第四章 たぬき達の旅立ち〈前編〉 ②
はるかの勤める会社に疑念を抱いたタヌキ達。社内の様子をさぐろうとするが、
そこへ悪気のタヌキが襲い掛かる。
(第四章 たぬき達の旅立ち つづき)
未明、大きな物音がしてはるかは跳ね起きた。何事だろうと思い、まずベランダを見るとカモメが1羽、じっとしている。まだ眠っているようだ。夜が白みかけている時間。外は街灯の灯りが引き立っている。向きを変えてほの暗い室内から玄関へ行き、ドアをあけるとそこに昨日とは違うぬいぐるみが立っている。
大きなぬいぐるみは昨日で体験済みのはるかが、たじろいだ。今日のその大きいのは昨日のとは少し迫力が違う。
「うっっ、クマ!?」
おそるおそる触ってみる。温かい。あとずさりしてドアを閉めた。呼吸を整え、覗き窓から外を見るとやはり同じのが立っている。ただ、このマンションに野生のクマが侵入できるはずもない。それに大きい。通路の天井に頭がつかえているのではないか?ひょっとしてタヌキ達のように壁をすりぬけることができる類のものであろうか。冷静に考え、もう一度覗き窓を見ると、足元にもう一匹、犬がいるようだ。スーパーで見かけたあの犬か?クマはまだ立っている。隣近所から何か言われかねないので、思い切ってもう一度ドアを開けて問いかけてみることにした。
用心深くチェーンをかけ、ドアを少し開けると、ドアのむこうから小声で、
「大王様、おはようございます。ご挨拶に参りました」
という声。チェーンをはずしてドアを開ける。少しクマがドアに、いやドアがクマに、ぶつかり、クマが後ずさりし、
「大王様、おめにかかれて光栄です。私はクマさん編集局くまちゃんです。こちらは友達で・・・」
小声で話すクマが犬のほうを向き、犬が続いて小声で、
「僕はイヌのわんこちゃんです。おやすみのところ起こしてしまって申し訳ありません。マンション内の警備をしておりました。今日はハヤブサが非番で、私がカモメと一緒に警備します」
しゃべるクマと犬。近所迷惑を考えてだろうか小声で話すのはよいがクマの身体は大柄だ。なぜか工事用の黄色いヘルメットを頭に乗せている。怪奇現象には慣れていたつもりだが、夜明け前からあまりにも衝撃的な体験に少しめまいがしそうだ。
クマが、小声で、
「驚かせてすみません。ご挨拶がしたかったものですから。そろそろ外へ出ます。黒い影を見ましたので吠えて脅かしてやりました。しばらくは来ないでしょう。大王様、ご主人を亡くされたばかりでお気持ちの整理がつかない日々かと思いますが、ご無理なさらないように。光は自然に影へ降り注ぎますから」
そういうとその大きなクマは犬をともなって通路を進み、去っていった。エレベーターに乗って下へ降りたようだ。
あの大きな物音はクマが吠える声だったようだ。マンションの住人は起きてこなかったのだろうか。
クマが言うように気持ちの整理がつかない日々であったが、これだけいろいろなことが起きると気持ちの整理をしている暇もない。何も考えずにとにかく今日のスケジュールをこなそうと思う。
早起きを決め込み、居間の片づけをし朝食の準備をする。祭壇がある東側の窓から日がさしこみ部屋が明るくなってゆく。しばらくじっと祭壇を見つめる。
「光は自然に影へ降り注ぐ、か」
クマの言ったことを思い出しながら、気を取り直して洗面所に向かう。その前に、ベランダを見るとカモメが1羽、こっくりこっくりとうたたねをしている。夜が明けたばかりで西向きのベランダはまだ薄暗いが、遠くの山は黄色みがかって青空とのコントラストで若草色に映えている。
「おはよう、カッちゃん」
ベランダでうたた寝をしていたカモメに挨拶をする。
「お、おはようございます」
しゃきっ、と姿勢を正したカモメが挨拶を返してくれた。
かずみが起きてきた。
「かずみ、おはよう」
「お母さん、おはよう」
まだ眠たそうな娘だったが、母の元気な声ときびきびとした動きにかずみもしゃきっと姿勢を正した。
一緒に朝食を摂り身支度をして、エレベーターを降りるとセキュリティロックの自動扉が開いている。昨夜は電気工事が入っていたらしい、幼稚園バスを待っていたら同じマンションの母親が、
「電気工事の音だったのね、大きな物音していたけど」
「そうそう、動物が吠えたのかと思ったら工事の音だったのね」
