嗤う7
「何してんだ、テメエらッ!」
男達の怒号が地下室に響き渡る。奴隷商人の子飼い四人が、武装した格好でやってきた。
彼らは地下室から鳴った音にやってきたのだろう。直ぐ様、奴隷二人の腕が千切れていることを見、檻も壊されている形跡を把握した。
誰がやったのか、男達は犯人探しをしようとする。が、見回すまでもなく犯人がいた。
悠然と佇む少女だ。子供からは怯えが混じった瞳で睨まれ、この異様な様子から犯人以外の何者でもない。
だが、こんな少女といっても差し支えのない小娘が、こんな惨状を作り出せるものなのか。男達四人の内一人が、状況を分析する。
「ねえ、おじさん。おじさんたちなら分かるよね? こいつら魔族よ。一緒にいて、大丈夫なの?」
少女は人差し指を向けた。その先は商品となるただの奴隷。
「あァ?」
子飼い達は訳が分からず、聞き返す。
勇者はその反応と頭の悪そうな言葉に呆れた。奴隷商売の子飼いなんて底辺職だろう。ポンコツしかいないのかと、溜め息を吐いた。
勇者は脳ミソが空っぽな男でも分かるように行動を起こすことにした。まずは指を向けた方向へと歩いていく。
子供達が複数いる所で止まり、誰でもいいからと手近な子供を引っ掴む。
周りの子供はひたすら睨んでくるだけで、勇者を止めようとはしない。
手を捕まれた子供は僅かながら抵抗するが、無理やり引きずっていく。
勇者は子飼いの所へと戻ると、警戒するのを余所に五体満足な子供を投げつけた。
「――うぐっ!」
背中から打ち付けられた子供は息を詰まらせて咳き込む。
が、直ぐに足で腹を押し付けられ――勇者的には殺さないように優しくしている――急激な圧迫によって息を止める。
徐々に青くなる顔は同情を誘うが、勇者はそもそも見ていない。見ていたとしても、魔族には容赦がない。
「ねえ、こいつのことよく見てよ」
勇者は幼い。顔は良いが、将来性を加味しても男達からして性的な魅力がわかない体。胸はぺったんこで、十五歳前後の少女にしては発育が悪すぎる。
まだ少女と言っても過言ではない小娘が小さな体躯で、片腕を使って子供を放り投げたのだ。
あくまで平然とした表情で、だ。
男達の内、ピィグという男だけが、こいつは危険だと悟った。
いくら投げた子供の体重が軽くても、その細い腕のどこに持ち上げる力があるのだと。
得体の知れない少女に、男は第一級冒険者と遭遇した時と同じような焦りを感じた。
だからこそ、少女が求める解答が用意出来なくても素直に答える。話を繋げて様子を見るのだ。
「あ、あぁ。……青いな、顔が」
「そこじゃないわよ。こいつ魔族でしょう?」
ドンと勇者は少年の腹を強く踏んだ。踏み抜くほどの力は込めてない。
あくまで見せつけるための演出。
だが、少年の口から泡が出てきていた。顔を見ると白目をむいていて、さっきの衝撃でどうやら失神してしまったらしい。
「お、おい……!」
「あら、ごめんなさい。そんなに強くした覚えはないんだけど。まあいいや、他の連れてくるわね」
勇者は背を向け、新たな生け贄を捕らえに行く。気を失った魔族では魔力察知も出来ないだろうと、勇者の配慮からだ。
ピィグは勇者の抜け落ちた感情に、直感は正しかったと改める。同じ人間をモノとしか見ていないコイツは異常だと。
「いや、もういいから! 訳わかんねえけど、こいつらは魔族っつうのじゃねえ。ただの奴隷だ。だから、お前さんは何もしねえでくれ!」
本来ならば異常者の相手をしたくないピィグだが、商人に雇われている身。連れてきた奴隷が商品を壊すとなると、自身の身が危うくなる。
まだ商品の二人が片手を失ったぐらいなら言い訳が効く。そう前向きに算段をつけようと脳裏を巡らせた。
「ピィグ、商品を傷物にしたこいつ、殺っちまおうぜ。生かしちゃ怒られるだろ」
「――ラヌー、今の見てなかったのかッ! このガキはただのクソガキじゃねえ!」
ピィグと呼ばれた男は慌てて仲間へ見向き、酷い形相で怒鳴った。このガキの機嫌を悪くすることを言うなと、目で訴えながら。
「ねえ、クソガキって、わたしのことかな。あなたたちのほうが、よっぽどガキっぽいけど」
「アあぁん?」
それに男の一人が勇者に詰め寄ろうとする。質素なズボンに両手を入れながら顔を上下し、目付きを悪く睨んでくる。
ガンつける、というのだろうか。ただのチンピラだ。
ピィグは勇者の態度を損ねたと男を引き戻し、平謝りする。
「す、すまねえっ。魔族っつうのが何なのか知らねえが、頼むから大人しくしてくれ」
「おいおい、ピィグ。情けねえな。殺して侘び入れる、俺たちはそうしてきたんだ。こいつも殺して終わり、簡単だろ?」
男達のもう一人が謝罪するピィグを茶化す。なんで小娘に謝ってんだと、ラヌー寄りの極端な思考の持ち主は勇者へと近付く。
頭を押さえようと手のひらを広げ、金色の髪を掴もうとする。
「わたしは勇者なの。魔物はぶっ潰すし、魔族はぐちゃぐちゃにして殺すわ。でも、人族だけは殺さない。だってそれが、勇者であるべき姿でしょ――」
微笑む勇者は頭を押さえようとした手を掴んだ。
いくらか場数を踏んできた手。ごつごつとした感触は、職業柄剣を握っているからか。
「でも、初対面の勇者様に殺すだなんて、ふつう刑罰ものよ?」
勇者はそんな大きな手を取り押さえ、あらぬ方向へ捻った。あわせてゴキッと骨が折れた感触が伝わる。
「あ――?」
捻れた手を握る勇者を男は見てから、折れた手首を理解できないように間抜けな声を漏らした。
勇者はまだ離していない、男の手を。少女は更に握力を込めて握る。
肉が圧縮されて骨がミシミシと鳴った。潰された手からは肉が破け、大量の血が吹き出た。
「わたしを殺すとか言ったこと、謝ってほしいかな。わたし、これでも勇者だし」
「――」
大の大人が声にならない絶叫を上げる。痛みに叫ぶ男は勇者から離れようと覚束ない足取りで後退しようとした。
それを勇者は許さない。ひしゃげた手首を胸元へと引き寄せ、体勢を崩す。
前向きに倒れてきた男の頭に空いている手を置くと、勇者は間合いを作るために一歩下がる。
適当な距離を取った勇者は、頭二つ分も背が高い男を力ずくで頭を下げさせた。
体勢が崩れている上に、勇者の力に及ばない男は成されるがまま倒れ伏し――。
「だから、ちゃんとごめんなさい、しましょうね」
「わ、わるかっ――」
そこへ、勇者は顔面目掛けての膝蹴りを繰り出した。
「――ぐぁっ」
流れるような動作だった。
「勇者っていっても何でも屈することなんてあり得ないから、痛みで償いなさい」
鼻から血が吹き出た男へ言い放つ。男は勇者の言葉を聞くよりも先に気を失った。