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嗤う8

「ディットっ! テメエ、やりやがったな! ぶっ殺してやる――」


「待て、ラヌー! アルサクも剣を抜くなッ」


 男の仲間が剣を抜こうとする。後ろで成り行きを見守っていたもう一人も剣の柄を握った。先行したラヌーの襟首をつかんで引き戻し、追従しようとするアルサクを引き戻す。


 二人とも下げらせることに成功したピィグは勇者の前に出た。背の低い小娘へ己のプライドを捨て、平身低頭で詫びを入れる。


「すまねえ、嬢ちゃん。俺たちも仕事なんだ。悪いが、何もしないでここに居てくれると助かる。逃げ出したいというのなら、出ていっていい。俺たちは止めねえ」


「おい、ピィグ。奴隷を逃がしたら奴隷商のクソ共に殺されるぞ!」


「――んなの分かってんだよッ。じゃあここで、嬢ちゃんに殺されてえのか!?」


「あら、心外。わたし、人族は殺さないわよ? 手足は折ったり、目は潰すかもしれないけど」


「……勘弁してくれ。俺たちはただ雇われてるだけなんだ。嬢ちゃんをどうこうしたいっつうのはねえ」


「あなたがそういうことなら、大人しくするけど。奴隷におちて拾われる、そんな体験滅多に出来なさそうだし、面白そう」


「そ、そうか」


 ピィグとしては逃げてくれたほうが良かった。


 奴隷商売は合法じゃない。逃げられて喋られれば国から処罰を受け、商売が破綻する。


 奴隷商もそれは避けたいはず。奴隷が逃亡すれば隈無く捜索されるだろう。最悪、口封じとして暗殺者が向けられる。


 ピィグ達は護衛役として雇われたわけだが、勇者を拾ったのはこっち。勇者が逃げれば捜索に駆り出されるはずだ。


 それに乗じてとんずらすればいい。


 この少女と関わり合いを持つのも、奴隷商人の雑用をするのも、もう懲り懲りなのだ。


 この国と雑用みたいな汚れ仕事ばかりを斡旋するギルドともおさらば、そう考えていたのだが。


 面白そうなだけで奴隷に留まることを良しとするコイツ。このガキは頭がイカれている。


 大人しくする保証もなく、危険な猛獣を手のひらで飼っているようなものだ。


「商人の子飼いにも話が分かるやつがいるのね。外見がアホっぽいけど中身は優秀っていうやつかしら。ねえ、あなた――」


 勇者がピィグへ貶しているのか褒めているのか、よく分からないことを言う。最後のピィグへ向けた言葉も口閉ざし、もぞもぞと悩む素振りをした。


 そして、言いかけた言葉をどう言おうか選んで、再度質問した。


「――わたしは勇者だけど、勇者って知ってる? あなたたち、態度とか全然勇者に向けるものじゃないけど、わたしって何に見える? わたしって勇者よね?」


 その質問に男も悩んだ。どう答えればいいものか。


 勇者を知っているか――否だ。


 何に見えるか――小娘の面した化け物だ。


 わたしが勇者か――いや、ただのイカれてるガキだ。


 結論、イカれてる小娘の皮を被った化け物だ。


「悪い。勇者っていうのには心当たりがねえ。嬢ちゃんもただの少女に見えるが……」


 ピィグが勇者に返答を費やした時間は僅か五秒。


 一秒で勇者の機嫌を急降下させる答えを思い付いた。このまま答えることはできないと即時却下を下す。


 また二秒を思考に巡らせ、更に二秒を使って無難な返答をやった。


 化け物並みの怪力と狂った思考がなければ。髪や服装を整えればだが、貴族の令嬢と勘違いされる容姿はもっている。


 大人しくしてればただの少女に見える。


 そう付け足すピィグだが、とち狂ったコイツがただの少女に見えるわけねえと、自身で突っ込みを入れた。


 それに気づいたのか定かだが、目をすぼめる勇者。ピィグは返答に固唾を飲んで待った。


 返答に用いた秒数は五秒、この勇者が心を読まなければ不自然ではないはずだと。


 背中に冷たい汗をかきながら、少女の顔を様子見る。ピィグは安堵した。勇者の表情が変わっていないことに、ほっと息を吐いた。


 危険は去った。――そう思っていいだろうと。


 男が示したものに嘘はないと判断した勇者は、頷きながら視点の定まらない床に視線を落とす。小さい口を開閉し、ぶつぶつと独り言を漏らす。


「そう、わたしは勇者のはずなのだけど。いや、魔王を倒したから勇者ではなくなったのか。でも、残党は残ってる。なら、勇者でいいのよ。うんうん、わたしは勇者。わたしが、勇者よ」


「なあ、嬢ちゃん。俺たちは商人に話をつけてくる。嬢ちゃんは奴隷として売られたいってんで良いんだよな?」


「ええ、ここにいる頭が悪いやつより、世界の状勢に少しでも詳しいやつに会いたいから」


「……なら、上には武力面が優秀と言っておこう。そうすれば奴隷を買うぐらい稼いでる冒険者が買うはずだ」


「ありがとうと言っておくわ。気が利く男はモテるわよ」


「そうかい、ただ頼みがあるんだ。俺たちは商品に手を出した嬢ちゃんを連れてきたわけだ。今の状況じゃ、鬼畜な人格破綻者……を売りにきたようなもんだ。その心証は避けたいだろ?」


「鬼畜な人格破綻者って酷いわね。わたしは聖なる勇者よ?」


「そうだ、その通り。嬢ちゃんも何かしら理由があって商品を傷つけちまった。だけどそれは不幸な事故。こっちも身が危なくなるし、嬢ちゃんも売れなくなって処分されるかもしれねえ。それはお互い困るだろ。だからよ、他の商品とはちっとした諍いが起こった、そう口裏合わせしてくれねえか?」


「……へえ。よく考えてるのね。利益のために、だけど。まあ、売れ残るのは嫌だし、早く頭の良いやつに会いたいから口裏合わせでも何でもするわ。嘘は良くないけど、ただ頷くだけなら問題ないしね」


「なら、そういうことでな。……嬢ちゃん、大人しくしててくれよな」


 ピィグは念には念を入れて、勇者へ言う。勇者はわかったわかったと軽く返すのが、どうにも信用できない。


 ピィグは疑いの目を向けるが、勇者は気付かない。


「ええ。でも、ここから出たらこいつら殺していいのよね?」


 商品の子供に執着する勇者にピィグは疑問を抱く。


 一番の不可解さは少女の残虐さだ。憎悪や恨みなどの負の感情が薄いのに平気でやる。力の強さも人間のそれではない。


 忌み子か、はたまた悪魔に憑かれた化け物か。


 奴隷の子供同士、怨念があるとは思えない。それも一方的な恨み。


 少女が言っていた魔族というのが関係していることは解るが、ピィグには魔族が何なのか。


 それを聞こうにも、わざわざ導火線に火を嗾けて爆発したら大変だ。見え透いた罠に飛び込む勇気はなかった。


「あ、ああ。俺たちが居ない所ならどこでだって殺っちまっていい」


 本当に、奴隷を皆殺しにするのも俺たちを巻き込まなければいい。


 ピィグは本心からそう思う。


 そして、後ろからやり取りを聞いていたクロスティは、勇者を見つめてある一つのことを決心した。

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