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しあわせのたぬき  作者: 月美てる猫
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第三章 しあわせなたぬき ①

第一章ではタヌキ達がこの世に生まれ育つ様子が描かれています。

第二章ではタヌキ達が幸せをつかみつつも将来起きるかもしれない出来事に不安を覚えます。

タヌキ達は人の幸せの隙間に現れ人を幸せにする精霊でしたが、逆にタヌキ達を産み出した人間達がタヌキ達を幸せに導こうと努力します。


第一章、第二章は同時に掲載しましたが140,000字近く(単行本一冊なみ)となりました。

このサイトでは第三章からは「何分割か」しながらの掲載とします。


第三章 しあわせなたぬき



 季節の行事はひととおりこなしたい春美であった。冬至には浴槽にゆずを1つ浮かべた。お風呂にタヌキ達を入れるのは義明の役目だ。背中をながし頭を洗い、浴槽に入れる時は背の立たないタヌキ達のためにひっくり返した桶2つの上にスノコを敷いてタヌキ達が肩までつかるのにちょうどよい高さにする。タヌキ達はお風呂が大好きになった。春美が買ってきたアヒルやクジラなどのオモチャを浮かべて遊んだりもした。

 冬至のゆず湯も気に入ってくれた。しばらくは5匹でじっと目をつむり、ゆずのいい香りを楽しみながら温かいお湯に浸った。義明とタヌキ5匹が風呂から出たあと、悪タヌキはひとりで水中メガネをつけて泳ぎ回っていたが、あとから風呂場に入った春美が、悪タヌキが意識朦朧(いしきもうろう)として目をまわし、コテン、とタイルに仰向けになったのを見た。鼻血を出している。

「あらあらのぼせちゃったのね」

 春美は悪タヌキをだっこして居間まで運び、春美のひざまくらに悪タヌキの頭を乗せ、救急箱から取り出した脱脂綿を悪タヌキの鼻に押し入れて止血をした。気持ちよさそうに春美のひざまくらで仰向けに目をつぶる悪タヌキを見て5匹は、僕も私も、と、脱脂綿を片手に列を作って順番待ちをした。


 大人になってから鼻血などあまり出さなくなった春美と義明だが、子供のころに学校で、家で、同じように鼻に詰め物をしたことを思い出す。子供はそうやって、少しずつ身にかかる小さな災難に対応する(すべ)を学びながら成長するのだ。


 あの戦争の夢はもうすでに、義明、春美、タヌキ達の脳裏から離れようとしていた。時折、ふとした瞬間にその記憶がよみがえることもあるが、飽くまでも単なる夢としての記憶であり、やがてわが身にふりかかる災難だ、などとは思わない。あわてて本州のテーマパークに行った理由さえ「クリスマスのムードたっぷりだったよね」「年末前に行けてよかったよね」と、戦争の傷跡を(いや)すために行ってよかった、などの感想ではない、年内最後の家族旅行くらいの感覚になっていた。


 まだこの世に生まれて間もないタヌキ達にはひとつずつ少しずつ、世の中のことを教えていく。暦の行事をこなすことで、生活にリズムが生まれる。過ぎ行く一年、節ごとに季節の到来を肌で感じとり、日本らしい四季折々の風情を身体にしみこませていく。平和で穏やかな日々を過ごせていることのありがたみを覚えつつも、2人とタヌキ達にはそれが当たり前のことのようであり、それが来年も再来年も訪れるものと思い始めている。不安や恐れの気持ちなどはなく、それぞれの心は希望やときめきを追っていた。


「さあみんなで冬至のかぼちゃをいただくよ」

 春美は頑張って、かぼちゃと白玉の入ったぜんざいと、かぼちゃのスープをつくった。悪タヌキも季節の行事には参加したいのだ。普段はあまり顔を見せない悪タヌキだがこういうときには来てくれるし、来ないと思ったら「ワルちゃんいないの?」と探して連れてくるようにしている。鼻に「つっぺ」をした悪タヌキも一緒にみなテーブルにつき、甘いぜんざいと塩気のあるスープを交互に口に入れ、

「おいしいね」「だだだだ」「えぞりん」「たぬりん」「ぽんぽこぽん」「たぬたぬたぬ」「わるわるわる」と、それぞれに味わっていた。

 食事ができるようになり、モノに触ることもできるようになったタヌキ達だが、手元に持つ箸やスプーンはどのように持つのかはおぼろげである。

 犬科のタヌキは肉球のある足であり、人間のようにモノをつかめる第一関節、第二間接の指があるわけではない。箸やスプーンはタヌキの手元で透き通り、それらを持っているのかどうかよくわからないが、多分「足」で持ち、つかんでいるのだろう。



  後にタヌキ達は、動物の顔と心を持ちながら人間に

  近い体つきをした「精霊」や「カムイ」に出会いま

  す。5匹のタヌキと悪タヌキは動物の姿を見せなが

  らも心は人間寄りです。義明さんや春美さんがタヌ

  キ達を「タヌキ」として可愛がりながらも人間的に

  扱っているからです。ですから、たびたび「あなた

  方は人間か?タヌキか?」と動物や植物から問われ

  ることになるのです。


 

 白玉を食べながら義明が、「そうだ、餅つきをしようか」と言い出した。

「餅つき?いいね!」春美も乗ってきた。

 タヌキ達は何のことかわからず、でも何かまた楽しいことがあると、目を輝かせていた。

「確か隣のおじさんの家に(きね)(うす)があったよな」

そう義明がつぶやいた。これには春美が一瞬けげんな顔をしたが、子供のころにも餅つきを町内で行うようなことがあり、隣家にその道具があったことを思い出したのだろうと思い、「あらそうなの」と言って聞き流した。

