいつけを守り、とりあえず元ちゃんの元へ戻ってお茶を飲むことにした。洞窟を引き返していくと、向こうから、「大変だあ」と、ネズミ三匹が走ってきて、
「雛と元首がさらわれた」という。
「おそらく世界軍でも諸国軍でもない、闇和尚に通じる連中です。闇和尚はゾッティ将軍を操り世界征服をたくらんでいる悪いやつです。サンワの元首は諸国軍にも闇和尚にも領土を譲ろうとはしませんでしたが、闇和尚が元首を手にかけたとしたら混乱は必至です。闇和尚に寝返る国も出てくるでしょう。とにかく早く世界軍へ知らせて諸国軍基地への攻撃を中止させないと。そして元首と雛を助けなければ」
そうネズミはタヌキ達に訴えた。人助けは本能的に断れない。
最初のネズミは真っ直ぐ諸国軍基地へ、スパイネズミは左の世界軍前線基地へ、仲間ネズミは右の世界軍秘密基地へ向かうこととし、タヌキ達も三方に分かれることにした。離れ離れになることはあまり本意ではなかった。パワーが減退するかもしれない。しかし、一刻も早く雛や元首を救出し、居間でお茶を飲んでどら焼きを食べたかった。義明に会えるかもしれない、という思いもあった。
左の世界軍司令部には、ポンが、真ん中の諸国軍基地へはエゾtとタヌタヌが、右の世界軍前線基地にはエゾリンとタヌリンが向かうことになった。
いつの間にかポンは軍服姿になっていた。世界軍司令部でもらったオモチャのピストルは本物の拳銃になっていた。首輪だけはそのままペットショップで売っているような首輪。
細心の注意を払い、スパイネズミと一緒にトンネルから洞窟を抜けて、山の中腹から世界軍司令部へ下る。さきほどのネズミからの情報では諸国軍の攻撃を避けるために基地を捨てて秘密基地へ移動した、とのことであったが、その通り、おおかたの撤退は完了しているようだった。軍服姿のポンは基地に通じる道に立つ見張りの兵士に、
「将校に会わせてほしい」と頼むが、兵士は、
「知らぬ顔だな。要件を言え」とぶっきらぼうに言う。
無線で何か伝えていたかと思えば、
「お前のような奴は誰もしらない。タヌキだと?何をばかなことを言う、人をばかすつもりか」と、向こうへ行け、と追いやられる。
スパイネズミに相談をしようと話しかけるが、
「チューチューチュー」と言って言葉が通じない。そして向こうの方へ逃げていった。
ふと、あのアライグマやネコたちのことが気になった。半ば土に埋まったような総司令部だが、人目を避け、密かに盛り土の向こう側に回り込んで行くとドアがあり、開けてみるとそこはあの動植物達の収容所だった。アライグマやネコやキュウリが一斉にポンの方を見て泣き叫ぶ。
「かわいそうに、置いてきぼりね。いま助けるからね」
壁にかかっている鍵を見つけ、全ての檻の扉をあけ放って、ドアから動物などを外に逃がした。
「何をしている」兵士のひとりが動物などを逃がしているポンの姿を見て大声を出した。
駆け寄ってきた兵士の中に長官を見つけると、「長官!」叫びながら走り寄ったが、
タン、タン、タン、
兵士のひとりが発砲し、一発がポンの太ももに当たった。
「うううっ」
うめき声をあげるポンに兵士が近寄り、その後ろから長官が近寄った。
「お前は誰だ」
「昨日のタヌキです。ポンです」
しばらくポンの顔と首輪をまじまじと見ていた長官は、
「信じがたいが、お前がタヌキだとして、私に言いたいことは」
痛みをこらえながらポンは、元首が闇和尚に捕まったことを伝えた。長官はポンの太ももを見て、
「弾は貫通している。止血を」と、近くの兵士に命じた。兵士がガーゼを持ってきて将校はそのガーゼを取り、ポンの足にあてがった。
長官と将校は顔を見合わせ、長官が、
「そのような情報を持っているお前はタヌキなのだろう。すまなかった。ただ、事態は深刻だ。もはや手遅れかもしれない。東のかみと西のほとけに援軍を求めているが、果たして動いてくれるかどうか」
ポンは身体を起こし、
「義明様は、義明様はどこにいますか。すぐに会いたいです。会わせてください」
将校は深刻な顔をし、
「義明様は敵地にいる。今日行われる諸国軍の式典に友好の証として苗木を運びに行った」
