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しあわせのたぬき  作者: 月美てる猫
13/81

第三章 しあわせなたぬき ④

第一章「光と影」はタヌキ達の誕生について

第二章「たぬきと戦争」はタヌキにふりかかる困難

第三章から①、②、③、④、と小分けにして投稿しています。

④で第三章が完結します。タヌキ達が最大の試練を迎えます。



(第三章 しあわせなたぬき つづき)


 夏が過ぎてゆく。暑さに身体がついてゆけない。庭仕事も少し(つら)なってきた。

 春美は座り込んで休むことが多くなった。やがて庭仕事はタヌキ達に任せ、ベランダ近くでイスに腰掛け、タヌキ達の作業を見守るようになってきた。時々カッちゃんやぴょんが春美の様子を見にきてくれている。

 今年もサクラが実をつけた。実をカラスが食べにくる。地面に落ちたものはぴょんが拾い、どこかへ運んでくれる。

 プランターに植えたサクラの種は全てが芽を出してくれた。タヌキ達のチカラが作用しているのだろうか。すくすくと育っている。それをどこかへ植え替えるということをしなくてはならないのだが、自分にはもうできそうにない。

 レースのカーテン越しに日差しをあびながら、ぼーっとした意識の中で義明が、

「あと少し、がんばれ」

 励ましてくれる。


 お盆には義明のところへ墓参りに行った。初盆だった。去年一緒にここへ来たのがつい昨日のように思える。タヌキ達がじっと墓を見つめる。タヌキ達にとって義明は束の間の存在だったかもしれない。自分もそうなのかな、とふと思う。

 少し無理をして車を走らせ祖母(そぼ)の眠る墓も訪ねた。手術の時は夢の中で自分の幸せを祝福してくれたがいまはどうだろうか。春美には祖母の声も両親の声も聞こえない。


 もう虫の声が聞こえる。トンボが飛んでいる。命のはかなさを感じる。来年の今はもう自分には来ない。

 墓地から出て叔母(おば)の家へ寄った。病気のことを打ち明け家のことをお願いした。

「そんなに悪くなっていたなんて」

 叔母は困惑し、「あれはどうするの、それはどうしたらいいの」といろいろと質問を投げてはため息をついていた。

 

 夏が過ぎて秋になった。医者からは入院を勧められ

「もう少し、もう少し」

 と断り続けているが、少し限界が見えてきた気がする。叔母が週に1日程度、家へ見舞いにくるようになった。

 タヌキも気になるがネコも気になる。男の子のリーフィーは鯛ちゃんのゲージから分け、居間で放し飼いにしていた。やんちゃ盛りでいろいろなところで粗相をする。タヌキ達の気配を感じるらしく、闇雲(やみくも)に追い回すこともある。ソファで爪とぎをしたり、うんこをしたりで、タヌキが「シーシー」言う。

 ネコは手放すほかなかった。ネコ譲りますのポスターを近くのスーパーの掲示板などに貼りだしてもらった。2、3問い合わせもあったが、去勢をしていないことから引き取り手はなかなかみつからない。去勢をするつもりは春美にはなかった。

 リーフィも鯛も何か感じているのか、タヌキ以上に春美にすりよってくる。リーフィは春美の膝の上が気に入り、タヌキ達が庭仕事をしている間など、春美の膝の上で過ごす。たまにリーフィーと鯛を入替え鯛をゲージから出して居間を歩かせるが、春美にすりよってきては膝で寝る。

 叔母が、

「保護団体に預けたら」とか、「去勢して外へ逃がしたら」、

 などと言う。叔母は動物をあまり好まないらしく、あとの始末のことを考えているのかもしれない。叔母に迷惑をかけたくないが、春美はよい引き取り手が見つかるまで、ぎりぎりまで待つつもりでいた。全くあてがないわけではなかった。自分の想像が正しければ、であるが。

 

 少し体調がよい日が続いた。新しく処方された薬が効いているようだ。タヌキ達を連れてキャンプに行こうと考えた。新婚当時、一度だけ使ったテントが物置にある。バーベキューのセットも1、2度しか使っていない。

 食材なども車に積み込み、洞爺(とうや)湖畔のキャンプ場へ向かう。タヌキ達は春美の体調を気にしながらも、初めてのキャンプにワクワクしているようだ。


 札幌市内を抜けて、定山渓温泉を通り、中山峠を過ぎて、正面に蝦夷富士と呼ばれる羊蹄山を見る。山々は紅葉(こうよう)が始まりうっそうとした森林にぽつぼつと赤く染まったモミジやサクラの葉が見える。更に上がり下がりの山道を進むと、

「ん、あれは?」

 義明が見たという「ドーム」だろうか。車を路肩に停めてハザードランプを点滅させ、細い道を分け入ろうかとすると、後ろからついてきたタヌキ達が立ち止まって動かない。

「だだだだだ、たぬうき」行かないほうがいい、

 そうエゾtが言う。

 何か感じるものがあるのだろう、エゾtに従うことにした。一度ドームのほうを振り返りながら、運転席に座りドアを閉め、車を走らせる。

「ねえ、エゾt何か見えたの?」

 そう聞くと、

「だだだだだたぬうきたぬうき」オオイタドリが行かない方がいいと言った、

 という。

「たぬりんたぬりんたぬりんたぬりん」魔物が出るかもしれないし、中はまだ汚染されている、と、教えてくれたと言う。

 オオイタドリのような雑草と、タヌキ達が会話をできるようになったのか、と、感心するのと同時に、あのエリアに潜むもの、得体の知れないものへの恐ろしさを感じた。義明はあの中からあの石を取り出してきた。そしてこの天使のようなタヌキ達が現れた。雑草や木々で囲まれたあの中にはいったい何があるのだろうか。

 そう思うが、今日あのドームは旅の行程計画には入っていない。気を取り直して目指すキャンプ場へ向かう。


 途中見かけた商店に立ち寄るとキャンプ用品や土産物が並んでいた。不足しそうな飲み水や着火剤を求めていると、悪タヌキが春美に「わるわるわる」これも買って、と、オモチャの刀を指した。役に立つかどうかわからないが、見た目、女のひとりキャンプである。悪タヌキの気持ちを()んで、

「これもひとつ」と購入した。

 プラスチックの刀と着火剤等を車に詰め込み、再び目的地を目指す。


 洞爺湖が見えるとタヌキ達が歓声を上げた。国道から見下ろしていた絵葉書のような湖が少しずつ近づき、さざなみが立つ湖面がすぐ手の届きそうなところに見えると、

「わるわるわるわる」大きな池だな、

 と悪タヌキは言うが、「ぽんぽんぽこ」「えぞりんえぞりん」わーキレイ、と、みながまた歓声を上げた。


 シーズンオフであり、キャンプ場は係員さんもいないが無料で借りることができた。きちんと後始末をすることを約束し、湖面も湖の中央に浮かぶ中島も見える場所を選んだ。早速テーブルやバーベキューのセットを出し、春美は調理を始めた。体調は決してよくはなかったが、みんながはしゃぎまわり、木にぶらさがり、楽しそうにしているのを見ると、病気を忘れさせてくれる。

 お肉などを焼き、澄んだ湖畔の空気と一緒に口に入れる。みな嬉しそうだ。悪タヌキが焼いている肉のひとつひとつにつばをつけようとするのをエゾリンが叱る。悪タヌキが悪びれるが、エゾリンが悪タヌキに、焼けた肉をいちいち皿にとって与える。野菜もちゃんと食べないと、と悪タヌキの皿に玉ねぎやピーマンを入れる。

「わるわるわるわるわる」えーっ、もういいよ、降参だ、

 そう言ってみんなを笑わせる。

「たぬたぬたぬたぬたぬ」春美、食欲ないの?

