第四章 たぬき達の旅立ち〈前編〉 ⑥
修行の旅に出たたぬき達。旅の目的地には思いがけない運命的な出会いと戦いが待っていた。
(第四章 たぬき達の旅立ち〈前編〉 つづき)
翌朝。
ドカン
大きな物音がしてタヌキ達は目が覚めた。小屋には窓が無く外の様子がわからない。縛られているタヌキ達も目が覚めていたようだ。かなりのうろたえ様だ。さるぐつわをしたまま何か言っている。
「ぼぎ、ばあごおぼぎげぐげ。ごおがぎえぐが」(おい、縄をほどいてくれ。ここは危険だ)
タヌキ達は昨夜、さるぐつわは固むすびで縛っていた。蝶結びは不得意だったからだ。さるぐつわをほどこうとするが、固結びをほどくのも苦手だ。
ドカン、ボカン、ズカン
爆音が続く。地響きがしている。
外でウサギ達だろうか、騒ぐ声が聞こえる。5匹はドアの方に近寄り、すきまから外を覗こうとしている。さるぐつわを自力でずらした捕らわれタヌキが、
「おい、聞いているのか、ここは危険だ。すぐにここから出ないと・・・」
ひゅーん
ズドーン、ドンガラガン、
突然小屋の入口付近が天井から床まで飛んで、眩しい外があらわになった。形が定かではない大きなものがあたりを飛び跳ねている。
「うわーーーーっ」
縛られているタヌキ達が絶叫した。目の前で小屋が破壊され、エゾt達の5匹はドアから飛ばされしりもちをつき、突然の出来事に驚く余裕もなく固まっている。
ウサギ達が鏃の弓矢を懸命に放って攻撃している。その形が定かではない大きいものが2体、他に黒い者がこの崖の上の草原にあちこちうごめいている。
「おい、頼むから縄をほどいてくれ。逃げよう」
後ろで縛られているタヌキ達がわめいているが、
「何事だろう」
と、5匹は小屋の入口があったあたりから少しずつ前へ歩いて、その戦いを見つめる。
その大きいものはタヌキ達が初めて目にする動物だが、エゾモモンガだ。リスの仲間で人間の手の平に乗るかわいい動物なはずだが、目の前で暴れているのはタタミ3畳ほどの大きさだ。姿はネズミの身体で手足を広げると羽のように毛皮が膜となるが、その皮膜を広げたときに念力が塊となって飛んでくる。浮力もありぴょんぴょんと飛びながらウサギ達を攻撃しているようだ。こちらの近くに1体、向こうの方にも同じものが1体、ウサギの戦士達は二手に分かれて迎え撃っているようだ。向こうの1体はこちらの二倍ほどの大きさだ。リーダーが先頭に立ち猛攻をかけている。
「たぬたぬたぬたぬたぬ」他にも何かいる。
エゾモモンガを援護するようにコウモリ型の魔物数匹が飛び回り、真っ黒い魔物のウサギ数匹が地上で斧を振り回している。
ウサギの戦士達は弓矢と、両目から放つ赤い光線でモモンガやコウモリや黒いウサギを攻撃している。上空からはウミウ、カモメが超音波を、海上からはアザラシが波動弾を放って攻撃をしている。コウモリや黒いウサギは弓矢や超音波に粉砕され煙になって消え、徐々に数を減らしているようだ。だがモモンガは強い。矢も波動もおおかたは透き通るモモンガの身体をすりぬけている。モモンガは攻撃を受ける際に身体を透き通らせてダメージを受けないようにしているのだ。
向こうにいた1体には、ウサギが二重三重に取り囲み、上空からもカモメやウミウが超音波や波動を発している。モモンガは倒されてもすぐに起き上がり、身体を回転させて、
「もんがもんがもんがー」
念力弾を四方八方に飛ばして反撃している。
カモメのカッちゃんが飛んできた。
「とりあえずここは退避しましょう。あのモモンガは2体ともコピーです。本体は別にいて、コピーはそれほど高い攻撃能力ではありません。じきに消えるはずですが・・・」
ひゅーん、ドカン
近くにモモンガの念力弾が着弾して土砂が舞った。
「えぞりんえぞりんえぞりん」そのタヌキを逃がさないと、
カッちゃんが縛られているタヌキを見て、
