嗤う45
クルトとリーアは勇者が部屋から出ていった足音を聞きながら、二人とも助からないことを悟ってしまった。
奴隷が逃げた、という叫び声。
勇者が去り際に発した大声は洞窟内全域に反響し、それを聞いた者が続々と集まってきたのだ。
「あんのクソガキっ! 奴隷を逃がすなんてふざけんなよ。ここバレたら正規冒険者が雪崩れ込んでくんだぞ。ヘマしてんじゃねえよ、クソがっ。団長も何であんなの仲間にしたんだ」
「本当それな。たく、めんどくせえな……。ああでも、捕まえたら楽しんでいいんじゃね?」
「へへ、そうか。なら、悪くねえかもな。まあ、文句は言われねえだろ」
「おい、てめえもサカってねえで手伝え! 銀髪エルフを捕まえて犯すぞ!」
そこかしこから反響した男の声が聴こえてくる。数人ではくだらない。野太い声が行き交っていた。
闇ギルドの構成員。クルトとリーアを捕らえるために動き出している。
あの悪魔は居なくなったが、脱出する機会は失われた。闇ギルドの男達によって、洞窟からの逃げ道は全て塞がられている。
状況は悪いというものではない。どうしようもないほどに詰んでいる。
薄暗い室内で倒れているクルトは血を流しすぎた影響で視界が定まらなくなっており、意識も朦朧としながら呼吸するのも苦しくなっていた。
リーアも穴が空いた脇腹の痛みに動くことすらままならないでいる。
「……リーア、ごめん。守り、きれなかった。おれ、おれさ……リーアのこと、まもり、たかった」
クルトは靄がかかった視界で、最愛の人へ向けて言葉を振り絞る。
守ると言ったのに、君を守ると言っていたのに。
力のないクルトは大切な人すらも守れなかった。
それを聞いたリーアはゆっくりと掠れた声を上げ、クルトへ覆い被さるように動いて彼の頭を抱き締めた。
「……わたし、わたしね。クルトといっしょでよかった。あのときいっしょに、にげてくれた」
あの時とは、エルフ里を一緒に出てくれたときだ。
リーアはクルトが居なければ――あの日、死んでいた。
二人の始まり。
リーアは楽しかった。クルトと一緒に冒険をして、普通の少女として扱ってくれる人達と交流もできた。同じエルフの仲間だって出来たのだ。
全て、クルトが叶えてくれたもの。
だけど、楽しい一時はこれで終わり。一人の悪魔によって全てが壊され、理想の夢は終わりを告げた。
「……よわい、じぶんが、ゆるせない」
クルトは嗚咽を鳴らす。
もっと、色々なところへ二人で行ってみたかった。
もっと、二人で一緒に居たかった。
「……わたしも、クルトのこと、まもりたかった。クルトのこと、だいすきだから……」
流れ落ちた涙の滴が、クルトの頬に落ちる。
大好きな少女を泣かせてしまっている。クルトは彼女へ触れようと左腕を持ち上げるが、血を流しすぎた影響でぴくりとも動かず、自身の余命が刻々と迫っているのを実感した。
リーアも体の力が抜けている。ただ、泣き続けるしかできない。
そんな二人の元へ、男達の足音が近付いているのが聞こえてくる。
絶望の淵。逃げることは不可能。
「だれか、たすけてよ……」
泣きじゃくるリーアが奇跡を願う。
もちろん、誰も応えてはくれない。この場には二人しか居ないのだから。
――そう思っていた。
「……わたしは、何て酷いことを仕出かしてしまったのでしょう」
「だれ……?」
リーアが顔を動かして部屋の入口に視線を移す。
そこには衣を纏った女性が居た。ふわりとした金髪が肩まで伸び、青い瞳は申し訳なさそうにクルトとリーアを見ていた。
足音もなく、突然現れた人物。
背後にあった通路は光の壁が作られていき、真っ白に輝いて出口を塞いでいる。
神々しい雰囲気を纏った女性は警戒を解くようにゆっくりと近付き、寄り添う二人の元まで来ると膝を折った。
「……償わなければなりません。この世界の住人に、多大な被害をもたらしてしまった罪を」
「あなた、は……?」
敵意の欠片もない女性に戸惑いながらも、リーアは疑問を口にする。
「……わたしは世界の意思。聖剣に宿り、創られたもの。そして、女神エクリアトの半身――女神の片割れです」
「かみ、さま……?」
理解が追いつかなかった。忽然と現れた女性が神様を名乗るが、到底信じられるものではなかった。しかし、神秘的な雰囲気は同じ人間と言い切れるものでもなく、本能的に味方だという直感だけがあった。
リーアは助けを求めようと手を伸ばす。
女性にお願いをすれば、助けてくれる可能性があるのだ。
しかし、あのときと同じで、リーアは躊躇した。
薄暗い洞窟のここへ連れてこられたとき性奴隷に落ちそうになったが、勇者へ助けを求めた。そして裏切られ、希望を折られた。
それと全く同じ状況だ。
だけど、どれだけ打ちひしがれようとしても自分の無力さを嫌となるほど痛感している。