 自宅の周辺は離農した家も点々とあり、広い土地をゲートボール場やファミリー農園として運用するなどしつつ自宅の敷地にはそのまま住まう。だから団地の郊外には点々と家が離れて建っているような状況となる。かつての面影はないが畑作を営んでいたという家が何軒かあると聞く。農家であれば杵や臼が自宅にあっても珍しくはないだろう。隣家が元農家かどうかはわからないが。

 

 翌日さっそく義明は隣のおじさん宅へ行き、「ごめんください」と玄関に入ると

「すみません、餅つきをやりたいと思いまして、杵と臼をお借りしたいのですが」

 出てきた髭のおじさん、おばさんにそう言うと、髭のおじさんが、

「ああ、杵と臼ね」

 そう言って、おばさんと顔を見合わせ、軽くうなずくと、

「うん、いいよ。でも物置の奥に入っていてね、あとで引っ張り出してそちらまで

持って行きますよ」

 そうおじさんが言うと義明は、

「すみません、お手間取らせて」と、恐縮する。おじさんは、

「いや、いいんですよ。餅つき久しぶりだなあ。私達も参加していいですか?よかったら向こう隣の家のご家族も呼びませんか」

 と、言う。義明は、

「あ、いいですね、にぎやかで」

 と、「ああよかったよかった」と玄関を出て家の方へ戻って行った。

 

 義明が行ったあと、隣のおじさん、おばさんは義明の後ろ姿を見送りながら、

「隣の旦那様、楽しそうだね」

「そうだね、幸せそうね」

 おじさん、おばさんはそう言ってしばらく義明の家の方を見ていた。


 今年のクリスマスはちょっとしたサプライズを準備した。それぞれナイショのプレゼントを用意していた。義明や春美が幼いころ、サンタの存在を信じていたように、タヌキ達にもサンタが夜中にやってきて、枕元にプレゼントを置いて行く、という話をし、タヌキ達もそう信じたようだ。

 イブの日の食卓にごちそうが並んだ。ジュースで乾杯しクラッカーを、

「パン」「パパン」と鳴らし「メリークリスマス!」と唱和した。タヌキ達の皿にもローストレッグを1本ずつつけた。アルミホイルを足の先の方に巻き、義明が「ここを持って食べるんだよ」と教えた。

 ネコの鯛ちゃんがローストレッグを焼いている間中、鼻をひくひくさせていた。ほんの一口レッグを与えた。幼猫のリーフィーはまだ乳離れできていない。哺乳瓶に赤と緑のリボンを結び、春美がメリークリスマスと言ってミルクを与えた。

 タヌキ達には「レッグ、食べきれなかったら残してもいいよ。明日また温めなおすから」そう言うが、みなキレイに骨だけになるまで食べきって満足そうだった。


 食事を終え、クリスマスケーキにろうそくを立てて居間の照明を消すと、外ではベランダの電飾、居間ではクリスマスツリーのチカチカ、そして食卓テーブルにはケーキにろうそくの炎と、静かな室内にいつもと違う魅惑が漂う。「さあ、誰かろうそくを吹き消して」そう春美が言うと、ポンが「ポン」を、タヌタヌが手の平から波動を出そうとするが、エゾtが、「だあだだ、たぬうき」だめだめ、ケーキが粉々になるよ。そう小声で制している間に、悪ダヌキが「わるわる」ふーっ、とろうそくを吹き消した。吹き消すときに冬至の日からつけたままだった「つっぺ」が飛んだ。ほの暗いクリスマスの食卓で「ふふふふふ」みな、ささやくように笑い、そして大声で笑った。

 初めてのホールケーキ、義明が上手に小分けしてみなで「おいしいね」と言って食べた。テーブルの上を春美がきれいに片づけ、義明が「天使の風車」を出してきてテーブルに置いた。インテリアショップで見つけたものだが、床面に立てたろうそくの炎による熱波で、ろうそくの上の金属の風車がまわる。風車の先端に4人の天使がぶらさがっている、というものだ。天使も金属製で金色をしている。ろうそくの炎と、光る風車と天使。くるくるまわる天使がろうそくの炎でキラキラと光った。悪タヌキが天使を目で追い、目をまわしてふらふらになり、またみんなで笑った。


 幻想的なろうそくと風車を見入っているタヌキ達に、春美がタヌキ達にプレゼントを渡した。それぞれ小箱に入っていてリボンがかかっている。思いがけないプレゼントにみな心をときめかせ、義明が「さあ、開けてごらん」と言うと、タヌキ達がリボンを解き、中から出てきたのは手縫いの帽子だった。

 春美が少しずつ縫い物をしていたのは何となくタヌキ達も知っていた。完成に近づくにつれてタヌキ達に気がつかれないよう、夜は寝室を離れて1階に降り、午前中はタヌキ達が学校へ行っている間に縫い進めていたのだ。頭の上の耳のところは少しふくらみをもたせ、耳の聞こえが悪くならないように工夫されている。それぞれ色違いの帽子をかぶり、それぞれの姿を確認し、「だだだだ、たぬうき」「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」「ぽんぽこぽこぽん」「たぬたぬたぬたぬたぬ」どうもありがとう、と、春美を見つめた。タヌキ達のつぶらな瞳がろうそくの炎でキラキラと輝いた。

 悪タヌキは礼を言わなかったが「わるわるわるわるわる」だいぶ上手になったな、

 と、春美を褒め、春美は、「まあ、ワルちゃんありがとう」と笑った。


 ろうそくが消えるころ、居間の灯りをつけ、タヌキ達はみな歯を磨いて二階の寝室に行くかと思ったら、「たぬたぬたぬたぬたぬ」サンタが来るのを見ている、と言ってみな動かない。

