第四章 たぬき達の旅立ち〈前編〉 ⑤
はるかとかずみを残して修行の旅に出たタヌキ達。修行の場で待っているものは何か。
一方、はるかとかずみは厳重な警備体制の中、楽しい夏休みを過ごそうと計画をたてる。
(第四章 たぬき達の旅立ち〈前編〉 つづき)
「夏休みだし、かずみをどこかに連れていこうかな」
タヌキ達を見送ったあと、はるかは夏休みのプランを考えていた。かずみが通っている幼稚園は夏休みでも保育を行っている。とてもありがたいことだが、たまには羽を伸ばしたいだろう。会社勤めの自分もそう、たまに羽を伸ばしたいから。
これまで夫が入退院中はかずみと夫と、病院で、家で、親子三人で一緒に過ごす時間も多く、ある意味毎日充実していた。その日々がもう過去になり親子二人、週毎、月毎、一年間、新しい過ごし方を考えて新しい生活リズムを構築しなくてはならない。ただなんとなく二人別々に毎日仕事に幼稚園にと淡々と日々を過ごしていつの間にか一年が過ぎる、ということでは、特にかずみは豊かな人間性を築けないかもしれないと心配する。もちろん幼稚園や保育所で、よい人間関係ができ、よい経験を積むことができるかもしれない。そこもあてにしつつ、母親としてもできる限りのことを積み重ねていきたい。
新学期が始まったら真っ黒に日焼けした子、海外旅行へ行った子の話を聞いてうらやましく思うかもしれない。最低限、最大限の楽しい思い出を母子で作り、毎年積み重ねていきたい。
週末にどこへでかけるか、海がいいか山がいいか、動物園やアニメ映画とかのほうが喜ぶのかな。そんなことをあれこれ考える。
一日くらいは遠出をしたい。そうだ、新しいプロジェクトの現地調査が秋から本格的に始まるから、その前に下見かたがた、かずみを連れて岩内のほうへでかけてみようか、などと思う。
今日は休日、久しぶりにショッピングセンターに行ってみようか、そう思い立って、かずみとおでかけの準備をする。
はるかは車の免許は持っているが、自家用車は持たず、もっぱら移動手段は公共交通機関であった。通勤においても私生活においても行き当たりばったりの自由な行動は苦手であり、時刻表をベースにスケジュールを決める方が生活リズムを保てた。そして通信機器も持ち歩かない。報告や連絡は出社後、退社前と決めていた。日中最も連絡がつきにくい中堅幹部などと揶揄される。夫も同様であった。夫婦ともにどちらかといえば現代の流行から10年遅れた人種であり、良く言えばマイペース。質素倹約、というよりは、身の丈にあった生活が身についている、というところだろうか。
トレンドを全く追わないわけではない。それでは仕事にならない。地域密着型の発想スタイルでの仕事柄もあり、商品の流通経路や社会環境への影響を注視し、自分の心が納得し満たされることにはお金や時間を費やす。例えば、魚は多少高くてもスーパーではなく地元の市場で丸魚を求める。カーボンオフセット品、ノントレー品、地場の新鮮なお魚、丸魚を自分で捌く、骨や皮まで残さず調理する、など、社会貢献や地産地消、環境保全、めいたことには興味がそそられる。
普段はショッピングセンターへ行っても、ひととおりは社会見学のように店舗を眺めて歩くが、主通路を歩くのみでブランドショップなどには立ち寄りもせず、必要なものがあれば核店舗のワゴン販売を眺めるにとどまる。昼食にレストランへ立ち寄るようなこともない。例えばショッピングモールでウィンドーショッピングのあとは食料品売場で豚の薄切り肉だけを求め、昼までに自宅にもどってありあわせの素材と豚の薄切り肉で野菜炒めをつくりごはんと味噌汁と漬け物で昼食とする、と、いうのがいつものことである。
だが今日は夏休みの想い出づくりで、かずみが好きそうなお店1、2店に入り、何か好きそうなものを買ってあげて、フードコートでファーストフードでも一緒に食べようかと思う。たまには母娘で無邪気に笑い、商品を物色して「あれいいね、これもいいね」と他人の目もはばからず盛り上がってみたい。
ショッピングセンターに入ると夏休みとあってか子供連れが多い。それぞれお買いものを楽しんでいる様子だ。