「ぽんぽんぽこぽんぽん」春美、大丈夫?

 ときどきそれぞれが心配そうに春美の顔を見るが、春美は

「うん平気平気、どんどん食べようね」

 と、いつも笑って元気に見せていた。

 

「だだだたぬうき」「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」「ぽんぽんぽこぽん」

「たぬたぬたぬたぬ」ごちそうさまでした、

 と、唱和し、それぞれ跡片づけをすると、タヌキ達はそこら中で遊びまわる。

 虫を観察したり、湖に石をぽちゃんと投げたり、木の木端を浮かべたり、めいめいで楽しんでいる。


 春美はデッキチェアに坐り、それぞれの様子をぼーっと見ている。太陽の光がキラキラと湖面を照らし、ふとその中から義明がこちらを見ているような錯覚を覚える。

「ここに義明がいたら」

 ふと思う。


「みーんみんみんみんみーん」「みーんみんみんみんみーん」

「ふふ、エゾt、いまはもう秋だからセミは鳴かないよ」

 エゾtが木に登りセミの鳴きまねをしていた。タヌキ達は虫や動物や少年少女合唱隊のマネをするが、そのときには「ダダ語」や「ポンポコ語」ではない正確な音を発する。


「おいで、エゾt」

 春美はエゾtを呼ぶ。エゾtはデッキチェアの春美のそばによると、

「おいで」

 膝の上に乗るように促し、膝に乗ったエゾtをぎゅっと抱きしめた。何が始まったのかと他のタヌキ達が注目する。エゾtはうっとりとした顔をしている。このごろ春美はネコを抱っこすることが多く、タヌキ達は抱っこやひざまくらの機会が減っていた。エゾtをひとしきり抱きしめたあと、少し身体を離し、

「ねえ、ママって呼んで」

 タヌキ達が顔を見合わせる。エゾtは少し戸惑いながら、

「だだ」

「ママ」

「だだ」

「マぁマ」

「だぁだ」

 エゾtとしては一生懸命ママと言おうとしているのだが。春美はもう一度ぎゅっとエゾtを抱きしめ、

「ダダしか言わないキミはとてもかわいいよ」と、言い、

「あなたがリーダーよ。進むべき道はあなたが決めるの。迷ったときは・・・」

 エゾtの目を正面から見て、

「自分を信じなさい」

 ねっ、という顔をしてもう一度抱きしめ、エゾtを地面に降ろす。エゾtは春美を見上げ、うん、とうなずいた。


「おいで、エゾリン」

 エゾリンを呼び寄せる。エゾリンも膝の上に乗るよう促し、そしてぎゅっと抱きしめた。抱きしめながら、

「あなたには、とても重たいものを背負わせてしまったわ。ごめんね」

 春美の鼻とエゾリンの鼻をつき合わせて、

「でもあなたの優しさは必ずみんなのチカラになる。みんなのチカラがあなたのパワーになる。あなたはどんなときも負けない。誰よりも強い子なの。泣きたいときは泣いてもいいよ。でも泣いたあとは目をしっかり開けるのよ」

 そう言って、もう一度エゾリンを抱きしめ、地面に降ろす。エゾリンは春美を見て、うん、とうなずいた。


「おいで、タヌリン」

 湖畔は風もなく静か。シーズンオフの平日で誰もいない。ときどき聞こえるのはささやくような風とさざなみ。

 タヌリンを両手て抱きかかえ膝の上に乗せると、ぎゅっと抱きしめた。

「あなたはとても強いものを持っているわ。どんな逆境でも跳ね返せる。その力で愛する人を守りぬくの。その人が幸せになって、またその人が他の誰かを幸せにできるように助けてあげてね」

 もう一度タヌリンを抱きしめ、タヌリンの顔をみつめ、地面に降ろすと、手をつないだエゾリン、タヌリンに、

「悪い子を見ても許してあげてね。あなたとエゾリンで悪い子も良い子にしてあげるの。二人で支え合いながらね。手をつないでいてね」

 エゾリンとタヌリンがおおきくうなずく。


「おいで、ポンちゃん」

 ポンを抱き抱え、膝の上に乗せる。ポンの方からぎゅっと抱きしめてきた。

「ポン、夢見るパワーも強いわ。そのパワーでみんなを幸せな気持ちにさせるの。悪い子から攻撃されても、その子にも夢を見させてあげてね」

 そう言ってポンの顔を見つめ、

「すごいポン出してね」

「ぽんぽんぽこぽん」すごいポン?

「そう、ポンちゃんにしか出せないすごいポンよ」

 そう言ってポンをぎゅっと抱きしめ、地面に降ろし、

「でも、すごいポンで悪者をこらしめるときは、人に断ってからだよ。モノを壊したり傷つけたりするかもしれないから気を付けて出してね」

 ポンがうんうんとうなずく。


「おいで、タヌタヌ」

 待っていたタヌタヌを呼び寄せ、抱き上げるとぎゅっと抱きしめた。

「タヌタヌ」

 身体から少し離して顔を見つめ、

「空を飛んでもいいよ」

 タヌタヌは、「えっ、いいの」という顔をしている。

「あなたの飛ぶ姿をみてみんなが元気になる。あなたの勇気がみんなに力をあたえるわ。ねえ・・・」

 春美はそう言って、タヌタヌの肩をギュっと抱き、目をみつめ、

「龍みたいに飛んでね」

 そう言ってまたタヌタヌを抱きしめ、地面に降ろし、見つめると。

 タヌタヌは、うん、とうなずいた。


 春美の一言一言をまわりでタヌキ達が感慨深く聞いている。

 

「ワルちゃん」

 悪タヌキはこない。どうもこういうのは苦手なようだ。春美は悪タヌキをあまり抱いたことがない。だが悪タヌキは,

本当は春美や義明からもっと抱いたり頭をなでで欲しかった。太い木の陰に隠れ、行こうかどうしようか、迷っていると、エゾリンがしっぽをひっぱり、行きなさいと促す。

「わるわるわるわる」しょうがないなあ、

 と言い、春美のほうへ走って行って膝にぴょんと飛び乗る。すかさず春美は抱きしめ、

「ワルちゃん、みんなをよろしくね」

 しばらく無言でだきしめる。悪タヌキは目をつぶって応えているようだった。

 身体から悪タヌキを離すと、悪タヌキは自分から飛び降りて、あっかんべーをして走って行った。

 

「ワルちゃん・・・」

 春美はため息をついた。悪タヌキにはみんなをよろしくお願いしたかった。悪タヌキには「悪タヌキの役目」は酷だっただろうと思う。春美は悪タヌキが一番大人で、一番しっかりしているように思っていた。だが、生まれついての役回りから、よろしくお願いされるようなガラでもないのかもしれない。

 悪タヌキには春美が思っていることがよくわかっていた。太い木の陰に隠れながら悪タヌキはすすり泣いた。すすり泣きながらも5匹を陰ながら守る決意は固まっていたのだ。


 悪タヌキが走っていくのを見、それぞれのタヌキ達の顔を見て、うんうん、とうなずく。タヌキ達も、うんうん、とうなずく。春美はそろそろ夕ご飯の準備をしようかとデッキチェアから立ち上がる。めまいがして、春美はタヌキ達の足元に倒れた。