「そうですね、そうですよね」
カッちゃんが縛られているタヌキへ飛んで縄を突っつくが「私は固むすびが苦手で」と、ほどけそうにない。
真っ赤な目をしたコウモリ型の魔物がこちらへ向かって飛んできた。
キエー
ラビりんが飛んできてタヌキ達の前に立って弓を放つとコウモリに命中し、コウモリはくるくる回転しながら砕けて煙になる。
「らびらびらびラビティ」何してるの、早く逃げて。
ラビティがやってきた。縛られているタヌキが叫ぶ。
「助けてくれ!」
タヌキ達もラビティも本能的に人助けは拒めない。縛られているタヌキがまた叫ぶ。
「ふろしきみたいのがこっちにくる、早く!」
「らびらびらびラビティ」私、固結びは苦手なの。
エゾtとエゾリンが太いロープを噛んだ。
カリカリカリ
5匹をまとめて縛っていた太いロープが切れた。だが、
「もんがもんが」
モモンガのコピーの化け物1体がこっちを向いて、びょんと飛んでくる。ラビりん、ウサリンが弓を連射する。ウサぴょんが飛び上がって手裏剣を飛ばす。ウサウサはまだ上手に2本足で立てない。ようやく2本足で立って弓をかまえるが、弓を放つとぽろりと矢が弦からはずれ足元に矢が落ちる。ウサギ姉妹の攻撃で数本の矢と手裏剣がモモンガの腕や足に刺さった。
「もんが」
モモンガの化け物は顔を真っ赤にして口を大きく膨らますと、口から赤い念力の塊を飛ばしてきた、とっさに、
「たぬりん」
「たぬたぬたぬ」
「ポン!!」
タヌリンが放った白い光の玉がモモンガの念力弾に当たり、念力弾は軌道をそらして小屋の横へ着弾する。タヌタヌが手の平から出した波動弾がモモンガの肩に当たり、クルクルとモモンガが回転する。ポンが口から放ったポンの文字が大きくなりながらモモンガに、「ドカン」と鈍い音を立てて当たると、
パキペキパキピキ・・・
モモンガは細かくひび割れして煙になり消えた。
「消したのか・・・」
近くまで走ってきていたウサギのリーダーがつぶやいた。
向こうにいた1体もようやく倒して消したところだった。あたり一帯に戦闘で疲れ切ったウサギや海鳥たちがたたずんでいる。
ウサギ達はみなタヌキ達の方をだまって見ている。魔物を消し去るにはけっこうなパワーが必要だった。ましてこのモモンガは「コピー」でも強い。持久戦で少しずつ力を弱めて消すか、退却するのを待つのがいつもの戦い方だった。タヌキが戦ったのは小さめのコピー1体ではあったが、一瞬にして魔物を消したタヌキ達のパワーに呆れ、驚いている。
「うさぴょんうさぴょんうさぴょん」もう、あんただったらいつになったら弓矢を撃てるようになるの。
四女のウサぴょんがウサウサに教育的指導をしている。
「うさぴょんうさぴょん」ほら、こうやって・・・
二本足で立たせて弓を引かせるがぽろりと矢が足元に落ちる。
このウサギの里にラビティ達が現れて間もなく、ここ雷電海岸周辺のウサギ達に武装をするように呼びかけたのはラビティ達だった。ラビティ達はこの世に生まれて物心ついたときから弓を背負っていた。ウサギの里にこの弓を背負った人間的な精霊が現れたときにはウサギの里に緊張が走ったが、間もなくラビティはアイドルになり、誰からも親しまれた。ラビティは自分が人気者である自覚はなく、ただウサギ社会に馴染むのに必死だった。ウサギ社会に馴染む努力をしつつも、何か問題がおきるたびに円卓を出して話し合いを促し、この里の中で起きる小競り合いに対して民主的な解決をはかる働きかけも重ねていた。
そして、あの夢の記憶がある。将来、全世界を巻き込んだ戦争が起きる、そんな恐れを潜在的に抱いていて妹、弟のみならず皆が安心して暮らせる里になることを願ってやまなかった。