この施設は3階建だが中央部分はアトリウム(吹き抜け)になっていて、アトリウムを取り囲んでテナントが並び、両端には全国チェーンの核店舗が脇を固める形で集客をしている。
いつもは素通り同然の動きをし、買い物をするとしても全国チェーンの核店舗で豚の薄切り肉を買うくらいの立ち寄りではあったが、今日は手を引いているかずみに「ほら、あそこ、見て」と、幼稚園児が興味を引きそうなものを見かけては立ち止まり、店先まで近寄るようにしていた。
「ほら、見て、かずみ、あそ、こ・・・」
1階の主通路を歩きながら、2階のてすりを指さしてはるかは指さしたまま口をあけて固まった。
「お母さん、どこ?」
「う、ううん、見間違い、見間違い、さあ、次行こう」
2階、3階のてすりには等間隔で、ハヤブサやトビやハトなどが止まっていた。はるかにしか見えない警備員だ。エスカレーターで2階に上がり、2階の通路を行くと、すれ違うたびにハヤブサやトビが羽をピッとおでこにあてて敬礼をする。
キャラクターグッズの店舗前で立ち止まり、
「かずみ、ここ楽しそうだね、ちょっと寄ってみる?」
そう言い、通路に立ってかずみの様子を見ている。かずみが立ち止まって見入っているものを買ってあげようかと思う。ずっとついてきていた一羽のトビがアトリウムの手すりを横跳びにちょんちょんとはるかに近づいてくる。はるかが、
「あの、何か・・・?」と尋ねると、
「は、はい、大王様、お目にかかれて光栄です。異常ありません!」
と、顔を赤くしている。ハヤブサのぴょんが向こうからすうっと飛んでやってきた。
「大王様、今日は見習いが多く少し緊張気味の者もおります。お許しください。タヌキ達がいない間、警備を強化しております。どうぞごゆっくりお買いものをお楽しみください。こちらはトンビの鳶雄です」
「と、と、と、鳶雄です。よろしくお願いします」
「では」と言ってぴょんは3階の方へ飛んでいく。ありがたいことではあるが、逆に恐縮する。これでかずみが迷子にでもなったら大騒ぎだろう、と、思ってキャラクターグッズの店舗を見て、
「かずみ?」
かずみが見当たらない。そのテナント店内に入りくまなく見たがかずみがいない。
騒ぎにならないようにと、鳥と目を合わせないようにしたつもりだったが、はるかに挨拶をした鳶雄が目を白黒させ口をパクパクさせてパニックになっている。
「ピー」
手、ではなく羽に笛を持って吹くと
「き、緊急事態発生!」と叫び、
「どうした!」とエントランス中の鳥がバサバサと集まった。
3階のてすりから見ていたハヤブサの一羽が、
「もうおひとりの大王様でしたら横のお手洗いへ向かったと思います。念のため見てまいります、おい、いくぞ」
そういうと2、30羽のトビやハヤブサがトイレの方へ飛んで行った。はるかも不安になり、キャラクターグッズ売場の横にあったトイレへ向かうと、かずみは手洗場で手を洗っているところだった。
「かずみ、ひとりでトイレに来ていたの?」
「うん」
「だめじゃないのひとりで、お母さんの見えている所から離れないで、みんな心配するから」
「みんな?」
トイレ中をぐるりと見渡し、そういえばかずみはこの鳥達が見えないんだと思いつつ「そう、みんな」と答え、手を引いてトイレから出る。婦人トイレの中では鳥達が所せましとかずみの無事を確認していた。
通路を歩きながら
「ねえ、かずみ、さっきのお店で何か気に入ったものなかったの?」
「ううん、べつになかったよ」
「そう」
いつも余計なものは見ない、買わないスタイルでいたので、子供のかずみもそう躾されているだろう。それはそれでよいのだ。何も物欲を満たすことが幸せではないだろう。ただ、子供が喜んでくれたり、喜ばせたりをどのくらいの頻度で、どう演出したらよいのか、いまさら悩んでいる。普段は仕事で忙しくしている姿ばかり見せているはかるであるが、休日に子供と一緒に過ごす有意義な過ごし方についてはよくわからないのだ。
「あのう・・・」
小物雑貨コーナーに入っていったかずみを見つめ、てすりに寄りかかっていたはるかの横に鳶雄が近づき耳打ちする。