 風が吹いた。

 鳥の声も聞こえない、さざなみの音も聞こえない。

 湖は西日を受けてキラキラと輝いている。

 落ち葉が舞った。

 タヌキ達の鳴き声を聞く者が誰かいただろうか。

 湖畔の景色は少しも変わらず、タヌキ達のまわりだけ、悲しみに包まれた。


 キャンプ場の係員さんが巡廻に来て、春美の異変に気が付いてくれた。救急車が手配され、春美はタンカに乗せられ、タヌキ達も救急車の中にもぐりこんだ。春美は意識があり、

「車はレッカーしてもいいですか」というキャンプ場の係員さんにうなずいた。

 春美は入院することになった。自宅での療養はもはや困難であった。


 集中治療室で春美は目を覚ました。夢を見ていた。とても素敵な夢だった。


 集中治療室から一般の病室へ移る。以前入院した病院で、以前と同じ部屋で、同じ廊下側のベットだった。向かいにおばあさんはいない。

 タヌキ達は夜も昼もつきっきりで春美のそばにいた。

 叔母が来て、何かにサインをし、「週に一度は顔を出すからね」と言って帰っていった。


 点滴のくだを左腕に常に刺している。もう自由に歩くこともできない。もちろん病院を抜け出して家に帰ることもできない。ネコのエサはタヌキ達に任せることにした。なかなか大変そうではあるが、

「たぬりんたぬりんたぬりんたぬりん」今日はエゾリンがおとりになって僕があげたんだよ。

「ぽんぽんぽんぽこぽんぽこぽんぽん」うーーーって威嚇されたけど、あげたらエサ食べた。

「だだだだだ、たぬうきたぬうき」トイレの砂を取り換えたら舐められた

 タヌキ達がおもしろおかしく報告してくれる。

「ん、待って、エゾt、ネコに舐められたの?」

 それに、威嚇をされたというポンの報告もあり、どうやらネコ達はタヌキが見えるようになり、また、お互いに触れることができるようになったようだ。

 わんこちゃんによればチカラのある精霊はどんな生き物にもモノにも触れることもできるし、透明人間のようにすり抜けることもたやすい、ということだ。どんな状況にも対応できるようになるために、タヌキ達のパワーアップは、やはり必要なのだ。パワーアップの道筋は義明が作っていた。カッちゃんが水先案内をしてくれる。

 ネコは里親を探さなくてはならなかった。叔母はどうやらネコ嫌いだ。タヌキ達には限界がある。エサをペットショップに買いに行かせるわけにいかない。

「白月界・・・」

 その考えが正しければ、ネコを世話してくれそうな人はいる。理想的な人が。タヌキ達の味方にもなってくれるかもしれない。その居場所は自分の死後にできるはず。だが想像通りうまくいくかどうか。


「だだだだだ、たぬうき」外でわんこちゃんが鳴いている。

「え、エゾt、本当?何かあったのか、聞いてきて」

 エゾtとポンが走って出ていく。間もなく帰ってくると、

「だだだだだだたぬうき」女の子が病院に入ったって言っている。

「エゾt、ポン、みんな、その女の子を探してきて、どこにいるか教えて」

 春美は起き上がろうとするが、めまいがする。まだ点滴が続いている。

 

 しばらくして、ポンが戻ってきた。そして、病室の外、廊下をカラカラと運ばれるストレッチャーにつきそう母子を見た。

「あの子・・・」


 わからない。あの夢の中の子だろうか。ドライブインの子であれば、小犬を飼っていたがどうか聞けばわかる。だが、あの子の周囲にいる人達のことを探ってからでなければ。


「ポン、あのね」

 ポンにその女の子の様子を見に行ってほしいと頼んだ。ポンは女の子のいる病室に行き戻ってくる。ポンの話では、父親が入退院を繰り返しているらしく、病状があまりよくないようだ。女の子の顔を見たが、以前に会ったことがある子かどうか判断できないようだ。病室はすぐ隣の病室だった。

 他のタヌキ達が戻ってきては、かわるがわる隣の様子を見る。それぞれ、会ったことがあるようなないような、という微妙な見方である。ただ、タヌリンがこんなことを言った。

「たぬりんたぬりんたぬりんたぬりんたぬりんりんたぬりん」患者の父親が自分の姿に気が付いたと思う。母親ももしかしたら、そういう目を持っているかもしれない。ただ母親が・・・、

「お母さんが何か?」

 タヌリンが言いにくそうだった。

「タヌリン、聞かせて」

「たぬりんたぬりんたぬりんたぬりんりん」いま母親は心が病んでいる。春美に似た人かもしれない。という。

「そうか・・・」

 犬を飼っていたかどうかを探ることはやめにした。知ったところで「あのとき主人が助けた犬の飼い主さんですね?」そんな会話を、向こうの母親としても仕方ない。

 病気は魔物だ。母親が心を病む気持ちがわかる。自分の場合は(いや)してくれた義明やタヌキ達、わんこちゃん、くまちゃん、リスリン、リスタン、スズリン、スズタン、みんながいてくれて救われた。その母親のことを思うといたたまれない。

 そして更にタヌリンが気になることを言う。

「父親に黒い影が見える」

 ポンを残して4匹が隣室の様子を見に行った。

 ポンがつぶやいた。



「ぽんぽんぽこ」春美、あのね、

「なあにポンちゃん」

「ぽんぽんぽこぽん」あの子がかわいそうだ

 じっとポンを見つめる。もう春美に迷いはなかった。


 


「そうだね、ポン、あの子を幸せにしたいね」

 



 エゾt、エゾリン、タヌリン、タヌタヌが隣から帰ってきた。母親が病室を出るという。

 春美の病室から母親が見えた。母親が隣の病室の方を向いて父親につきそっているのだろう、その女の子を呼んだ。

 

「かずみ、おいで」

 

 女の子が見えた。泣いていたようだ。

「もう、病院が閉まる時間だから、ね、また明日来ようね」

「うん」


 女の子の名前は「かずみ」と言った。まだ3~4歳くらいだろうか。母親の声は優しかった。ただ、タヌキ達の目には母親にも黒い影が映っていた。

 わんこちゃんが、良くない人間が女の子の近くにいると言っていたが、魔物が取りつこうとしている、ということなのかもしれない。でも、


 春美はふっと力が抜けた気がした。安堵感を覚えた。


「私の役目はここまでだ。あとはタヌキ達がなんとかしてくれる、きっと・・・」


(ここに運ばれてきたとき素敵な夢を見たの。またみんなで一緒に暮らす夢。緑の丘の上でお祝いするんだ。ねえ、みんな、また、義明、私、エゾt、エゾリン、タヌリン、ポン、タヌタヌ、ワルちゃんも、一緒に暮らせるようになったらね、みんなで丘の上に立ってあたり一面いっぱいにお花畑を広げて、ひばりを飛ばしてほしいの。ねえ、みんな、できる?)