「ええっ、総攻撃のこの日に」
「ああ、敵を油断させるためだ。義明様は承知の上で現地へ向かった」
「なんてこと」
その時、サイレンが鳴り、「敵襲」の声があがった。敵の総攻撃が予測していた時間より早まったのか、世界軍はまだ撤退作業中であり、将校も長官もまだここにとどまっていた。諸国軍の奇襲であった。
ドーン、ドーン
ロケット包の着弾があり、あたりの建物、兵士たちが吹き飛んだ。
ヒューーーーン、「来るぞー」兵士の絶叫があがったその直後、総司令部の建物の中心付近にミサイルが命中し大爆発が起きた。
将校が、長官が倒れてうめき声をあげている。ポンが空を見、足をひきずりながら立ち上がり、つぶやいた。
「ポコ」
ポコは空中に浮かびながら大きく身体をふくらませた。
(ポン、ごめんね、もうあともどりはできないの。私、あなたとお友達になりたかった)
心の声が聞こえた。激しくまぶしい閃光がポコから発せられ、そしてあたりの地面は炎に包まれた。
洞窟の出口は世界軍秘密基地の裏手、山の斜面にあった。エゾリン、タヌリンがポンの叫びを聞いていた。その叫びをかき消すかのような大音響が目の前で繰り返されている。どこから放たれているのか敵の砲弾は雨あられのように注がれ、基地の設備は次々に破壊され、多くの兵士が倒れ息絶えている。煙や砂ぼこりがあたり一面たちこめ、
「来るぞ、危ない」
兵士の叫びに反応し、軍服姿のエゾリン、タヌリンが身をかがめる。
ドカン
洞窟の出口付近に着弾があり、エゾリン、タヌリンが吹き飛ばされた。タヌリンがエゾリンを抱き起し、
「エゾリン、エゾリン、しっかり」
エゾリンは気を失いかけていたが目を見開き、そしてそばに横たわる仲間ネズミを見た。深手を負い、血にまみれ、息耐えていた。
「ネズミさん」
仲間ネズミを抱きかかえ泣くエゾリン。また砲弾が飛んでくるのをタヌリンが察知し、「伏せて」と言いながら両手を広げ水玉をだし、あたりに飛ばすと、砲弾は水玉に吸い込まれ勢いをなくし地面に落ちた。
「戦いをやめさせるんだ」
タヌリンはそういい、前に進んだ。タヌリンの前にタンタンが立っていた。しかし、悲鳴が聞こえ、タヌリンが振り返るとエゾリンがオオカミにのど元を噛まれている。「エゾリン!」
オオカミはリンリンが変身したものだった。噛まれながら「どうして」エゾリンは涙を流し、「ウウウウウ」とうなり声をあげると全身から毛が生え、トラに変身した。鋭い爪でオオカミをひっかくが、リンリンはお構いなしにエゾリンの首を噛み続ける。次第にエゾリンの力が抜け、膝をつき、倒れかかるのを見て、タヌリンは右手に光る玉を出し、それをオオカミめがけて投げつけようとしたが、身体が動かない。
タンタンが念を発してタヌリンの攻撃を止めている。タヌリンはタンタンへと向きを変え、光る玉に全身のパワーを乗せてタンタンへ向けて飛ばした。しかし、タンタンも手の平から光る玉を出してタヌリンへ向けて発射し、双方の玉は両者の中央付近で衝突した。衝突の瞬間、辺りの空間がねじ曲がるような衝撃波が起こり、タンタン、タヌリンは後ずさった。その隙、タヌリンは両手で空をかきまわし、一瞬、時間を止めた。吹き飛んだままのがれき、舞い上がったままの砂ぼこり、銃弾を浴びて身体をななめに倒れようとする兵士、それらを横目で見ながらエゾリンの元へ走る。
すぐ近く、焼け焦げた電柱に止まっているカラスがタヌリンに声をかけた。
「おい、その技はせいぜい3秒までだぞ。それ以上続けると死ぬぞ」
そんなカラスの声を聞きながら、エゾリンにかみついたリンリンを引き離しエゾリンとともに地面へ倒れこんだ。
時間が動き出した。タンタンの声が聞こえた。
(エゾリン、タヌリン、こうするしかなかったんだ、ごめんね)
リンリンの声が聞こえた。
(エゾリン、タヌリン、さよなら。ごめんね、ごめんね)
息絶えようとしているタヌリンが息絶えようとするエゾリンに頭の中でささやいた。
(エゾリン、もうパワーが残っていないんだ。春美のところまで行けない。どこがいい?)
