第二章 たぬきと戦争 ② (本編の章管理)
食べ物にも春美や義明にも触れることができるようになったタヌキ達。
町内会の行事にも参加して、地域ともふれあい、平和を実感します。
*
(第二章 たぬきと戦争 つづき)
義明が留守中、午前中は春美は家事に専念する。タヌキ達は午前中はお寺の学校に行っていて、午後に帰ってきてからは一緒にお昼ご飯を食べ、絵本を読み聞かせし、お昼寝をさせ、また、一緒に庭木の手入れをするなどした。
タヌキ達はあまり食べるということに執着しないようだ。たくさんの量を食べようとはしない。家の中のタンス、窓、冷蔵庫、ナベ、など、人間が使う道具を春美がどのように使うのかを気にし、いちいち春美のあとをついてくる。人間の文化を学ぼうとしている研修生のようでもあり、よくなついた子供のようでもある。家事については人間ほどの複雑な手作業はできないし、重いものを持たせたりもできない。庭木の手入れもそうだ。
エゾリンが庭木の枯れ枝の剪定や咲き終わった花の花摘みをしている春美を手伝っているときに誤ってバラの枝を折ってしまったことがある。すまなそうにタヌリンも一緒になって「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」とバラの枝に謝り、物置の道具箱から紙製の粘着テープをみつけてきて、それを巻き付けようとするがうまくいかない。バラの小枝が一本折れたとしてもそこまでの処置を春美はしたことがないが、エゾリンの優しい気持ちは大事にしたかったので、楊枝ようじ4本を折れた部分の充て木にして、テープをぐるぐる巻きにし、
「これで様子を見ようか」
と、涙目のエゾリンの頭をなでた。バラは折れた枝を『挿し芽』に土に刺しておくと根が張ることがある。また茎の一部が宙ぶらりんに折れてでも完全に切断されていなければ再生する可能性はある。エゾリンはそのバラに毎日「えぞりんえぞりん」とつぶやき、水をあたえ、折れた部分が再生するかどうか見ていた。そのバラの折れた枝は再生し、その後も枝葉を伸ばし続けた。
タヌキ達から春美が学ぶことも多い。家の中に入ってきた虫をタヌキ達が大騒ぎで追いかけ、つぶすのかと思ったら、テッシュでやわらかくつつみ、大事そうに外へ運んで逃がしている。花の種を植えて芽が密集して生えてくると春美が間引きするが、間引きして抜いた芽を他のところへ持って行って植えている。敷地のまわりに盛んに生えるオオイタドリなどの雑草を刈っていると半ばくらいで「そのくらいにしておこうよ」と、懇願する。
「この子達は命の大切さを私達よりも知っている。」
春美はそう思った。折れたバラや抜いた草、家に侵入した虫をタヌキ達は植物、虫、などとは思っていない。「命」と考えているのだ。
そうは言っても「人間らしい」ところも見せる。このごろは、肉も魚も口にするし、就寝中に蚊の羽音を聞くと「蚊取り線香」を炊くように言うし、バラのとげが身体に刺さると「シーシー」言ってバラに文句を言う。
タヌキ達が手伝ってくれるおかげで庭木の枝や草花は紙テープだらけになった。「だだだだだ」しまった、と言っては折れた茎を紙テープで巻く。だが信じられない、と春美が毎日のようにつぶやく。全てが見事に再生するのだ。ヒマワリが幹の真ん中からぽっきり折れてしおれていたときにはさすがにダメだろうと思ったが「たぬりんたぬりんたぬりん」ごめんごめん、よくなってね、と紙テープを巻いて翌日にはしゃん、とし、葉がピンと張り、きちんと花も咲かせ、実もつけた。
この子達には癒しのパワーがある、そう春美は理解した。おいおい気が付くのだが、タヌキ達はパワーアップする毎に他者再生能力が高まっていく。再生能力は植物だけではなく動物にも働く。人間に対しては、その限りではないようだ。春美が、「いたたたた」と、園芸の作業中にとげを刺したり、軽い切り傷を負うなどしても、タヌキ達はぺろぺろなめって心配そうな顔をするまでだ。だが、そんな優しい気持ちは嬉しく、傷の痛みも軽く感じる。
サクラは旺盛に葉を茂らせている。庭はバラの花が見ごろを終えユリがつぼみを大きくしていた。庭のサクラはエゾヤマザクラで、サクランボのように人間が食するような大きな実はつけないが、サクラの花が終ったあと五ミリ程度の小さい実をつける。7月になると実が熟し赤黒くなるが、これはカラスなど、野鳥のエサとなる。