ラビティ達は生まれついて弓の名手であった。ラビティ達の指導のもと、ウサギの里のウサギ達は、めきめきと上達していく。そのさなかのモモンガの反乱であった。いまやラビティ達はこのウサギの里になくてはならない存在であった。ただ、ラビティ達はウサギの姿をした人間である、という事実はウサギ達の意識の根底にある。
ラビティ達は、決して最前面に立つことはせず、ウサギのリーダーや「チョウオウ」を立てていた。
だから捕らわれのタヌキ達はリーダーやチョウオウの指示があるまで縛り上げたままだ。5匹のタヌキ達もそんなラビティの複雑な心境を読み取り、捕らわれタヌキの縄を解くことは控えていた。固結びであることの方が理由としては大きいが。
5匹のタヌキ達ははるかが「自分達とそっくりの」タヌキを見たことがあると言っていたのを思い出していた。変タヌキと同様、病院、あるいは会社、あるいはお寺で、自分達の姿を見た霊力のある人間が、コピーして生み出したものであるかもしれない、と、薄々感じてはいるが、あまり気にはとめていなかった。捕らわれているタヌキは無邪気なキャラクターに思え、ごく普通にそのあたりにいる近所の子供、くらいの目で見ていて、深く素性を探る必要性も感じていなかった。同じタヌキとして彼らに親しみさえ感じている。
それより、昨日突然現れた自分達の身内であろうウサギ達や、ウサギ社会に対して興味津々であった。
ウサギの戦士達はリーダーからの指示のもと、あたりを警戒しながら、負傷者を手当てし、タンカで運ぶなど動きまわっている。小屋はもとどおりになった。精霊世界の構築物であるから規模の小さいものであれば壊れていないと思えばすぐにもとどおりになる。
ラビりんが地面で倒れていたコウモリの手当てをしている。涙を浮かべながら白い念を発して回復をはかっている。自ら放った矢が命中した魔物ではあったが、生身のコウモリにとりついていた魔物であった。魔物は煙になって消えたが生身のコウモリは傷ついて倒れたままだった。エゾリンがそばに寄り、一緒に白い念を発して回復をはかる。精霊で仲間のコウモリ達が心配そうに見つめる。
魔物は生身の動物にとりつくと、動物の生命エネルギーを吸収する。魔物が離脱しても動物は回復することなく息を引き取ることが多い。
ウサギの里で暴れている「モモンガのコピー」は魔物がモモンガからパワーを分け与えられモモンガの姿で出現する。魔物はモモンガの里を滅ぼした者達だ。コピーを撃退すればモモンガ本体の霊力も多少は弱まるはずだった。いま2体を消したが、過去に3体を消したというから、あと少なくともコピーが5体は残っているはずである。10体の魔物は近隣から魔物を呼び集め兵団を組織していた。魔物の兵士達は生身の動物に取りついては生命エネルギーを奪っている。
ラビりんとエゾリンの手当ての甲斐あってコウモリは蘇生した。コウモリは何度もおじぎをし、迎えに来た仲間の精霊達と嬉しそうに羽ばたいて行った。ラビりんとエゾリンも嬉しそうに手を振って見送った。
リーダーはそれら戦いの現場を見ては武器を持って戦うことのやりきれなさを感じている。戦わなければこの土地は守れぬ。だが戦争は敵も味方も傷つける。これで本当によいのか、と思い悩む。
捕らわれていたタヌキを縛っていた太いロープはエゾtやエゾリンが噛み切ったまま、捕らわれタヌキはその場に腰を抜かしたまま、興奮気味であった。またあんなのが来たらどうする、そんな恐れからか、
「おい、縄をほどいてくれ」
大声でそう言われるが、ウサギもタヌキもカモメも固結びは苦手だ。エゾtの方を向いて、
「なあ、おい、ずいぶん歯が丈夫なんだな。この縄も噛み切ってくれ」
「そういえばこのタヌキ達は一体何者でどうしてここで縛られて腰を抜かしているのだろう」などという興味は薄く、5匹のタヌキはウサギやモモンガに興味津々であり、ウサギ達はモモンガを倒した5匹に対して興味津々な様子である。
「らびりんらびりんらびりん」ねえ、さっきの波動、どうやって出したの?