(あのお花畑がいいな。タヌリンそこまで行ける?)
タヌリンとエゾリンの姿は消えた。リンリンとタンタンはそこに立ちすくみひざまずいて泣き続けた。
花の香りがする。蜂が蜜を吸いにきている。エゾリンとタヌリンは戦場から瞬間移動をし、花畑に落ちた。とても静かだ。
「咲いているね、手をつないでいてね」エゾリンはタヌリンの手をしっかりと握り直し、そして動かなくなった。
諸国軍基地には激しい爆撃が続いていたが、何かのエネルギーが壁となり砲弾は建物までは届かない。基地際の山中では激しい地上戦が繰り広げられていた。ポンやエゾリン、タヌリンの鳴き声はエゾt、タヌタヌにも届いていた。二人もこのまま無事に日本へ帰れるような気はしていなかった。岩場の陰でうつ伏せになり、砲弾をかわしながら、ふたりは諸国軍基地の様子を遠目に観察していた。
「タヌタヌ」
エゾtはタヌタヌに呼びかけ、
「ほら、これ」そう言って、リュックサックからお弁当箱を取り出して見せた。もう何日か経っていて、春美の作った手製のお弁当は食べつくしていたが、容器の底に黄色いものが少しだけ残っていた。
「半分ずつ食べよう」
ほんの数ミリずつであった。傷んでいたかもしれないが、二人はおいしそうにほうばって食べるマネをした。
「おいしい」
「うまいね」
そう言って二人は笑った。
「春美の玉子焼きは本当においしかったね」
「見てくれは悪いけど世界一だよね」
ひゅるるる、ドカン
また近くで着弾があった。兵士の叫び声が聞こえる。阿鼻叫喚、この世の様ではなかった。どこかで火の手があがり煙があがり、砂ぼこりがあがる。いつどこからくるともしれない砲弾におびえながら、必死で反撃をする。どうして人間はこうまでして戦うのか。
もう5匹で無事に帰ることはできない。だが、この戦いを終わらせたい、それがいま二匹が命を使う意味だと思っていた。
「あそこにゾッティがいる。戦いを好まなかったはずなのに、どうしてこんなことに。」
エゾtがつぶやいた。誰かを守るために戦っている、ゾッティの思いを踏みにじる何かがあったのか。ゾッティが戦いの総指揮をとっているのは明らかだ。次々に伝令らしい兵士が行き、指示をあおいでいるように見える。黒い影もときおり近づいては他方へ散っている。
エゾtはゾッティにもう一度話しをしに行き、解決の道はないのか問いかける、エゾtがゾッティに話をしに行く間に、タヌタヌが雛と元首を救い出す、2匹はそのタイミングをうかがっていた。
ネズミが戻ってきた。かかんにも中の様子を探りに行っていたのだ。ネズミは、
「雛が牢屋で監禁されている。元首は見つけられなかった」
という。タヌタヌはネズミから雛がいる詳しい場所を聞きだした。
「それと」言いにくそうにネズミが少しためらうが、
「義明様がここにきているようです」と言う。ふたりは驚いて顔を見合わせた。
「どうして」
「今日は共和国の式典がある日だったのです。世界軍は攻撃の準備をしながら義明様に停戦を呼びかけるためにお祝いの苗木を届けさせようとしたのです。諸国軍にも融和ムードが漂っていたのですが、統領誘拐のニュースが飛び交って、一気に緊張感が高まって衝突が起きてしまったようです。義明様はその衝突に巻き込まれた可能性があります。闇和尚はあたかも世界軍が統領を誘拐したかのようなニュースを流したんです。施設の中にいた諸国軍施設のネズミからの情報ですが」
「義明様はどこに。苗木はどこに届けたの」
「苗木は受け取りを拒否されたようです」
二匹はそろってクンクンクンと、義明の匂いをさぐったがあたりに立ちこめる煙や火薬のにおいで義明の居所をつかむことはできない。
「うっ」タヌタヌが空を見た。
「近くにタータがいる」
空を飛びまわっているタータを見た。波動を手の平から発して地上の世界軍兵士を攻撃しているようだ。また砲弾が近くに落ちた。戦闘はますます激しくなっているようだ。
エゾtは「ネズミさんありがとう」と言い、戦地を離れるように言った。
「ネズミさん、長生きしてね。人間にはかかわらなくていいんだからね」タヌタヌがそう言って促した。
ネズミは野生のネズミに戻りチューチューと言って向こうへ駆けて行った。
「ぐずぐずしていられない、あいつに話をつけに行く」
エゾtは立ち上がり、ゾッティのいるあたりをにらみつけた。