カラスは飛行距離が長いのでサクラにとってはありがたい鳥かもしれない。よくサクラの木の下にカラスのフンを見かけるが、その中にサクラの実であろう、小さい粒が混じっているのを見る。運よくその粒が条件のよいところに落下をすると芽を出し、風雪に耐えて成長すると数年後には花を咲かせる。春先に山道をドライブすると、ぽっぽっとサクラが山中に咲いているのを見かけるが、あれはカラスなどの野鳥が運んだ種によるものと聞く。園芸市などで売られているサクラはたいていは『接ぎ木』したものであるが、種から育てるサクラは花を咲かせるまでに成長させるにはけっこうな年月と根気が必要と、隣のおじさんが語る。
予告通り隣のおじさんがサクラの実を取りにきた。脚立が必要かと思ったが、地面に落ちているものでいいですよ、落ちているもののほうがよく熟しているから、と言い、5~6個みつくろってうれしそうにもっていった。隣おじさんの庭では野菜づくりを盛んに行っていたが、春美の庭を参考にバラやクレマチスも植えようと思っている、という。
「このサクラは大事にしたいね」何度か庭の散策におとずれては、そう言う。親の代から受け継いできたサクラだから、というふうに春美は理解していた。
このサクラの木の実は今年も去年もカラスが食べているのを見かけていた。種は運ばれやがてどこかの山で育ち花を咲かせるのだろう。そしてそこで成長した木がまた実をつけ、更に遠くまで運ばれる。
カラスやおじさんに習ってか、タヌキ達が落ちているサクラの実を拾って、春美に「とっておいて」とあずけた。春になったらあちこちに植えたい、という。
町内会の行事は、町内のゴミ拾い、古新聞などの廃品回収、公園の花壇の手入れなど、学級委員であればおよそ美化委員のようであるが、夏の終わり、町内会で一番大きな行事が七夕祭と、盆踊りである。婦人部の部長さんが春美を訪ねてきた。
「奥さん、七夕の短冊とお祭りのチラシ、お願いしますね」
仕事以外で他人とのかかわりをあまり経験してこなかった若い夫婦にとって、近所づきあいは新鮮であり、今度の七夕祭も盆踊りも楽しみにしていた。
「花火も上がるからね、ほんの2、3発だけど。旦那さんは焼き鳥を焼く係りだったよね。よろしく言っておいてね」
そんな会話をし、「それじゃあ」と言って婦人部長は庭に咲いたバラやユリを楽しそうに眺めながら道路へ出ていった。
七夕や盆踊りのようなお祭りはタヌキ達にも初めての経験だった。町内の短冊係というのは受け持ちの家々をまわって、七夕祭りのチラシを配りお祭りの概要を説明する一方、短冊に願い事を書いていただき、当日、町内会館に用意された笹ささの木に吊るすという役目だ。町内にどのくらいの子供が住んでいるのかわからないが、預かった短冊の束と七夕祭りのチラシを持ってさっそく町内を巡る。タヌキ達もついてきた。
回覧板の順番通りに、先ずは50メートル離れた以前の班長、髭のおじさんのところへ行く。夏草が道路脇に生い茂っている。おじさんの家の敷地も夏草に囲まれてはいるが敷地内の庭はよく手入れされ、様々な野菜が見事に成長している。髭のおじさんは散歩がてらときどき春美の元を訪れ野菜作りのうんちくを語ったり、庭を散策してクレマチスやバラをほめてくれる。すっかり顔見知りだ。
「ごめんください」とインターホンのスイッチを押すとすぐにおじさん、おばさんが出てきて、
「やあ奥さん、こないだはサクラの種をありがとうございます」とにこやかに出迎えてくれた。おばさんが、
「ああ、七夕の短冊ですね、去年やりましたけどけっこう大変でしたよ。留守の家が多くて。よかったら半分手伝いますよ」
そう言ってくれた。タヌキ達は庭のナスやトマトやインゲンを珍しそうに見ている。
「ええ、そんな、いいんですか?」
「ええ、今日は暇だし、町内会の仕事はね、お互い様ですから」
そう言いながら、春美が手に持っていた短冊を半分ほど取り上げ、
「私は回覧板の順にまわるから、そちらは回覧板と逆の家をまわってくださいね。子供がいない家はね、大人でもいいんですよ。留守宅はポストに入れて、全部配り終わったら終了でいいんですよ。それとね、短冊はその場で書いてもらわなくても『自分で持って行ってください』でいいですからね。七夕のお菓子のことはなるべく説明しておいたほうがいいですよ」
と、親切に教えてくれた。おじさんが、「畑を見ていかないかい」と、自慢の家庭菜園を案内してくれた。
「立派なトマトですね」
「ははは、そうね、今年はお天気がよかったから。トマトはね、わき目をこまめに摘むのがコツでね」と、その場でのうんちく語りが始まった。
「いつかね、私が定年退職したら、ここの家を改装してうちの奥さんと一緒にカフェでもしたいと思っているんですよ。パン焼いて、自家製の野菜やハーブを出してね、庭もイングリッシュ風のガーデンにしようと思うんだ」