 翌日、春美は眠るように息をひきとった。



 葬儀は簡素に行われた、喪主の席には叔母がつき、隣の席には親族が並んだ。タヌキ達が座る席はなかった。叔母はお骨を直葬すると言い、火葬場から骨壺を自宅には戻さず、葬儀会場から墓地へ持ち込み、その日のうちに埋葬した。

 

 病院では春美の臨終に際し、タヌキ達はずっと泣いていた。看護婦が春美の異変に気が付き、春美は集中治療室へ運ばれ、医師が蘇生を試みる。計器の数値がゼロになり、目にライトをあてる。その行程のひとつひとつを見ながら絶望の心を重ねていった。病院から葬儀会場へ運ばれる。白装束を着せられる。葬儀が始まる。

 参列者が去り、叔母も帰宅をし、棺に眠る春美のそばをタヌキ達は離れずに泣き続けた。

 翌日、棺に花が投じられ釘が打たれる。ポンが春美が好きだったディジーの花を入れたいと言って泣いていたがかなわなかった。タヌキ達の姿が見える者は誰もいなかった。棺が運ばれ火葬場に入る。棺が炉に入る。棺について行こうとしたタヌタヌをエゾtが引き戻し、タヌタヌもエゾtも泣いた。5匹が炉の前で泣き続けた。 

 お骨を叔母が拾い骨壺におさめる。そして、春美は義明の眠る墓へ埋葬された。


 もう春美に会えない。


 タヌキ達は墓から離れず、ずっと立ちすくんでいた。雪が舞ってきた。雪がタヌキ達の頭に、肩に降り積もっていく。朝がきて夜がきてまた朝がきて、ずっとタヌキ達は墓から動かなかった。遠くに街のあかりが見える。空に星がまたたく。太陽が通りすぎる。青空になり曇り空になり、鳥が飛び、風が吹き、吹雪になり、それでもタヌキ達はその場から動かなかった。カモメのカッちゃんや、いぬのわんこちゃんも墓地には来ていた。だが、タヌキ達からは見えなかった。カッちゃんやわんこちゃん、ハヤブサのぴょんからもタヌキ達が見えなかった。

 季節は真冬となり、どんどんと、雪が降り積もる。ついにはタヌキ達を覆い隠した。

 立春が過ぎた。少しずつ雪解けが進む。タヌキ達の頭、肩、と、姿を現し始めるが、

身体は色を失い、透き通り、消えかけていた。



 春がきた。ひばりが高く空へ飛んでいる。

 向こうから誰かがくる。懐かしい誰か。あれは誰だったか。


「春美、来たよ。私、佑香。わかる?」

 春美の親友、佑香だった。佑香にはタヌキ達の姿は見えないようだ。佑香は墓の前に立ち、見えないタヌキ達の前で、

「春美、手紙を読むよ」

 そう言って手に持っていた封筒から便箋(びんせん)を出し、広げて読み上げた。

「春美より、タヌキ達へ」

 消えかけたタヌキ達が少し反応して佑香の手元を見つめる。封筒や便箋の文字は春美のものだった。


「春美より、タヌキ達へ みんな、みんなとお別れになってしまって、ごめんなさい。あなたたちと過ごした日々はとても幸せでした。ほんとうにありがとう。私も義明もお骨になってしまったけれど、でも、いつもあなたたちを見守っています。だから、あなたたちは生きてください。義明や私を幸せにしてくれたように、大切な人を見つけて、その人を幸せにしてあげてください。エゾt、エゾリン、タヌリン、ポン、タヌタヌ、ワルちゃん、ありがとう。いつまでも元気でいてね。大王の心からの願いです」

 

 佑香は読み上げて便箋をお墓の方へ向けて見せた。懐かしい、生きていたころの春美がそこにいた。

「春美、私はいま幸せだよ。だからもう私にはタヌキ達の姿は見えないの。メッセージがタヌキ達の耳に届いていると、いいんだけれど」


 佑香は「春美、さよなら」と言い、お墓をあとにして向こうへ歩いていく。誰か連れの人を待たせていたようだ。佑香は立ち止まりすこし振り向くが、連れの男からせかされているのか、小走りに駆けより、二人車に乗って去っていった。



 手紙は春美が死を前にして佑香にあてて届けたものだった。佑香に「これをひばりが空に登る頃にお墓の前で読み上げてほしい」と。


 消えかけて透き通っているタヌリンが口を開いた。

「たぬりんたぬりんたぬりん」もう僕達のことがわかる人はいないんだね。


 タヌタヌが

「たぬたぬたぬたぬたぬたぬたぬ」手紙は昔のものだった。もう僕らは春美と会話もできないんだね。


 エゾtが口を開いた。

「だだだだだだ」生きるんだ。


「ぽんぽんぽこぽこ」このまま消えてしまえば春美に会え・・・

 エゾtがポンの言葉をさえぎった。


「だだだだだだ」生きるんだ!


「えぞりんえぞりんえぞりん」春美や義明様にはもう会え・・・


「だだだだだだだだ」生きるんだーーー!!!


 エゾtの大声でみなハッと目覚めたように身震いし、身体に色を持った。エゾtは墓から降りて、

「だだだ、たぬうき」さあ、行こう

 そう言って歩き出した。皆がついて行く。


 墓地のある丘陵地帯を下り、石狩川にかかる大橋を渡って、義明、春美と暮らした家を目指す。


 家の前に立って茫然とする。ショベルカーが家を壊している。叔母が土地と建物を明け渡したのだろうか。家の前で立ちすくみ、5匹の身体が透き通り始めるが、エゾtが身震いし、

「だあだだだ」さあ、行こう! 

 皆を励ます。5匹の身体に色が戻り、また歩き出す。


「えぞりんえぞりんえぞりん」ねえ、えぞt、どこへ行くの。

 エゾtには行くあてはなかった。もう義明様も春美もいない。お墓の中だ。だからどこへ行っても義明様と春美に会えるわけでなく、ただ、なんとなく義明様と春美の面影を追うと、自宅前か、病院前に着くことになる。


 病院前に着いた。ここで義明様と春美を懐かしんでも仕方がないのだが、義明様と春美を懐かしみ、つい、病院の建物をぐるぐるとまわる。

 エゾt、エゾリン、タヌリン、ポン、タヌタヌが一列に並んで歩いていたが、ふとポンが足を止めた。


「ぽんぽこぽん」あの子だ。


 春美が入院中に気にしていたあの子がいた。病院の入口と反対側、建物の裏側の敷地は芝生が敷き詰められ公園のようになっていて、病院の建物に沿って遊歩道が敷かれているが、そこをひとりで歩いている。

 ポンとタヌタヌが立ち止まってその子の方を見ていると、タヌタヌが異変に気が付いた。奇妙なかっこうをしたタヌキらしき者が病院の窓から花瓶を持っている。

「たぬたぬ」まさか、

 女の子がその窓の真下にさしかかった。

「ワンワンワンワンワン」

 女の子の前から歩いてきた散歩中の犬が女の子の方を向いて吠えた。すると、女の子は止まり、花瓶が女の子の目の前に落ちてきて目の前で

パリん、と割れた。

 散歩中の犬の飼い主が「どうしたんだ」と犬を諌める。

 そのまま女の子が歩いていたら頭に花瓶が直撃したかもしれない。犬に吠えるようけしかけたのは先に歩いていたエゾt、エゾリン、タヌリンだった。

 女の子はきょとんとした顔で立ち止まったまま。そこへ後ろの方から、

「かずみ、どこ行ってたの、さあ行くよ」

 あの母親が女の子と遊歩道に割れた花瓶を見て、

「上から落ちてきたの?」そう言い落ちてきたであろう窓を見て、

「さあ、行くよ、急いで」そう言って女の子を連れてその場を離れて行く。


 窓の「変なタヌキ」はしばらく窓からタヌキ達を見ていたが、ふっ、と地上に降りてきたかと思うと、背中に背負っていた刀を抜いて、エゾt、タヌリン、エゾリンに襲い掛かってきた。

 あたりに散歩中の人間はいるが、タヌキ達の姿は見えない。すぐに3匹は木の枝とうんちを構え、「シーシーシー」威嚇をするが、ほぼ効果がないようだ。ポンとタヌタヌが駆け寄り、5匹で「シーシーシー」威嚇する。