「あの、その、お伝えしたいことがあります」
「え、なあに」
「恐れながら申し上げます」
鳶尾が恐縮しながら言う。
「この大きなお店に入ってかずみ様の動きをみなで見ておりましたが、かずみ様は大王様の好まれる品物ばかり見ているように思います」
「え、・・・」
「かずみ様は大王様のことがお好きなのです。大王様がかずみ様に喜んで欲しいと思うように、かずみ様も大王様に喜んで欲しいのではないでしょうか。楽しい夏休みを過ごしてほしいと・・・。」
「・・・」
鳶雄はしきりに恐縮し、
「失礼をお許しください」と深々と頭を下げ、「引き続きおおおおお、お買いものを」
そう言ってまた手すり上であたりをきょろきょろして警戒の姿勢をとる。
「親に喜んでほしい・・・」
そうだろうか。確かに子供の立場に立つとそうなのかもしれない。自分の子供の頃はどうだっただろうか。テストで100点を取ったとき、徒競走で1等になったとき、受験で合格したとき、ごはんを残さず食べたとき、部屋をきれいにかたづけたとき、お留守番をひとりでできたとき、トイレをひとりでできたとき・・・、
「そうなのかな・・・」
さっき、トイレにひとりで行ってちゃんと手も洗っていた。持っていたハンカチで手を拭いていた。
「褒めてあげればよかったかな・・・」
小物雑貨の店内に入り、かずみが見ているものを見る。マグカップだ。
「ねえかずみ、そのコップどう、好き?」
「うーん、お母さんは?」
子供としては地味なデザインだった。キャラクターコーナーの方が子供ウケする品があったかもしれないのに・・・。
「お母さん、そのコップ好きだなあ」
「お母さん、この前、コップをこわしちゃったでしょ」
タヌキ達が初めて我が家に来たときだ。修行の旅に出るとき「食器」と、タヌキ達はこのことを言っていたのか。
「そう、よし、かずみ、二人おそろいでこれ買おうか?」
「おそろい?お母さんと私の二個買うの?」
「うん!」
「やったあ!」
かずみは満面の笑みで嬉しそうに笑った。
ニコニコしながら雑貨店から出てくるはるかとかずみを鳥達も嬉しそうに見ていた。
母はいつも私の幸せを願っていました。
でも私も無意識に母の幸せを願っていました。
タヌキや鳥達はそんな不器用な母子の気持ちを
つないでくれたのです。
海沿いに陸路を進んでいたタヌキ達。そろそろ日が沈む。目的地の岩場が目の前に見えてきた。カッちゃんが飛んできて、
「目的地はこの上です。ここから崖の上の方に登ってください」
と、細い小道を羽刺した。
切り立った崖だが、崖の上から海に降りるじぐざぐのけもの道があり、そこをじぐざぐに登っていく。夕日を浴びながら崖の中腹あたりから海を眺める。夕日の想い出。義明様、春美と一緒に海水浴へ行った日のことを思いだすが、なんとなく、胸騒ぎでもないが、そわそわする。
夕日の想い出・・・。
海水浴の時と別にいつかこんなふうにみんなで沈む夕日を見ていたことがあった。そんなにおいがする。海の匂いではない。チラ、チラ、と、田んぼのにおい、カエルの鳴き声、夏草、風が吹いて、月が登って、歌、盆踊りの歌・・・、チラ、チラ、と、脳裏をかすめる。懐かしい、というか、このあと、いつか経験したことのあることをもう一度経験するのではないか、という不思議な胸騒ぎだ。
あと5、6歩で崖の頂上付近というところまできた。崖の上は夏草が生い茂っている。
夏草が・・・。
振り返って海に沈んでゆく夕日が全て沈むまでじっとみつめる。そしてまた反対側を見ると、まあるい月が登るのを見るような気がした。こんなことが前にもあった、貨物船、たんぼのあぜ道、生い茂る夏草・・・、そう思いつつ、振り返ると、空に月を見るかわりに、鼻先に弓矢、まあるい吸盤を見た。
思わず両前足をあげる。
タヌキ達よりも2、3歩、少し高いところに立つ数名が恐い目をして弓矢をタヌキ達に向けていた。
「らびりんらびりんらびりん」そのまま、動かないで。
「うさぴょんぴょんうさぴょん」あなたたちは誰、どこから来たの?
「うさりんうさりんうさりん」他にも仲間はいるの?