「いいなあ、お店の名前はもう決めているんですか」
「そうだね、なんか横文字のカッコいいのがいいよね」
おばさんがおじさんから春美を引き離すように、
「さあ奥さん短冊を配りに行きましょうね」と促した。
ふと表札を見ると、全くの偶然であろうが、ご主人が義明、奥様が春美だった。
「気が付きました?」
「ええ、びっくりしました」
「何かの縁ですかね」ふふふ、と、隣の奥さんは笑い、私はこっち、あなたはあっち、とお互い指さし確認をして別れた。
おじさんの家を出てから、自宅の方へもどり、反対側の隣家を目指す。反対側の隣家は自宅から100メートルほど離れている。春先に通りかかったときには庭にはブランコや滑り台や鉄棒が置いてあったのを見かけた。子供がいる家なのだろう。何度か通る道ではあったが、訪問するのも家主と会話をするのも初めてだった。
この家のまわりもオオイタドリやセイタカアワダチソウなどの夏草が勢いよく生えていて、すっぽりとこの隣家を隠すかのようだ。オオイタドリは高さが2メートルにも成長する北海道では代表的な雑草だ。夏をすぎると白い花を咲かせるが園芸には向かない。どちらかといえば厄介者のイメージだ。
玄関まで来てようやく庭の奥が見えた。アーチにバラが見事な花をつけている。道路のほうとは対照的によく手入れされたガーデンだ。
「こんにちは、ごめんください」
「はーい、あら、隣の奥さん」
「七夕の短冊を持ってきました」
「あらあら、町内会のね、ありがとう。うちは子供が5人いるから、旦那と私の分と7枚もらうわね」
「えー、5人ですか」危うくうちと同じですね、と春美は言いかけて、足元のタヌキ達を見た。隣家の奥様は、
「毎年七夕と盆踊りは楽しみなの。上の子はもう来年は高校生なんだけどね。受験で合格しますように、とか書かせようかな。書いたのは直接会館に持っていくから」
と、短冊を7枚受け取ってくれた。
「アーチのバラ、素敵ですね」そう春美が庭を褒めると、
「まあ、うれしい、今年はうまく咲いてくれたの。オオイタドリのお陰かしら」
「え、オオイタドリの?」
「少し暑い日が続いたでしょ?草が家のまわりで茂っていると暑さが和らぐとかなんとか言って、うちの主人ったら、ずぼらだから、なかなか草刈りなんかしてくれないのよ。ビオトープだとか言って」
「ビオトープ、ですか?」春美には初耳であった。
「鳥や虫やいろいろな生き物が立ち寄れる場、ってことね。おかげて小鳥やらキツネやらいろいろきてくれて楽しいわ。春先は新芽を子供と一緒におやつがわりにむしゃむしゃ食べたりして」
オオイタドリって食べれるんだぁ、と思いつつ、さきほどの隣のおばさんから聞いた七夕のおやつの話を思い出した。
「あの、七夕のおやつのことはご存じでしたか?」と、春美は「この町内にきて初めての経験」だと打ち明けると、
「ろうそく出せ出せ、のでしょ?何年かぶりにやるみたいね。団地に比べたらこちらにはあまり子供は来ないから、20組くらい用意しておけば大丈夫よ。あ、でもうちの子達、そちらに行くかもしれないけど、無理なさらないでね」
ふと庭を見るとタヌキ達が滑り台などで遊んでいる。奥さんに見えないよう背中にまわした手で手まねきをし、
「それでは」と挨拶をし、隣の奥様は「ありがとうございました」と見送ってくれた。
団地のほうにさしかかると短冊とチラシは順調にはけて、町内を半周するころ向こうからやってきた「隣のおばさん」と鉢合わせになり、「終わりましたか」と聞かれ「はい、あと3枚になりました」と答えた。
「優秀ね、こっちもあと1枚。あとは自分で好きなこと書いてもっていくことにしましょう。お疲れさまでした、また遊びにきてくださいね」
そう言って二人は別れ、それぞれの家へ戻った。
町内にはいろいろな家が建ち、いろいろな人が住んでいる。庭づくりも参考になる、珍しい地植え植物や植木鉢の花があり、タヌキ達も物珍しそうに家々と住んでいる人々の暮らしを見ていた。
家に戻って短冊に何を書くか思案する。
「タヌキ達といつまでも幸せに暮らせますように 義明 春美」
「世界中に争いがなく世界中が平和でありますように タヌキ一同」
そんな風に短冊に願いをこめて書いた。タヌキ達がしげしげと二枚を見つめていた。
もう1枚はどうしようか、と思っていたら、いつのまにか来ていた悪タヌキが、
「はるみがよいこになりますように タヌキいちどう」
「こらっ!」