 変なタヌキは2本足で身体は人間、忍者のような紫の装束姿で顔は目のまわりにタヌキ同様の模様があるもののタヌキというよりキツネに近い顔だちをしている。 

 変タヌキはタヌリンに狙いを定めたのか、タヌリンに向かって走り、

「シャーっ」

 と、刀を振りかざす。タヌリンはよけきれず、腹のあたりを切られた。タヌリンは片膝をつき腹をおさえた。腹をおさえた前足に血がしたたる。エゾt、エゾリンが噛みつくのをふりほどきながら飛びあがり、タヌリンにもう一撃を入れようか、というとき、

シュン、シュン、シュン、

 何かが飛んできて変タヌキに当たり、空中でバランスを崩して地面で転がった。

 タヌリンの向こうからパチンコを構えエゾリスがどんぐり弾をはじいている。リスリンとリスタンだった。

シュン、シュン、シュン、

 どんぐり弾はそれなりに威力があるようだ。変タヌキは飛んでくる弾を刀で払いながら少しずつ間合いを詰めてくる。

 リスリンが弾を装填(そうてん)する間に、

たたたたた、

 変タヌキがリスリンに向かって刀を振りかざしてきた。


カキーン、


 突如、もう一匹、変タヌキが現れた。全く同じ顔、同じスタイルで、刀を合わせ相手の目を見つめ合い、パッとそれぞれ後ろに飛ぶと、しばらくの間刀をかまえて動かない。

 そのうち一匹が素早く後ろを向き走って行く。走り去りながら姿を透き通らせ、やがて消えた。もう一匹の変タヌキは5匹のタヌキを一匹一匹見つめ、やがて、

すうっ、と姿を消した。


「大丈夫ですか!」

 リスリンとリスタン、タヌキ達がタヌリンへ駆け寄る。タヌリンには意識があるが、痛そうにしている。腹から血が流れ出ている。

「お寺で手当てを!」リスリン、リスタンが促し、エゾtがタヌリンをおんぶしてリスのあとについていく。


 しばらく歩くと開けた場所に出て、あのお寺が出てきた。

「どうした」

 和尚さんが本堂から出てきた。義明様が亡くなってから姿が見えなくなったお寺と和尚とリスがタヌキ達の前に姿を現したのだ。

 和尚はタヌリンを本堂の床に寝かせ、腹の様子を見る。

「誰でもよい、手を貸せ。よしポン、傷を治すのだ」

 タヌリンの一番近くにいたポンがタヌリンの前にしゃがむ。タヌリンは苦しそうにしている。

「手の平を傷のあたりにかざして傷が治るようまじないをするのだ」

 ポンが手をかざし、「ぽんぽん」治れ、そう念じるが、和尚が、

「違う、傷を治すときのまじないを知らんのか」

 ポンが首をかしげると、

「痛いの痛いの飛んで行け、であろう。心をこめてだぞ」

 へーそうなの、という顔をタヌキやリスがしている。ポンは言われるがまま、

「ぽんぽんぽこぽんぽこぽんぽん」

 と唱えると、手から白い光が出てタヌリンの傷は癒された。

「できたではないか。いいぞポン、他の者もよく覚えておけ」

 タヌリンはまだ腹を押さえて痛そうにしている。和尚がタヌリンの腹に触れて、

「大丈夫だ、すぐよくなる」

 そういう和尚の手、穏やかな顔、どこか懐かしいとタヌリンは感じた。以前の和尚とは少し違う。


「たぬたぬたぬたぬたぬたぬ」僕達もケガをしたり死にそうになったりするの?

 そんな質問をタヌタヌがすると、和尚は、

「ああ、もちろんだ。戦いの場合は相手がその気であればだ。タヌリンの傷を見ると、タヌリンの存在そのものを消そうとした悪気を感じる。お前達は不死身ではない。傷を負うこともあれば命を落とすこともある。相手は魔物か?」


 タヌキ達はその時の様子を詳しく語った。その女の子のことも。


「そうか・・・」和尚はしばらく宙を見つめた。そして、タヌキ達に

「お前達は今日からその子にぴったり寄り添い守るのだ。その子にとってその者は魔物に近い、悪気の高い精霊だ。精霊には精霊。そやつは人間の目に見えない。だからお前達のような者が守ってやらなくてはならない」

 本能的に人助けは(こば)めない。ましてあの子である。

 リスリンが

「でも和尚様、攻撃をしかけてきたタヌキは武器を持っていました。タヌキ達には身を守るものがうんちと木の棒しかありません」

 タヌキ達はいざとなれば姿を消して隠れることができる。ただ、女の子が危険にされされたときには戦わなくてはならない。

「もっともだ。それではハヤブサを一羽つけよう。それと武器だが、木の枝とうんちはお前達の意識で出てくるものであって、その気になれば刀にも弓矢にも変えることができる。だが相手を傷つける武器を持つことは義明様や大王様の本意ではないだろう」

 和尚が義明様と春美の名前を口にした。和尚様は戦いを好まない義明様や春美のことをよく理解しているのだと、タヌキ達は思った。

「さきほどの癒しのチカラを傷ではなく相手の戦意に向けるのだ。ある程度は相手の攻撃を止めることができる(たて)となる」

「僕も一緒に行かせてください」

 振り向くといつのまにかわんこちゃんがいる。

「だだだだたぬうき」「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」「ぽんぽんぽこぽん」「たぬたぬたぬたぬ」あ、わんこちゃんだ。

 タヌキ達が一斉に叫んだ。

「タヌキさん達、元気そうで安心しました。しばらくはこの近辺に滞在します。くまちゃんも近くにいます。僕がその子のニオイをたどって見つけます。すぐにでもあとを追いましょう」

 和尚が

「それは頼もしいな。よし、タヌキ達、ゆけ、ぴょんよ、頼むぞ」

 上空をハヤブサのぴょんが飛び回っている。わんこちゃんを先頭にタヌキ達5匹がついてゆく。少し歩き進むと背後のお寺が、すうっと消えてゆく。ふとタヌリンが振り返る。タヌリンの傷はすっかり癒えたようだ。お寺がかすんでいく中、なんとなく、義明様、春美が手を振っているように見えた。

 お寺では

「ついに始まりましたね、でも少し心配です。得体のしれない敵です」

 リスリン、リスタンがタヌキ達の後ろ姿を目で追う。

「ああ、全く想定外のことが起きている。道のりは決して楽ではない」

 リスタンが思い出したように、

「そういえばもう一匹は・・・」

 苦い表情の和尚が、

「ああ、あいつか、あいつの動きはよくわからん。何を考えているのやら」

 もともと自由に行動していた悪タヌキであったが、春美の死後も5匹とは行動を別にして時折お寺にも表れていたようだ。いまはどこでどうしているのか、普段はどこにいるのか誰にもわからない。

 タヌキ達は悪タヌキの無事を感じている。いずれ、再会できるだろうと、思っていた。少し気になっているのはネコ達のことだ。無事に誰かに引き取られただろうか。


 わんこちゃんのあとをついていくと、間もなくスーパーマーケットの前に着く。わんこちゃんは店内には入れないため、外で待機していることにして、タヌキ達はスーパーの中へ入っていく。

 食料品売場で菓子パンをかごに入れているあの親子を見た。近づいていくと、

「あら、あなた達」

 びっくりしてタヌキ達はその場で固まった。母親は、タヌキ達の姿が見えるようだ。しかもタヌキが二本足で5匹もスーパーマーケットの食料品売り場にいるというのに、その事実に対して驚きもしない。