 困った義明が、

 「サンタさんは寝た子のところに来るんだよ」と言うと、みな驚いて、たたたたっと、階段を上がって寝室に入った。悪タヌキだけが「わるわるわるわるわる」絶対に起きている、と頑張っていたが、ソファでこっくりこっくりしたところを春美が抱き上げて二階へと連れて行った。


 月夜だった。外は12月にしてすでに雪深い。月の光が雪と交わり、静かな雪原の向こうからサンタがやってくるかもしれない、と、義明も童心に帰って遠くを見つめた。

 翌朝、目を覚ましたタヌキ達が「サンタが来た」と大喜びだった。枕元には小さなソックスが6匹分あり、中にはピカピカの5円玉が入っていた。5円玉はリボンが通されていて、それぞれ首にかけてはしゃいだ。

 大喜びだったのはタヌキだけではない、義明様、春美、と書かれたプレゼントが枕元にあった。「えーっ、いつの間に?」と春美も義明もタヌキ達一匹一匹の顔を見つめた。枕元の小袋の中にはどんぐりのネックレスがあった。いつの間に作ってくれたのだろう。義明も春美も首からネックレスを下げ、「サンタが来たね」と言って幸せそうに笑った。

 タヌキ達は5円玉のネックレスをとても気に入り、いつも首から下げて歩くようになった。ただ、5円玉もリボンも透き通り、意識をしなければ義明や春美、または今後出会う精霊達からも見えはしなかった。義明、春美、タヌキ達の秘密の宝物になった。


 

 我が家の餅つきは年末最後の日曜日にするものと、何となく義明は覚えていた。今年は26日だった。隣のおじさんおばさん、向こう隣のご家族も招いてにぎやかに餅つきを行った。

 家の中は天井が低いので杵を振れない。お天気もよかったので車を一時よけてカーポートで餅つきを行った。もち米は隣家の台所でおばさんがせいろでふかし、おじさんがふかしあがったものを逐一冷めないうちに義明の家まで車で運んできて臼にあけ、隣のおじさん、向こう隣のご主人、義明が順番についた。「合いの手」は春美、向こう隣の奥様が入れた。

 初めて見る餅つき、向こう隣の子供達もタヌキ達もはしゃいで餅がつきあがる様子を見守った。順番に子供達も杵を持って餅つきの体験をした。低学年の子には義明や向こう隣のご主人がつきそって一緒についた。つきあがった餅は居間へ運ばれ居間に敷かれた板の上にのしたり、または、鏡餅に整形した。餅をつき終えた子供達も居間にあがって、あんこ餅を作る手伝いをした。


 子供達や他の大人たちがみな居間へ上がってから、義明と春美、タヌキ達だけで餅つきをした。タヌキ達の姿は義明、春美以外には見えない。タヌキ達は餅をつくには身長がやや足りない。踏み台を用意し、義明がタヌキの背後で杵を持ち、タヌキは臼の前で義明と杵の間に立って杵に前足をそえ、義明と一匹ずつ交代で餅つきを体験した。「えぞりんえぞりんえぞりん」春美の手をつぶさないようにね、とタヌキ達なりに気を使うが、春美が「大丈夫だから、力いっぱいペッタンしてね」と励まし、みな真剣に餅つきに取り組んだ。

 日差しはあるが寒い冬のカーポートに熱気のゆげが立っていた。最後のもち米をつき終えて、義明がつきあがった熱い餅を「アッチっち」と臼から取り上げ、粉を敷いた板の上に乗せて家の中へ運ぶ。春美、タヌキ達も家へ入り、西の和室で自宅用ののし餅や鏡餅やあんこ餅を整形する。鏡餅やあんこ餅を作るのはタヌキ達に任せることにした。


 昼時になると隣のおばさんがきなこ餅や納豆餅を作って全員で昼食タイムとなった。タヌキ達もそれぞれの家族から見えないよう、きなこ餅や納豆餅を味わった。

 おじさんが

「いやあ、ボクもお嬢ちゃんも上手に餅つきできたね」

 おばさんが

「あんころ餅も上手にできたこと」

 子供達が

「杵はけっこう重かったよ。ひっくり返りそうになった」

 向こう隣のご主人が

「おばさん、せいろのもち米はおいしいですね」

「久しぶりだったからね、炊きすぎていないかって気が気じゃなくって」

 おじさんが、

「炊き加減をみるのにつまんで食べて、臼に行くまでにだいぶ減ったかもな」

 などと皆で談笑しながら餅を食べた。こんなに大勢で食事をすることなどタヌキ達は初めてだった。義明も春美も隣近所ではあるがまるで親族が集まったようだと思った。大人が6人、子供が5人、タヌキが5匹、11人での食事だ。悪タヌキがいない、と春美が気にしてキッチンを見ると、のした餅に手形をつけている。

 怒る以前にあきれてしまったが、大声を出すわけにもいかない。それぞれが持ち帰るのしもち、鏡餅、あんこ餅をそれぞれがタッパなどにおさめる際には、はらはらしていたが、向こう隣の子供が気が付いたようで、

「あれえ、ネコの足跡?」

「ネコは檻の中だよ、誰かイタズラしたのかな?面白いね」

 などと話していた。春美は顔をひきつらせ、悪タヌキをにらむと、悪タヌキはあっかんべーをして逃げていった。

 後かたずけをしながら義明が隣のおじさん、おばさんに礼を言った。

「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

 そういうと

「ああ、たまにこういうのいいよね。なんか、昔を思い出すね」

「子供達もいい経験になったわね」

 と言い、見えていないはずだがタヌキ達のいるあたりを見つめているように思えた。

「それじゃあまた」と言って向こう隣の家族がひきあげていく。

 おじさん、おばさんは車に杵や臼をのせて、「よいお歳を」と言って帰って行った。


 もとの2人と5匹になった。家の中は少し寂しくなった。だが家族が増えた気がした。家族というよりは、知人、友達の類であるが。親戚、親族というのはたまにしか来ないもの、でも何等かの理由で集うことができ、絆を確認し合うものなのかもしれない、と思った。