北海道の七夕は7月ではなく仙台などと同様、8月7日とする集落が多い。この町内ではお盆になると墓参りや里帰りで人がいなくなることから、七夕祭と盆踊りの行事をお盆前に同日に済ませてしまうことにしている。
お祭り当日、春美は午前中のうちに町内会館で短冊飾りの手伝いをし、家に帰って昼食を済ませて義明を送り出した。春美はお祭り会場では特に出番はなく、義明は焼き鳥を焼く係りになっていたため早めに家を出た。慣れない町内会の仕事で少し気疲れした春美はタヌキ達とソファでうたた寝をしていると、
「ろーそく出せ出せ出―せよ、出さぬとひっかくぞ」
と、子供が玄関口で歌っている。春美は目を覚まし、用意していた御菓子の袋を持って玄関へ出た。小学校低学年と思われる子供2名、高学年と思われる子2名、中学生と思われる子、合計5名が玄関に立っていた。
「あら怖い怖い、はい、ろうそくの代わりにおやつね」
「やったー、ありがとう」
子供たちはお菓子を受け取ると次はあっちだ、と、50メートル離れた髭のおじさんの家をめざした。
「隣のおうちの子達かしら」
御菓子はお徳用の袋菓子を何袋かスーパーで購入しておいて、小分けして袋に入れておき用意しておく。町内会の七夕マニュアルでは各家庭、30組程度を用意し、余ったらお祭り会場へ持ってくる、子供はお菓子をもらう家は5軒まで、ということになっている。
義明や春美が子供のころは夕方の薄暗い時間になってから提灯ちょうちんを持って各家をまわり、ろうそくをもらっては、提灯の炎を維持した。近年はろうそくはやけどや火事の元、ということで、ろうそくではなくお菓子を与えるのが主流らしい。と、いっても、ろうそく出せ出せ自体は風化して、そのような行事を行わない町村が増えていると聞く。むしろ10月のハロウィンの方が流行りのようだ。
春美は支度をして、タヌキを伴ってお祭りの会場に行く。盆踊りはすでに始まっていて、公園中央のやぐらでは、音楽にまるで調子が合わない太鼓がたたかれており、集まった子供たちからブーイングが起きていた。太鼓をたたいていた総務部長が春美を見つけ、やぐらから下りるとバチを手渡し、
「すみませんが私は音痴で、代わりに太鼓をたたいてくれませんか」と言う。
「えーっ、私でいいんですか」
「さあさあ」と、やぐらの上に上がるよう、まわりの人たちも担ぎ上げるように、春美をやぐらの上へと押し上げた。春美は、太鼓をたたこうとするが、やぐらの上に太鼓は無い。きょろきょろと探したが、やぐらの上にも下にも太鼓らしきものがなく、そのうち、やぐらに大勢の人が押し寄せ、「早くたたけ」「どうした何してるんだ」と怒り、せかす。仕方なく春美は、じゃあ、と、お腹をだし、ドンドンドンと、腹鼓をたたいた。ふと気が付くと、まわりに集まっているのは、クマ、キツネ、シカ、ウサギ、と、皆、動物の顔をし、やんややんやと喝采し、
「さすが大王様」「大王様、太鼓お上手」と、歓声を上げたところで目が覚めた。
「ハッ」隣でタヌリンがくっついて寝ている。
「また予知夢?まさか」
どのくらい寝ただろうか。さっき来た5人の子たちが最後だったと思われる。今日は20人ほどの子供が玄関先に訪れた。
春美は支度をして、タヌキを伴ってお祭りの会場に行く。会場となっている公園の横には町内会館があり、その出入口付近にはササの木ではなく柳の木が2本ほど立っていて、たくさんの短冊が飾られていた。北海道ではササの木は手に入りにくく、町内会は柳の木で間に合わせたのであろう。短冊をながめていた子供が、
「あれ、このタヌキってなんだろね、よいこになりますように、だって」
などと、春美と悪タヌキが書いた短冊3枚を不思議そうに眺めている。赤面しながら短冊コーナーを尻目に、公園に入るとおいしそうな匂いが漂う。焼き鳥や焼きイカ、タコ焼きなど町内会手製の屋台が並んでいて、その中に義明の姿もあった。
「あ、春美」
義明が春美やタヌキ達に気が付いて声をあげた。春美が屋台に近づくと横にいた町内の人が、
「いやあ、旦那の奥さんかい、ご苦労さんだね、旦那さんの焼き鳥、うまいよお、どこで習ったんだろうね、働き者でいい旦那さんだね」
旦那をこんなに褒められたのも初めてのことで、春美は赤面することしきり、タヌキ達もモジモジしている。
「これ、もっていってよ。班長さんにふるまわれているお弁当」と、義明を褒めてくれたおじさんがお弁当の入った袋を渡してくれた。
「それ春美のだよ、ベンチでいっしょに食べて」
「ありがとうございます」