「病院にもときどきいたよね。さっきも。病院に飼われているタヌキ?」

 返事をしないタヌキ達の横を通り、惣菜売り場の方へ進んでいく。ジロジロと、こちらを観察することもなく、買い物を優先している様子だ。

「お母さん、また誰かいたの」

 女の子が母親に尋ねる。

 いまどきの若い母親と違い春先だというのにどちらかといえば地味な服装だ。おそろいではないが、母親も女の子もズボンに無地のジャンバー姿だ。

「ううん、気のせいよ。かずみは何が食べたい?」

 惣菜(そうざい)売り場でおかずを2、3カゴに入れ、そそくさとレジへ向かう。レジを通過し買い物袋に購入した品物をつめて、出入口へ向かう。

 出入口付近でふと立ち止まり、

「ちょっと衣類コーナーも見ようかな」

 食料品売り場の横にある衣類コーナーへと向かう。タヌキ達もついて行く。ちらりとタヌキ達を見てはいるが、ほぼ、気にしていない感じだ。どこかの子供がなんとなく、同じ方向に歩いてきている、そのくらいにしか思っていないのだろうと思う。


 衣類コーナーで肌着やワゴンのお値打ち品を少し見ている。女の子は母親から離れキャラクターのついたソックスや財布などの小物をなんとなく見ている。母親は衣類コーナーでは何も求めず、

「かずみ、行くよ」

 女の子に声をかけつつ、「ちょっと休憩」と、

 衣類コーナーの横にある休憩スペースに腰をかける。休憩スペースの前が文具などを売る雑貨売り場で、女の子がそちらのほうを見に離れると、

「ねえ、どうしてついてくるの?」

 母親がタヌキ達にいまさらのように聞いてきた。どうしてついてくるの?と聞かれても何と答えてよいものかと戸惑う。円卓を出して打ち合わせをした。

 その様子を見ている母親を見て、母親と目が合い、目をそらせて打ち合わせをする。

 ねえ、そのテーブルどこから出てきたの?くらいの質問があるかと思ったが特になにも聞かれず、

「かずみ、行こう」

 そう言ってもとの食料品売り場を通り抜けて出入口を出る。わんこちゃんが親子とタヌキ達を見て、

「どうでした」と小声で聞くが、タヌキ達5匹は首をななめにして何も言わない。

 これには母親もやっと興味を持ったのか、

「犬と会話できるのね?」と、こちらを振り向いて言う。が、それのみで駐車場を通りぬけて道へ出た。おそらく自宅に徒歩で帰るのだろう。このスーパーは春美と何度か来ている。義明様や春美と暮らした家からそう近くも遠くもない。このあたりの家に住んでいるのだろうか。

 それにしても変だ。タヌキが犬と会話することは多少は気になったようだがそれまでであり、犬が日本語で話をすることや、犬とタヌキが知り合いであることも、驚きもしないし興味もない様子だ。


 5匹とわんこちゃんは親子と少し距離をとりながらあとをついていく。親子の間にはほぼ会話がない。以前、病院で受けた印象のまま、母親は少し心を病んでいるように思う。ただ、黒い影は見えない。父親はどうしているのだろうか。今日はもう病院には寄らずに家に帰るのだろうか。

 小さな公園の前にさしかかる。小休止なのかまたベンチにこしかけ、

「かずみ、ブランコがあるよ」

 そう言うと、女の子はブランコに乗ろうとするが、まだ小さいためかひとりでは乗れない様子だ。エゾリンとタヌリンが母親を気にしながら女の子に近づいて、乗せてあげようとするが手がすりぬける。女の子がブランコになんとか座ろうと試みるのにあわせてエゾリン、タヌリンが手伝おうとする。

 その様子を見ていた母親がベンチから立ち上がって背中から女の子の両脇を持ち上げてブランコに乗せ、母親はベンチに戻る。この女の子の背丈ではブランコに坐っても足がつかない。鎖につかまってブランコをこごうとするが、ブランコは動かない。

 エゾリン、タヌリンが後ろから押してあげようとするが、女の子が座ったためであろうか、エゾリンとタヌリンの手はブランコのイスにも触れることができない。

 ふと、母親は自分達のことが見えるので、母親には触ることはできるのだろうか、と、タヌタヌが母親に近寄り、膝のあたりをツンツンしてみると、

「たぬたぬたぬたぬたぬ」ねえ、母親には触れるよ

 そんなことを言う。どれどれ、とポンがツンツンすると、

「ぼんぽんぽんぽこ」本当だ触れるよ、と、みんなに言う。

 どれどれ、と、エゾtも膝のあたりをツンツンすると、

「だあだだだだたぬうき」本当だ触れね、と、母親の表情を見る。

 母親はあっけにとられている。あまり愉快そうな表情ではない。ツンツンされるがまま、少し女の子の方が気になりそちらを向く。女の子が手で握ったブランコの鎖をゆすりはじめた。落ちはしないかと、心配になったのだろう。ツンツンされているタヌキ達の手をふりはらうようにして立つと、女の子の側に立ち、

「かずみ、押すよ」

 そう言って、本来のブランコを女の子にさせた。女の子はキャーキャー言いながら喜んでいる。ブランコが前に後ろに何往復かして、母親はブランコを止め、

「まだかずみには早いよ。足が付くようにならないとね」

 そう言って女の子をブランコからおろし、

「さあ、そろそろ行くよ」

 そう言ってまた歩きだした。女の子は名残惜しそうにブランコを振り返り振り返り、母親のあとをついてゆく。


 バス停についた。丁度バスが向こうからきて、親子はバスの中に入る。バスの外からバスの中を見ていると、女の子が席につき、母親はこちらをじっと見ているようだった。


「どうしようか」とバスを見送りながらタヌキ達はため息をつく。母親から自分達の姿が見えることは驚きだった。ただ、その母親が自分達に対してあまりにも無関心であることが拍子抜けだった。少しでも驚いてくれたり興味を持ってくれると、近づき甲斐もあるのだが、必要とされない存在なのか、とふと思う。また、あの親子に対して自分達が何かしてあげるべきなのかどうか、わからなくなる。

 わんこちゃんが、

「跡を追いましょう、それほど遠くではないと思いますよ」

 という。女の子の追跡をしていて、あの病院に通っていることをつきとめ、自宅はそれほど遠くないとわんこちゃんは見ていた。


 わんこちゃんの鼻を頼りにバスに乗った親子を追跡する。4区間ほどで親子はバスを降りたようだ。わんこちゃんが、

「ここだと思います」

 病院からみて2、3キロくらいのところであろうか。マンション前に立った。オートロックのセキュリティマンションであった。わんこちゃんは外で待機することにして、タヌキ達は扉をすりぬけて中へ入って、その女の子がどこにいるのか探ることにした。


 不法侵入のようではあるが、人助けだから、とそれぞれ自分に言い聞かせる。

 タヌキ達も犬科であるから鼻は効く。くんくんくんと、女の子が居そうな部屋を探っていく。

「たぬりん」ここだよ。

 たぬりんが親子が帰宅したであろうマンションの一室を指さした。さてどうしようか。エゾtが肩車しタヌタヌがインターホンを押すことにしたが少しためらう。

 インターホンを押して母親が出てきたところで要件が何でどう話せばよいのか。

 タヌタヌが躊躇(ちゅうちょ)していると、

「何か御用?」

 通路の向こうに母親が立っていて、こちらを見ている。エゾtもタヌタヌも肩車をしてドアの方を向き、首を母親のほうに向けて、固まっている。エゾリン、タヌリン、ポンも身体をドアの方に向け、首を母親のほうに向けて固まっている。

