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しあわせのたぬき  作者: 月美てる猫
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第四章 たぬき達の旅立ち〈前編〉 ①

人生の目標を見出したタヌキ達。母子を守り幸せに導く戦いが始まりました。母子に迫る黒い影を振り払うことができるでしょうか。一方で、タヌキ達がレベルアップをはかるための通過点であるウサギの里に異変が起きていました。



第四章 たぬき達の旅立ち〈前編〉



 本州からの玄関口、函館市から札幌方面をめざすにはいくつかのルートがある。ひとつは高速道路や鉄道路線にて右へ太平洋側を迂回(うかい)して北上するルート、ひとつは一般道にて太平洋側を北上しつつ途中で真っ直ぐに山間部を縦断して石狩平野へ出るルート、あとひとつは左へ日本海側を北上するルートである。

 日本海沿岸の桧山(ひやま)から後志(しりべし)にかけては海に沿っての曲がりくねった道がつづき、行程に時間を要する。だが、小さな漁港が点々と続き、かわった形の岩が点在し、海に沈む夕日も眺められ風光明媚(ふうこうめいび)である。海沿いに切り立った崖が続くことから、日本海沿岸は小樽市に至るまでは人口密度の低い町村が多く、野生動物たちも比較的、のどかな生活を続けていることだろう。


 あの大戦では北海道中、多くの精霊が動員されていたなか、この日本海沿岸の野山に住むウサギ達は参戦をしなかった。ウサギの精霊達はこの界隈(かいわい)に住む生身のエゾシロウサギをはじめとした様々な生き物を守り、人と自然と産業の調和がはかられるよう努めていた。

 風光明媚で人口密度が低いとはいえ、高速道路やら鉄道路線やらの建設があり、また、農業、林業、海辺の護岸工事なども広まってはいるが、それをやむなしとして野生の動物達をなだめ、エサやねぐらに困らない場所を探してあげたり、人間の田畑へ踏み込まないよう注意を促すなどして様々な動植物が安全で住みやすい暮らしができるよう支援していた。戦いを好まず、決して軍を組織するなどしなかった彼らである。

 

「リーダー、またです」

 リーダーと呼ばれたウサギの戦士を先頭にウサギの精霊数匹が駆け寄り、険しい表情で野生のウサギが横たわっている姿を見つめる。

「手当はしたのか」

「はい、しかしまだ動けません。それに奴らがあたりにいるかもしれません」

 リーダーのウサギはあたりを注意深く見まわし、

「3匹はここに待機だ。野生のキツネやトビにも気を付けてくれ、1匹は鳥王に報告を」

「はい」

 高い崖の上からリーダーは海をみつめ、背負っていた弓を手に取りそれを見つめてつぶやいた。

「やはりこれは必要か・・・」

 この風光明媚な土地にも魔物の影が忍び寄っている。ウサギ達は「ある生き物」からの進言で武器を手に取るようになった。

 タヌキ達5匹はいずれここへ立ち寄る。手稲山の鳥達が次の立ち寄り場所はここだと指示するはずだ。ただ、タヌキ達も手稲山の鳥達も、この土地に起こりつつある動乱を知る(よし)もなかった。



「ふあああっ」

 右腕を上げて伸びをしながら左手でカーテンを開き、大きなあくびをしながら窓の外を見たはるかは息を止めてしばらく動かなかった。窓の外に巨大なぬいぐるみがいる。信楽焼(しがらきやき)き風のタヌキだ。おそるおそる、窓を開ける。触るとふさふさしてやわらかい。

 昨日は久しぶりによく笑い、よく寝た。少し寝坊をした。まだ眠かったが、外からの涼しい風と、その異様な光景に一気に目が覚めた。

 ベランダは奥行が狭く、その大きなタヌキが立つには狭かったのだろう、窓を開けたとたんに腹が部屋の内側へ解放され、はるかの腹に触れた。大ダヌキと目が合った。しばらく沈黙が続いたが、大ダヌキは窮屈(きゅうくつ)そうに振り返り、ベランダの手すりに上がろうとしたがバランスを崩し、

「あ、あぶない」

 はるかが叫んだと同時に、

「あああああああーっ」

 大ダヌキは6階のベランダから転落した。はるかは裸足のままベランダに出ると、手すりの右手にはカモメ、左手にはハヤブサが止まっている。左右の鳥を交互に見ながら、ベランダの下を見ると、