春美は屋台のみなさんに礼を言って、盆踊りのやぐらや義明の屋台が見える場所のベンチにタヌキたちと一緒に坐った。義明が「いっしょに食べて」と言ったのは「タヌキ達と一緒に食べて」ということだったのだろう。お弁当のふたを開けると、屋台で売っているポテトや枝豆や焼き鳥やたこ焼きが押しくらまんじゅうのように詰め込まれている。いつのまにか悪タヌキもきていて、6匹でおねだりをする。人から変に思われないよう、こっそりとタヌキ達に一口ずつ与えていると、子供盆踊りが始まった。
北海道の盆踊りは前半が子供盆踊り、後半が北海盆歌の北海盆踊りと二部構成になっているのが普通のようだ。子供のころから慣れ親しんだメロディが流れ、子供たちがやぐらのまわりに輪を描いて踊りが始まるが、音楽にまるで調子が合わない太鼓がたたかれており、集まった子供たちからブーイングが起きた。
「へたくそだなあ」
「調子くるっちゃうね」
太鼓をたたいているのは総務部長だが、汗だくで一生懸命さが伝わるがいかにも大変そうだ。音楽は流したまま、総務部長はやぐらを降りると、春美を見つけ歩みよってくると、「すみませんが私は音痴で、代わりに太鼓をたたいてくれませんか」とバチを渡された。
「えーっ、私でいいんですか」
「さあさあ」
と、やぐらの上に上がるよう、いつのまにかまわりに人が集まり、担ぎ上げるように春美をやぐらの上へと押し上げた。義明は何が起こったのか、と、あぜんとして見ている。春美は二本のバチを持ち太鼓に向かう。太鼓などたたいたことが無い。でも子供たちが音楽だけで踊りながら太鼓の音はいつ出るのかとこちらを見ている。意を決して太鼓をたたこうか、と思った矢先、いつの間にか大ダヌキ、蝦夷亭がななめ前に立ち、「こうたたきなさい」というジェスチャーを見せる。春美は大ダヌキの振り下ろす腕にタイミングを合わせ、
ドンドンドン、ドドン・ド・ドン、ドン・ドドン・ドドン、と打ち始める。
「おお、上手だねえ」
「やっと太鼓らしい音が出たね」
みんなが褒めてくれている。春美は次第ににリズムに乗り、テンポよく、音楽に合わせて太鼓をたたいた。
やぐらにいた大ダヌキも、5匹のタヌキも下に降り、輪の外側に立って踊りに参加をした。
ドンドンドン、ドドン・ド・ドン、カッカラカッカ、ドドン・ド・ドン
春美はどんどん調子に乗ってリズムよくテンポよく太鼓をたたいた。子供のころから慣れ親しんだ盆踊りの曲と太鼓の音だ。曲調はつかんでいた。タヌキたちは人間の子供達と違って例のタヌキ踊りを踊っている。楽しそうだ。タヌキの姿は他の人の目には見えない。でも、義明も春美もタヌキ達もこの人間界で一体になり、ひとつのお祭りを楽しんでいる。
子供盆踊りが終ると、春美はお役御免となって解放された。太鼓の上手な人が大人盆踊りの太鼓を引き継いだ。義明も焼き鳥係から解放され、義明、春美、タヌキ達が北海盆踊りを踊った。公園の夜を彩る赤、黄、緑の電球、提灯が祭りのムードを盛り上げ、タヌキ達も酔いしれていた。
盆踊りの時間が過ぎると、町内会長の挨拶があり、花火大会となった。花火大会と言っても町内会の費用であげる花火だ。大きいのが3発上がるだけ。それでもみなワクワクしながら上空を見る。
ドーン、パツ
歓声が上がった。ささやかではあるが心に残る花火だ。ポンがしみじみと見つめた。早くあんなのが上げれるようになりたい、と思ったのだろう。春美はポンの背中に触れ、「ポンちゃんならできるよ」そう励ました。
「ポン!」
ポンが両手を上げ、花火を打ち上げるイメージをした。義明、春美、タヌキ達にしか見えない花火だったが、以前ポンが打ち上げた花火よりもより高く、鮮明に、春美や義明の目には映った。
短冊がたくさんぶらさがった柳の木は市のゴミ処理施設で燃やされ、短冊は近くの神社で祈祷きとうの上お焚たきあげされるという。短冊の一枚に誰が書いたのであろうか「義明と春美がいつまでも幸せでありますように」という一枚があった。
お盆になった。義明、春美はタヌキ達も連れてお墓参りに出かけた。自宅からあの海水浴場へ向かう途中にある小高い丘の霊園。義明の父母、祖父母が眠る墓に、花を活け、供物を並べ、ろうそくに火をともし、線香をたいて両手を合わせる。
先祖はタヌキ達をどう見ただろうか。墓地にタヌキ達を連れてきて大丈夫なものか、少し心配をしたが、タヌキ達はいたって平気な顔をしている。何か特別なものが見えたりしないものか、それはあえて聞かないことにしていた。
春美の両親や祖父母が眠る墓地は自宅から車で1時間ほどの山中にある。春美も義明も例の病院での一件から御礼かたがたの墓参りをしなければと、気になっていた。