と話をしていた。危険を冒して電気工事の作業員にまぎれて自分に会いにきてくれたのだろうか。野生のクマにしては要領を得ている。エレベーターに乗る際は下向きのボタンを当然のように押していた。夜中とはいえ人目につかずにこの街中を歩いてきたことと言い、もしかしたらあのクマはクマではないのでは?などと、思う。それにしても、
「大王って、いったいなんだろう?」
クマにも大王と言われた。大王のようなクマから。あまりの衝撃的なことの連続であまり気にしていなかったが、あとでタヌキ達に聞こうかと思う。今日はタヌキ達はバス停にも来ていなかった。タヌキ達には「あいつ」のことを伝えておかなくてはならないと思っていた。
昨日と同様、はるかにしか見えない大ダヌキとカモメを乗せて幼稚園バスがゆき、自分は路線バスに乗り、地下鉄に乗り換え、会社近くの地下鉄駅から徒歩で会社へ向かう。
会社の前にタヌキ達がスーツ姿で待っていた。
「・・・お、は、よう・・・」
「だだだたぬうき」「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」「ぽんぽんぽこぽん」「たぬたぬたぬたぬ」おはようございます、
と、タヌキ達は声を揃えた。少しまわりを気にしながら、
「ねえ、中に入るつもり?」
タヌキ達は首を横に振る。
「だだだだだだたぬうき」向こうの公園から様子を見ている。
と、エゾtが答えた。
「何の様子を見るの?」
「たぬりんたぬりんたぬりんりん」黒い影が何なのかを調べたいんだ。
と、たぬりんが答える。はるかは以前から目にしている黒い影などの怪奇現象は努めて気にしないようにしていたのだが、このタヌキ達が気にしているのならばやはり自分も気にするべきだし、情報を共有したほうがいいと思った。
「お昼休みに公園の噴水前で休憩するからその時に打ち合わせしましょう」
タヌキ達がうなずいたのを見て、はるかは会社の中へ入る。
タヌキ達はこの会社の前に立ち、不穏なものを感じていた。黒い影がビルのまわりを飛んでいる。中へ入って行った少なくとも1名は黒い影が見えるようだった。
タヌキ達は中へ入ろうとしたが入ることができなかった。何等かのパワーが働いていて、タヌキ達の侵入をビルが拒んでいるようだった。
はるかを見送ってタヌキ達は信号機から道路を渡り、大通公園に入って木陰のベンチに座る。
大通は札幌市中心部を南北にわける太長い公園で、元々は明治時代、札幌の街をつくる際に万が一の大火で南から北へ、または北から南への延焼を防ぐために設けられた空き地であった。現在はこの公園周辺には商業施設やオフィスビルが立ち並ぶが、市民の憩いの場として、観光名所として、親しまれている。
公園をはさんで会社の反対側に建つビルにはハヤブサのぴょんが睨みを利かせている。タヌキ達は交代でビルの様子を見ながら、噴水や遊水路や花壇を見るなどして散策し、時に芝生に寝転び、滑り台で遊び、あたりの観光客や市民と同化することを心掛けた。同化するものでもないが自分達の姿が見える相手がこちらに気が付くことを避けるため気配を消すようにしていたのだ。
いい匂いがしてきた。とうきびワゴンだ。北海道ではとうもろこしのことをとうきびとか、とうきみとか言う。そういえば義明様も春美も好んで食べていた。
くんくんくん
ニオイを嗅ぎつつ、ハッとして身構える。噴水の向こう側に変タヌキが立っている。
「たぬりたぬりんたぬりん」かずみに花瓶を落とそうとした方のだ。
たぬりんが手元で白い光を出し、変タヌキの心を映し出し悪気を見出した。
ハヤブサのぴょんがビルから公園の木へ移りいつでも攻撃できる姿勢をとる。
ゆっくりと噴水を中心に時計まわりにこちらへ近づく変タヌキ。タヌキ達も時計回りに進み、噴水をはさんで変タヌキとの間合いをとる。ここにはかずみもはるかもいない。逃げてもいいのだが、和尚さんから教わったあの技を試してみたかった。
変タヌキは歩みを速めタヌキ達との距離を縮めてくる、刀を抜いてパッと飛び掛かろうとすると、タヌキ達は、
「だだだだだたぬうき」「えぞりんえぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりんたぬりん」「ぽんぽんぽんぽんぽこ」「たぬたぬたぬたぬたぬたぬ」痛いの痛いの飛んでゆけ、
そう叫んで右前脚を向けると白い光が壁となって現れ、光の壁が変タヌキを突き飛ばした。
「だだだだ」できた!
喜ぶタヌキ達。ハイタッチをする。だが起き上がった変タヌキはエゾリンに向かって刀を振ってきた。エゾリンは光の壁を出し、
キン!