ドシュン

 目にも止まらぬ速さで大きなタヌキがまっすぐに飛んできてマンション屋上よりも更に高く上空まで上がると向きを変え、手稲山の方へジェット機のように飛んでいった。

 大ダヌキをあぜんとして見送ると、はるかはカモメ、ハヤブサを、右、左と交互に見る。

 カッちゃんが口を開いた。

「おはようございます。私はカモメのカッちゃんです。大王様、ごきげんうるわしゅう存じます」

「はじめまして、大王様、ハヤブサでぴょんと申します。外は異常ありません。引き続き警備にあたります」

 はるかはなんと答えてよいものか、朝早くからあまりの展開にさすがに戸惑っている。「異常ない」と言われてもこの状況は既に異常である。

「お母さん、・・・どうしたの?窓の外に誰かいるの?」

 かずみが眠たそうな顔でそばに来た。

「大王おふたり様、風邪をひかれるといけませんので窓をお閉めください。外のほうは私達が視ております。ご安心を」

 そう言って二羽とも外の方を向く。はるかはこくこくと小さく首を縦にふり、窓を閉め、レースのカーテンを閉めた。

「ううん、何もいないよ、顔を洗ってきなさい」

 はるかはかずみにそう言うと、もう一度窓の方を向く。ハヤブサとカモメが向こうを向いて手すりに立っている。

「大王って・・・」

 昨日タヌキ達が仲間がいるようなことを言っていたから、タヌキ達の仲間なのであろうと思った。警備とはきのうの「あいつ」や黒い影からの警護だろうかと、思った。

 窓の外を気にしながら、また、「大王とは何だろう」、と思いつつ、はるかは朝食の準備にかかる。夫の葬儀以来、少し手抜きが多かったことを反省している。タヌキ達から指摘を受けないよう、あとで部屋の掃除もしようと思う。忌引(きびき)きと大型連休もあって少し気のゆるみもあった。今日から会社へ出勤するし、朝食もきちんと採るつもりだった。


 ちらりと窓を見るがいまはカモメとハヤブサはベランダにはいないようだ。他の人の目からは多分見えないのだろう。あの大きいのも。リアルにふさふさなお腹をしていた。もしも見える人が「あれは何ですか」と聞いてきたらどうする。ぬいぐるみです、と答えるか。家の中で留守番を頼めばよかっただろうか。

「お母さん、だいじょうぶ?」

「あ、あ、うん、なんでもないよ。晩御飯は何にしようかって考えていたの」

 今日は午前中の会議に出たあとは半日の有給休暇をもらい、午後からは幼稚園で先生と面談が予定されている。夕方からはマンションへ戻り掃除をし、久しぶりにしっかり夕飯を作るつもりでいた。夫なしで仕事も家庭も両立するのだ。あれこれ考えている暇はない。

 昨日の残り物、菓子パンにお惣菜、それに温かいスープと目玉焼きと野菜サラダを添えて、

「いただきます」

 思えば、こうやって二人で顔を合わせて食事するのも久しぶりな気がする。できるだろうか。続くだろうか。できる限り食事は一緒にしようと思う。タヌキが言っていた。


「たぬりんたぬりんたぬりん」かずみは幸せなんだと思う。


 ジンと胸につきささる言葉だった。自分より娘のほうがしっかりしているのかもしれないと思った。


 朝食を終えると、かずみに着替えを促し、はるかは食器を片づけ着替えをして化粧をする。かずみを伴って外に出て、かずみが幼稚園バスに乗るのを確認し、自身は路線バスのバス停へ向かう。幼稚園バスの上に乗っているものを見て、はるかは口をあんぐり開けていた。幼稚園に向かうかずみには大ダヌキの(りん)(きん)、それにカッちゃんがついていくことになったようだ。人の目には見えないが幼稚園バスの上にはカモメと信楽焼(しがらきやき)き風の大タヌキが2匹乗っている。歩道橋などにぶつかって落ちなければよいが、それにしても、

「あのね、もしかして一緒に会社に行くつもり?」

 タヌキ5匹は幼稚園バスを見送り、そのまま路線バスのバス停まではるかの方についてきた。5匹ともパフォーマンスのスーツ姿をしている。バス停にいる他の人達が「今のは誰に言ったんだ?」という顔をしてはるかを見ている。はるかは他の人達の視線を感じ、その後は知らない顔をしている。