 タヌキ達にも親戚のような存在の者達が存在するのだ。いずれ出会うことになるだろう。ただ、友達はどうしたらよいのか。以前、しゃべるクマやイヌが訪ねてきたことがあるが、そのような出会いがこれからもタヌキ達に訪れるだろうか。魔物にも出会うことがあるかもしれない。よい人間との出会いもあるかもしれない。よい出会いに恵まれたらいいのだが。隣家の人々が去ったあと、義明、春美はそれぞれそのようなことを考えていた。このままでいい、でもこのままではタヌキ達を守りきれないかもしれない。にぎやかに過ごした時間の後に訪れた少しの寂しさが、義明と春美にある種の不安をよぎらせていた。


 タヌキ達が足元で「義明様、春美がいなくなった」とうろうろしている。

「え、なにを言っているんだ、ここにいるよ」そう声に出したつもりでもタヌキ達には声が届いていない。

 タヌキ達も今日このひとときを楽しく過ごした。初めて集う隣人、初めての餅つき、初めて食べる餅、ただ、この空間、この時の流れに少し違和感を感じていた。義明や春美の姿がかすんで見えた。餅をつく際の湯気のせいではない。何が起きているのか。


「え、なにを言っているんだ、ここにいるよ」


 と言う義明様の姿を確認しほっとする。

「大勢の人に囲まれて人に酔ったのかな?」そう義明は言い、

「少し大勢の人がいる所でも平気でいられるように慣れないとね」と言うと、春美が、

「まあ、そんなに人間にもまれなくてもいいよ。疲れたでしょ?今日はみんな頑張ったね」

「そういえば」と西の和室でタヌキ達に任せたのし餅と鏡餅とあんこ餅を見に行って絶句し、笑った。のし餅は悪タヌキの足跡だらけ、鏡餅は雪だるまのようで、あんこ餅はみなで食べてしまったようだ。なんとなくタヌキ達の腹が膨れている。悪タヌキがパンパンになったお腹を上にして部屋の隅で寝ている。

 義明と春美の分と、とっておいてくれたひとつずつがテーブルの皿にあった。エゾリンやタヌリンが「えぞりんえぞりん」食べちゃだめ、と、守ってくれていたらしい。鏡餅は雪だるまのようであったが、二つのあんこ餅はきれいな形に仕上がっていた。失敗したものはみなタヌキ達が食べ、いちばん整ったものを義明、春美

に残してくれたようだ。

「とてもおいしい」

 義明と春美はあんこ餅をおいしそうに平らげ、

「どうもありがとう」と一匹一匹の頭をなでた。


 義明はのし餅が堅くなってしまう前に、包丁を入れて切り餅にし、タッパに詰めこむと、あたりを片付けながら、年末の大掃除をどうしようかと思案した。今年ももう残り少ない。いい一年だったなあ、と振り返る。

「タヌキ達にはお寺の大掃除もやってもらおうかな。お寺は大事な場所だから」

 そう、宙を見つめてつぶやいた。



 翌日、春美はタヌキ達を連れて年末年始に必要なものを買い出しに行く。近所のスーパーやホームセンターをめぐった。クリスマス商戦とはがらりと違った歳末商戦の様子にタヌキ達も珍しそうに品々を見ていた。

 春美は不足しそうなものをメモしていてそれに沿って店内を探す。タヌキ達にも役割を決めて店内を見てもらった。おせち料理を作るのに使う「くちなし」や「かんぴょう」など、普段使わない品物は店内のどこにあるのかよくわからない。

「ぽんぽんぽこぽこ」あったよ、と見つけてくれては春美のそでを引っ張り売場まで連れてきてくれる。

「えぞりんえぞりん」あったよ・・・、

「たぬりんたぬりんたぬりん」あれ、春美がいない、

 エゾリンとタヌリンが店内をくまなく探すが春美を見つけられない。

「えぞりんえぞりん」ポン、春美を見なかった?

 春美を探していたエゾリンとタヌリンがポンを見つけ、

「ぽんぽんぽこぽん」あっちにいたよ、と言い、

 ポンとエゾリンとタヌリンがその「あっち」へ向かうが春美を見つけられない。3匹で迷子になったか?と思ってきょろきょろしていると、

「たぬたぬたぬたぬ」「だだだだたぬうき」春美がいない、

 と、エゾt、タヌタヌも春美を見つけられないでいるようだった。

 お菓子売り場前で5匹がキョロキョロしていると、

「お正月に食べるお菓子も買っておこうか」

 ふいに春美の姿が見え、5匹はホッとした。

「ねえ、何が食べたい?」

 そう言う春美にぴったり5匹は寄り添い、以降は春美から離れないようにした。

 

 迷子になる、という恐怖を初めて味わった。めいめい家までひとりで帰ることができなくはないのだが、たまにしか来ない施設の中で保護者の姿を見失うということの孤独、不安はこんなにも怖いものなのかと思う。単に見失ったということではない、どこか遠くへ春美が義明が、行ってしまうのではないか、という説明のつかない事態への恐怖を感じ始めていた。

 春美も何かこれまでとは違う怖さを感じていた。タヌキ達が現れたころはタヌキ達が時々しか出現してくれなかった。それがいまは当たり前のように、朝起きて、歯を磨いて、朝御飯を食べて、という日課をこなし、当たり前のようにいつもそばにいるタヌキ達であるはずだったが、タヌキ側から自分の姿がとらえられなくなってきている、出会った当初と逆のことがおきている、