「おばあちゃん、みんな、ありがとうね」
春美がつぶやき手を合わせる。義明もタヌキ達も手を合わせる。気の早いトンボが空を舞っている。お盆が過ぎると短い秋がすぐに駆け寄ってくる。
9月になると秋祭りのシーズン。敬老の日前後はあちこちの氏神に五穀豊穣などを祈る儀式が行われる。近所の神社から出発した神輿が町内を練り歩いている。
ピーヒャラピーヒャラ ドンドン
笛や太鼓の音にあわせてタヌキ達が家の中でタヌキ踊りを踊っている。タヌキ達を境内けいだいに連れていくと、出みせがにぎやかに並んでいて、リンゴ飴やたこ焼きや焼きイカのいい匂いがしている。本堂で柏手を打って、目に見えない日ごろのご加護への感謝を伝え、めいめい願い事をする。
「ねえ、何をお願いしたの」
「だだだだたぬうき」「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」「ぽんぽこぽこぽこ」「たぬたぬたぬたぬ」お好み焼きが食べたい、
みな願い事は示し合わせていたのだろうか、
「えー、そうなのー」
お好み焼きをひとつ買い求め、
「願い事がかなったね」
「だだだだたぬうき」「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」「ぽんぽこぽこぽこ」「たぬたぬたぬたぬ」わーい、叶った、とタヌキ達は歓声を上げた。
境内から少し離れた公園のベンチに座り、割り箸でどうにか6等分して一口ずつタヌキに与えた。春美はあたりをきょろきょろ見回し「ワルちゃん、いないの?」
ベンチの後ろ側から「わるわるわるわる」と悪ダヌキがでてきた。一口食べて、あっかんべーをして走って行った。タヌキ達と何かおいしいものを食べるときは悪ダヌキにも声をかけることにしていた。悪ダヌキも玉子焼きが好物らしい。そしてこういうお祭りの雰囲気も好きなのだ。
タヌキ達が道路の方を注目している。御神輿が境内に入ろうとしていた。北海道神宮のお祭りは6月に行われる。神輿や山車が札幌市内を練り歩き、市内中心部に近い公園などでは、出みせが多数出て大賑わいとなる。ご近所のこの小さな神社の秋祭りは、神輿の数も出みせの数も神宮のお祭りには及ばない、素朴なものであるが、これはこれで、素朴さがいいと春美は思う。「祭りの喧騒」などというが、そういう気ぜわしさを感じない。機会があれば江差町のお祭りをタヌキ達にも見せたい。義明と結婚して一度だけ見た。小さな町だが町中が祭り一色になる。
本州に行けばもっとすごいお祭りもある。世界に目を向けると更にすごいお祭りもある。視野を広げることは大事だが、タヌキ達にはすぐ目の前にある木や草や花の美しさ、その造形の見事さ、人の優しい気持ち、お好み焼きのようにふとおとずれるささやかな幸せの瞬間を大事にしてほしいと思っていた。
桜の葉が赤く色づいた。秋が訪れたと思えば冬はもうすぐそこだ。
「ぴーよぴーよ」スズリン、スズタンが困ったものだと鳴いている。お腹が大きなネコがベランダの下に居ついたようだ。どうしようかと義明と春美は相談するが、保健所や市の環境課に連絡するようなことは考えられなかった。以前のキツネのことを思いだしていた。タヌキ達は義明に似てネコが苦手なので近づくことも様子を見ることもしない。
ネコはなんとなく春美のことが気に入ったようで、春美が植物に水をやったり、洗濯物を干したりしていると、ニャーニャーとすり寄ってくるようになった。白ベースで少し茶とグレーの色が顔や背中のあたりに入っている。
ミックスだとは思うがおそらく人間に飼われていたことがあるのだろう。頭のよさそうなネコだ。小顔で目が大きくかわいらしい。なにを食べて生きているのだろうか。ふと心配になる。お腹の子は大丈夫なのだろうか。
子供のころに世話をしていたネコを思い出していた。就寝の際にはいつも先に子供部屋の前に立って春美がドアを開けるのを待っていた。一緒に子供部屋に入るとベットにもぐりこんで添い寝をしてくれた。そのネコはもうこの世にはいない。
ネコがベランダに住み着いて二週間ほどたった。桜の葉は散って幹と枝だけになった。冬を間近にまだ葉を残しているのは、実を赤く染めているナナカマドくらいだ。敷地のまわりの木々も葉を落とし幹と枝だけになると林の向こう側まで透けて見えて北風の寒さが庭をかすめている。
「ミーミー」
かすかだが子猫の鳴き声。生まれたらしい。ベランダの下では白黒の小さいのがむずむず動いているのが見えた。おっぱいは出ているのだろうか。母猫は何か食べているのだろうか。次の日は大雨だった。雷も鳴っている。ベランダは雨ざらしであり、床面の板と板の隙間から雨が地面へしたたり落ちている。