「たぬりんたぬりんたぬりん」モモンガの本体はコピーをたくさん出せるの?
「うさりんうさりんうさりん」好きな食べ物はなあに、ニンジン食べれる?
「ぽんぽんぽんぽこぽこ」目から光線出して充血しないの?
「うさぴょんうさぴょん」ねえ、歩くときシッポは邪魔にならないの?
「えぞりんえぞりんえぞりん」月で餅つきしたことある?
タヌタヌはウサウサに草を与えている。
「たぬたぬたぬたぬたぬ」どんな草が好みなのかなあ。
「うさうさうさうさ」
ウサウサは嬉しそうにタヌキから与えられる草を食べている。どれどれ、と、エゾtもあたりの草を物色する。
「おいおい、聞いているのか、縄をほどいてくれ」
ウサギのリーダーとラビティが歩いてきた。リーダーがエゾt達5匹に、
「タヌキ達、鳥王と面会する時間だ」
タヌキ5匹とウサギ姉妹がリーダーとラビティの方を向いた。
「らびらびらびラビティ・・・」鳥王はこのあたり一帯をおさめる王様のようなお方よ。粗相のないように。低姿勢でお話しを聞いて、聞かれたことには素直に正直に答えるの。いい?
ラビティはウサギの精霊達がいる前ではタヌキ達に対して高圧な話し方をする。地元のウサギ達に気を遣うと同時に、タヌキ達に危害が及ばないよう穏便で友好的な交流になるよう考えてのことだろう。
ラビティを先頭に5匹が一列になってついていく。まわりを姉妹3匹とウサウサが囲む。リーダーが、
「お前達もだ、鳥王に会わせる、来い」
縛られているタヌキ達は縛られたまま、立ち上がってついていく。リーダーと、部下達が側を固める。
夏草が生い茂る小道をしばらく行くと、急に海や周辺の野山を臨める小高い場所に出る。ごつごつした岩肌の上に、平で大きな岩があり、その上に大きくて見事な鳥、エゾライチョウが座っていた。羽毛が神々しく照り輝いている。ななめ前に2頭、狛犬のように乳牛が座っている。エゾライチョウは牛よりも大きく見える。
じっと目を閉じて座っているエゾライチョウ。
「たぬたぬたぬたぬ」寝ているみたいだよ。
「こらっ!」
リーダーが小声で叱責する。
ゆっくり目を開けるエゾライチョウ。ウサギの戦士達が頭を下げて礼をする。
「らびらびラビティ」頭を下げて。
ラビティがタヌキ達に低頭を促す。エゾライチョウが口を開いた。
「ああ、つい居眠りしていた・・・」
「たぬたぬたぬたぬ」ほらね、やつぱり。
「こらっ!」
いつの間にかポンが石の上にあがってライチョウの羽を触っている。
「あ、あっ」
リーダーが慌てている。
「ぽんぽんぽんぽこぽん」羽を1枚もらっていいですか?