「タヌタヌ、雛たちを頼む」
そう言って真っ直ぐにゾッティへ向かって歩きだした。
「エゾt!」
タヌタヌがエゾtの背中へ向かって叫んだ。エゾtは振り返らない。タヌタヌが、
「一緒に春美のところへ帰ろうね」
そう言うと、エゾtは軽く右手を上げて答えた。世界軍からもらったオモチャのピストルはいつの間にか本物の拳銃になっていたが捨てた。凛々しく堂々と将軍ゾッティへまっすぐに向かう少年。右手には木の枝、左手にはうんちを持っている。
ゾッティのまわりにいる兵士がエゾtに近づいてくる。ゾッティもエゾtに気が付いたようだ。空からタータがエゾtめがけて急降下をしてきた。タヌタヌが地面を蹴り、ヒュンと飛ぶとタータの飛行を妨げ軌道をそらした。タータとタヌタヌはお互い逆に大きく旋回をし、お互いめがけて空中を直進すると激しく衝突してもみあい降下し、地上すれすれで分れ、軍施設をはさむように宙に止まってにらみ合った。
ステージ前では「銃を下げろ」そうゾッティはまわりの兵士に言い、檀上にエゾtが上がるのを妨げなかった。檀上で対峙する二人。あたりには焦げた匂いがたちこめている。何か特別な仕掛けなのか魔力なのか、ここには砲弾は届かないようだ。だが数百メートル先の山々では人間同士の殺戮が繰り返されているのだ。
「どうしてこうなった」エゾtがゾッティに問うと、
「邪魔が入った。戦いになったのはそいつらのせいだ」
「中立の立場だった元首を誘拐したのはお前達だろう、闇和尚とかボスとかいうやつか」
「そうでもしなければこちらが殺される」
「元首を幽閉して諸国軍と世界軍を喧嘩させて自分達だけ勝ち残る作戦か」
「あいつらが先にしかけたんだ。元首をそそのかしてボスの計画をことごとく邪魔する」
中立の立場である共和国元首を誘拐したことは認めているようだが、似たようなことを企てた違う勢力があって、それを阻止するために元首を誘拐したとでも言うのか?
「世界軍のことか?それとも元首のことか?」
「世界軍でも元首でも諸国軍でもない。闇和尚やボスを苦しめる極悪人だ」
「闇和尚やボスの野望を阻止しようとする勢力が、世界軍以外にもあるとでも言うのか」
「野望と言ったな。そうかもしれない。だが何が悪い、世の中を幸福にするためだ。あいつらにはそれがわかっていない」
「ならば今戦っている世界軍や諸国軍は戦う必要があるのか?もうたくさんの人が亡くなっている。罪のない人達を巻き込んで何が幸福だ」
「もういい、俺はもうたくさんの罪を犯した、だが俺たちはボスを守らなくてはならないんだ」
ゾッティが刀を抜いて切りかかってきた。エゾtは危うくのがれ、向き合い、
「ゾッティ、刀をもどせ。戦いたくない、友達になろう」
「武器を取れ、友達は切りたくない」
ゾッティは再び一太刀、二太刀と切りかかる。エゾtはひらり、ひらりとかわし、
「武器」を構えた。
「それがお前の武器か」
激しいつばぜり合いとなった。右手に持つ木の枝と左手に持つうんちのみでゾッティの攻撃をかわし、間合いを取っては「シーシーシー」と威嚇する。
ズドン、ドカン
世界軍の砲撃がますます激しくなってきた。砲弾をふせぐ結界のようなものが崩れたのだろうか、砲弾は建物に着弾し、一部が崩れ、がれきや木端が二人にもふりかかる。まわりにいた兵士たちもちりぢりになる。すぐ近くでは白兵戦が展開されているのか、近距離で鉄砲を打ち合う音が聞こえる。
「知り合ったばかりじゃないか。戦いをやめよう」
そう言うエゾtにゾッティが切りかかる。ひらりと空中を舞ってゾッティと距離を置いたエゾtが、
「だあだだだだだたぬうき」呪文を唱えると閃光が走り、天空からの稲妻がゾッティに命中した。しかし、ゾッティはびくともしない。
「何のマネだ」
「お前と剣を交えてわかった。お前は電気に弱い」
「ふん、ふざけたことを言う」
ゾッティは大きく息を吸い込むと、あたりから黒い影がゾッティめがけて引き寄せられ、ゾッティはその魔物たちを取り込むと、そのエネルギーだろうか、剣に赤黒い光となって集中し、
「イヤあっ」剣を振り放つと赤黒い光のパワーがエゾtめがけて襲いかかった。
「だあだだだだだ」エゾtは二体に分裂し、一体がそのエネルギーを吸収してはねのけ、その間に一体がゾッティめがけて突進した。その刹那、
ドキュン!