「いや、そんなこと」

 そう思いたかった。タヌキ達が手稲山へ家出したときを思い出す。よくききわけの無い子に、「里子に出すよ」とか、「お前なんか出て行け」という親も世間にはいるだろう。また、逆に子を残して失踪するような親も世の中にはいるのかもしれない。タヌキ達と自分達がまるで親子のように接し、いっしょにいる幸せをかみしめている自分達には無縁の話だと思う。ただ、空想の産物であったタヌキがいつどこでどう変化し、姿を消したとしてもそれは不思議なことではない。存在自体が不思議であるから。タヌキ達の目に自分達が映らなくなる可能性は否定できない。

 

 年末年始を迎えることもあり、春美は今日の外出を最後に年明けまではなるべくタヌキ達とは離れず、家の中でお正月を楽しもうと思った。5匹がちゃんとそろっていることを確認しながらレジでの清算を済ませ、

「いち、に、さん、し、ご、大丈夫ね」

 と、5匹がちゃんとそろっていることを確認しながら店の外に出た。


 スーパーの外ではテントが張られて威勢のいい声が響いている。しめ飾りや箱入りみかんなどを対面で販売する歳の市が行われている。春美がまだ小さい頃は近所の神社や公民館などで年末年始に必要な、食器類や魚介類やしめ縄、しめ飾りなどがにぎやかに売られていたのを覚えている。いまはお餅も数の子も、年中手に入るし、しめ飾りなどは大量生産されたものがホームセンターなどでもセルフサービスで購入できる。ただ、このような催し物で売られている品はハンドメイドのにおいがするし、聞けば

「近くの田んぼでとれた稲ワラだよ」とのことだし

「うちの母ちゃんが作ったんだよ」とのことで、近隣の農家が副業的に営んでいるものとわかり、

「今年は豊作だったから一年の感謝をこめて作ったんだよ」などと言われると、地元愛が沸いてくるし、その縁起物にご利益がより一層あるような気がする。

 鼻の利くタヌキであればよい品を選んでくれるだろうと思いタヌキ達を見ると、聞く前から5匹全員がみな同じ玉飾りを指さしている。値段がついていないので、

「あの、これおいくらですか?」

タオルを首に巻いた元気のいいおじさんに聞いてみると、

「ああ、それ、それは・・・」

 となりにいたお兄さんと顔を見合わせ、

「いや、それは売り物じゃないんだけと」おじさんが言い終わらないうちに、奥から出てきた年配のおじさんが、

「いいよ、持っていって、御代は思った額でいいから」

 そう言う。

「ええっ、いいんですか?」

「ああ、お目が高いというか、不思議だねえ、これを気に入るとは。これは神社で祈祷してもらった稲のワラを使って結ったものなんだ。うちの田んぼで一番先に刈り取りした稲のワラだよ」

 と、まじまじと春美を見ながら言う。そして、

「でも不思議だねえ、さっきもこれがいいって言ったお客がいてね。ほら、例の、あの、あそこの病院を建てたゼネコンさんの幹部とかで、スーツ姿で来てさ。このあたりにまたひとつ大きいのを建てるような噂もあるし、なんかやり方が強引で評判よくない会社だから、売らない、ってオレ言ったんだよ。そちらみたいな近所の奥さんに買ってもらったほうがよっぽどうちの田畑は喜ぶよ」

 そう言い、「御代はいいから」と袋につめて無理やり春美に渡してくれた。

 春美は恐縮し、「だいたいこのくらいか」という金額をレジの横に置いて、

「ありがとうございました」と言ってテントを離れた。

「よいお歳を」と、テントの衆は一本締めの手拍子をとっていた。



「不思議だ」

 昼寝から目覚めたホンタさんが起き上がってつぶやいた。

「親分、どうしました、何が不思議なんですか?」

 側近の子分、ブンタが心配そうにホンタを見つめる。

「いや、何が不思議なのかよくわからないところが不思議だ」

「はあ?」

「ブンタ、北海道へ行くぞ」

「え、本気ですか?」

「ああ本気だ。そろそろ雪まつりだし、流氷も見るぞ」


 あの夢を見てから何度かその夢を見ている。ホンタは東京の本土タヌキを仕切る「親分」で、桁違いのパワーを持っている。自身、そう自負をしていた。だがその夢を見たあと、そうとうなパワーを持った新しい何かが世界のどこかで動き出しているのではと気になっていた。

「違う誰かが夢に入り込もうとしていた」

 あの夢を見た人間ふたりとエゾタヌキ5匹の他に、夢の中を(のぞ)き見しようとする影を見た。もしやその影の主はすでにエゾタヌキ達への接触を開始しているのではないか。

 だが更に不思議に思うことは

「あのときのあの夢自体に何等かの手が加わっている」

 未来に起こることの中で重要な意味をもち、未来に備えるための答えを探るうえで核心をつく部分に限っておぼろげにぼかされていたように思える。未来に起こることを予期して、夢の中で何等かの布石(ふせき)を打ったか、またはあとから相手の裏をかくことができるキーワードのようなものを残したのではないかと推理する。

白月(はくげつ)黒月(こくげつ)とはなんだ?」

 あの夢の最中には出てこなかったワードであるが、今日見た夢ではあのサンワの元首があのいろりの居間ではっきりそう言った。

「白月と黒月が入れ替わる」

 他にもいくつか気になる言葉が出てきた。「白月界とは?」ホンタさんが宙をみつめる。「何のことだ・・・」

 白月とは月齢で1日から15日までのこと。月の満ち欠けは本土タヌキにとって重大な意味を持つ。月はタヌキにとってパワーの源と言っても過言ではない。夢の中のこととはいえ、決して無視できる言葉ではなかった。あの夢の主が北海道にいるとしたら、北海道で何が起きているのかを確かめておく必要があると、ホンタさんは思った。