「ぴーよぴーよ」スズリン、スズタンが「母猫が濡れている」と言っている。
母猫は子猫が雨で濡れないよう子猫の傘になっているのだろう。タヌキ達が寄ってきて、「だだだだだたぬうき」中に入れてあげたほうがいいよと言う。「たぬりんたぬりんたぬりん」きっとみんな大丈夫だから。「ぽんぽこぽんぽこぽこぽん」義明様にはよく言って聞かせるから、そういってタヌキ達が春美をはげました。
意を決して春美はベランダの下にもぐりこみ、親猫を抱きかかえて居間に入り、ラグマットの上に坐らせた。次いで、白黒の子猫をハンカチで包んでそっと親猫の顔の前に置いた。親猫は春美の顔を見、子猫を見ていたがペロっと、子猫を何度か舐めた。人間が子猫に触って「人間の匂い」がつくと母猫は子猫を見離すことがあるという。子猫を抱いて連れてくる際にはその点が不安だったが、母猫は春美が連れてきた子猫をわが子と認識をしてくれたようだ。
「よかった」
母猫もそう思ってくれているようだ。安心した顔をしている。義明はどう思うかふと不安になったが、義明はそうなる予感はしていたのか、帰宅してもイヤな顔ひとつせず、「そう、よかったね」と言ってラグマットのうえで静かに眠るネコ2匹をみつめた。タヌキ達は義明の後ろからネコの様子をおそるおそる観察しているようだった。
子猫はまだ生まれたばかりだが、2、3日もすると活発にそのあたりをうろうろするようになった。
「かわった模様」
春美がしゃがみこんで子猫のことを観察している。まるで風ぐるまのように黒地の背中に左上から右下へ、右下から左上へ、勾玉を二つ互い違いに並べたような、白い模様が入っている。腹と肢体は真っ白い。母猫は産後で疲れているのか、野良生活の疲れがたまつているのか、おとなしく食欲があまりない。
子猫がいなくなったり、誤って何かを誤飲したり、見つからないところに隠れたりしないよう、春美と義明はペットショップからゲージを買い求め、居間の窓辺にそのゲージを置いて中にネコの親子を収めた。その日、春美は親猫を「鯛」子猫を「リーフィー」と名付けた。鯛は縁起をかついだ。リーフィーは保護したときにサクラの葉を身体に着けていたからだ。庭木のサクラのようにすくすく育って欲しいと思った。
もしかしたら他人に手放すこともありうる。元の飼い主が探している可能性もある。あまり情が移ってもあとで悩むかもしれないが、保護したからにはきちんと責任もって健康に育てていこうと思った。
悪タヌキが出てきて、ゲージのまわりを行き来し、棒で親猫をつつくしぐさをしたのを見ていた春美がげんこつをはろうとするより早く、エゾリンが走ってきて悪ダヌキを突き飛ばした。悪ダヌキはあっかんべーをして逃げていった。悪ダヌキを突き飛ばしたあと、エゾリンは母猫と目が合い、あわててソファの影に隠れた。どうもタヌキ達はネコにはなかなか馴染めないようだ。
ネコ嫌いな義明もはじめのうちはあまりゲージに近づこうとはしなかったが、徐々に慣れたのか、ゲージのすきまから人差し指を入れて母猫の頭をちょっと触るようなことができるようになってきた。義明にならってなのか、タヌキ達も少しずつネコとの間合いを縮めているようではあった。
春美は子猫が気になってしかたなかった。外でアレルギー性のウィルスでももらってきたのか、鼻水が止まらず目もなかなか開かない。母猫から乳をもらう様子も少なく見えた。動物病院へ連れて行って注射を打ってもらうなどし、動物病院の医師からのアドバイスで哺乳瓶での授乳をはじめた。
タヌキ達はその様子を見、なんとなくタヌキと春美との距離が開いてきたかの感覚を受けていた。やきもちを焼いているのだ。
「ぽんぽんぽこぽこぽん」春美はネコのほうがいいのかな、そんなことを言う。出会った最初のころ、タヌキ達は義明のことを義明様、春美のことを大王様と呼んでいた。夏に食べ物をもらい、抱っこをしてもらえるようになってから、ポンやタヌタヌは春美のことを「春美」と呼ぶようになっていた。
「まあ、呼び捨て?いいけど」春美も「春美」と呼ばれることはまんざらでもなさそうだった。
だが、真夏の奇跡のような幸せ気分もつかのま、秋から冬に向かうこのときに春美はタヌキよりも子猫のほうに愛情を注いでいるかのように、タヌキ達は見えはじめていたのだった。義明はよい子達と悪い子のバランスをとるために悪タヌキを生み出したものの、こういう場合、悪タヌキがやきもちを買って出ることはない。普段から悪タヌキは悪い子の役回りだから、やきもちなど焼かない。