刃を身体に近づけさせない。変タヌキは力任せにエゾリンを盾ごと切ろうとするが、タヌリンが後ろから加勢し、光の壁を厚くする。背後から一斉にエゾt、ポン、タヌタヌが噛みつく、
「ぎぎぎぎぎ」
変タヌキは痛がり、3匹を振り切って飛び上がり噴水を囲む柵に立つ。そこから飛び降り、呼吸を整え刀を構えなおす。ぴょんが飛んできてタヌキ達の前に立って前かがみの姿勢をとった。タヌキ達はぴょんから伝わるオーラを感じぴょんが想像以上に強いことがわかった。
ハヤブサのぴょんは口から発する超音波で敵を粉砕する。視野に入る距離であれば遠く離れたビルの上からでも魔物を攻撃できる。この至近距離ではおそらく一撃で変タヌキを倒せるだろう。変タヌキもぴょんの強さがわかるようだ。ぴょんは、
カカカカカカ
細かく嘴を震わせ変タヌキをけん制する。変タヌキは刀を構え直す。呼吸が乱れている。
あたりを通りかかる市民や観光客にはタヌキ達の姿が見えない。変タヌキと5匹の間を何人か通り過ぎたあと、
「シャーっ」
声を上げ、変タヌキがぴょんやタヌキ達を襲おうとしたとき、
「あなた!」
はるかだった。変タヌキがはるかを見、タヌキ達もはるかを見た。タヌキ達が噴水前の変タヌキを見ると、変タヌキは少しずつ姿を消し、消えた。
あなた、と叫ばれ、数名の男性がはるかの方を向いたが、何もなかったように公園内をサラリーマンが、観光客が、通りすぎていく。
もう昼時になっていた。はるかは朝早くに作っていたお弁当を持って、公園へ休憩かたがたタヌキ達にその「あいつ」の話しをしにきたところだった。ベンチに腰掛け、タヌキ達もはるかの左右や芝生の上に坐る。ぴょんは元のビル屋上に立ってあたりを警戒している。
「ねえ、あななたち、何か食べたい?とうきび食べれるの?」
ちょっと首をかしげる。
「食べてみる?」
5匹が前足をベンチやはるかの膝に乗せ、うんうんと首を振る。はるかはとうきびワゴンからとうきびを三本もとめ、それぞれ半分に割り、タヌキ達に与えると器用においしそうに食べる。
「ぽんぽんぽこ」おいしい!
タヌキ達はとうもろこしが気に入ったようだ。3本を半分ずつ与えて1本の半分は余ったのだが、
「わるわるわるわる」
いつの間にかやってきた悪タヌキがおねだりをする。
「あら?お仲間?」
タヌキ達の顔を見るとうんうんうなずく。
「はい、どうぞ」
悪タヌキはとうきびを受け取ると、あっかんべーをして向こうの方に走って行った。素直ではないリアクションを受け少し戸惑うはるかだが、
「えぞりんえぞりんえぞりん」あれは感謝の気持ちなので。
とフォローする。
昼食が終わり、しばらくはるかは陽光をあびてキラキラ輝く噴水を見つめる。親子連れが噴水の前を通りかかり、父親が子供をだっこして噴水全体を見せている。
「あいつ、私の旦那だと思うの」
はるかがそう口を開いた。夫が死を前にして昏睡状態に陥った前後だったと思われる。あの変タヌキが現れた。最初は1体だったと思うが、2体で出てくるようになり、やがて2体は喧嘩をするようになり、果ては刀を持って切り合いをするようになった。
「旦那はねえ、剣道の師範代だったの。全国大会にも出たことあって。それが縁で結婚したんだ。私のおじいちゃんが師範だったから」
噴水を見つめながらはるかが遠い目をする。
「だだだだだたぬうきたぬうき」あのデザインは旦那様が考えたの?
エゾtが問う。自分達のような可愛いタヌキをイメージしたのは義明様や春美だった。あの変タヌキをイメージしたのは誰なのかがわかれば、なぜ出現したのか、手がかりになるかもしれない。
「そう、たぶん旦那のイメージよ。死ぬ前に旦那がイメージして、そのイメージがリアルに動き出す・・・、そんなことってあるのかなぁ」
そう言ってタヌキ達を見る。実際タヌキ達は自分達がそのように生まれてきたらしいことを義明様や春美から聞いている。
「えぞりんえぞりんえぞりん」旦那様のイメージした動物は何?
「エゾタヌキ」
「・・・」
「旦那はね、絵心がなかったの。前にいろいろかずみに動物の絵を描いてくれたことがあるけど、タヌキの絵はあんな感じだった。金魚はカエルみたいだったなあ。キリンはロバみたいで。タヌキでまだよかった、もしネズミだったら足が6本だったもの」
ネズミの足が6本というのは絵心以前の話のような気がするが、はるかの夫はエゾタヌキを変タヌキのような、あんな生き物だと思っていたのだろうか。それはともかく死に際してどうしてトラやライオンや人間ではなくタヌキだったのだろう。
「だだだだだ、たぬうき」もしかしたら病院で僕達の姿をみかけたから?
「その可能性はあるかな。タイミング的にどうだろう。あなた方を見て、私やかずみにも守護霊みたいな守り神が必要って考えて生み出したのかもしれない」
はるかにはその変タヌキが誕生するにあたってのいきさつに思い当たることはなかったが、そう考えるとつじつまが合う気がする。
「だから、なんだかあいつ憎めないの。でも二匹で喧嘩されるのは困るし、かずみを傷つけるのは絶対に許せないから、フライパンで喧嘩中の片方を殴ったことがある。そうしたら・・・」
「たぬたぬたぬ」そうしたら?