 和尚(おしょう)さんからは、「あの子にぴったり寄り添う」ように言われたものの、タヌキ達はかずみよりもはるかの方が心配であった。かずみはタヌキ達の目から見てもそうとうしっかりした子供に見える。はるかもしっかりした母親であろうと思うが、精神不安定なところを狙って黒い影が入り込むことを懸念した。以前、魔物が手術中の春美を攻撃したことを思いだしていた。

 

「私ね、バスを降りて地下鉄に乗り換えるの。え、会社を見学したい?無理無理、私のことなら大丈夫。心配してくれてどうもありがとうね」

 小声で話しつつバスを待っている人達の視線を気にし、姿勢を正してバスを待つ。タヌキ達は円卓を出して相談をしている。そのうちバスがきて、はるかはタヌキ達を気にしながらひとりでバスに乗った。


 タヌキ達は、春美がタヌキ達を雪まつり会場へ連れて行ってくれた際、バスや地下鉄に乗る経験をした。春美は地下鉄に乗る際に自分達の料金を支払ってくれていた。バスでは迷ったあげくすまなそうに、大人ひとり分の運賃を運賃箱に入れていた。大人ひとり子供6人分の運賃を運賃箱に入れればさすがに運転手から呼び止められると思ったからだ。

 春美はタヌキ達ひとりひとりをまるで人間の我が子のように思い、ひとりひとりの人格を大切にしてくれていた。だから、あたり前のように自分達のために、切符の扱いに戸惑いながらもお金をだして公共交通機関へ乗せてくれたのだ。バスも地下鉄も勝手に乗車をできなくはないのだが、春美のそういう親心は大切にしてこれからも生きて行きたかった。

 別にはるかを試したわけではなかったが、はるかが自分達に「黙っていればわからないよ」などと言って乗るように促さなくて内心ほっとしていた。今後もタヌキ達は、いくら差し迫った緊急のミッションが起きたとしても、スパイ映画のように列車や地下鉄にタダ乗りなどしない。とはいえ、

「たぬたぬたぬたぬたぬたぬ」会社には雪まつりに行くバスで行くんだね。

 ある程度は義明や春美の知識を持って生まれてきたタヌキ達ではあるが、世間のことを実はまだよく理解できていないタヌキ達である。通勤通学の意味するところを少し理解した気がする。義明様は自家用車で通勤していたが、違う会社に通う人達が集団で同じ乗り物に乗るということがあるのだと、改めて知った。人間というのはどうして身近なところで就業しないのだろうと不思議に思う。こんなにたくさんの人達がどうして朝晩わざわざ移動をして時間を費やしているのだろうか。


 バス停に取り残されたタヌキ達ではあるが、はるかから会社について行くことを拒否されることは想定していた。はるかの跡はハヤブサのぴょんとわんこちゃんがこっそりついていくことになっていた。ぴょんが「任せてくれ」と言ってバスの跡を追う。わんこちゃんは札幌市中心街で待機しているはずだ。


 タヌキ達がバスを見送ったあと道路をはさんで向こう側に昨日の変タヌキがじっとこちらを見ているのに気が付いた。タヌキ達のそばでリスリン、リスタンが警戒している。道路を挟んでお互いを見つめあう。守るべきかずみはいまはいないので、5匹もリスも、もしも危険な目に遭いそうになったら姿を消すことに決めていた。

 フッとと変タヌキが飛んで道路のこちら側に来た。刀は持っていない。タヌキ達に話しかけてきた。

「昨日はかずみが危ないところを助けていただき、ありがとうございました」

 普通に日本語でタヌキ達に語りかけ、丁寧(ていねい)なおじぎをする。花瓶(かびん)をかずみの頭に落とそうとした変タヌキではなく、その悪気(あくき)のあるタヌキからタヌキ達を守ってくれた方の変タヌキだった。

「だだだだだ、たぬうき」いえこちらこそ危ないところをどうも。

 とエゾtがおじぎし、他の4匹、リスリン、リスタンもおじぎをする。

「お時間よろしかったらお話しをさせていただきたいのですが」

 変な姿をしているがサラリーマン風で妙に丁寧(ていねい)な物腰である。本来ならばタヌキ達は今日はお寺の学校に行く時間であった。リスリン、リスタンからの提案で、お寺に行ってこの変タヌキと話をしよう、ということになった。

 義明の住んでいた家まではここから7、8キロはあるはずである。だが、お寺は求めればどこにでも出現するものらしい。それほど時間を要することもなく、開けた場所が現れ、タヌキ達の目にはお寺が現れた。ただ、変タヌキにはお寺も和尚(おしょう)の姿も見えず、本堂の床のみが見えるようだった。


 本堂の床にタヌキ5匹、リス2匹、変タヌキ1匹が座りそれぞれ見つめ合う。

「だだだだだ、たぬうき」あなたはタヌキですか?