すぐ鼻先で弓矢を構えているのはウサギ3匹だったが、そのまわりにも夏草に隠れながら十数匹の気配がしている。
「らびらびらびラビティ」またタヌキが出たって?
「うさぴょんうさぴょん」あ、お姉ちゃん、また5匹だよ。
お姉ちゃんと呼ばれたウサギが近寄ってくる。「弓矢の先」を見て、タヌキ一匹一匹を見つめ、しばらく黙っている。カッちゃんが飛んできた。
「うわあ、これは一体、みなさんこの方々は私の知り合いです。怪しいタヌキさんではありません」
「うさぴょん」カッちゃん。
「らびらびラビティ」弓を下げていいわ。
うさぎ達は弓を下げ、改めてタヌキ達をまじまじと見つめる。と、そのお姉ちゃんと言うウサギが、サッと素早く背中に負った弓を構え吸盤の矢を放つと、近くの岩に刺さり、パカッと岩が真っ二つに割れた。弓矢はかなりの威力だ。ウサギ達は精霊のように見えるが持っている弓矢は透き通って「実物」をすりぬけるようなことなく、触れて破壊もできるようだ。
「らびらびらびラビティ」おかしなことしたらあの岩みたいになるから、気を付けてね。
タヌキ達は両手をあげたまま、うんうん、とうなずく。
「らびらびらびラビティ」あなた達は何をしにここへ来・・・
ぷーん
と、やぶ蚊が飛んで、ウサギ達の顔の前を飛ぶのを目で追っていたかと思うと、4匹のウサギは弓矢を構え、
「らびらびらび」「うさりんうさりん」「らびりんらびりん」「うさぴょんぴょん」
激しく追いかけまわし、
「らびらびラビティ」「らびりんらびりん」どこ行った!そっちよ!
と、蚊一匹に弓矢を構えて大騒ぎする。やぶ蚊は命からがら逃げたようで、ウサギ達は落ち着き、改めて聞く。
「らびらびらびラビティ」失礼、あなた達は何しにここへ来たの?
日没となり少しあたりが薄暗くなり始めた。向こうのほうから松明を手にしたウサギ数匹がやってくる。松明を持ったウサギの前に出た1匹が、
「ラビティさん、またタヌキですか」
「らびらびらびラビティ」戦意は感じられない、先に捕まえた連中と一緒に小屋に入れておくわ。リーダー、あとは私達に任せて。
「わかりました」
リーダーと言われたウサギは降参の手を上げたままのタヌキ達をじろじろと見て、
「松明はここに残ってラビティさん達を手伝ってくれ」
そう言って、あたりのウサギ達にも引き上げるよう指示しながら元来た道を帰っていった。リーダーを見送り、ラビティが、
「らびらびらびラビティ」松明を預かるわ、あなたがたも引き上げて。
「はいラビティさん」
「らびらびらびラビティ」ご苦労様、ありがとう。
松明を持ってきたウサギ3匹は弓矢を構えていた3匹に松明を渡して引き上げていく。
エゾユキウサギであろうか。リーダーと呼ばれたウサギ含めて、あたりにいたウサギも松明を持ってきたウサギも夏毛でグレーがかった薄茶色をしていた。エゾユキウサギは夏場は茶系、冬毛は白くなる。この場に残ったウサギ達だけは真夏だというのに真っ白い。
「らびらびらびラビティ」もう手を下ろしたら。腕が疲れるでしょ?