「まあ、中へ入ったら?」

 母親がドアをあけて、5匹を中に入れてくれた。

「ちょっと管理人さんに用事があってね、子供をさきにあげていたの。バスについてきたの?」

 そういいながら母親は居間に入る。タヌキ達もついてゆく。部屋はマンションの6階にあり、窓からの眺めがよい。もう夕暮れ時であり紫がかった雲が手稲山にかかっている。

 女の子は隣の部屋にいるようだ。物音がしている。母親が帰ってきたというのに出迎えにこないのか。タヌキ達であれば春美が帰ってきたらしっぽを振って抱き着いていく場面である。

「あなたたちのような生き物、他にもたくさんいるのかしら」

 母親はソファに腰掛け、立たせたままのタヌキに尋ねる。

「だだだ、たぬうきたぬうき」あまり見たことはないけどいると思う。

「ふうん、そうなの」

 母親はエゾtのダダ語が理解できるようだ。

「私はなんか色々見てる気がする。最初は気が変になったのかと思ったけどいまは慣れて」

 そう言って宙を見つめた。タヌキ達は直感的にこの母親が生活に疲れてなげやりになっているのだと思った。居間の隣が和室であるが、間仕切りのふすまは解放され、和室の様子が見える。祭壇が設けられ、一番上には遺骨が置かれている。おそらく女の子の父親は春美が亡くなったあと、ごく最近あの病院で亡くなったのだろう。夫が入院中に、自分達のような精霊をいくつか見ていて、おそらくは最初は気味悪く思えただろうが、いまは免疫(めんえき)ができて驚かなくなった、というより、夫の死という悲しみの中、怪奇現象などどうでもよくなった、というところだろう、と思った。


「・・・何も気にならなくなった・・・」


 涙もたくさん流したのであろう。でもいまは放心状態なのだ。本来は優しく、快活で誰からも好かれそうな人間に見える。


「でも、かずみが大好きなブランコに乗ろうとしても手を貸さなかった。他人のあなたたちが手を貸してくれたけど」

 そう言って少し視線を落としうつむいてしばらく黙っている。


 多分、女の子がブランコを好きになったのは父親が押してくれていたからだ。いつも父親が女の子を公園で遊ばせていた。大好きなブランコなのにその子が乗っても押してくれる父親はこの世にはいない。そして、その幸せな時を思い出しながらも父親のかわりに母親である自分が女の子を抱き上げてブランコに乗せることも、ブランコに乗ったその子の背中を押してあげることもしなかった。

 ブランコに乗せることなど小さなことかもしれないが、母親にとってはこれからのこと、過去の幸せだったことなどを思うとそんなこともしてあげられない自分が情けなく、落ち込むのだろう。

 タヌキ達は人の気持ちが読めるようになっていた。偉大な義明様、春美を失った悲しみがタヌキ達を大きく成長させていた。


「でも、あなたたちったら、かずみには(さわ)れないんだね」

 それはタヌキ達にとっても理由がわからなかった。幸せの隙間を埋めるタヌキと以前、春美が友達の佑香と話していたのを聞いたが、子供は幸福で母親が不幸だから、と、いうことなのだろうか?


「ぽんぽんぽんぽこぽこぽん」おばさんが見た私たちみたいなのってどんなの?

「・・・」

 ポン以外の4匹が「まずい」と思った。おばさんと言ったのは少し刺激的ではなかったのか。見た目、この母親はまだ若い。

「黒い影のような、それと、あなた達にそっくりの5匹、それと、さっきのやつ」

 あなたたちとそっくりの5匹?自分達の他に自分達のような可愛いエゾタヌキがいるのか、とそれぞれ顔を見合わせる。

「えぞりんえぞりんえぞりんえぞりん」黒い影は私達も見たことあります。

「たぬたぬたぬたぬたぬたぬ」そっくりの5匹って僕達のことではないのですか?

「うん、よく似ているけど、ちゃんと日本語を使ってたから」

「・・・」

 ちゃんと日本語を使っているつもりの5匹であったが、自分達よりも流暢(りゅうちょう)に日本語を使う5匹のタヌキがいるのか?と思う。

「だだだだだだだ、たぬうき」さっきのやつは何者なの?女の子にケガをさせるところだった。

 エゾtの質問に母親は少し顔を曇らせた。聞かれてまずいことだったのか。


 ふすまが開いて女の子が奥からこちらを見ている。

「おかあさん、また誰か来ているの?」

「ううん、独り言。かずみ、ごはんたべて、歯を磨いてお風呂に入って寝なさい」

「うん」

 母親に言われ、その子はテーブルに置いてあった、さっきのスーパーで買った惣菜や菓子パンを食べる。母親はティーパックの紅茶を入れ、暗い表情で暗くなっていく外の景色を見ながらティーカップを手にしたまま入れた紅茶を飲みもしない。

 子供は食欲がないのだろうか、パンもから揚げなどの惣菜もつまんだ程度ですぐに食卓テーブルを立つと、

「かずみ、ちゃんと片づけなさい。ごちそう様はどうしたの」

 少しイライラした表情で母親はソファに座ったまま女の子を叱った。

「ごめんなさい、ごちそう様」

 かずみは少しうつむき、食器棚から皿を取り出すと食べかけのパンや食べ残した惣菜を皿に移し、ラップに包んで冷蔵庫に入れて、洗面所の方へ向かった。


 まだ幼児にしてひとりで留守番する機会が多かったのだろうか、タヌキ達にとってラップをうまく切って一枚のままピンと包むのは高等な技術だ。食べ残しを皿に移して冷蔵庫に保存するあたり要領を得ている。

 風呂も自分で湯をだし、湯加減をみてひとりで入り、ひとりで出てきた。頭は濡れていない。シャンプーはしていないかもしれない。おそらく頭を洗うのは父親の役割だったのだろう。風呂場からごぼごぼと言う音がし、

「かずみ、またお湯の栓を抜いたの?」

 そう言い、飲んでもいない紅茶をソファの前のガラステーブルに置くと、立ち上がって風呂場に行き、

「もう、またお湯を無駄にして、どうしてわからないの」

 母親は自分のイライラを子供に向けているのかもしれない。あの子を幸せにするには母親も一緒に幸せにしなくてはならない。そうタヌキ達は思った。

 かずみは、ごめんなさい、と言い子供部屋に入っていった。部屋に入ってすすり泣いているようだ。


 こんな時、自分達はどうすればいいのだろう、何ができるのだろう。いや、自分達のものさしで干渉することは正しいことなのだろうか。少しタヌキ達は弱気になってきた。

 他の家庭に侵入して他の家庭の有様(ありさま)を見るのは初めてのことだった。自分達の住んでいたあの家の義明様や春美との生活しか知らなかったタヌキ達にとってはまるで違う世界に見えた。


「たぬたぬたぬたぬたぬたぬ」ねえ、おばさんは笑ったことあるの?