 エゾtが切り出す。

「はい、私はタヌキですが・・・」

「わるわるわるわるわる」タヌキっぽくないけどな。

 はっ、とみなが声のする方を向くといつのまにか本堂のすみに悪タヌキが座っている。

「だだだだ」「えぞりん」「たぬりん」「ぽんぽこ」「たぬたぬ」ワルちゃん!

 久しぶりに会う悪タヌキにみな感激している。悪タヌキらしく、別にどうした、というそぶりで勝手に話を進める。

「わるわるわるわるわるわる」剣術を教えてくれないか。

 そんなことを言う。

「私にできることがありましたらご協力いたします。多少の心得はございますので、よろしかったらここでお稽古(けいこ)をさせてください。ただ、その前に、私のことを少しお話しさせていただけませんか」

 それはそうだ、という顔をみながする。

「たぬたぬたぬたぬたぬ」どこのどなたですか。

「ぽんぽんぽんぽこ」あの親子とはどんな関係なの。

「たぬりんたぬりんたぬりんたぬりんたぬりん」僕達はあの人達と友達になってあの子を守りたいと思っているタヌキです。

 タヌリンがそう言って、「たぬりんたぬりん」そうだよね、とみなに確認を求めると、みな「うんうん」うなずく。変タヌキが語り始めた。


 自分ではなんだかよくわからないが突然この世に生まれ、無性にあの親子を守らなくてはならない気持ちになった。この世に生まれた理由は多分、あの父親の(たましい)を受け継いだ、ということだと思っている。あの親子に悪影響を与えると感じる黒い影や奇妙な生き物が現れては剣をふっている。自分の中にあの父親の記憶が残っていて、剣術はあの父親の腕を引き継いだものと思っている。ただ、少し悩ましい敵がいる、という。

「あなたと同じ姿をしたあの人のことですね」

 リスタンが問いかけた。

「そうです、あれはもうひとりの私なんです」

 みなが首をかしげていると、彼はこう続けた。

「彼は無性(むしょう)にあの親子を攻撃したい、私は無性にあの親子を守りたい、まるで裏表なのです」

 そう言われてもピンとこない。彼は最近生まれたばかりで自分が何者か、どこからきたのか、何故あの親子を守りたいのかがよくわからないでいるようだ。

 タヌキ達はおそらく病気療養中の父親が何かの拍子で自分達のような存在を生み出すことになり、その際に、親子を守る変タヌキを生み出した。それと同時にその親子に敵対する何者かが親子を攻撃する変タヌキを生み出した、というような解釈をすることにした。ただ、理解できないのは「なぜタヌキなのか」である。何かモデルがいるのだろうか。

 目の前の変タヌキは普段はあちこちをさまよいながら、特に特定の場所に居るということはないようだ。自分が親子の住んでいるマンションの前にいると、その敵対する奴が近づいてくるので、あえて親子からは離れ、奴の動きを監視しているという。奴については、大通(おおどおり)公園付近にいることが多く、そのあたりに奴の根城(ねじろ)があるのではないかと思っている。敵対する奴が親子に近づくと自分は駆けつける、自分が親子の近くにいると、奴がやってくる、という感じで、親子含めお互いに着かず離れずの毎日のようだ。

「たぬりんたぬりん」ストレスがたまりますね。

 タヌリンがそう言うと、

「はい、そうなんです。正直きついです」

 といって、足のふくらはぎあたりをしきりに触る。

「えぞりんえぞりんえぞりん」足が痛むのですか?