「両方とも頭をかかえて痛がっていた」
どちらかをやっつけたら両方とも倒れる、下手をすれば旦那の生まれ変わりみたいなものが両方とも死んでしまう、ということなのか?
「ぽんぽんぽんぽこ」大王様は強いんだね
「うーん、というか、あいつらそんなに強くないよ。私、刀で切られたけどたいして痛くなかったもの」
タヌキ達がタヌリンを見る。
「たぬりんたぬりんたぬりん」そう言われてみるとそうかなあ。
タヌリンは刀で切られたのでそういうリアクションを無意識にしたのかもしれないと振り返る。時代劇の役者のように。エゾtが注意をうながす。
「だだだだだだ、たぬうき」いや、油断しない方がいい。大王様にだけ弱いのかもしれない、と、言う。
「うーん、それはありえるかなあ」
だが相手が強いかどうかはともかくあんなふうに敵意丸出しで出てこられてはゆっくり寝てもいられないだろう。
「日曜日は出てこないと思う。会社が休みだったから。彼らも休むと思うの」
うーん、そういうものなのか、とタヌキ達は思う。生前の癖のようなものを、はるかは彼らから見ているのかもしれない。
「平日は私が仕事でかずみが幼稚園だから心配で。でもあんな形でも出てきてくれるだけありがたい気はしているんだ」
夫の死を受け入れられないでいるはるかの気持ちもよくわかる。自分達も、義明様や春美がどんな形でも幽霊でも出てきてくれたらどんなに嬉しいか。
どうにかあの二体を一体にして「よい心だけ」になってもらうことはできないものなのか。
大通公園、昼下がり、腕組みをして首をかしげ考える1人と5匹。やはりあのビルの中にある何かを探らなくてはと、タヌキ達は考えていた。
その日の夜、はるかは社用のワゴン車を借り、ビルの裏側、通用口に停めた。
はるかがビルの管理者と立ち話をしながら目をそらしている間にくまちゃん、わんこちゃんがビルに潜入する。エレベーターは使わず、階段で最上階まで向かった。
「こんなことしてクビにならないかしら」
最上階は会長室だった。実は会長ははるかの祖父である。秘書を先に退社させて会長は遅くまで仕事をしていることが多いことをはるかは知っていた。この建設会社はいわゆる同族会社であり、主要なポストはこの会長の親族で固められている。はるかは実力もあったが若くして責任ある仕事に就けているのは祖父の影響が大きいと自覚している。
「知人と一緒に終業時間後に訪ねたい」と、事前に祖父へ連絡は入れていた。何か思うところがあったのか、特に理由も聞かず許しを得た。
大通公園にやってきたわんこちゃんに中へ潜入する方法を相談したところ、わんこちゃんがそのビルに入りたいと言い、更に、
「くまちゃんも入りたいと言っているのですが」
ぴょんからの連絡が入る。
はるかはくまちゃんが入れそうな社用車を総務担当から借りた。
「会長から許可は得ておりますので」
「積荷は何ですか?」
「はい、大きなキグルミです。イベントに使う・・・」
そう言ってワゴン車を借りてくまちゃんを郊外の山林まで迎えに行き、わんこちゃんとくまちゃんとはるかで夜のビル内に潜入することにしたのだった。
守衛室前のインターホンで祖父に声をかけ、「これから行きます」と伝える。
途中、各フロアにわんこちゃんが立ち寄る。ただ階段から各階の通路までである。各フロアのドアはカードキーや指紋で本人認証をするシステムが運用されており、部外者はもちろん、関係者であっても就業時間外はオフィスの中には入りこむことができない。
わんこちゃんは各階の通路やドアに鼻を利かせ、あやしい影の痕跡を見る。タヌキ達であれば壁をすりぬけてオフィスの中まで入り込めるのだが、わんこちゃんとくまちゃんは生身であるため通路までである。ビル全体に悪気が漂うが、
「5階と9階の匂いが少し強い」そうわんこちゃんは感じた。9階は最上階で、会長室がある。
9階に着いた。
会長室の扉が開いた。エレベーターホールにくまちゃんとわんこちゃんを待たせて、はるかだけ会長室に入る作戦だったが、いきなり会長が現れ、はるかは硬直し、「しまった」と思ったが、会長は大きなクマやイヌを見ても驚きもしない。
「さあ、はいりなさい」
会長室にはるか、くまちゃん、わんこちゃんを入れて扉を閉め、祖父は見晴しのいい窓を背に会長席につく。窓の向こうに街の灯りが見える。
くまちゃん、わんこちゃんを見てはるかの祖父は、
「久しいな、元気だったか」
くまちゃんが、
「はい、お陰様で」
わんこちゃんが、
「崇さんもお元気そうで」
「はっ?」
はるかは驚いた。くまちゃんやわんこちゃんと会長は初対面ではなかった。祖父の名前は崇だ。
祖父はこのクマと会話ができるのか?このイヌやクマは誰とでも会話ができるのか?本当に頭がどうかしてしまいそうなはるかである。クマと祖父が会話をしているのを見るのは当然にも初めてである。いったいどういうことなのか。やはりこの会社は何か変なのか?自分が見ている怪奇現象もこの会社に原因があるのだろうか?または我が一族が変なのか?