 たぬたぬが思い切ったことを言った。他の4匹が口をあんぐり開けてタヌタヌを見て、ソファに戻って冷めた紅茶を手にした母親をこわごわ見る。

「・・・」

 無視しているのか。質問が不適切だったのか。また「おばさん」と言われて怒ったのか。

 母親は冷めかけた紅茶を持ったまま立ち上がり、食卓テーブルに移ると菓子パンを食べ始めた。紅茶を少し口に含み、

「そのあたりの片づけをしなきゃ。ちらかってると思ったでしょ」

「ぽんぽんぽんぽこぽこぽんぽんぽこ」うん、ちらかってる。そこに100円落ちているし。

「たぬたぬたぬたぬたぬ」あ、ほんとうだ、よかったね。

 またポンやタヌタヌが思い切ったことを言う。エゾt、エゾリン、タヌリンがはらはらしている。

 玄関前から新聞やらチラシやらが投げっぱなしであることは見ていた。床に100円玉が落ちていたら、春美や義明様であればニコニコして喜んで拾うところだが。

「・・・」

 母親はゆっくりと立ち上がり、100円玉を拾うとパチンと音を鳴らして食卓テーブルに置く。

「笑ったことなんか・・・」

 笑ったことなんかしばらくない、と言おうとしたのだろう。そのあとタヌタヌとポンが取った行動に3匹はまた驚く。

「なんのこと?」

 ポンとタヌタヌが変顔を母親に見せている。この状況でこの会話の流れで、そんなことをしてこの母親が笑うわけはなかった。だが、このまま何もせずに冷めた空気が流れるままでは気まずくなっていくだけだ。エゾtが、エゾリンが、タヌリンがそれに続いた。

 しばらく続けた。顔が痛くなってきた。母親は無表情のまま立ち上がると台所へ行き、食器を片づけていたのだろうか、パリんと音がして、皿か何かを割ったようだ。

「もう!」

 ばんばん、といら立ちながらシンクのステンレスを手の平で叩く音がする。台所に八つ当たりしているのだろう。割れた食器を片づけるためか、ゴミ袋を探すがなかなかみつからないようだ。パタンパタンと台所の扉や引出を神経質にあけしめする音がする。

 こちらの方へゴミ袋を探しにきた。タヌキ達はまだ変顔をしているが、気にもとめない。こちらの方にゴミ袋がないとわかると、また台所の方へもどり、神経質に探している。


 タヌキ達は変顔をやめた。顔がしびれている。


(だだだだだだだ、たぬうき) だめだ、とてもこの人達を幸せになんかできそうにない。


 エゾtだけではない、全匹がそう思った。もう逃げよう、そう思い、窓の方を向いて、

 タヌキ達の目に涙がいっぱい浮かんだ。



 義明様!春美!!



(にいいいいん) 変顔をしながら義明様、春美が、6階の窓の外からこちらを見ている。

・・・身体が透き通っている。


(「だだだだたぬうき」「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」「ぽんぽんぽこぽん」「たぬたぬたぬたぬたぬ」義明様、春美・・・)


 義明様と春美が応援してくれている。がんばれ、と言っている。タヌキ達は目にいっぱい涙を浮かべながら、必死に泣くのをこらえた。



 タヌキ達が変顔をやめて窓を見ている様子を母親は見ていた。母親の目には義明や春美は見えてはいない。ただ、タヌキ達の変顔と変顔をやめて困っているような背中を見て、少し母親の気持ちがほぐれたようだ。

 

「・・・ねえ、もう終わり、変な顔?」

 

 タヌキ達は涙をけんめいにぬぐい、振り向くと思い切り変顔をして見せた。


 初対面なのに、この自分に気を(つか)って変な顔を一生懸命やってくれる、そう思うと嬉しくなり、また、タヌキ達の必至な姿が面白かった。

「くっくっくっく」

 母親が笑った。

 どおれ、と、母親がタヌキ達に変顔をして見せた。母親の目に少し涙が浮かんでいる。嬉しいのか、悲しいのか。タヌキ達の目にも涙が浮かんだ。嬉しいのか、悲しいのか。

 母親にまけじと更に変顔を続ける。タヌキに負けじと母親が変顔をする。

 タヌキ達が声をあげて笑った。母親も笑った。


 ポンが振り向いて窓に近づいた。エゾt、エゾリン、タヌリン、ポン、タヌタヌも窓に張りつくように近づいて、義明、春美を見た。変顔をやめた穏やかな顔の義明と春美が少しずつ、空の中に遠ざかり、消えていった。

 エゾtが、エゾリンが、タヌリンが、ポンが、タヌタヌが、義明様に、春美に、心の中で

「だだだだだ、えぞりんえぞりん、たぬりんたぬりん、ぽんぽんぽこぽん、たぬたぬたぬたぬ」ありがとう、と別れの言葉を告げた。

 

 母親が窓の方を見るタヌキ達に「どうしたの?」と聞く。

「ぽんぽんぽこぽんぽんぽこ」パパとママがお別れに来た、と涙を目にいっぱい浮かべた。


 しばらく1人と5匹で窓の外をみつめた。街の灯りよりも、室内の灯りを映すガラスに映る1人と5匹の方が鮮明に見える。しばらくそのまま、1人と5匹が映るガラスを見つめていた。


 母親は冷めた紅茶を飲みほし、タヌキ達をソファに座らせて、

「初めまして、私は、はるか、と申します。娘はかずみ、来年は小学1年生です」

 よろしくね、と、改まった自己紹介をされた。はるかは一匹一匹の顔をじっくりと見つめ、少し「ふふっ」と笑い、


「あなたたち、おもしろいねぇ、ねえ名前はなんていうの?」

 エゾtが

「だだだだ」エゾtと言うと、母親が、

「え、海老亭?」

「だだだだ」エゾt、ともう一度言うと、

「え、え、目が点?」

「だだだだ」エゾt、ともう一度言うと、

「え、え、ウンチ?」

「シーシーシーシー」エゾtがちょっと怒って見せてシーシー言うと、

「あっはっはっは、何のポーズ、手に持っているの何?」

 

 久しぶりに明るい声で「独り言」を言う母親の様子を、かずみは灯りを消した子供部屋からふすまを少しあけて見ていた。この幼い子にも絶望感があったであろうが、ふすまのすきまから少しの明るい希望を見たであろう。


 外ではわんこちゃん、ハヤブサのぴょんがその様子を見て、聞いていた。やがて訪れるであろう困難を乗り切る挑戦が始まったということを仲間に伝える。そして仲間達みなでタヌキ達を支えるのだ。


 

  タヌキ達はそれから陰になり日向になり私達親子を

  見守ってくれます。タヌキ達にとっては想像を超え

  る厳しい戦いが待っていました。

  子育てという戦い、

  それと精霊や人間達との戦いです。


 

「見て、園芸市でいいの見つけたの、クレマチス、どこに植えようかなあ」

「えーっ、またぁ?野菜を植える場所がなくなっちゃうよ」

 北海道では5月になるとあちこちで庭仕事が始まる。落ち葉を拾ったり、野菜の苗を植えたり。

 軒下に置いてあったリンゴ箱の中からから子猫の鳴き声がした。

ニーニーニー

「あれれ、また子供つくってきたの?」

「うん、さっき見たらね、今度は6匹だよ」

「えっ、またそんなに!?最初は2匹だったのに・・・」

「ふふふ、律義者(りちぎもの)の子だくさん、ていうけどね」

 屋内で飼っていた2匹の猫はたびたび外へ脱走する。そのたびにそれぞれどこかで子供をつくり、帰ってくるたびに子猫が増える。

 

 ネコは保護されていた。春美の思い描いた通りに。



                  第三章 おわり


(第四章 たぬき達の旅立ち)

 

タヌキ達は義明、春美から離れ、新たな旅立ちのときを迎えます。

主人公かずみを幸せに導くことができるでしょうか。

次章ではタヌキ達がさまざまな精霊たちと出会いながら強く成長していきます。

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