ゾッティは拳銃を抜き、突進してきた少年の腹を打ち抜いた。
タヌタヌとタータは空中で激しく衝突していた、稲妻の閃光と銃声を聞いて、タヌタヌはエゾtが苦戦していると感じた。タータとの戦いも次第に疲れてきた。ターターは飛び慣れているのか、波動やパンチを自在に操り、タヌタヌはタータの攻撃をかわすのがやっとの状態だった。世界軍の爆撃機が横をかすめる。ミサイルが山の中に打ち込まれ山よりも高く黒煙が上がった。
「戦いが長引けば、雛も義明様もエゾtも救えない」
エゾtと互角以上に戦うゾッティの強さをタヌタヌは感じていた。
「ゾッティ、あいつをやっつけないとこの戦争は終わらない」タヌタヌは標的をゾッティに変え、更にエゾtを救おうと思った。
タヌタヌに向かってタータが猛スピードで向かってきた。
「できるか?」
タヌタヌは右手、左手に全神経を集中させ、息を吐き、息を吸い込んで、
「イヤーっ」
向かってくるタータへ両手を思い切り振って宙を切った。轟音とともに強い風が吹き、竜巻が起こった。
「うわあっ」
タータはバランスを大きく崩し、竜巻に巻き込まれて吹き飛んだ。空中でタヌタヌはくるりと向き直り、ステージのゾッティめがけて突進する。
「イヤーっ」
手のひらにエネルギーを集中し、波動をゾッティめがけて打ち降ろそうかというその時、
シュルル、パッ
ゾッティの手の平から放たれた白い光の線が蜘蛛の巣状に張って、檀上の宙でタヌタヌを捕えた。
「やめてくれ」
撃たれた腹を抑えながら、エゾtが叫ぶ。太い長い槍を構えたゾッティが空中にはり付けになり動けずにもがくタヌタヌに狙いを定める。
「かかったな、その呪縛は絶対に解けない。これでもうお前らはおしまいだ。これが現実だ」
「やめろーっ」
ドスン
槍はタヌタヌの胸に命中し貫通した。
「みんな、ごめん、僕のせいで」
(空を飛びたいなんて夢みて、そのせいでみんなを振り回した。手稲山になんか行くんじゃなかった。義明様、春美、みんなごめん、僕はもう・・・)
「タヌタヌー」
エゾtが泣き叫ぶ。空中の蜘蛛の巣は溶け、タヌタヌは地面にたたきつけられた。
ゾッティは再び槍を手にし、エゾtにとどめを刺そうとエゾtの胸に槍の刃をあてた。
「お前ら」
槍の刃を通してタヌキ達の幸せなひと時を見た。歌い、踊り、笑い、ときめき、必死で飼い主を守ろうと叫ぶ、抱きしめられたぬくもり、飼い主に会いたいという夢、希望、なげき、悲しみ、
「お前ら、戦う気なんてなかったんだな、どうして」
ゾッティはその場に坐りこみ、動かなくなった。
ゾッティの嘆きを、リンリン、タンタン、ポコ、タータが読み取る。それぞれの戦意は喪失されていた。なおも激しい戦闘は続き、世界軍基地、諸国軍基地のことごとくが破壊された。装甲車、ヘリコプター、トラックが炎に包まれ、世界軍、諸国軍のおびただしい兵士が死体となって折り重なる。地獄絵のような中に、ゾッティ、リンリン、タンタン、ポコ、タータがたたずんでいた。
その後、世界軍と諸国軍の間で休戦協定が結ばれた。雛は諸国軍基地の牢獄から救出されたが元首の消息は不明のまま、戦後の復興はゾッティ将軍を中心に進められた。
世界軍はサンワから撤退することとなり、周辺諸国はゾッティに従い統合の準備を平和裏に進めた。元首が管理していたサンワ領土のほとんどは周辺諸国に関係する実業家や企業に買収され、大規模な土地開発が計画された。元首が居住していたエリアの田畑や花畑のあった場所も商業施設の開発が進められることとなった。
終戦が宣言されてまもなく、ブルドーザーが花畑をつぶしていく。ふとブルドーザーが止まり、花畑の中に半ば白骨化した二体のタヌキが折り重なるように死んでいるのを見つけた。だがブルドーザーはお構いなしに進み、ほどなく、全ての花の中にタヌキの死骸はのみこまれた。
多くの負傷者はいまだこの国の野戦病院にとどまっていた。ポンは全身に大やけどを負い、余命はいくばくもなく、日本に帰ることはかなわなかった。ある寒い日の朝、たくさんの負傷者で埋め尽くされた病室の窓際、包帯で全身のほとんどがくるまれたポンは、露出した左目で窓を見ていた。窓が曇るとやっと動かせる右手をあげて、曇りガラスに人差し指で文字を書き始めた。