くまちゃんが、
「健志さんは残念なことをしました。でもまだ魂が彷徨っているようです。ご存じでしたか?」
「いや」
そう言って会長ははるかの顔を見る。はるかは変タヌキが現れたことを説明した。黒い影がつきまとっていたことも。5匹のタヌキのことは伏せた。タヌキ達はやはりビルの中に入ることができず、外で待機している。
「ふうん」
しばらく宙を見つめ、考えている。
「以前は確かにそういうモノを見た気がするな」
そう言いくまちゃんやわんこちゃんを見る。そして、
「まあ社内で怪しい者がいないかは調べておこう。私はもう一線を退いた。同族経営はもうやめにしようと思う。だから新しい社長もうちの身内からは出しておらん。身内の私的なことは私の知るところではないな。他に何か要件は?」
くまちゃんが、
「黒月晶はいまどこにあります?」
「知らぬ。なんのことだ」
黒月晶とは何のことかはるかにもわからなかったが、祖父は何かを隠している。この会社の営業上の「黒いうわさ」は内部でもささやかれている。いま見る祖父からはさわやかな印象を受けない。どちらかといえば子供の頃から雲の上の存在であった。ただ、剣道師範であった祖父と弟子であった夫、健志とはうまが合い、よく楽しそうに話をしてくれていた。健志が死んだときには号泣していた。
それにしてもくまちゃんやわんこちゃんと祖父はどういう関係なのだ。クマと会社の会長が会長室でこうやって会話すること自体不可思議だが。この様子を見ていると別に黒い影がそのあたりに漂っていても不思議ではない気がしてくる。
くまちゃんが
「お会いできてよかったです。私達は旅を続けています。この世界に平和が訪れるまで」
すこし驚いた、というより呆れた感じで会長が聞き返す。
「世界の平和?まさかまだ探しているのか?」
「覚えていらっしゃいましたか」
「父親は健在なのか」
「父の意思を継いで必ず見つけてみせます」
「白き勇者か・・・」
しばらくみつめ合うクマと会長。
「ごくろうだった。下まで送ろう。人に見られては困るだろう」
祖父は立ち上がり、先に扉をあけると通路に誰もいないことを確かめエレベーターまではるかと犬を招く。
エレベーターの中では会長もくまちゃんも無言だった。会長は先にエレベーターから出て、警備員に別の場所を見てくるように指示し、警備員がいなくなったのを見計らってクマと犬とはるかを外へ出した。
クマと犬がワゴン車に乗るのを見届け、会長がはるかを呼び止める。
「はるか、あのレポートを見たよ。なかなかいい出来だった。期待しているよ」
「ありがとうございます」
にっこり笑う祖父の顔は幼い頃に遊んでくれた優しい祖父の顔だった。はるかはワゴン車の運転席に乗り込み、ワゴン車にエンジンをかける。ワゴン車のクマちゃんと会長の目があう。会長もくまちゃんも何も声を発しなかった。走り去るワゴン車を見送ると会長は
「ふうーつ」とひとつため息をだし、社内へ戻っていった。
それまで気配を消して隠れていたタヌキ達がワゴン車の座席で姿を現し、はるかにこう言った。
「たぬりんたぬりんりんたぬりん」あのおじいさんからは悪気を感じなかった。
「たぬたぬたぬたぬたぬたぬたぬたぬ」朝、ビルの前で黒い影を目で追っていたのはもう少し若い男の人だったよ。
社内で魔物にとりつかれているような者がいるのだろうか、はるかは何人かの顔を思い浮かべるが思い当たる者はいない。わんこちゃんが、
「とにかく相手の出方を見ましょう。旦那様の分身は傷つけないよう警護にあたります。大王様は安心してお仕事にはげんでください」
「そう、わかったわ、ありがとう。あなた達と出会えてよかった」
くまちゃんが、
「大王様、何もお役に立てず申し訳ありません。あのビルの中に漂う悪気はそれほど強くありません。普通に人間界に漂っているレベルです。ただ、ビルの中に魔物を生み出すパワーを持った人間がいるかもしれません。不穏な動きがあったらいつでもご相談ください。我々はいつも大王様を見守っています」
くまちゃんはその後何も言わずただ黙って目をつむっていた。はるかはくまちゃんに祖父との関係を問いただすつもりはなかった。わんこちゃんが言うようになりゆきを見守ろうと思う。