 えぞりんがそう聞くと、

「はい、昨日あなたがたに噛んでいただいたところです」

「・・・?」

「あ、いえ、文句を言っているのではありません。噛まれたあいつが悪いんです」

 どうやら変タヌキは片方が傷ついたら片方も同じ痛みを負うようだ。もしそういうことであれば、タヌキ達が剣の腕を磨いて敵を攻撃するならば、タヌキ達の剣術の先生を痛めつけるということになるが。

 なにはともあれ、あの子を攻撃する変タヌキからあの子を守らなくてはならない。

「だだだだだだだだ、たぬうき」自分達と目的は同じだからお互いに協力しよう。 

 というエゾtの言葉でみなうなずく。剣術指南については明後日から、待ち合わせはバス停前で、ということで、一旦はその変タヌキは姿を消し、どこかへ去って行った。

 

 変タヌキが去ったあと、和尚さんが姿を現した。タヌリンを見つめ

「タヌリン、ケガの具合はどうだ」

「たぬりんたぬりんたぬりん」うんもう大丈夫、和尚さんどうもありがとう

 タヌリンがシッポを振って答えた。

 和尚がいま来ていた客人の様子を振り返る。

「隠れて見ていたが、彼からは善意しか感じなかった。昨日見たタヌリンの傷からは悪意しか感じなかった。彼とその敵はおそらく二体で一体なのだろう」

 という。義明は5匹のタヌキを善、1匹の悪タヌキを悪とし、相互に感情のバランスを取るようにした。5匹の怒り、(なげ)きを悪タヌキが吸収し緩和する。悪タヌキの怒り、嘆きはエゾリン、タヌリンが緩和してバランスを取る。だが、あの変タヌキに関しては、善と悪を真っ二つに分けて同時に誕生したのではないか、と、和尚は推理していた。口には出さない。悪タヌキがそこにいるから。

 だが悪タヌキは変タヌキの正体を和尚と同様に見抜いていた。


 5匹については1匹が傷を負っても他の4匹にダメージは及ばない。

 変タヌキが2匹で1体であるのと同様5匹のタヌキは5匹で1体である。以前1匹が遠くに離れると5匹は力が抜けて透き通ったことがあった。だが、変タヌキの刃にタヌタヌが傷を負ったにもかかわらず4匹は痛がってもいなかった。その理由をあの時、美術館で、洞爺(とうや)湖畔で悪タヌキだけが気づいた。おそらく悪タヌキ以外は和尚も、義明も春美も誰も気が付いていないことだった。

 タヌキ達にとって決定的な弱点でありまた、利点でもあった。

 もっともここにいる5匹も和尚もそんなことは何も気にしていないようだが。


 和尚(おしょう)は、

「難敵だ。油断するな。相手の動き、心をよく見て対応するのだ」

「だだだだだだたぬうき」あの人から剣術を習っていいの?

「ああ、教えてもらうがいい。この寺を道場として開放しよう。敵の動きも情報として探ることができるかもしれぬ」

 そう言い、

「これから幼稚園へ向かうのだな」

 タヌキ達がうんうんうなずく。

「母親や子供の病んだ心を見たら、昨日の(いや)しの術と同様、手の平から過去や未来を映し出してみるがよい。次にどんな行動をとれば最善なのかがわかるはずだ」

 和尚さんのアドバイスが急に具体的になってきたとみな感じている。和尚さんもレベルアップをしているのだろうか。ただ、いま言われたことはタヌキ達にはいまひとつ理解ができない。

 

 タヌキ達はかずみの幼稚園へ向かった。午後になったらはるかも来るはずだ。その間に幼稚園の中に入って遊具で遊ぼう、ということになった。

 カッちゃんが来て、幼稚園までの道を案内してくれた。

「カモメの水兵さん、とかいう歌と踊りをやっていましたよ。いやあ、幼稚園はいいですね、楽しくて」

 そんなカッちゃんの話を聞きながら幼稚園へ着くと、なにやら外の広場で騒ぎが起きている。


「私やってないもん」

 かずみが困った顔をして近くにいる子に言う。

「かずみちゃんがそこにいたから、かずみちゃんでしょ」

 きつい顔ときつい言葉でその子が言い返している。すぐそばでもうひとりの子が座りこんでひざを抱えている。膝小僧をすりむいたようで、先生が手当をしている。

 子供達が遠巻きに集まって見ている。もう一人の先生が双方の言い分を聞いているようだが、仲裁は難航しているようだ。凛と金は言い争うふたりの横でぼーっと立っている。


 はるかがやってきた。先生の説明では、かずみが園児のひとりを突き飛ばしてケガをさせたと、他の園児が告げ口したようだ。

 ぼーっと立っていた金が両手を前に出すと直径20センチくらいであろうか、白い光の玉が現れ、まるで水晶玉に手をかざすように何かをぶつぶつ念じている。金がタヌリンを見た。