ウサギ達が口をあんぐり開けている。ライチョウはお構いなしで、
「はじめまして」
ライチョウがポンの方へ、そう言い、うなずきながらタヌキ一匹一匹の顔をみている。ポンは乳牛の上に腰をかけてウサギやタヌキ達を見下ろしている。
「私はみなから、鳥王と呼ばれているが、名前はライデインです。どちらでもいいが、まあ、客人の皆さんは私のことをライデインと呼んでください。どうも王様と言われてもそれほど偉いわけではないのでね」
「ぽんぽんぽんぽこぽん」でもライデインは強そうだね
いつのまにかタヌタヌも乳牛に坐って、ライデインの方を向き、
「たぬたぬたぬたぬたぬ」ライディンは戦わないの?
「こら勝手に話しかけるな、そしてそこから降りてこい」
リーダーがはらはらしている。
「ははは、よいよい」
そうリーダーを制し、
「タヌキ達よ、私はもう年だ。そろそろこの土地を取り仕切る役目はウサギ達に任せようと思っている」
穏やかな表情で、乳牛の上の2匹、下にいる3匹の顔をながめて、
「ただ、隠居を決め込む前にあのモモンガを救いたくてな・・・」
そうつぶやくようい言い、空を見上げる。
タヌキ達はライデインのとんでもない強さを感じていた。トンビの鷹雄さんやハヤブサのぴょんも相当強い精霊だと思っていたが、ライデインはその更に更に上を行く霊力だと感じている。縛られているタヌキ達もライデインを見て恐れおののいている。だがライディンは何故戦わないのか、「救いたい」とは?
「ここからだいぶ北の方にハボロという土地がある。緑豊かなエゾモモンガの里があった。彼はその里の唯一の生き残りなのだ」
ライデインが話すには、
エゾモモンガの里は緑豊な原生林の中にあった。あるとき一匹のウサギの精霊と野生のウサギ数匹がその土地に迷い込んだ。エゾモモンガはリスの類であり、ウサギとは生活も食べ物も異なる。エゾモモンガの精霊は何の警戒心もなくウサギが住まうによい平地で草が豊富な場所を提供した。当初はウサギの精霊は野生のウサギ数匹の世話をするのみであったが、ウサギの精霊は精霊の仲間を増やし魔力を使ってあたりの木々を伐採し、野生のエゾモモンガの住かを脅かしはじめた。エゾモモンガの里に迷い込んだウサギには魔物が取りついていた。ウサギは斧やノコギリ、槍や刀をふるってエゾモモンガの精霊や野生のエゾモモンガを攻撃した。モモンガの精霊は野生のエゾモモンガを誘導して他の土地へ移住をするが、移住先では先住の精霊達や野生のリスやネズミの迫害に遭い、猛禽類から捕食され、精霊のモモンガも野生のモモンガも数を減らしていく。住み慣れた土地を奪回しようとモモンガの精霊達は集結し、武装してウサギの魔物を攻撃したが返り討ちとなった。野生のモモンガは全滅し、精霊のモモンガ一族は唯一、あのモモンガの子だけが生き残った。魔物のウサギはモモンガを魔力のかかった縄で縛り付けイカダに乗せて海へ流した。日照りで乾ききったモモンガは死を覚悟したが、キャンプ中にテントを張ったイカダが流され漂流していたアザラシのアザtに偶然助けられ一命はとりとめる。アザラシは雷電海岸までモモンガを届け、モモンガはこのウサギの里で療養することとなった。ウサギ達の手厚い看護でモモンガは徐々に元気を取り戻すが、モモンガの里を滅ぼしたのがウサギであったことからウサギからの保護を受けることに嫌悪感を覚えていた。ある風の強い日、このウサギの里の宝物である「金の玉」が崖の上の祠から落ちた。ウサギ達は血眼で金の玉を探した。金の玉には強い魔力がありこのあたりの干ばつや洪水などの自然災害をやわらげてくれる作用があった。ウサギはあらゆる動物達に金の玉の捜索を頼んでいた。金の玉は海鳥の巣に落ちていたのだが、ある日、沖合からその金の玉を見つけたアザラシからの連絡を受けたウサギ達はモモンガにその金の玉を拾いに行くよう頼んだ。ひとりぼっちでいつも寂しそうなモモンガも少し明るい顔をして張り切っていた。金の玉が落ちた鳥の巣は切り立った崖の中腹にあった。崖を登り降りするのは、ウサギには無理だった。ただ、切り立った高い断崖の上の金の玉を取りに行くのはモモンガでも難しかった。ウサギ達はあたりに住むシカやキツネやタヌキやクマやネズミやリスに声をかけ、肩車をさせるなどして皆で応援し、モモンガにその金の玉を取らせた。
「たぬたぬたぬたぬ」ウサギは肩車に参加しなかったの?