人間社会にはいろいろな悪気が漂っている。社会人になって改めて感じた。競争がある、いじめがある、ねたみ、そしり、憎しみ。目に見えないものが見えるようになった自分だが、何も自分だけが抱えている悩み、憂いではないのだ。幸福をもたらす精霊や不幸をもたらす魔物は目に見えていなかっただけであって、普通に世の中には存在するものだったのだ。自分にはこうして応援してくれる「人達」がいる。それはありがたいことだと思う。
ただ、健志の生まれ変わりの片方が攻撃的であることが不安だ。何が何でも子どもは守りきらなくては。はるかは「あの二人」と会って話をするつもりでいた。もしも生まれ変わりであれば、自分の気持ちは伝わるはずだと思う。
タヌキ達は出会ってから間もないが、はるかの強い母性愛を感じていた。春美が自分達に注いでくれたものと同じだと思った。はるかを支えてあげよう、そうでなければ春美に申し訳ない。タヌキ達はそう思った。
母は会社や親族から隠されていた扉に近づいた
のかもしれません。扉の向こうには何があるの
でしょうか。世界の平和を実現するために必要
な鍵はどこにあるのでしょうか。
走り去るワゴン車をビルの5階から見ていた男がいた。その男の心には野心めいたものはあるものの人を傷つけたり、魔物を雇ったりするほどの悪気はなかった。ただ、生まれ持ったその能力ゆえに、また、このビルの中に潜む闇のパワーも作用し、男の心の奥底にある不安や恐れの気持ちが影を生み出し、影は影を呼びこの男にまとわりつく。影は男にとって心のよりどころとなり、生きる糧となっていた。はるかの動きを懸念し、無意識のうちに男はタヌキ達へ刺客を放つのである。
翌日水曜日から金曜日まではタヌキ達は変タヌキから剣術の手ほどきを受ける。かずみとはるかの警護は引き続きカッちゃんやぴょんが担当した。
変タヌキは頭部以外はほぼ人間の体つきであり、武道においての身のこなしは人間だったころの経験もありスムーズで指南役として不足はない。
お寺の本堂で正座をし呼吸を整える変タヌキと悪タヌキと5匹。変タヌキが立ち上がり、木刀を手にした。5匹も立ち上がりイメージのうんちと木の枝を出す。
「左手にお持ちのものはしまってください。木の枝はもう少しまっすぐにできますか。はい、それで十分です」
悪タヌキだけはオモチャの刀を手にしていた。
「わるわるわるわるわるわる」俺はこれがいい。この刀は絶対に折れない。
洞爺湖へキャンプに行く際に春美から買ってもらったものだ。悪タヌキは春美の形見のように大事に持っていたのだ。
「私がするようにそれぞれの剣を振ってください」
変タヌキが両足を前後に開き、木刀を振り上げ、振り下ろす。タヌキ達もそれに習い、後ろ足を前後に開き、木の棒やオモチャを振り上げ、振り下ろす。
「何流だったかわかりませんが、私の記憶している型をお見せします」
と、言い、鮮やかな剣さばきを披露する。
「刀を振り下ろそうとしている相手には下から払って攻撃を封じるのも有効です。こうです」
ヒュン、と空を切る音がして切れのある動きをする。タヌキ達もそれに習い、木の棒やオモチャの刀を正面に構え、右上にヒュンと空を切る。
変タヌキが驚いて見ている。ほぼ、やって見せた通りの動きをする。もともとモノマネは得意なタヌキ達である。サラリーマンに扮したり、セミの鳴きまねなどもする。一度見たものは完璧にコピーする。
変タヌキが基本的な動きを一通り見せたあと、二匹ずつに分かれて切り返しと呼ばれる地稽古をする。打ったり、打たれたり、前進しながら、後退しながらそれぞれの「刀」を振る。木の枝やプラスチックの刀なので打たれても大丈夫、痛みは感じない。
更に変タヌキと1匹ずつで対戦型の地稽古をする。呼ばれた1匹以外の5匹は地稽古の様子を正座して見ている。具体的に、「そういうときはこう」「そのときは左にかわして」などと指導をする。
悪タヌキとエゾtは「筋がいい」と褒められる。特に悪タヌキは一時、変タヌキのほうが押され気味となる場面があった。悪タヌキの持つプラスチック製の刀は木刀ほどの硬質感を持っていた。
全員との地稽古を終え、今日はこれまで、と全員正座からの座礼をする。礼を終えてそれぞれのキリリとした表情を見て変タヌキが舌を巻いた。それぞれ師範代を目指せる力量を持っていることを確信した。稽古を始めた際、タヌキ達にとって正座も二本足でのすり足もいかにも厳しそうであったが、いまはもう要領を得、呼吸を掴んだ感じだ。
