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嗤う4

 一人で魔王城に向かい、勇者として魔王を倒しにいった。魔王と対面するまでには配下やら罠が待ち受けていたものの、切り抜けて全員殺した。


 魔王と戦い数回傷を負ったが、結果としては難なく殺すことに成功。


 やっと人族に平和が訪れる。あの子が願ったものが一歩進んだ。そう嬉しくもなった。


 でもここで慢心するわけにもいかない。和平のためにも勇者として人族のためにも、魔族を排除するという使命を全うしようと意気込んでいたのだ。


 これから時間はかかるかもしれないが、魔族の残党を皆殺しにしなくちゃ、そう思っていた矢先のことだった。


 地面から魔方陣が展開された。


 魔王が使った魔法に酷似している。時間差の罠に引っ掛かったのか――油断が招いたとは故、勇者が魔王を圧倒できるほど強いのは現に証明している。


 無敗の勇者が戦闘を優位に進める瞬発力をもって、尋常ではない速度で回避を優先した。


 だが、魔方陣は勇者を追随する。跳び跳ねた先にも魔方陣は付きまとい、勇者を逃さない。


 ここで対象者を指定した魔法だと推測した。この魔法を避けるには反属性で相殺させるか、魔方陣から種類を割り出し、新たに魔法を上書きするしかない。


 されど、勇者は魔王が使った魔法に心当たりがない。否、人族に知れ渡っていない魔法と見るべきだろう。


 こういった魔法は回避が困難な利点があるが、致命的な欠点もあった。


 魔法を当てることが第一の術式なため、純粋に威力が落ちる。


 勇者はどんな魔法なのか知らないが、冷静に禁忌魔法――回復再生魔法の準備をした。


 頭部を一撃で破壊されない限りは生きていられる魔法だ。


 魔王が最後に置き土産として選んだ魔法を侮ることは出来ない。


 反面、勇者は余裕で発動する魔法を見守る。心にはゆとりがあった。


 この魔法がもしも大規模な最上級魔法でも、禁忌魔法を用意した勇者に死は無い。


「トラップなんて勇者に効かないわよ」


 冥土へ落ちた王へ、勇者はあざけり笑う。


 だが、勇者の思惑と異なって、魔方陣は勇者の体に刻み込まれた。刻印が体の隅々まで行き渡り、文字が点滅するや光に包まれ――。


「――ぁ」



 □



「テメェ、この状況が分かんねえってか。あ、いや……おめぇは意識不明だったやつか。仕方ねえ、俺が説明してやるよ」


 檻越しの男は勇者をなめ回すように見るや、途中で拾いもんの上玉だと気付き、言葉を言い換える。


 あくまで不遜な態度を崩さずに、何が楽しいのかつらつらと求めた回答を述べてくれた。


「いいか、お前は奴隷だ。これから売られる末路のクソったれたガキの一人だ。おめぇ、顔は良いから性奴隷になるんじゃねえか?」


 男の気に障る笑い声に勇者はしかめる。


 魔王の罠にかかった後、意識を失ったのだろう。そんな柔な体ではないのだが、魔王による魔法によるものか。


 勇者は途切れた時間を成り行きから見計らい、あれから数日は過ぎていると見当をつけた。


 眠りから覚めた勇者は体調が万全であった。故に、微笑む。


 紛れもなく、不覚を取ったのは変わらない。男達に拉致されたのは、勇者が起きていればこんな些事は起こらないで済んだ。


 しかし、焦る必要もない。見方を変えれば、魔王城付近で魔物が潜む巣窟の中、意識を無くした勇者を拾ってくれたのだ。


 彼等は奴隷として売るつもりなら、人族の都へ行くはずだ。


 自前の馬車要らずで勇者を送ってくれるというのだ。なんて親切な奴隷商だろう。


 勇者は奴隷商人の飼い犬へ、お駄賃をやろうとするぐらいだ。懐からまさぐるが、あるべき物がないことに気付く。


「おめえが持ってたやつは親分が貰ってったぜ。立派な剣と銅貨袋をよ、残念だったな」


 男が目敏く勇者のとった行動を勘違いしてせせら笑う。


 勇者は動じない。くれようと思っていた物だ。馬車代として払う手間が省けたと考えた。


 ただ訂正する。袋には沢山入っていたと、そんなにみみっちい金じゃないと。


「……銀貨もたくさん入ってたわよ」


「なんだ、おままごとに使う銀貨ってか?」


「そんな歳じゃないわ、ったく。あーあ、聖剣も取られたし、こっちはやれないけど。でもそうね、少しの間だけ貸してあげる」


 まあでも。聖剣は召喚魔法で手元に呼び出せる。


 選ばれし勇者ならではなのだが、他人が持ち去ったところで痛くも痒くもない。


「はっ、状況が分かってない嬢ちゃんだな」


「状況は分かったわよ。だから銀貨ぐらいくれてやるわ。ありがとうね、おじさん」


 奴隷として拐われた子供達が脅えているのに、一人の少女はにっこりとお礼を言った。


「……へえ、そうかい」


 状況を知り、銀貨を持っていたことが真実ならば、大事な物を盗られたのだ。値打ち物の剣は確かな物だったため、袋には銀貨も入っていた可能性はある。


 というのに、思った反応を返さない少女。男は落胆を隠せない。


「奴隷、奴隷ねえ。それもいいかも」


 掴み所がないというよりも、何かがおかしい。奴隷として売られようとしている現状で笑えるやつはいない。それも、どこか楽しんでいるようなコイツは頭の中がズレている。


 ネジぶっ飛んだ奴を拾っちまった、と男は誰に聴こえることなく呟いた。


 勇者は同じ立場に置かれた少年少女の悲壮感を余所に、危機感などそっちのけで思考する。一考は視界とは別に、脳裏で描く。


 わたしの顔――勇者は世界中に知れている。


 いくら影に潜む奴隷商人の子飼いが無知で商人がアホでも、奴隷の買い手は金に余裕がある貴族か冒険者だろう。


 奴隷となった勇者を見てどう反応するのか。想像して笑う。


 常識を持った人間なら卒倒しそうな勢いで国に連絡を入れ、騎士や衛兵が総動員で救出されるはずだ。


 常識に外れた者でも、勇者を手懐けようとする者が居るものか。




 檻が付いた馬車から下ろされた。勇者と子供達は手錠をかけられ、店へと押し込まれる。


 奴隷商人の飼い犬しか拝めなかったが、店に着くと初めて奴隷商人が顔を出した。


 一言で表すと太った豚だ。顔には吹き出物があり、呼吸困難なのかコフーと息荒く汗をかいている。


 商人の飼い犬は護衛も兼ねているようで、全員がどれも荒くれ者の相貌をしていた。


 男達に手錠をかけられるのに素直に従った勇者は、ピクニックへ行く気持ちで子供達が入る店を見上げた。


 生憎、裏からの招待らしく、正面の店構えを見ることは出来なかったが、大きさからして立派な建物だろう。


「さっさと来い。クソガキ」


「はいはい、民度が低いクズは言葉も乱暴ね」


「何だとゴラァ!」


 男が何とか言ってるが、素知らぬ顔で裏から店に入ると綺麗な店だった。奴隷商ということで汚ならしいのを想像していたため、拍子抜けする。


 これなら高級レストランを開いたほうが儲かりそうだなと勇者は辺りを見渡す。


 店員も燕尾服を着用しており、ウエイターとして起用すれば問題ないだろう。

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