「だ、い、おう、さ、ま、・・・」
書き終えてポンは息絶えた。亡くなったときは少女の姿であった。ポンの遺体をストレッチャーに乗せて運ぶ看護婦が曇りガラスを見て首をかしげた。
「何この『犬玉さま』って」
身元不明者は国内に急あつらえされた空き地へ土葬にて埋葬されていたが、全身大やけどだった少女は埋葬の際にはタヌキの姿に変わっていたという。
停戦後、タータはタヌタヌの亡骸を必死で探したがついに見つけることはできなかった。おそらくがれきに埋もれ朽ち果てたのだろう。
「ごめんねタヌタヌ」
タータはタヌタヌが死んだであろう場所に歌を歌いながら花をたむけた。
子供盆踊りの歌であった。
引き揚げ船の中、船の大部屋に押し込められるようにエゾtが座っていた。ゾッティが放った銃弾も槍の穂先も急所からはずれていたようだ。奇跡的に回復し、世界軍の手配で日本行の船に乗船させられた。
日本に帰るという喜びの感情はなくただうつろな目で廃人のようであった。すぐ横の人間が見ている新聞に「ゾッティ将軍が国家元首に」という大見出しを見た。「悔い改め、全ての人が幸せになるよう導く決意」と小見出しにある。戦いに勝っても勝利者にはなれない、彼はそう言った。エゾt達5匹の理想とする幸せを彼らが受け継いでくれる、そうエゾtは信じたかった。いちるの望みであった。テレビが戦没者の名前をひとりひとり読み上げている。その中に、
「は、は、は、なんてこと、なんてこと、義明様」
エゾtは起き上がり、目を見開いてテレビを見つめた。信じられなかった、信じたくなかった。茫然と船内で立ちすくみ、動かなかった。
船が東京につき、ホンタさんが出迎えてくれた。何も会話にならなかった。ホンタさんは北海道へすぐに送り出すのが一番と考えお共に1匹のタヌキをつけて北海道行きの船に乗せた。エゾtは何も言葉を発しなかった。船が石狩湾につき、エゾtは義明や春美、5匹で過ごしたあの家をめざした。
「お気を確かに、お元気で」
お供の本土タヌキは船着場から四つ足で歩いていくエゾtを見送った。
庭の前に立つ。サクラの時季であったがサクラは死んでしまったのか、花も葉もつけていない。空も家も庭もモノクロにかすんで見える。
玄関のドアが開くと春美が無言でエゾtを抱きしめた。ながくながく抱きしめてくれた。家の中にネコはいなかった。どこかに引き取られたという。春美の叔母がきていた。食卓テーブルで春美と叔母はときおり暗い表情で話をし、春美はときおりエゾtの方を見た。
「かわいそうなことしたね。現地の子供を助けようとして撃たれたなんてね」
叔母にはエゾtは見えていないようだった。だが春美からも自分が見えている気がしなかった。もはや懐かしい大好きな春美と会話をする元気もなかった。エゾtは二人の会話に反応することもなく、ただ空気をみつめ、何もせずに過ごした。
春美が玉子焼きを作ってくれた。好物の玉子焼きだった。皿に盛られた玉子焼きを見、涙があふれた。ホークを持った手が震え、震えながら一口分を口に入れようとしたが、口から吹きこぼれ皿に戻した。戦地でタヌタヌと食べたあのひとかけらを思い出す。家出をする前に皆で食べたあのときを思い出す。エゾtは一口も玉子焼きを食べることができず、ただただ涙を皿にこぼしていた。
春美が「エゾtがいない」そう言いながら、家中を探し回り、庭を見、そして、サクラの木を見て涙をあふれさせた。エゾtの首には縄がかかり、その縄はサクラの木の枝に縛られて、エゾtの足も胴も宙に浮いていた。
涙がとめどなく流れ嗚咽し、春美は絶叫した。いや、絶叫しようとした。
「エゾt・・・」そう叫びかけて、
「エゾt―っ!いやーーーーーっ!」
春美のすぐ横で絶叫する女の子を見た。
はっ、
春美の目が覚めた。「はっ、はっ、みんな」