変タヌキはこの三日ほどでこれほどまでに上達する子供を見たことがない。はじめのうちはタヌキ達は正座から立ち上がる際に「右後足から先に立つ」、という基本動作が苦手であり、つい前足から先についてしまっていた。人間の子供でも正座から立ち上がる際に前足ならぬ「手」が先に出ることは往々にしてある。タヌキ達を見ていると犬科にもかかわらず、手のひらやつま先が見える気がしてきた。今日までに正座からの基本動作は完璧にマスターしている。
剣術の稽古でタヌキ達は武道に触れ人の心を学んだ。姿勢を正すこと、相手を尊重すること、礼儀作法。剣術を学んでも相手を傷つける刀を持とうとは思わないが、武道の技術を見に着けることは正しい心を持って人や自身を守る武器を持つことだと思った。
変タヌキもタヌキ達に武道を教えることで心の変化が生じた。いきなりの切り合いをしていた変タヌキ同士の姿勢に疑問を持ったのだ。それぞれが武道の精神を忘れてしまっていたと省みる。
そんな変タヌキの心の動きを悪タヌキは見逃さなかった。善意の変タヌキは敵にも善意を持っている。相手が魔物に近いことを忘れてはならない。
土曜日、タヌキ達はお寺の学校はお休みであり、カッちゃんやぴょんを休ませて、はるかのマンションに入り浸ることにした。日曜日はタヌキ達にとって特別な日であり出かける用事があった。日曜日の警護はリスリン、リスタンに任せていた。
土曜日の早朝、タヌキ達は予定通りマンションの中へ入って母子と一緒に過ごそうとピクニック気分で乗り込む。マンションの中に入り込み、6階まで階段であがり、はるかとかずみが住む入り口前に立って、
胸騒ぎがする。
何か近づいてくる。
いつのまにかタヌキ達をはさんで左手に悪気の変タヌキ、右手に剣術指南の変タヌキがいる。ただ悪気タヌキの様子が以前と違う。魔物を従えていた。「あの男」が放った刺客であった。
指南タヌキが走り寄ってきて5匹を守るように刺客の前に立つ。魔物は真っ黒くおどろおどろしい姿をしている。溶けて形がくずれたヒトデのようだ。魔物が前に進んできてその魔物と指南タヌキが通路で向き合った。
「たぬりんたぬりんたぬりん」先生が刀を持っていない?
指南タヌキは木刀を持っていた。タヌキ達に剣術を教えながら心に変化をきたし、相手を傷つけたくない思いが強く出ているのだ。タヌキ達も変タヌキの後ろで木の棒を構えた。ふと気が付くと、タヌキ達の背後に同じ魔物がいる。挟み撃ちの形だった。マンションのドアを正面に見て、左手から近寄る魔物に指南タヌキが、右手から近寄る魔物には5匹が身構える。
5匹がこれまでに感じたことのない緊迫感だった。マンションの通路。誰も歩いている人はいない。身震いをする。初めて魔物を見て「恐い」と思った。かずみもはるかもドアの中、この様子に気が付いていないようだ。
窓のないマンションの通路、天井には等間隔に白く薄明るい照明が魔物と精霊を照らす。
それぞれの魔物から鋭い爪を持った人間のような両腕がにょきっと出てきた。次第に間合いを詰める魔物、示し合わせたように襲い掛かってきた。
ガツッ、
指南タヌキが振り下ろした木刀を魔物が鋭い爪で受け止めた。木刀に魔物の爪が食い込み、しかも魔物の全身からしたたるようなねばねばした妖気が指南タヌキの木刀と腕にからまり、指南タヌキの動きを封じる。
シャーっ、シャーっ、
指南タヌキの木刀に腕にからまりついた魔物が指南タヌキを威嚇する。前面から出た両腕のつけねから少し上のほうに口が開き、長い舌で指南タヌキの頭にからまりつく。
背後から悪気タヌキが指南タヌキに刀を振りかざしてきた。
一方、5匹側の魔物は先頭にいたエゾtが持っていた木の棒を爪で捉えからまる。ねばねばの魔物に木の棒が役に立たないことがわかる。また、他の4匹は噛みつこうとするが、ネバネバドロドロの魔物に噛みつくことをためらう。
シャーっ
真っ赤で大きな口が開き、タヌキ達はのけぞるが、とっさにタヌキ達はそれぞれ手の平から白い光の盾を出し、取り囲んで押しつぶしにかかる。
ふと変タヌキのほうを振り返る。
悪気の変タヌキが剣術指南の変タヌキに切りかかった。
ぐわっ
魔物を盾に回り込み攻撃を避けようとしたがよけきれず左肩を切られ鮮血が飛んだ。
「ぽんぽんぽんぽこ」変タヌキの先生!
タヌキ達が叫ぶ。二匹で一体のはずの変タヌキだが、悪気タヌキはダメージを受けていない。悪気タヌキは一歩下がりもう一太刀、指南タヌキに襲い掛かる、と、その時、
「わるわるわるわる」この化け物!