「モモンガに手柄を取らせるためだ。ニンジンの収穫時期で忙しかったということもあったが」
リーダーが答えた。ライデインが話を続ける。
モモンガは金の玉を崖から拾いすぐに金の玉の魔力にとりつかれてしまった。滑空して森の中に姿を隠し、たまたま拾った海鳥の玉子にペンキで色をつけてウサギに渡そうとするが、ウサギに金色の玉子を渡す前にその玉子が羽化してしまう。ウサギをだまそうとしたことが発覚したことを恥じウサギからの報復を恐れ、モモンガは金の玉を持ったままウサギの里から逃げ出してしまう。モモンガはモモンガの里に帰り、金の玉のチカラでモモンガの里の再生をめざそうと考えた。モモンガの里へ向かう道中に魔力を身に着けたモモンガはモモンガの里のウサギ達を攻め、滅ぼしてしまう。滅ぼしたウサギはウサギの姿をした魔物達であったが、モモンガはそうとは知らず過ちを犯したと思いこみ悔いた。荒れ果てた故郷にひとりたたずみ絶望し生きる気力を失った。その時、かつてモモンガの里を滅ぼしたウサギに宿っていた10体の魔物がモモンガに入り込み、ウサギに代わってモモンガが魔物と化してしまった。憎しみや怒りの感情に囚われたモモンガは次々とあたりの平和な動物の里を破壊する。そしていまこのウサギの里へ矛先を向けている。モモンガは自分に入り込んだ魔物達を自分の分身にしてこのウサギの里へ送り込み攻撃しているのだ。
ライデインの話はだいたいそのようなことであった。魔物に追われ故郷を失い、更に魔物にとりつかれてしまったモモンガの子を助けたい、という。
「えぞりんえぞりんえぞりん」助けてもらった恩も忘れてしまうものなのかな。
えぞりんの疑問にライデインが答える。
「我々はそのモモンガが金の玉を手に入れる前か、その後から何者かにそそのかされ、扇動させていたのかもしれないと思っている。ここから逃げ出したときにはすでに魔物にとりつかれていたのではないかと。そしてよこしまな心の人間がモモンガを使ってモモンガの里のみならず、この土地からも平和に暮らす動物や精霊を追い出そうとしているのではないかと思っているのだ」
このウサギの里に現れている魔物はモモンガだけではない。コウモリ型、ウサギ型、海鳥型、動物のふりをした魔物が侵入してきてはウサギ達が駆逐している。
「たぬりんたぬりんたぬりん」人間が魔物を操れるものなの?