「たぬりんたぬりん」過去と未来を見る。

 タヌリンは和尚の言葉を思い出す。金と同じように、両前足を前に出してその場にいる子供の心を見たいと念じる。手から白い光が出て子供の心が映し出された。


「先生、かずみちゃんが悪いんです」

その子がまたそんなことを言う。先生がはるかに、

「状況からみて、かずみちゃんで間違いなさそうです。他の子もかずみちゃんが付き飛ばすのを見ていたようです」

そう言うと、はるかが先生に何か言いかけたが、

「たぬりんたぬりんたぬりん」待って大王様、それは言わないで。

「えっ?」

「たぬりんたぬりんたぬりんたぬりんたぬりん」うちの子はそんな子じゃない、そんな育て方はしていない、とは言わないで、かずみに任せて。

「どうして?」

 全くその通りだった。はるかは先生にそう言うつもりだった。かずみはそんな子ではないと。

「ごめんなさい、私が悪いの」

 かずみが、責めてきた子に謝った。

「そうなのかずみちゃん」

 先生がしゃがんで、かずみの目を見る。かずみの目に涙が浮かぶ。かずみが繰り返し謝る。

「ごめんなさい」

 はるかの目からも涙が出てきた。

「かずみ・・・」

 かずみがそんなことをするはずがない。はるかは信じていた。

「たぬりんたぬりん」叱らないで、大王様

 たぬりんがはるかを制した。どうしたらいいのか、と戸惑うはるか。すると、

「ごめんなさい、私がやりました、ひーん」

 かずみを責めていた子が急に泣きだした。

「ごめんなさい、ひーん」

 かずみも声をあげて泣きだした。先生が、

「え、どういうこと?」

 ケガをした子が手あてを終えて、事件の真相をあかした。つまり先生が説明するには、

「飛んできたボールをキャッチしたかずみちゃんからボールを横取りしようとしたひかるちゃんがかずみちゃんを振り回してかずみちゃんがそのケガをした子にぶつかって転ばせたんです」と、いうことのようだ。

 見ていた他の園児も同様でかずみは悪くないという評価をおおむねしている。かずみがはるかのほうをむいて、

「お母さん、ごめんなさい、ひーん」とまた泣く。

「たぬりんたぬりんたぬりん」何も言わないで抱きしめて。

 はるかはタヌリンの方を見、そして言われるがままかずみを抱きしめた。

 そして、ここからははるかが思って口にしたせりふだが、こう言う、

「かずみ、あの子を責めちゃだめだよ。ボール遊びはみんなで仲良くやるものだよ。ほら、あの子とボール遊びをしておいで」

 そう言って、責めてきた子の方へ向かわせ、何か言葉をかわしている。

 その後、ケガをした子とかずみ、ひかるちゃんは仲良くボール遊びをはじめた。


 幼稚園の応接室で母親面談が終わりはるかが外へ出てきた。かずみといっしょにひかるちゃんが駆け寄り、

「かずみちゃんのお母さん、ごめんなさい」

「お母さん、もう仲直りしたよ。ひかるちゃんとお友達になる約束したの」

 はるかは二人の視線になるようしゃがみ、二人の顔を見て、

「うれしいな、ひかるちゃん、かずみのことよろしくね」

 笑顔でふたりの頭をなでた。

 

 タヌキ達は少し離れたところからその様子を見ていた。幼稚園からはるかとかずみは外へ出て、家路につく。タヌキ達はそのあとから離れてついてゆく。ときどきはるかが後ろを振り向いた。

「お母さん、誰かいるの?」

「ううん、まあね」

「え、誰?」

「こおんな大きなタヌキ」

「え、なんだ、あのおじさんのこと?」

「え、ああ、あのおじさんじゃなくて」

 昨日とは違う、母子の会話があった。その後ひかるちゃんはかずみにとって無二の親友となり、様々な場面でかずみの助けとなる。母子にとっては貴重な保護者面談日となった。


 日が傾きかけたビルの影、母子の様子を見る気配にカッちゃんが気が付いた。

「あそことあそこに」

 全く同じ姿の変タヌキ。はるかは気が付いていた。いまそことそこにいること、そしてあの二匹の素性もはるかは気づいている。ただ、出現したいきさつや出現する道理と出現する科学的な理屈まではわからなかった。