悪タヌキが変タヌキの背後から飛び掛かりあの刀を振りおろし、変タヌキを
ぐわっ
と言うほど打ちのめした。
「わるわるわるわるわるわるわるわるわる」
真っ赤に激高した顔で手のひらに念をこめると、手の平から赤い光が出る。それを魔物の背後から、腹にかけて照射し、
じゅわっ
と穴をあけた。魔物は溶けた穴から湯気を出しながら身体の全てを溶かして散った。悪タヌキは息荒くその様子を見ている。剣術指南の変タヌキは片膝をつき、その場に倒れた。
5匹に囲まれた魔物はすでに潰れくだけていた。5匹が出した盾の隙間から鋭い爪の腕が飛び出て手首を激しく動かしていたがやがてだらんとして腕と爪は床に落ちて消えた。粉々になってもなおも5匹はありったけのチカラで押し合いへしあいし、やがて粉々の魔物は湯気となってあとかたもなく消えた。得体のしれない魔物からの攻撃を受け、5匹は息をあげ興奮気味であった。「死ぬかもしれない」という恐怖を感じた。
悪タヌキが打ちのめした変タヌキから黒い影からふらふらと出てきて空中でくだけた。どうやら悪気タヌキに魔物が取りつき悪気タヌキがパワーアップしていたようだ。だから二体の均衡が崩れ悪気タヌキの方が強くなった。指南タヌキの痛みは二体で共有したであろうが悪気タヌキは耐えることができた。逆にプラスチックの刀で悪気タヌキが打ちのめされたダメージは指南タヌキも吸収していて、切られたダメージと打ちのめされたダメージの両方を負っている。
だが黒い影が抜けたことにより二体の均衡は戻り、悪気タヌキも指南タヌキと同様のダメージを負っている。二体ともに動かない。
エゾリンが指南タヌキの肩に手の平をかざすと、肩の傷は癒えた。ただ、悪タヌキから打ちのめされた悪気タヌキのダメージを共有しているためか、まだ二体ともに起き上がれない。なんともややこしいことになっている。タヌリンが悪気タヌキの頭に手をかざし、癒しのパワーを注いだ。
外の気配に気づいたのか、パジャマ姿のはるかがドアを開け、5匹と倒れている2匹を見る。にわかに理解できない状況ではあるが、倒れている2体を中へ入れることにした。
傷が癒えた二体ははるかの前で正座をしている。悪気タヌキは悪びれる様子もない。二体で並んでうつむいたまま顔をあげない。
「二人は仲良くできないの?」「黙っていないで何とか言いなさい」「だいたいあなたがたは仕事もしないでチャンバラごっこばっかりして」
フライパンを片手に変タヌキに説教をするはるかである。変タヌキは顔をあげないのではなく、はるかに対して「頭があがらない」のかもしれない。
「たぬたぬたぬたぬたぬたぬたぬ」やっぱり大王様は旦那に強かったんだね
タヌキ達はみなうなずいている。
「お母さん、誰かきているの」
「ううん、独り言だよ。もう少し寝ていなさい」
「はーい」
かずみの声を聞き、指南タヌキがじっとそちらを見ている。隣室に目をやると祭壇には穏やかな顔の父親の遺影。自分はあの父親から派生したのか。そうであればあの子は自分の子であり、ここは自分の家なのか。
うつむいている悪気タヌキは気絶しているわけではない。悪気まる出しで母子に切りつけるようなそぶりもない。二体とも「どうしていいのかわからない」のだろう。
悪気タヌキはやがて、すうっ、と姿を消す。消えた悪気タヌキが座っていたあたりを指南タヌキはしばらくじっと見つめ、指南タヌキがはるかにこういう。
「私は何がどうしてこうなったのか理解できません」
「私もよ」
「ごめんなさい」
「謝っても仕方ないでしょ」
タヌキ達は見ていて指南タヌキが可哀そうになってくる。
「あなたは普段はどこで暮らしているの?」
「そうですね、地下鉄駅とか、飲み屋街のすみとか、公園のベンチとか」
「まるで酔っ払いじゃないの」
何か思い出したように、子供部屋のふすまを見て、
「ブランコに」
「えっ?」
「ブランコによく坐っています」
父親であった時の記憶があるのだろうか。ブランコはかずみにとっても父親にとっても思い出の場所だ。遠い目をする指南タヌキをはるかがじっと見つめる。
「もし・・・」はるかが少し優しい目で、
「よかったらここで一緒に暮らす?」
指南タヌキは少し考え、祭壇の遺影を見つめる。そして、
「いえ、私はお子様にいい影響を与えません。私は陰ながらお二人を見守りたいと思います」
かずみが寝ている子供部屋のふすまをじっと見て、
「私はこれで」
そう言って指南タヌキは姿を消しながらドアの方へ歩いていった。少し寂しげな顔で見送るはるかがしばらく何も言わずドアの方を見ていた。
タヌキ達は外に魔物が出現したことははるかには話さなかった。母子を守りたい一心で生み出したのであろう亡き夫の出した守護霊のような精霊にも魔物が取りつくことが今後もありうることを知った。魔物1匹に5匹がかりで戦った。悪タヌキの加勢もありどうにか乗り切ったが、この先まだ、強い魔物が出てこないとも限らない。ハヤブサやリス達の協力もあるが、タヌキ達も更なるパワーアップをしたかった。明日は手稲山に登る予定だった。 ついにその時がきた。
*
タヌキ達は自分達のパワーアップが必要と痛感しました。そしていよいよ、
修行を開始します。修行の開始にはタヌタヌの「目覚め」が必要でした。
タヌタヌは義明の春美の期待に応えることができるでしょうか。