目が覚めると同時に寝室の布団から身体を起こし、あたりをみまわすと、エゾtは春美と同時に目が覚めたようだ。首のあたりをしきりに気にしている。エゾリン、ポン、タヌタヌ、義明はそれぞれそれより少し前に目が覚めていたようだ。最後に目を覚ましたのはタヌリンだった。エゾリンと手をつないでいるタヌリンは春美が声をあげてあたりをみまわした後に目を覚ました。タヌリンは目を潤ませている。
予知夢、「みんな同時に同じ夢を見た」
そう悟った。これは未来に起こりうることなのか。タヌリンがしばらくうつむいて何かを考えているようだった。
みんな無事だった、その幸せをかみしめている。ネコも居間のゲージでくつろいでいる。手稲山から帰って疲れて寝てからの夢だった。
タヌタヌの落ち込み方は相当なものだった。義明も春美もタヌキ達もあの夢が正夢になり実際にあのような悲惨な戦争が起きることは信じたくなかった。だがとてもリアルな夢であった。
「あの女の子は誰だったのだろう」
エゾtの死を悲しむ自分がいて、その横にエゾtの名を叫んで泣く子がいた。顔は手で覆っていてわからなかった。あれは自分の幼い頃の姿だったのか。それとも他の誰かなのか。
思えば不可思議なことが多い夢であったが、あまり思い起こしたくもなく、でも、もしも本当にそのような悲惨な現実に直面するのであれば、何等かの対策を考えなくてはならない。だがそれよりもいま目の前で沈んでいるこの子達を元気にしなくては。このままでは人を信じられない子になってしまうと思った。
義明が急に思い立ち、本州のテーマパークへ行くと言い出した。12月であり旅券が取れるのかどうか、仕事は休めるのか、と思ったが何とかどうにか旅券は取れ、仕事を休んで皆で出かけることとした。旅券は大人2名、子供6名で取った。悪タヌキも誘った。
「わるわるわるわる」どーしょうかなー、と、もったいぶった顔をしていたが、行きたいのはわかっていた。「お願いですからぜひ一緒に」と義明は頭を下げ了解してもらった。
人間世界は悪いことばかりではない、そうみんなに信じさせたかった。「人を信じてはいけない」という教えも時にタヌキ達には間違えではないかもしれないが、いまはそうは思い込んでほしくなかった。
本州への行き帰りは飛行機だ。船舶ではないので皆が恐れはしないだろうと思ったが、タヌタヌは飛行機に乗る前から降りるまで震えていた。飛行機の座席はまわりの乗客や機内スタッフの目からは変に思われたが二人は構いはしなかった。
テーマパークに着くと係員には強引に事情を説明し理解納得をしていただいた。このような事例が以前にもあったのかどうか、あったとしてもきわめて稀なケースであろうが、快く応じてくれた。
ゲート前で係員は「あ、ここにお子様が6人いらっしゃいますので」と、間を詰めて並ばないのか、という表情の後ろの客に笑顔で諭してくれた。ゲートから園内に入ると、事情を汲んだパーク事務所が特別にひとりエスコート役を付けてくれることになった。そのため、アトラクションでも、レストランでも、席の確保はスムーズであった。
キグルミならぬキャラクターがそこにタヌキの子がいるかのように声をかけてくれた。もしかすると見えていない人ばかりではないのかもしれない。タイミングよくタヌキ達にまとを得たもてなしの挨拶をしてくれる。エスコート役のスタッフも乗りに乗って、「ほら、あそこ、見てみて」と、見えるか見えないかわからないタヌキ達に声をかけてくれた。
次第にタヌキ達は気持ちがほぐれ、はしゃぎ、キャラクターと一緒に写真を撮ってと、義明にせがむようになった。写真を撮っても普通の人の目にはタヌキ達は写って見えない。だが、義明と春美とタヌキ達には確かに写真にはタヌキ達が映って見える。悪タヌキもよく笑い、はしゃぎ、写真にも行儀よくおさまってくれた。
春美はタヌタヌに、「ねえ、あれに乗ってみようか」