 

 わんこちゃんとハヤブサのぴょんは、今日ははるかの勤め先をつきとめるまでが精いっぱいだった。

 ぴょんはバスを追いかけ、地下道へ降り、地下鉄駅ホームから地下トンネルを追尾したが、通勤ラッシュの中、大通(おおどおり)駅ではるかが下車するまでは確認した。その後は改札口の雑踏にはるかを見失う。ぴょんも人からは見えない精霊ではあるが、人間界の通勤につきあうのはとても疲れる、というのが実感であった。

 わんこちゃんはだいたいの察しで、地下鉄は大通駅で降りるであろうと予想し大通公園近辺で待機していた。以前、春美からの頼みを引き受け、ほうぼうをあたっていた際に、大通駅付近をそれらしき人が歩いていたのを覚えていた。

 わんこちゃんは鼻をきかせ地上に出てくる人の匂いをかぎ分ける。ハヤブサのぴょんは上空を飛びながらはるかの姿を追う。札幌の中心部は地下歩道が充実しており、もしも地下にもぐったまま地下からビルに入るようであれば追跡は不可能だったが。

「いた!」

 ぴょんがはるかが地上に出る階段出口から上がってくるのをビルの上から目撃した。

ぴー

 わんこちゃんにしか聞こえない声でわんこちゃんに知らせる。ぴょんは見失わないようはるかを追跡する。わんこちゃんがぴょんの真下まで来た。間もなくはるかがビルの中に入っていく。

 ビルの入口まできてわんこちゃんがその会社を確認した。

「ここは・・・」

 建設会社だった。春美が入院していたあの病院を建てた会社だった。

 ぴょんが上空から降下しながらビルの様子を見る。黒い影を見た。悪気を感じる。ここが悪の巣窟(そうくつ)であるとしたならば、中へ潜入するのは少し待ったほうがいい。こちらを敵視している者がいるとしたら敵の(ふところ)へ飛び込むようなものだ。まずははるかから中の様子を聞き出してからだ。そう1羽と1匹は思った。


 親子でマンションに着き、ふたりは久しぶりに母子で風呂へ入る。はるかはかずみの頭をシャンプーした。風呂からあがると祭壇で手を合わせる。新しい生活が始まっている。午前中の会議では大きな仕事を任されることになった。午後はかずみの幼稚園生活を確認した。よい妻であったかどうかはもう聞くことができない。せめてよい母になってよい子供に育てあげることが夫への供養だと思うことにした。

 夕ご飯はかずみの好きな玉子焼きを作った。みてくれは悪いがかずみは喜んで食べてくれる。

 ふと、ソファにいるタヌキ達がこちらをじっと見ているのに気が付く。玉子焼きが気になるのだろうか。そういえばこの子達は食事を採るということがあるのだろうか?かずみに変に思われないよう、そっと玉子焼きを5切れソファの前のガラステーブルに置く。

 食卓テーブルではジュースをコップに注ぎ、はるかはかずみにグラスを傾け、

「乾杯しようか」

 と言って

 チン、とグラスを合わせた。

「お母さん、今日は何の日?」

 かずみに聞かれ、

「うん、なんかいい気分の日」

「いい気分の日、すき」

「そう?私も」

 と言って、はるかは笑った。

 ガラステーブルを見ると、玉子焼きを盛りつけたはずの皿はカラになっていた。

 なんだか動物にエサを与えるみたいだったので、次はちゃんと一緒に食べようと思った。かずみもタヌキが見えたらいいのにな、とも思う。


 玉子焼きの味は春美のものと少し違った。でも、春美が作るのと似ている。

 みてくれが悪いのと、甘くておいしいのと、愛情を感じるのと。


 タヌキ達は母子の就寝時間前には姿を消して外へ出ることにしている。水入らずの時間は必要だと思っていた。街灯がまぶしく車の往来が続く夜の街を少し歩いて路地裏からひと気の少ない空き地を行くと急に開けた場所が現れ、お寺の本堂が見えた。星がまたたいている。幾万の星があるように、人の生き方も何万通りもあるのだと知った。あの親子の人生に少しでも多くの明るい光を届けることができるだろうか。夜がふける中、タヌキ達はしばらくの間、星々を眺めていた。




母子に明るさが見えてきました。魔の手から逃れるためにはるかが大胆な行動に出ます。

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