嗤う6
口角をあげて歪な笑みを浮かべる勇者。
子供達は訳が分からず、壁際まで追い詰められる。
「お、おねえさん、なんで?」
どうして笑っているのか。どうして檻を壊せたのか。どうして手をこちらへ向けるのか。
聞きたいことは沢山あった。だが、言葉が出てこない。
恐怖で縛られた体は、満足に発声すら許してはくれなかった。
「何でってなにが? あなたたちはここで死ぬの。あなたは魔族で、わたしは勇者。意味なんてないわ。だって、わたしが勇者だもの」
勇者は腕を伸ばす。掴んだものは少女のか細い手。
ゆっくりと赤子の指を握るように触れた。
――ぐしゃと、骨が潰れた音が地下室に響く。
握り潰した音は小さなものだった。
でも、やけに大きく聞こえた。周りが静まり返っているために、僅かな響きでも全体に伝わったのだ。
「ァ、――ッ!」
「――な、なんで!?」
「アクラがッ! アクラの手が!?」
周りの幼き魔族は、唐突な変化に動揺する。少女の手が握り潰され、血溜まりを作ったことによって、静止の状態から抜け出した。
勇者は魔族達を視界から逃がさない。どんな抵抗をしてくるかも分からないから。
魔族は外見が幼いといっても上級魔法を平気で使ってくる。その恵まれた魔力は人族を恐怖に陥れ、反旗を翻すために勇者が召喚されたのだ。
だが、魔族は抵抗すらしようとせず、困惑と恐怖が混ざりあった顔で勇者を非難するように睨みつけた。
子供達の膝は笑い、がくがくと震えている。
少女はうずくまり、血が吹き出す腕を必死に抱え、嗚咽混じりの泣き声で痛みに堪えていた。
勇者にも魔族のか弱い声が耳に入る。
成人した魔族の泣き声は癪に障ったが、少女の泣き声は甘い響きだ。甘美な音色で、何だか心地好い。
胸に開いたぽっかりとした器を、少女の泣き声が埋めてくれるような気がした。
苦痛から奏でる音を聞き入っていると、周りの少年少女は今しがたうずくまる少女を守るように立ちはだかっていた。
その行動を前に、勇者は嗤う。
反抗するのではなく、守る。その反応は、力を持たない人族が手を取り合うそれと全く同じ。
故に、勇者は笑うしかない。
魔族がする行動がそれかと。力を持つ魔族が絶対強者の勇者を前にすると、人族と同じ行動をとる。
アホみたいだと思った。だから、見るのが愉しい。勇者は自然と笑みを強めていった。
「ハハハ、ちんけなゴミが守るって。無駄よ、無駄」
「や、やってみなくちゃ分からないだろ!」
「ふはっ、わたしに敵うと? あなたたちの王様もわたしが殺したのよ。ねえ、ゴミが、勇者のわたしを倒せると?」
その言葉に動いた者がいた。少女の近くにいた少年だ。他の子供は睨みつけるだけだったが、少年は果敢にも勇者へ立ち向かった。
一人の魔族――端整な顔立ちで人族にしか見えない――が、勇者へ殴りかかる。
挑発に乗ったわけではないだろう。少年は覚悟して挑みかかったのだから。少女のことを誰よりも想っていたのだ。
「く、クソおおおおっ!」
少年は小さな拳を握り、勇者へ殴りかかる。
勇者は遅すぎる攻撃に手を払った。
何かが破裂した。続いて赤いものが辺りに散る。
それは、少年の手だったもので。
「う、ああああああっ――!」
「うるさいなあ。でも、あなたたちの醜い声、嫌いじゃないわ。ふふ、愉しいわね! 雑魚が泣きわめくのが、とってもっ!」
勇者は少年の腹を優しく蹴り上げた。くの字になって浮く少年は、肺から息を吐き出されて尚、勇者を睨んでいる。
それが気に食わなくて、勇者は無防備となった少年の脇腹を撫でるように指先で這った。
指先でなぞった部分が凹む。骨がずれた音と衝撃波が少年を襲った。
口元から吐血し、吹っ飛んだ少年は格子を凹ませて数秒宙に滞在すると地面へ落ちる。
手先の無い腕からは流れる血。脇腹が訴える尋常ではない激痛。少年は青白い顔で痙攣し、泡を吐くと気絶した。
「ユ、ユウシャッ! なにをしてるんだ!」
魔族をいたぶっていた勇者に、クロスティは羽交い締めするように抱き込んだ。勇者は抱き締める拘束を払わず、息が荒いクロスティに言う。
「なにって、お掃除だけど?」
「掃除って! この子たちに恨みでもあるのか!」
「恨みなんてあるわけないじゃない。こいつらは魔族よ? そもそも、生かす理由があるの?」
「魔族ってなんだよ!? ボクらは同じ人間だろッ!」
「こんなところに入れられて、感覚が麻痺してるんじゃない? ほら、よく見てよ。こいつらはどっからどう見ても魔族よ」
「魔族、魔族って何を言ってるんだ! ボクたちは同じ人間だッ。お願いだから止めてくれっ!」
必死に止めようとするクロスティに、勇者は呆れ返る。
「あなた、本当に大丈夫? 魔族を同族だなんて正気の沙汰じゃないわ」
首だけ動かして、同じ人間だと主張するクロスティを冷めた瞳で見る勇者。
その温度差にクロスティは体の芯が凍え、力が抜ける。
「頼む、ユウシャ。お願いだから、お願いだから止めてくれよ……」
掠れた声を上げるクロスティは、力が抜けたように勇者へ覆い被さった。
「いやよ、魔族は死ぬべきでしょ。それとも、生かしたところで何か意味あるの?」
勇者は全体重を預けてくるクロスティを解いて、純粋に問う。
真顔で首を傾げ、殺すことに疑問を持たない勇者。
異常さが際立つ。人として大事なモノを失った少女は、決して正常ではなく。
クロスティは全身が総毛立つような悪寒を抱いた。何かが違う、普通の感性を持つ自分とは同じではないと。
肩を抱くように茫然と、小さな少女を見つめる。それしか無力なクロスティには、出来ることがなかった。