「それにしてもだ」

 ホンタはあの夢の呪縛(じゅばく)につぶされないよう、あの夢を見たタヌキと人間二人の夢の記憶を薄れさせる(じゅつ)をかけた。だが、その術をかいくぐるように、

「人間二人が守りを固めようとしている・・・」

 自分がかけた術には絶対的な自信がある。だがタヌキに降りかかる何等かの危機を感じた人間二人はタヌキ可愛さに必死で身を削るような行動を起こそうとしている、そんなことを、北海道から遠く離れたホンタが感じとっていた。それはあるいは、二人が無意識になのかもしれない。またはまわりがそうせざるを得ない環境になりつつあって二人がそういう行動をとらざるを得ない、ということなのかもしれない。ならば急がねば、先ずは、

「おっと、年内に旅券の手配をしておかないと」

 ホンタさんは気ぜわしく旅行の計画を立てるのだった。



 元旦を前にして義明にとって年内最後の休日、

「よし今日はみんなで大掃除だ」

 タヌキ達は割烹着(かっぽうぎ)姿で居間に登場して、はたきをかけ、ホウキではき、ぞうきんがけをしようとしていたが義明が、

「みんな、今日は一緒にお寺に行って大掃除をしよう」そう言った。


 義明も春美もお寺に行くのは久しぶりだった。道具一式をかかえ、タヌキ達をともなってお寺が出現するであろう林の中へ向かった。急に開けた場所に出るとお寺の前ではリスリン、リスタンが身体の大きさに見合った小さなホウキをもって境内を掃除していた。お寺から和尚さんが出てきた。以前にもまして風格が出てきたようだ。本堂の中が見える。相変わらず質素、というか簡素なつくりだ。

「ねえ、みんなここで毎日お勉強しているの?」

「だだだだだ、たぬうき」「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」「ぽんぽんぽこぽこ」「たぬたぬたぬたぬたぬ」うん、そうだよ、とみなでうなずく。

 和尚さんが、

「さあタヌキ達、本堂の壁や天井のすすをはらい、ホウキでほこりをはいて、そのあとぞうきんがけだ」

 ふと気が付くと、大ダヌキの蝦夷亭とBigポンが境内でほうきを持って立っている。ほうきを持って立っているだけでみじろぎもしない。

「さあ、みんなでお寺をキレイにしようね」春美が本堂に上がり、さっそくすす払いを始めた。リスリン、リスタンが細かいところのほこりを落としている。床はいわゆる無垢床(むくとこ)で自然に切り出された木材だが、よく磨き上げられて人の姿が映し出されるほどの照り具合だ。本堂の中の間仕切りや行燈(あんどん)などもよく磨かれている。

「ふだんは誰がお掃除しているの?」春美がリスリン、リスタンに聞くと、少しもじもじし、

「そうか、リスリン、リスタンがよくお手入れしているんだね」と言うと、

 うんうん、と顔を赤らめてうなずいている。

 本堂の床から、外の縁側から、すみずみまで雑巾がけをする。タヌキ達もねじり鉢巻きをして精力的に動いている。和尚さんが細かい指示を出す。

「エゾtは、そちらの仏具をひとつひとつ拭くんだ、心をこめてな。タヌタヌ、バケツの水を取替えてくれ、外の井戸水でな。ポン、わらじ虫を見つけたのか、外に逃がしてやってくれ、エゾリン、タヌリン、柱も拭いてくれるか。踏み台を使って手の届くところまででよいぞ」

 細かい指示を出している。タヌキ達はそれにしたがってせっせと仕事をこなしている。

「それからみんなで障子(しょうじ)の紙を破いてくれ、ああ、悪タヌキが指で穴をあけおったな。まあいい、張り替えるから、きれいに全部剥がしておいてくれ」


 障子紙を破いていい、と和尚から言われ、みな盛大に穴をあけ、ちぎっては破いた。障子紙をやぶいて枠だけになると、こちらから向こうが、向こうからこちらが見える。

「たぬたぬたぬたぬたぬたぬ」あれ、義明様と春美がいない。

 タヌタヌに言われ、みながキョロキョロする。どこに行ったんだろうと思っていると、和尚さんが

「みな、掃除に集中するのだ。義明様と大王様ならば心配いらぬ。よいか、一年のほこりを払い、すがすがしい気持ちで新年を迎えるのだ。お寺で一番大事なのは掃除、次にお経、これは私の仕事だが、最後に勉強、稽古事だ。掃除は様々な知恵や奥義(おうぎ)を会得する修行の第一歩だ。心して行うのだ。よいか」

 なんとなくぽかんとして和尚の話を聞くタヌキ達。以前は特に何も具体的な指導もせずにぼんやりとした存在であったが、このごろは何等かの指導めいたことをするようになった、とタヌキ達は思った。とりあえず和尚の言うことに従い、心身を清めるような気持ちで、取り組んだ。障子紙はきれいに残らずはがし、なおも取れない部分はレロレロとなめて格子の枠から紙を取り除き、口に入った紙はペッと吐き出すのではなく、前足で取ってゴミと一緒にした。