タヌキ達は降参の両腕を下ろす。カッちゃんが、
「申し訳ありませんでした。ちょっとコウモリに追いかけられていまして来るのが遅くなりました。あの、ラビティさん、紹介はどうしましょうか?」
「らびらびらびラビティ・・」カッちゃんありがとう。もう夜になるからカッちゃんは休んで。あとは私達だけで話しするから。
「そうですか、それではみなさん、また明日。おやすみなさいませ」
カッちゃんがラビティを見る。ラビティはカッちゃんを見て小さくうなずいた。
カッちゃんは戸惑いつつ、ラビティの意図を汲んだ。
ラビティはこの界隈のウサギ集団の中では微妙な立場なのだ。動物の姿をしているが、動物の精霊ではない。ウサギの姿をしていても「人間」の精霊である。5匹のタヌキと同様、人間から派生した精霊だ。それでありながらウサギの社会に溶け込んでいる。だから突然現れたタヌキ達、動物の姿をした「人間」をラビティ達が歓迎して容易に受け入れるような姿勢は、他のウサギ達に見せるわけにいかないのだ。
タヌキ達はまだ言葉を発していないがタヌキ達が「ダダ語」や「ポンポコ語」を使うのと同様、このウサギ達は「ラビラビ語」や「ウサリン語」を使う。すでにタヌキ達はこのウサギ達が他人ではない気がしてきている。
カッちゃんが引き上げていった。カッちゃんを見送ると、
「らびらびらびラビティ・・」いきなり弓矢を向けて悪かったわ。あなた方が来ることは、カッちゃんから聞いていた。札幌の方からタヌキが会いに来るって。自己紹介するね。私はラビティ。
そしてラビティは順に妹達を紹介する。
「らびらびらびラビティ・・」次女のラビりん、三女のウサリン、四女のウサぴょん。
ラビティは両耳がピンと立っている、ラビりんは右耳が垂れている、ウサリンは左耳が垂れている、うさぴょんは両耳が垂れている、
「らびりん」「うさりん」「うさぴょん」よろしく、
と、言って それぞれ軽くおじぎをする。タヌキ達も軽くおじぎをする。
「らびらびらびラビティ」それと、弟で末っ子のウサウサ。
「だだだたぬうき」カワイイ!
ウサウサは「まるでウサギのよう」で、コロンと丸く四つ足で座っていた。タヌキ達が一斉に取り囲んで頭や背中やお腹をなでる。
「えぞりんえぞりん」小さくてかわいい!
「ぽんぽんぽんぽこ」うさぎっぽいよね!
ウサウサは嬉しそうに、
「うさうさ、うさうさ」
と、じゃれていると、
「らびりんらびりん」「うさりんうさりん」「うさぴょんうさぴょん」
何をあんたは喜んでいるの、
犬じゃないんだから、
お腹出してじゃれてるんじゃないの!
パシッ!
タヌキ達に撫でられて喜んでいたウサウサにお姉ちゃん達から指導が入り、
「うさうさうさ」
と、ウサウサは叩かれた頭を押さえ反省をしている。ラビティは呆れてみている。
それからラビティ以外のウサギ達は興味津々でタヌキ達を見る。
「らびりんらびりん」ねえ、今のタヌキ語?
「うさぴょんうさぴょん」ねえ、名前はなんていうの?
タヌキ達が自己紹介する。
「だだだたぬうき」僕はエゾt
「えぞりんえぞりん」私はエゾリン
「たぬりんたぬりん」僕はタヌリン
「ぽんぽんぽこ」私はポン
「たぬたぬたぬ」僕はタヌタヌ
それぞれの名前を聞いて、改めてしみじみとタヌキ達を見つめる。少し涙目のうさぴょんが、
「うさぴょんうさぴょん」ねえ、お姉ちゃん・・・
「・・・」
ラビティは無言で後ろを向く。
「らびりんらびりん」ねえ、お姉ちゃん、この子達、私達の・・・
ラビティは
「らびらびらびラビティ」知らないわ、こんなタヌキ・・・。
「うさりんうさりん」間違いないよ、パパ、ママの子・・・
「らびらびらびラビティ・・」私達の親なんかいない、私達のことを育ててくれたパパ、ママなんかいないから!
「うさぴょん」お姉ちゃん・・・。
うさぴょんはしくしくと涙を流している。
「らびらびらびラビティ」その子達を小屋に入れておいて。
そう言ってラビティは暗がりの中へ走って行った。泣いているようだった。
カモメのカッちゃんはタヌキ5匹がここに来ることをラビティにだけ話していた。ラビティは自分達が数年前に突然この世に生まれ、苦労しながらも自ら、また妹、弟をウサギの精霊としてこの土地や土着の精霊達に馴染ませてきた。この土地が父であり母であると自分に言い聞かせてきた。だから、自分に人間の両親がいることを自覚したくはなかったのだ。自分達は人間ではなく「ウサギである」と常に自らに言い聞かせてきたのだ。
義明はここで自分が生み出したウサギ達とタヌキ達が、呪文なり波動なりの魔力の使い方を共有し、学び合うことを期待していた。タヌキ達がこの雷電海岸に立ち寄る目的は修行というよりは兄弟達との出会いと交流であった。
だが、そもそも義明はこの土地に他の精霊がいて精霊社会が形成されているなど知らなかった。更に、自分から派生した精霊が、その社会に馴染むために動物として、ウサギとして生きる覚悟をしていたなどとは夢にも思っていなかった。
タヌキ達はこのウサギ達が自分達の兄弟であることを直感した。蚊の羽音が嫌いなのは義明様や自分達にそっくりだ。名前からして明らかに義明様や春美が親だとわかる。
名前は生まれてしばらくは無かったらしい。後にわかるのだが、名前は去年の冬に急についた。「あの夢」のあとだ。夢の記憶はウサギ達には貨物船で石狩湾を出たところまでしかなかったが。
ラビティが走り去ったあと、他の4匹はタヌキ達を「小屋」へ連行する前にどうしても両親のことが聞きたくなった。
「らびりんらびりん」ねえ、パパ、ママはどんな人だったの?
