嗤う8.5。断片1 鳥、蛇
過去回想みたいなやつです。
本編とあんまり関係ないです。
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大勢の女子供が泣いていた。
しくしくと涙を流す女性に、鼻水を垂らしながらも睨む子供。彼女達はある一点だけを見ていた。
濁った瞳に、壊れたような笑みを浮かべる一人の人族。
古城の地下にある檻房。その一角で女子供が檻に押し込められていた。服を剥かれ、裸にされた者はどれも魔族であり、戦う術を持たぬ非戦闘員のみだ。
彼女達は身を寄り添い、憎しみから恐怖から震えていた。
ここは使われなくなって何年も経過している地下の一室。
檻房ということで、戦時の捕虜を押し込めていた場所だろう。そこら辺に転がっていた物をかき集めてみると錆び付いてはいるが、拷問道具の数だけは揃っていた。
『じゃあ、始めましょうか。眠れなくなるほど愉しいパーティーを。ほら、顔を上げなさい。大丈夫、あなたたちは死ぬのも楽だと思えるほど、絶した苦痛をこれから味わうの。あれみたいに、ね』
魔族の女子供は手足を拘束されており、鎖で足や手を縛られている。
魔力を縛る拘束具ではない。魔族ならばこんな拘束は魔法でどうにか出来てしまうのだったが、そうしようとした者は真っ先に手足を折られ、悲惨な末路を向かえた。
異臭を放っている魔族がいる。虫の標本のように杭が打たれ、足が逆さまに向いている。目は抜かれており、耳は削がれて所々から血が垂れていた。
驚くべきは、これでまだ死んでいないこと。勇者の回復魔法が、生命の鼓動を延命しているのだ。
残虐よりも言葉で表せない非道。魔族達は非戦闘員ということもあって惨たらしい拷問には慣れてはいない。だから、心が折れた。総勢二十人が、ただ救いを待つのみの愚者となる。
家族が夫が、この悪逆非道な人族から助けにやってきてくれると、そう信じて祈る。
勇者はそれを嗤う。哀れ気取りのクソ共かと。
助けに来られるものは居ないのだから。どれだけ祈ったところで誰も来ない。
勇者が滅ぼした魔族の集落にあった古城。そこには魔王軍の一部が在中していた。
勇者は魔王を殺すため魔大陸エルビアをさ迷っており、魔族の集落を見つければ率先して殲滅していった。
勇者単独での攻めはこれまでと同じく進み、呆気なく城は落ちる。
集落は壊滅し、城に居た者も皆殺しをした勇者。手抜かりが無いようにと詰めを怠らず、去り際に気配察知の魔法を使った。
そうすると地下に反応があったのだ。勇者は逃げられる前にと急いで階段を見つけ、段差を飛ばして下る。
そして見つけたのは戦力にならない女と子供。古城の地下で息を殺し、勇者が去るまで隠れていたのだ。
勇者は魔族を見逃さない。悪は逃さず、魔族は排除する。これが勇者としての務め。
『よかったー、見逃さなくて。ゴミ掃除を怠るなんて、勇者の端くれじゃないもんね』
滅するべき対象へ、聖母のような笑みを向けた。
手にかける相手が幼子であっても勇者に容赦などない。
火種は早めに摘まなければならないのだから。
『私たちは何もやっておりません! どうか慈悲を、人族の勇者よ』
緑の髪に手足からは鳥の羽が生え、美しい顔立ちの魔族は懇願した。
それに腹を抱えて笑う。
『ぷ、ハハハハハ。慈悲、慈悲ですって? あなたたち魔族が、情けを乞う権利があると?』
『私たちは魔王軍とは関係ありません。人族と敵対するのは魔王様の方針。私たち下じもの者はただ従っているだけなのです』
『で?』
『わたしたちの意思は、人族を蔑ろにしようとは思っておりません。どうか、未来ある子供たちだけでも、お許しください。異国の勇者よ』
『人族、人族ってさ、あんたが言ってること差別なのよ。なに上から目線で言ってるの?』
『そのようなことは……』
『まあどうでもいいんだけどさ。それでも謝罪したいってんなら、命と痛みで償いなさいよ。あなたたち魔族全員でね』
まずは鳥女を殺すことにした。髪の毛を掴んで拷問用の台座に移す。
台座の横に立て掛けられている杭を手に掴み、一気に降り下ろす。
それを四本、手と足に打って固定する。
赤い液体が飛散し、痙攣する魔族は叫び声を上げた。
『あ、ぎゃ、ァァァ!』
『あは、変な声。ほら、鳥なら鳥らしく鳴きなさいよ。まだまだ串刺しにしてあげるからさぁっ!』
勇者の拷問は続く。回復魔法を魔族へ施し、痛みと出血では死なないように調整する。目一杯、苦痛を味わってもらうためだ。
勇者の笑い声が魔族の心を蝕んでいく。