 和尚さんが

「よし、格子にハケで(のり)を塗るぞ」と言うと、

「わるわるわるわるわるわる」ハゲ頭がハケで塗るぞ、と言うのを聞き、和尚さんは悪タヌキにげんこつをはるまねをした。

「わるわるわるわるわるわる」ハゲ和尚に怒られたあ。悪タヌキはあっかんべーをして逃げて行った。

「しょうがないやつ」

「えぞりんえぞりんえぞりんえぞりん」ワルちゃんは和尚さんにかまってほしくてあんなこと言ったんだよ。

「たぬりんたぬりんたぬりんたぬりん」和尚さんの頭、かっこいいよ。

 エゾリンとタヌリンが悪タヌキをフォローし、和尚さんをなぐさめた。

「そうかいありがとう、それにしてもあいつ」

 和尚は穏やかな顔に戻り、格子に糊を塗り、用意してあった障子紙を貼りつけ、最後に霧吹きで水をかける。興味深々でタヌキとリス達が見守る。

「障子紙の和紙ははり付けただけではピンとならんのだ。水を含ませ、それが乾燥すると、ピンとする、覚えておくがいい」


 本堂の掃除が終わり、ぞうきんなどを片付けていると、いつのまにか義明と春美が、本堂の床に立っている。義明が、

「へえ、障子の貼り替えもきれいにできたね」と言い、春美が

「すごいねえ、みんな頑張ったね」

そういうが、タヌキ達は義明と春美をまじまじと見つめ、そしてやっと、

「うんうん」とうなずいた。

 リスリンとリスタンがけげんな顔で床を見つめた。床に義明と春美が映っていないような、そう思ってみていると、

「どうしたの」と春美がリス達をのぞきこむ。

 春美の顔が床にうつった。義明や春美、タヌキ達の姿がピカピカの床に映っている。

 リスリン、リスタンが義明と春美にすりすりしてきた。

「あ、リスリン、リスタン!」

 春美がリスリンとリスタンを両手で抱きあげた。リスリン、リスタンも、手で触れるようになったのだ。リスリン、リスタンは幸せそうに、春美の胸でうっとりとした顔をした。


「それでは皆の者、よいお歳を」

 本堂で和尚さんが、外に出た義明、春美、タヌキ達にそう告げると、すうっと煙のように、お寺も和尚も消えた。義明が、

「みんな今日は頑張ったね、お寺は安全な場所だからね。何か困ったことがあったらここにきて隠れるんだよ。さあ、おうちに帰っておうちの大掃除だ」

 春美が、

「お昼のお弁当作ってあるからね。玉子焼きもあるよ」

 そういうとタヌキ達はうれしそう顔をしながら、そして、ぎゅっと春美や義明のズボンやジャンバーのすそを握り、離れないようにしてかたまって一緒に家へと向かった。


 大掃除が一段落し、居間と玄関に餅つきの時にタヌキ達が作った鏡餅を飾った。雪だるまのように不格好ではあったが、義明も春美もありがたみを感じていた。家族で作った鏡餅だ。歳の市でわけてもらったしめ飾りは玄関に飾った。お正月らしくなった。



 大晦日の日、春美は朝からおせち料理づくりで忙しく、義明は大晦日が仕事収めであり朝早くから出かけていた。タヌキ達は春美がキッチンで忙しそうにしている間、トイレや玄関や、窓などの細かいところを吹き掃除した。

「まあ、みんな感心。言われなくてもお掃除してくれているのね」

 義明と結婚してからひとりで過ごす大晦日であったが今年はみんなで協力して新年を迎える準備をしている。素晴らしい一年であったとつくづく思う。

「晩御飯前にみんな、お風呂に入ってね。義明がいなくても入れるかな?」

 お風呂は春美がボイラーに火を入れてくれていて焚けていた。タヌキ達は浴槽のフタを開き、エゾtが踏み台に乗って浴槽の湯へ身体を折り曲げ前足で湯をかきまぜて、

「だだだだだたぬうき」いい加減だ、と言う。エゾリンとタヌリンがスノコを持ってきて、義明がやっていたように湯の中に投じ、自分達が浴槽に入っても背が立つようにした。ポンとタヌタヌは春美が脱衣所に用意してくれていたタオルとヒヨコとクジラを持ってきた。浴槽に入る前にシャワーで身体を洗う。エゾtが一匹ずつにシャワーの湯をあて、最後に自分の身体を洗い終えると5匹は浴槽前に横一列に整列して、

「せいのうで」

ジャポン

 と一斉に浴槽へ入った。お風呂が大好きになった5匹。目をつむりじつとお湯の熱さを身に沁み込ませる。

「あんまり長湯しないようにね。鼻血が出るよ~」

 キッチンからの春美の声で湯船からあがり、皆で身体を拭いて居間へ戻った。

「まあ、自分達だけでお風呂入れたの、エライエライ」

 春美はうれしそうに一匹一匹の頭をなでた。


 義明が帰ってきて、年末恒例のテレビ番組を見ながら夕食が始まる。北海道の大晦日は年越しそばを食べず、おせち料理も含めごちそうを食べる家が多い。かたや年越しそばを食べつつ更に寿司などのごちそうを食べる家も多い。義明と春美は年越しそばを食べつつ、テレビを見ながらおせち料理やお菓子をつまむ、というスタイルをとっていた。食卓テーブルの真ん中には春美が作った手製のおせち料理があり、年越しそばを全員でいただく。

「来年もよい年になりますように」

 ジュースで乾杯し、ソバをすする。去年はタヌキ達はイメージのソバを食べたが今年は箸を使って実際のソバを上手に食べる。

「たぬりんたぬりんたぬりん」これはタヌキソバなの?

 タヌリンが素朴な疑問を発したが、義明は

「違うよ、年越しそばだよ。ソバは長いからね。ずっと家族が長く一緒に暮らせますように、っていうおまじないなんだよ」

「ぽんぽんぽんぽこぽんぽこ」タヌキが食べるソバがタヌキソバじゃないんだね

 と、ポンが言うので、

「そうそう、ソバにタヌキが入っていることもないしタヌキが食べるからタヌキソバでもないんだよ」

「えぞりんえぞりんえぞりん」じゃあどうしてタヌキソバって言うの?