「えぞりんえぞりんえぞりん」ウサギのみんなのこときっと気にしていたと思うよ。
タヌキ達が夜が更けるまで語った。松明の灯りが揺れる。
ウサギ達は涙が枯れるほど泣いた。草の陰でラビティも泣いていた。ラビティもどれだけパパ、ママに会いたかったか。
話はつきなかったが、ウサギ達はタヌキ達をその「小屋」まで連れていく。翌日はこの土地を取り仕切る「チョウオウ」という者に会わせる、ということで、朝まではその小屋で寝ていて欲しい、とのことだった。
「らびりんらびりん・・」先客がいて泊まっているわ。縄で縛ってあるけど気にしないで。
「うさりんうさりん・・」あなた達からは戦意が感じられなかったけど、中にいる連中は戦意があると判断されて縛られたの。
ウサギ達は「弓矢の先端の変化」で敵の戦意を見極めるとのことだ。5匹に向けられた弓矢の先端は吸盤になっていた。ウサギの弓矢は戦意のあるものに向けると鏃になったり、鏑矢になったり、鹿角になったりと変化する。
小屋のドアを開き、真っ暗な小屋の中に入るとドアが閉まって外から鍵がかけられた。
「・・・」
「・・・」
「ぽんぽんぽこ」誰かいるの?
ポンは小さい声で「ポン」と唱えると、小さな光の玉が打ち上げられ小屋の中全体を照らした。タヌキ5匹の一匹一匹が縛られ、さらに5匹まとめて太いロープでぐるぐる巻きに縛られている。自分達とそっくりのエゾタヌキだ。5匹ともさるぐつわをされ、言葉も出ないようだ。
しばらく無言で見つめ合う。
縄をほどいてあげたいとも思ったがタヌキ達は固結びを解くのが苦手であった。
ウサギからは「気にしないで」と言われたが、どうにも気になる。
「だだだだだたぬうき」さるぐつわを取ろうか。
さるぐつわは蝶結びだったのですぐに取れた。取るとそのタヌキ達が話し出す。
「俺たちは何もしていない、ここから出してくれ」
そう言われても、自分達も監禁されているようなものだ。それに縛られている縄は固結びだ。
まじまじと縛られているタヌキ達を見るが、自分達と本当によく似ている。小屋の中に同じようなタヌキが10匹いる、という状況だ。捕われのタヌキの着衣はどちらかというと洋装で軍服のようにも見える。
「えぞりんえぞりんえぞりん」どうして捕まったの?
「だから何もしていないって」
答えるのは1匹のみだ。リーダー格なのか、長男なのか、おしゃべり好きなのか。
「たぬたぬたぬたぬたぬたぬ」ねえ、ウサギから弓矢を向けられたの?
「ああ、そうだ、ただうろうろしていただけなのに、いきなり弓矢で脅されたんだ」
ウサギは弓矢の先端の変化で敵意があるかどうかを判断していると言ったが。
「ぽんぽんぽんぽこぽん」どうしてうろうろしていたの?
それには答えない。
怪しい。
「だだだだだたぬうき」とりあえず朝まで寝よう。
5匹のタヌキ達は疲れていた。海まで歩き、アザラシに乗り、崖を登り、思いがけず義明様や春美の忘れ形見のようなウサギの子達に出会った。明日は「何とか」という親分と面会するらしいから早めに寝たかった。
「おっ、おいおい」
何をするんだ、という捕われのタヌキに再びさるぐつわをし、眠りについた。
*
自分達にそっくりなタヌキの出現に戸惑いながらもそれほど警戒もしません。
敵か味方か、そんなことはあまり気にしていないのかもしれません。