ライデインが、
「この土地を開発したいと何度も訪れていた人間がいる。その人間には黒い影が見えた」
と言う。ライデインは町議に働きかけるなどしてあたりの農民や漁民に土地開発に反対する署名活動などさせ、また、地質調査に来た者にカミナリを落としたり、ホテルの風呂場にキツネを忍び込ませて下着を隠すなどの嫌がらせをし、その者達は手を引いたようだ、という。
「タヌキ達に頼みがある。モモンガから金の玉を取り返し、モモンガの魔力を弱らせて、とらえてきてはくれぬか」
ライデインは過去の人間や魔物との戦いで深手を負い、寿命を著しく消耗した。残された寿命が、あとどのくらいなのかは定かではないが、パワーの消耗を避けつつ、戦いや自然災害などで傷ついたウサギ達を癒すことにパワーを裂き、帰ってきたモモンガにも自身のパワーを分け与えたいと思っていた。
そんなことはウサギ達にも話していなかった。ウサギのリーダーやラビティは、ライデインの身体の衰えを感じていた。戦わない理由はパワーを蓄えていざというときに備えている、または、自分達に試練を与え、育てようとしているのでは、と考えていた。
いずれにしてもこのライデインは要所要所でパワーを発揮し、ウサギのみならず地元の人間達も住みよい地域づくり、周辺町村と連携しての、動物と人間が共生できる環境づくりに貢献してきた。時に人間に姿を変えては町役場で農業用用水路整備の交渉をしたり、人間のボランティアを募っては植樹活動をしたり、乳牛を飼っては観光客へアイスクリームを売ってウサギ達のために小銭を稼いだり、雨を降らせては干ばつを防ぎ、氾濫した川へ念を発しては土砂災害を防ぐなど、まさに鳥王の名にふさわしい王様ぶりであった。
「ウサギ達も協力するのだ。リーダー、ラビティ、タヌキ達よこの通りだ」
ライデインが深々と頭を下げる。
エゾt達もラビティ達も本能的に人助けは拒めない。リーダーも尊敬するライデインからの頼みは断らない。また、密かに憧れているラビティさんが行くのなら当然自分も行って彼女を守らなくてはならないと思う。何より、いつくるかわからない相手の攻撃におびえ、武力を磨く日々を重ねても平和への道は開けないと思う。
「わかりましたライデイン、モンガを救いに行きます」
そのモモンガの名前はモンガというようだ。モモンガの里があった場所はここから北へ200㎞ほどの羽幌町だ。はるかの家からこの雷電海岸まで来た距離の二倍はある。そこまでどう行くのか。
「よし、月舟2隻で行け。そこのタヌキ達にも協力をしてもらうのだ」
そう言って縛られているタヌキを見る。
「え、こいつらですか?」
「そうだ、よいな」
縛られているタヌキ達は何者かわからない、何をしにここへ来たのかもわからない。いつ逃げ出してもおかしくはない。それでも協力を求める理由は何なのか。
そのタヌキ達はしばらく何も答えない。実際、どうしてよいのかよくわからないでいた。このタヌキ達はまだこの世に生まれて間もない。生みの親が誰なのかは知っているが、この世の中の事をよく理解していない。ただ、その親のそばにいるイヤな奴に「現地に行って様子を見てこい」という乱暴な命令を受けて、なんとなくここでうろうろしていただけであった。戦う術も知らない。ただ、こうやって縛られていて、この縄を解かれたとしてもそのあと自分達が何をどうすればよいかわからない。この者達に従っていればそれでよい気がした。
「よいな」
念を押すようにライデインがそのタヌキ達に言う。ライデインはこのタヌキ達が世の中のことを何もわからない子供だと知り、また、よこしまな人間からの指示でスパイとしてここへ来たことも見抜いていた。この何もわからない子供達をこのまま返すよりは自分達の仲間に引き込んだほうがよいと考えたのだ。
「わかった、ついていくよ」
すこし考えていたそのタヌキのリーダー格がそう答えた。
ライデインがうなずき、そして
「そこのタヌキ」と、タヌリンが呼ばれた。
ライディンはふところから金の玉をひとつ取り出し、「これをお前に預けよう」意外な顔をするウサギ達。この里の宝物をタヌキに?
「この宝物はこの里に3つあった。1つはモンガが持ち去った。もう1つはこの里の祠にある。金の玉は数がいくつあっても効能は同じだ。この里には1つあればよい。この1つはお前に預ける。お前ならうまく使えるだろう」
そう言って金の玉をタヌリンに差しだした。
「たぬりんたぬりん」金玉ですね
リーダーが、
「金の玉だ!」
ミッションは、魔物と化したモモンガのモンガがいるところまで行って、モンガを改心させて、モンガを連れ戻し、金玉、ではなく金の玉の1個を回収してウサギの里に戻す、ということ。そう簡単ではない。ホテルの風呂場に忍び込んで悪者のパンツを隠すのとはわけが違う。第一、200㎞以上も離れたところまで行って帰ってくるだけでも大変、まして一緒に行くのは昨日知り合った者達ばかりだ。モンガはコピーでもあれだけの強さなのだ。本体の実力はかなりのものだろう。
すぐにこの場から2班に分かれて出発することになった。向こうの山の方から、
「ぽんぽんぽんぽこ」え、あれなあに?