 義明が年越しそばだというのにタヌキそばに執着するタヌキ達である。タヌキだけに以前から気になっていたらしい。義明はスーパーマーケットに勤めているのである程度の知識を持っている。客に問われたときには、揚げが乗っているのがお稲荷さんにちなんでのキツネソバで、それに対して、具が抜いてある「ヌキ」状態で揚げ玉が入ったものがタヌキソバという名になった、ようですが諸説あるようですよ、と、少し曖昧な説明をしている。ソバが縁起物であることは定説である。春美が助け舟を出した。

「タヌキはエライ動物だから特別にそう呼ばれているんだよ」

 そう言うと、

「たぬたぬたぬたぬたぬたぬたぬ」春美が作るソバは大王タヌキソバなの?

 と聞く。春美は少し顔をひきつらせ、

「うん、そうそう、今日のは特別なソバだよ」

 そういうとタヌキ達は真剣な顔をしてもくもくと食べ、

「だだだだだだだ」「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」「ぽんぽんぽこぽん」「たぬたぬたぬたぬたぬ」ごちそうさまでした、と、前足をそろえておがむようにおじきをした。

 悪タヌキもソバをおいしそうに食べてくれた。最後に残った一本をネコのゲージから垂らしてリーフィーに与えようとしたのに春美は「やめなさい」と言いかけ、ただ、鯛とリーフィーはソバをたぐるようなしぐさをし、幸福をたぐりよせるような様子に見えたのでしばらくその様子を皆と一緒に眺めた。


 春美の作ったおせち料理を食べ、テレビを見、タヌキ達は眠くなりそうなのを我慢して、年越しの瞬間を待つ。

除夜の鐘が聞こえる。そういえばあのお寺には鐘つき堂がなかった。どこか遠くのお寺の鐘の音が風に運ばれてここまで届いているのか。

「それにしてもずいぶん大きな音」

 ふと春美が居間から外を見ると、ベランダに大きな鐘らしきものに足が生えていて、向こう側から太いしっぽが出ているのが見える。その鐘の右横に大タヌキがぬうっと立っていて丸太でその鐘を突くと、春美達から見て鐘の正面から口が出てきて、

「ごおおおおおん」

 除夜の鐘の音は、除夜の鐘に変身した大ダヌキの口マネであった。

 春美も義明もタヌキ達も口をあんぐりあけてその様子を見ている。

「ごおおおおおん」

「108回つくつもりかしら・・・」

「ごおおおん、ごっほごっほ」

 鐘の大ダヌキが少し咳き込み痛そうな顔をしたように見えたので春美が、

「みんな、除夜の鐘が聞けてよかったね。これですっきりして新年を迎えられるよね」

 そう言って、ベランダの窓を閉めて皆、居間に戻ると、鐘に変身していた大ダヌキは信楽焼き風のタヌキになり、丸太をついていた大タヌキと手をつないで並んでしばらく立っていた。徳利には「凛」「金」とある。

「タヌキの置物は縁起物なんだよね」

 義明がそんなことを言った。その気になったのか、大ダヌキはそのままその場で年越しをしたようだ。大ダヌキの置物に、だるまの鏡餅、それにあのしめ飾りと、我が家は縁起物に囲まれて新年を迎えた。



 朝起きると、「だだだだだだ、たぬうき」「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」「ぽんぽんぽこぽんぽん」「たぬたぬたぬたぬたぬ」「あけましておめでとう」

 そうみんなで唱和し、居間に差し込む初日をながめ、食卓テーブルでお雑煮を食べる。去年はイメージのおもちやおせちを食べるそぶりだったタヌキ達だが、今年はお箸を持って、お雑煮を食べ、春美が取り分けるおせち料理を味わった。

 朝食が終るころ、義明と春美からタヌキ達に

「それじゃあおりこうさんなみんなにはお年玉をあげよう」

 と、のし袋が渡された。みんなは「わあっ」と言って大喜びした。

 のし袋には「エゾt」「エゾリン」「タヌリン」「ポン」「タヌタヌ」それぞれの名前が書かれ、中を見ると義明の袋からはコインが、春美の袋からはキレイな色のペロペロキャンディが入っていた。悪タヌキは何も言わず受け取った。嬉しそうなのがよくわかる。ひとりソファの陰に隠れてそれぞれをじっと見ているようだった。

 さっそくそれぞれがペロペロキャンデーをなめ、

「だだだだだたぬうき」「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」「ぽんぽんぽんぽこ」「たぬたぬたぬたぬたぬ」どうもありがとう、と言う。春美が、

「ねえ、もらったお金何に使う?」

 そう聞くと、円卓を出してみなで相談し、

「だだだだだたぬうき」「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」「ぽんぽんぽんぽこ」「たぬたぬたぬたぬたぬ」春美にあずける、という。

「えーっ、何か好きなもの買わなくていいの?」

「だだだだたぬうきたぬうき」うん、いいの、春美に預ける。

 と、言う。春美は、

「そうか、それじゃあ、貯金しておくね」

 と言ってそれぞれから預かり、使っていなかったカラの豚の貯金箱にちゃリンちゃリンと入れる。

「ワルちゃんは・・・」と言うより先に、悪ダヌキが貯金箱に自分でちゃリンと入れて、

「わるわるわるわるわるわるわるわる」来年開けてみてちゃんと入っているか確かめて、それからまたもらうからな。

「まあ、来年の催促?」

「毎年貯金してたまったら何を買う?」義明が聞くと、

「わるわるわるわるわるわる」義明様と春美に家を買ってやる

 と、いう。

 春美は少し目を潤ませた。

「だだだだだたぬうき」「えぞりんえぞりん」「たぬりんたぬりん」「ぽんぽんぽんぽこ」「たぬたぬたぬたぬたぬ」そうだ、そうしよう、

 みんなでそう決めたようだ。義明も春美も心が温かくなり思いがけないお年玉をもらった気分だった。



幸せな家族が形成されつつも、ひしひしと記憶の影が忍び寄ってきます。

次のお話しでは東京で最強のタヌキ、ホンタさんが事態を解明して打開策を見出すため北海道へ乗り込みます。

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