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嗤う36

 黄土色の瞳は歪んでいた。どれだけの数を殺せばこうなってしまうのだろう。魔族は悪だと信じる勇者。あの日に誓った決意は揺るがず、己のやり方を今日もまた憎むべき対象に向ける。


 勇者は魔族に対して弄ぶ行為も正当なものだと信じている。何故なら、魔族はいつだって人族を殺してきたから。


 何百何千の話ではない。人族は非力なりに生を全うしてきたというのに世界では劣等種族として迫害され、大陸もほとんど支配された。


 人族が住むにはあまりに小さな土地で纏まって固まり、侵略してくる魔族に対抗していた。それでも魔族は力に物を言わせて土足で生息圏まで乗り込み、暴力をもって侵略してきた。


 種族の溝は深く、勇者は過去があるからこそ、自身の行いを正当化する。


 無邪気さを合わせた瞳は幼子のそれ、とても面白い玩具を与えられた子供のように勇者は笑った。とても可愛らしい笑みでもある。


 十五歳にも満たない容姿は貴族の令嬢を彷彿させ、腰に差した剣と革の防具を包んだ黒いローブは新米冒険者の出で立ち。


 可愛らしい少女の姿をした勇者は裸体同然なエルフの少女を遊び道具として暇を潰す。


 向かい合わせのエルフにとっては残虐を尽くした恐怖の対象になり得るもの。無邪気さを合わせた勇者はエルフの少女に理不尽な痛みを刻み込んだ。


「とても楽しいわ。あなたはどう?」


 心底愉快な気分になっている勇者、向けた言葉には返事はない。だらりと両腕を拘束された少女は呼吸が浅く、泣いた跡が残っている。会話もする気力がないというよりも、勇者と会話が成立しないと黙秘を貫く。


 だが、エルフの少女が下を向いてあくまで無視するのならと、勇者は魔力をエルフに送った。


 膨張したエルフの指が脈動すると破裂する。壮絶な痛みが走った少女は唇を噛む。直ぐに勇者の回復魔法で二重の痛みが少女を襲う。涙に腫れ上がった目元から再び滴が溢れ出てきた。


 でも、リーアは悲鳴は上げなかった。


「痛い? 苦しい? 解放されたい? 魔族のゴミクズ、どうやったら今までの罪が帳消しになると思う?」


「……」


 髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。銀髪のエルフの少女は既に焦点が定まっていない瞳を向けた。


「……ただの人形なら殺しちゃおうかしら」


 冷徹な声に赤目の少女は震えた唇を動かした。


「なんで、こんなこと、できるの……?」


「こんなこと? そうねえ、あなたみたいなクズが生きてるから、かしら?」


 ――わたしは何もしてない。リラーギルさんもサーニャやミーシャも。どうしてこんなことされなくてはならないんだ。リーアの中で理不尽という単語が巡る。


 同じ歳ぐらいの少女がやったという事実に愕然とした。全て悪いほうへと転がされたスヴェルヘイムは今やパーティの危機に陥られた。


 こんなこと、普通は出来ないと。


「……あなたには、人の感情がないの?」


「あるわよ。だからこうやって憎しみをぶつけてるの。……魔族はやったのよ。無関係な人族をいたぶって殺して、女は犯して殺したの。なら、わたしだって同じことしてもいいよね」


 平然と答える少女が人間とは思えない。


「……普通は、こんなこと出来ないよ」


「違うわ。普通の人族は出来なかったの間違い。魔族は頭おかしいぐらい強いじゃない。人族は隠れるか、纏まって対抗するしかなかったの。――でもさ、わたしって勇者なのよ」


「……ユウシャ?」


「そう、元々この世界の住人じゃないのよ。異世界からきたただの子ども。でもね、異世界補正のせいか人より強かったの。人族の誰よりも、魔族の魔王よりも」


 耳慣れない勇者という言葉。異世界から来たという夢物語にリーアは首を振る。


「そんなこと……」


「まあ、信じなくてもいいわ。でもね、何も知らずに連れてこられて訳分かんないまま人族の英雄に祭り上げられて。でも、凄く良い子に出会って……わたしは勇者としてこの世界を生きていくことに決めた。なのに、あんたら魔族が全てぶち壊した」


 ――お前ら魔族が生きていたから、彼女が死んだ。


 勇者は内に潜む憎悪を吐き捨てる。黄土色に染まる瞳の奥は陰り、底がない闇が蠢いている。ただそこにあるのは憎しみ。とてつもなく黒い感情が少女の身の内を支配していた。


「でも……! それでも、やり返していいわけじゃないよ!」


 リーアは否定する。必死に想いを綴り、闇に囚われている少女へと――。

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