春美が子猫をかまっているときには、タヌキたちは二階にあがり暇をもてあますように黙って寝ていることが多くなった。ふとタヌタヌが窓から手稲山を見、
「たぬたぬたぬたぬたぬ」手稲山へ行って見る。そう言いだした。
「だだだだだたぬうき」だめだよ、春美が許さないよ。
「たぬたぬたぬたぬたぬたぬ」でも行ってみる。雪が積もる前に行くんだ。
そう言うとひとり立ち上がり階段を駆け下りてドアをすり抜け、四つ足になって走り出した。4匹は窓からタヌタヌが走っていき遠く小さくなるのを見ていたが、自分たちの身体がだんだん透けていくのに気が付いた。タヌタヌも走りながら自分の身体が透けていくのを感じ、また、力が抜け、走れなくなっていった。
少しすると4匹が追いついてきて、タヌタヌは力を取り戻した。
「だだだだだだたぬうき」一緒に行かなきゃだめだよ。
このタヌキ達は5匹で1体なのです。1匹でも遠く
に行くとパワーが無くなって動けなくなる、という
弱点がありました。この弱点は義明さんや春美
さんが想定したものではなく、生まれついてのもの
ですが、義明さんも春美さんもそのことには気が
付いていませんでした。
人間の足でも3、4時間かかりそうな手稲山までの道のりは遠かった。二本足で歩くのがつらくなり、タヌキ達は四つ足でトコトコと進む。手稲山のふもと、高速道路の高架橋をくぐったあたりで小休止する。まだあんなに高い、遠いい。日没近い時間になっていた。春美は自分達がいなくなったことに、気が付いているだろうか。
「タヌキがいなくなった」
あたりが暗くなった頃、春美は不安にかられた。タヌキ達を少し放っている、寂しい思いをさせているということは分っていた。生まれたばかりのネコが無事に育つようネコばかりかまつていることについてタヌキ達にはすまないと思っていた。
「タヌキ達だってまだ生まれて間もない子供だから」
泣きたくなる気持ちを抑えて、外へ出てタヌキ達がそこらで遊んでいたりしないかと探し回った。
「ぴーよぴーよ」どうしたの、と、スズリン、スズタンが春美のそばまで来て、地面から見上げている。
「スズリン、スズタン、タヌキ達を見なかった」
「ぴーよぴーよぴよぴーよ」タヌキ達なら向こうの方へ走って行ったよ。そう、手稲山の方を向いた。
「向こうの方、まさか山まで。遠すぎる。それとも神社かお寺に遊びに行ったか、もしかして家出?」
困りきった顔の春美にスズリン、スズタンも沈んだ顔になり、やがて、スウッと姿が見えなくなった。もう夜になる、鳥はねぐらに帰る時間だ。どうしよう。スズリン、スズタンが向かったという方へ歩き、ひょっとしてタヌキ達が家へ戻っているかと思い、戻って家に入るが、家の中にはネコしかいない。
悪ダヌキが出てきた。
「ワルちゃんエゾtたち知らない?」そう聞くと、
「わるわるわるわるわるわるわる」春美のしつけがなっていない、とか、そもそも甘やかしすぎだ、とか、姑か小姑のような説教が始まり春美はげんこつをはった。
「わるわるわるわるわる」暴力反対、あいつらなら手稲山に行ったよ、という。
「やっぱり」
義明が帰ってきた。涙目の春美に「どうしたの」と聞くと、タヌキ達が家出をして山へ行ったと打ち明けた。
義明はさっそく春美を連れて車で手稲山へ向かう。山への登り口に入り、高速道路の高架橋をくぐったあたりで道端に寒そうに坐りこんでいるタヌキ達を見つけた。
「あなたたち」
「だだだだ」「えぞりん」「たぬりん」「ぽんぽこ」「たぬたぬ」春美、
ひとしきり春美と5匹は抱き合って泣いていた。
「よかったな、熊が出る時間だからな。でもよくこんな遠くまで来たなあ」
車を運転しながら助手席で春美の膝に乗ったポンとタヌタヌに声をかけた。後ろの席では3匹がまだすすり泣いている。せっかくここまで来たので、と、義明は山頂手前のゴンドラ乗り場まで車を走らせた。駐車場から眼下に札幌市の夜景が美しく映えていた。本格的な冬を前にして空気が澄んでいる。
しばらく夜景を見て、
「今度のお休みに山頂まで行こうか」春美がタヌタヌを見てそう言った。
「たぬたぬたぬ」また来たい、タヌタヌがつぶやいた。
「よし、それじゃあ今度のお休みは山登りだ」義明はそう言って車のエンジンをスタートさせ家路についた。
家はストーブをつけっぱなし、灯りもつけっぱなしにしていた。ドアをあけると暖かな空気が2人と5匹を包んだ。ネコはすやすやと眠っていた。
*
ネコの出現からやや不穏な動きになっていきます。
手稲山でタヌキ達はレベルアップをはかれるでしょうか?