恐怖を、絶望を、不幸を。絶対的強者として君臨していた魔族が初めて味わうのだ。人族の英雄たる勇者によって。
魔族は後悔しなければならない。勇者を敵に回したこと、勇者の大切な者を壊してしまったことを。
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勇者は剣を片手に魔族の間合いへと入り込んだ。
人族と大差無い体型に、蛇のような頭が二つ。頭は長く伸び縮みし、計四つの赤い目は勇者を睨んでいる。
人族とは身長や二足歩行が同じなだけで、表面から見ても魔族というのは明らか。
腕と足は人族にはない鱗に覆われ、つるりとした表面が陽を照らしている。
二つの頭と同様に長い尻尾も生えており、臀部からは伸びた尾が二つに別れていた。尻尾のような尾先は平衡感覚を保つために使われ、地面に着いて第二の足としてバランスを保っている。
魔族を細かく区別するといくつもの種族があった。そもそも魔族とは人族以外の生物で、意思がある者を指す。
人族を除き、疏通が出来る者は平たく魔族であった。
目の前の蛇型の生物も魔族で、あえて別称で例えるならば蛇族と言われている。
魔族をこのように細分化すると、魔族というのは無数の種族の集まりで。
しかし、人族は人族でしかない。一般的に人族以外の種族が、まとめて魔族と総称されている。
魔族と括られる由来は、総じて内包する魔力が異常に高いことである。
人族と括られる意味は、平均的に魔力が低いからである。
魔族側が人族を下に見ていることもあって、長い歴史が人種差別を起こしていた。
『お前たちが闊歩する世界は腐っている。勇者のわたしが浄化してあげる』
『ただの小娘が粋がりやがって。不味そうな肉だが、有り難く喰ってやるよ』
近距離で交わされる応酬に、魔族の挑発に乗ることもない勇者は剣が届く距離を見定める。
魔族も勇者を近付けさせまいと、鋭い歯が並ぶ顎で食らい付く。
蛇族の首は伸び縮みし、攻撃のリーチが長い。長さは個体差があるが、目の前の魔族は五メートルは有に伸びており、二つの首は厄介であった。
鋭い歯は速効性の麻痺毒があるため、安易に近付き噛まれてしまえば敗北が確定する。甘噛みされたとしても体の自由は奪われ、ろくに回避もままなければ勇者でも四苦八苦するだろう。
魔族の攻撃に勇者は怯むことはない。爬虫類の顔に恐れることはなく、迫ってくる瞬間を測って走りながらも屈んだ。スピードを落とさずに魔物の攻撃を避け、左側へ重心を倒す。
魔物の首と勇者が交差する。勇者は体を休めることもなく跳ぶと、右手に持つ聖剣を小さな体ごと振った。
空中で勇者が駒のように回る。遅れて血飛沫が舞った。
魔物の片方の頭が落ちた。胴体から離れた首はぴくぴくと痙攣し、動かなくなる。
魔族が一歩、後退る。
勇者が一歩、近付く。
魔族は憎らしげに唸った。本能が悟ったのだ。強さの差を、力量を一瞬で明確に刻み込まれた。
魔族は低い音を頭部から発する。堪えられない怒りが体内から滲み出る。
己が矮小な人族を喰らう存在というものを信じていた。
だが、どちらが喰う存在か。明らかに目の前の少女は強い。
恐れずに向かっていくのは魔族の自分であったはず。
だが、理解した。今や立場が逆転していることを。
『潰す潰す潰す。来いよ、クソ共ッ!』
蛇族の男は撤退命令を出すことにした。
勇者の覇気に後ろで戦っていた兵士が雄叫びを上げる。
魔物と交戦して散らばった兵士にも伝わり、勇者の強さに士気を高めた。
この高い士気を、崩す手段が魔族側はもっていない。故に戦場から引く。
迅速に撤退命令を下したこともあって、損害は軽微で終わるだろう。
片首が失ったのは手痛いものがあるが、ここで全滅にでもなれば話にならない。蛇族の頭は時間が経てば生えてくることもあり、感情を優先するこもなく冷静に対処した。
そう、思っていた。そう判断した魔族は甘かった。
『死ね、死ね、死ねッ』
勇者は単騎で特攻していた。魔族が数十に、魔物が数百いる戦場で、囲まれることを意図わずに。
油断が招いた結果、剣が届く範囲まで許してしまった。
勇者が振るった聖剣が魔族の心臓を貫通する。そこから横へ裂き、再び突き刺して縦に割る。
細切れとなった生物の器官、赤黒い花が戦場に咲いた。
『ぁ……は?』
蛇族の言葉はそれが最後であった。勇者が首を跳ね、胴元から切り離す。
勇者の白き聖剣は真っ赤に染まり、髪や服にも血を浴びていた。
『お前らもかかって来いよ。皆殺しだ、魔族なんて滅べばいいんだ。フハ、生ゴミ以下の存在が、生きてるのが間違ってんだよ!』
見せ付けるように勇者は魔族の死体を八つ裂きにする。