粗末な木造の船が空をゆっくり飛んできて、近くに着陸した。リーダーが、
「月舟と我々は呼んでいる。これに乗ってハボロまで飛ぶ」
1隻にはリーダー含めたウサギの戦士5匹と、縄で縛られていた5匹と乳牛一頭が、もう一隻にはタヌキ5匹とラビティらウサギ5匹と馬一頭が乗り込む。
「らびらびらびラビティ」荷物をうちの馬が運んでくるから少し待って。
ラビティがそう言っていると、牽引車が来る。けん引のトラクターを運転しているのはウサギでトレーラーに馬と葛籠が乗っている。
牽引車が止まりトレーラーから馬が降ろされた。荷物はウサギ達が運んでいる。馬にウサギ達が、
「らびりんらびりん」ありがとう、ご苦労様
「うさりんうさりん」あなたはとても働き者ね
「たぬりんたぬりんたぬりん」え?その馬は何もしていないと思うけど?
荷物と言っても葉巻や着替えや馬油やコーヒーや枕などこの馬が使う物が主のようだ。
その他、月舟にはキャンプ用具や弓矢などの武具、救急箱やラビティ達の化粧道具が積まれた。
牛はライデインのペットで名前は「うっしっし」、馬はウサウサのペットで名前を、
「ウマウマですよろしくお願いします」
とのことだった。牛と馬はどういう働きをするのだろうか。カッちゃんが来た。
「私もご一緒します」
カッちゃんにとっては予想もしない展開であった。手稲山から石狩湾へ、そこから雷電海岸へタヌキ達を案内し、その行程中のことをつぶさに和尚や鷹雄に報告するのがカッちゃんの役目だった
「どうなることやら」
カッちゃんも羽幌へは行ったことがない。石狩湾よりも更に更に北に位置する。
更にもう一羽、ライデインの話に出ていたウミガラスの精霊が飛んできた。もともとウミガラスの主な生息地はこの雷電海岸より北の方、羽幌町あたりである。
「うみうみうみうみうみうみ、うみがらあす」
モンガが拾った玉子から産まれたウミガラスが1羽。一度ウミガラスの故郷を見たいというが、モンガの拾った玉子は義明の空想から生れたもののようだ。しゃべり方でわかる。ラビティの船に乗船する
木製で方型の船。海にも浮かぶらしい。みしみしと音のする甲板に、舵があり、その後方に船室が甲板の上に建てられていて、船室に入ると階段で船底へ入ることができる。質素な作りではあるがタヌキ10匹とウサギ10匹と馬1頭、牛1頭、ウミガラス1羽とカモメ1羽に2隻は十分な広さであった。
皆が乗船するとすぐに月舟は空に浮かぶ。遠くに羊蹄山が見える。水平線が果てしなく広がる。船の下では大勢のウサギたちが手を振っている。鳥が船のまわりを飛び交い、旅の安全と作戦の成功を祈っているようだ。
カッちゃんが先頭を行く月舟の船首に止まると、勢いよく二隻が北を目指し、空を進んだ。
ウサギを訪ねて修行の旅に出たはずのタヌキ達に
思いがけない出会いがあり、
そして修行を超えた戦いの舞台へと突入します。
第四章〈前編〉おわり
(第四章 タヌキ達の旅立ち〈後編〉)
ウサギの里をおびやかす魔物との戦いに出発したタヌキ達。魔物に取りつかれた精霊と、その精霊が持ち出したウサギの里の宝物を取り返して無事に帰還することはできるのでしょうか。