キャラクターを模した飛行系の乗り物を指さした。真ん中の太い柱からアームが伸び、アームの先にキャラクターがデザインされたボックスがあってそこに乗り込む。柱のまわりを上下しながらクルクル回る乗り物だ。2人と6匹は列につき、順番がきて、春美とタヌタヌは一緒に乗り込んだ。ブザーが鳴ってゆっくりと回転し、地上から数メートルのところまで上がり、地上すれすれまで下がり、を繰り返す。高いところでは園内を歩く人達や遠くのアトラクションが見え、まるで魔法の絨毯で夢の国の空を飛んでいるかのようだった。後ろの義明やエゾt、エゾリン、タヌリン、ポン、ワルちゃんも歓声を上げた。飛行の時間が終了し、係員がそれぞれのドアを開け、タヌタヌが春美と一緒に立ちあがるとき、
「たぬたぬたぬたぬたぬたぬ」僕この飛行機なら何回でも乗りたい。
そう言ったので、
「じゃあもう一回」
みんなは歓声をあげた。もう一度列に並び、この飛行遊具を楽しんだ。遊具に乗りながら春美はタヌタヌに言った。
「人はね、夢を形にすることができるの」
春美達が目を覚ましたあの日、ほぼ同時に東京のホンタさんも目を覚ました。ホンタさんは春美達の夢の中に出てきた本土タヌキではあるが、実際に東京に存在する精霊であった。同じ夢を見ていた。
ホンタさんが夢にうなされているのを同居のタヌキ達が心配そうに見ていたが、
うわっ、
と起き上がったとき、ホンタさんは充血した目を見開き、顔中の毛に脂汗を浮かせ、両前足を震わせるようにして興奮気味に夢のあらましをまわりの者に語った。
「これはたいへんなことだ」
と、皆は驚きと不安を隠さなかった。
「それはエゾタヌキ、北海道のタヌキさんだけのことでしょうか」
「いや、北海道では例の大戦もあった。いずれ本州にも影響が出るはず」
「すぐに手立てを」
と、配下のタヌキ達がホンタさんに進言する。少し落ち着きを取り戻したホンタさんは、
「ああ、そうだね、そうなんだけど・・・」そうつぶやきしばらく夢で見たシーンのひとつひとつを思い起こし、考えていた。
あれは本当に起きることかもしれない。だが未来は変化する。予知夢は大ごとになることも、「なあんだ、こんなことだったか」と笑い話で済む場合もある。世界中をまきこんだ戦争が本当に起こるのかどうか。起きるかどうかわからないことに対して、いまから不安に過ごしても仕方ないだろう。この世界はすでに人間の支配下にある。いま我々は人間に従って生き延びるしかない。ただ、かわいそうな状況に陥る人間や動物が少しでも少なくすむよう、打てる手があるのなら打っておくべきだ。それはそうだ。だがそれにしても、
「それにしても、あの子達・・・」遠い目をした。
あの子達の心をあのままにしておいてよいものか。まだ未来あるあの子達、一緒に暮らすあの人間達、少しでも幸福な時間を少しでも長く過ごしてほしい。わたしにできることがあるとしたら。
ひとり中庭に出たホンタさんが息を大きく吸い込むと、両手をあげ、意識を集中させ念をこめた。空がゆれ一瞬、朱色に光った。
「これで少しずつ、あの夢の呪縛は薄れるだろう。少しずつ記憶は不鮮明になり、恐れ、不安の気持ちは和らぐだろう。私にできることは、いまはこれくらいだ」
一日いっぱいパークのアトラクションや催し物を楽しみ、もう帰る時間というときに、係員さんが「みんなで集合写真を撮りましょう」と、キャラクターを総動員し、真ん中にタヌキ達、その後ろに義明と春美、まわりをキャラクターが囲み、パークの正面入り口から奥めがけての写真を撮ってくれた。
この写真はずっと永遠に義明や春美やタヌキ達の宝物になる。いつかまたこんな写真を撮ることがあるだろうか、ふと義明や春美が思った。
ふたたびこのような写真を撮るときは訪れるので
す。実に20年以上もの歳月を経て。
帰りの飛行機ではタヌタヌは震えなかった。窓から景色をながめ、眼下の雲海や街の灯りをうっとりと眺めた。春美が言ったことを思い出していた。
「人はね、夢を形にすることができるの」
いろいろありましたが、義明さん春美さん、タヌキ
達はまたもとの平穏な毎日を過ごします。でもそれ
は長くは続きませんでした。
第二章 おわり
(第三章 しあわせなたぬき)
無事にもとの生活に戻ることができたタヌキ達。平和な生活に溶け込みながら、迫りくる危機に不安を募らせます。次章から物語は急展開を見せます。