「ええ、そうです。……彼等はセカイと、そのまま言っておりましたが。わたしは貴女たち適正者の願いに引き寄せられました」
「あなたは、たすけてくれるの……?」
リーアはすがるように、神を名乗った女性の膝へ手を動かし、顎を引きずって女性を見上げる。
「……元はと言えば、勇者をこの地に送ってしまったせいなのです。わたしが、この悲劇を生み出してしまった。……二人には助けになるのか、正直わかりません。傷を癒すことは可能です。ですが、永遠の牢獄に囚われ、二人に過酷な運命を背負わせてしまう。それでも、望むのなら……」
目を伏せた女性の裾を掴み、リーアは叫ぶ。
「たすけて……たすけて、ください。わたし、クルトを助けたいの……! なんでも、なんでもするから!」
「……それが、人外になる力の付与でも望みますか?」
「なんでも、いい。たすけてよ……」
「……そうですか。そちらの少年も応じますか? あなた方へ与えるのは永遠の時間、過剰な再生力これは神に対抗するための呪いです。ですが、死ぬ運命が訪れることはなくなります」
「……リーアを、すくい、たい」
焦点の合わないクルトが虚空を見ながら枯れた声を鳴らす。
「……では、施しましょう。こうすることしか出来ないわたしを恨んでください。二人へ力の付与を行います。世界の理を今ここに――極大魔法ブラド・トゥール」
ボロボロの二人の前でセカイが詠唱したのは極大魔法の一つ、呪われた力。
クルトとリーアを包み込む光が赤く明滅する。
二人の内、劇的に変化したのはクルトのみ。
少年エルフの髪の毛が真っ白に染まっていく。薄く開いた瞼の中身は創り変えられ、真っ赤に染まる。
更なる異変が起きると、リーアが慌てふためく。
クルトの断たれたほうの右腕の付け根がボコボコと動き出したのだ。皮膚が膨らみ、青いきらきらと輝く光が舞う。
「なんだ、これ……は」
クルトはぼそりと呟く。自分の体が意思に反し、化け物のように動いているのだ。
「クルト……痛くないのっ!? 目と髪も……!?」
「痛く、ないけど……リーアのそれ」
そう視線を向けた先に、リーアの脇腹も同じようになっていた。皮膚が蠢き、傷跡を無くすように修復している。
次第にクルトの腕も、リーアの脇腹も治っていく。傷が一つもなくなった。
有り得ない現象に二人は呆然と顔を見合せる。治った体はまるで自分のものではない錯覚すらあった。
地べたから上半身だけを起こし、女性のほうへ向いて言葉に詰まる。
何をしたんだ、という問い掛けをするべきなのだが、当の女性――セカイは懺悔を口にしていた。
「……本当に、申し訳ありません。あなた二人へ世界の命運を背負わせてしまった。こうするしかなかったとしても、わたしは……どうかお許しください……」
「何を、したんですか?」
「今のは再生――神を倒すための可能性を示す力です。あなた二人はこれから死ぬことが無くなり、寿命の概念も消失しました」
そう説明して、頭を下げた女性。
とても後悔し、歯噛みしながら目を伏せている。
「寿命の概念が消失……?」
「……はい。あなた二人は永遠の時間に囚われることになりました。運命も変わったため、神を倒さなければ解放されることもありません。勝手な願いだと重々承知しております。ですが、どうか……わたしの願いを聞いてはいただけないでしょうか」
クルトとリーアは意味を噛み締めていた。
女性の言葉が本当ならば、死ななくなったこと。永遠にクルトもリーアも生き永らえることが可能になったのだ。
クルトとリーアが互いの手を握る。
セカイは二人の反応を見、言葉の刃を向けられると身構えた。罵倒がきてもおかしくはないのだ。
永遠を生きる不死となった。二度と死ぬことが許されなくなり、時間の牢獄に苦しむことになる。
セカイが勝手に与え、力を付与した結果だ。
だけど、彼等は微笑んで生きている実感を噛み締めている。
「あの、ありがとうございます。オレたちを助けてくれて」
「クルトを助けてくれてありがとうございます。わたしたちは何をすればいいんですか?」
「……二人は、怒らないのですか。不死になってしまったのですよ?」
「怒りませんよ。助けてくれたんですから」
「不死って言ってもクルトと一緒なら……ね?」
「リーアと一緒なら全然大丈夫かな」
仲睦まじく、二人が笑い合っている。
セカイは胸を撫で下ろしたが、恨まれる覚悟は持たなければならない。それが何十年、何百年先になるのか分からないが。
「……そうですか。では、お願いがあるのです」
「はい、オレたちで出来ることならやります」
クルトとリーアが姿勢を正し、セカイへ向き合う。
女性は二人へ話を始め、神と世界が争っていることを説明していく。
一番大事なことは神を殺すこと。それに必要なことは――。
「――どうか勇者を殺し、名も無き聖剣を奪い取ってほしいのです」




