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嗤う29


「ありがとうございました!」


「いやあ、こっちこそ。割が良い仕事だったよ」


 ギルド前、大通りの端で挨拶を交わした六人の冒険者。一人は新米冒険者の格好をしたクロスティに他は中級冒険者のパーティだ。


 クロスティは防具が整っているが、立ち振舞いが初級冒険者のそれ。中級冒険者は見抜いたのだろう、親切にギルド前まで送ってくれた。


「ではボクはこれで。皆さん、本当にありがとうございましたっ」


「うん、こちらこそ。また機会があったらよろしくね」


 気さくなリーダーやメンバー達へクロスティは最後にお辞儀すると、急いでギルドの門を開いた。


 入り口の扉を開けると広い部屋に驚く。窓口となるものが並んでいて、冒険者や商人の列が作られていた。


 大勢の人達が集まる場に足踏みしてしまうが、クロスティは意を決して敷居を跨いだ。


 案内標識を見比べて目的の受付を目指し、冒険者達が行き交う道を縫うように歩を進め。


「あの、依頼を出したいんですが!」


 クロスティが駆け寄った場所は丁度に列が捌けた窓口で、依頼を要請する窓口である。


「はーい、内容を教えてもらってもいいですかー」


 受付嬢はとても小さな女の子だった。クロスティよりも幼く、更に奇抜な格好だった。


 ギルドの正装なのは間違いないが、全体的に黒い。他の受付嬢は青と白の制服なのだが、クロスティを相手する女の子は色違いの制服を着ている。


 服が黒いのはまだいい。彼女が左手で弄んでいるものがクロスティは気になって仕方ない。


 尻尾、だろうか。黒く伸びた線に、先っぽはハート型になっているアクセサリー。それを弄っていて、空いている片手で書類にサインしている。


 因みにクロスティとは一回も目を合わせていない。現在も書類と格闘中である。


 「あの、えっと。その……」


 凄い適当な感じな返事にクロスティはどもった。ギルドに来たのが初めてだが、これが普通なのか。こんな対応でちゃんと聞いてもらえるのだろうかと。


 クロスティ一人で狼狽える。受付嬢の視線は未だ手元の書類へ釘付けである。


 そんな風にクロスティがどう切り出そうかとおろおろしていると、それを見かねたのかとても大柄な職員が一人やってきた。


 職員に気付かず、目の前の少女は紙をペラペラと捲り、クロスティへ促す。


「依頼ですよねー。どうぞどうぞぉ――ふぁ!?」


 書類に集中する受付嬢は軽い感じで言うのに対し、後ろで仁王立ちしていた職員は眉を曲げて小さな頭に握り拳を落とした。


「何をやってるのぉ? ちゃぁんと顔見て話しなさいって教えたじゃない」


「いひゃい、いひゃい。噛んだ、噛んだーっ」


 頭を両手で庇うように大袈裟な反応をする少女は拳骨をした職員を涙目で非難した。


「誰が悪いか分かってるぅ?」


 顔を近付けたのは大柄な男性職員。はち切れんばかりの制服に顔面凶器とも比喩できそうな強面を受付嬢に近付けた。


 それに、ビシッと効果音が付きそうなほど勢い良く人差し指を向けた。


「マカオちゃんが悪いよね、うん!」


 少女の倍ほど大きい顔を近付けられても動じない受付嬢は強気にそんなことを宣う。


「まったく、悪いのはあなたでしょう。ねえ、ごめんなさいねぇ?」


 唐突に顔を向けられたクロスティ。反射的に一歩退いて頷く。


「あ、いえ……」


「あら、可愛い顔ね。新人さんかな、食べちゃいたいくらい」


「ひぇっ」


 そんな顔面凶器にぐいっと近寄られたクロスティは、変な詰まりと反動で後ろに一歩下がってしまう。


 職員は性別的には男なのだろう。巨体であり、制服が今にも破れそうなのは無視するとして、角刈りの頭が至近距離でそんなことを言えばただの笑えないジョークである。


 巨体で有名なオーガと同等の背丈を持つ職員。本当に食べられそうな迫力にクロスティは恐々と戦いた。


 クロスティは笑えなかった。今に浮かべているのは苦笑いのような硬い笑み。


 職員は強面だが、優しそうな人で、こんな反応は失礼だとクロスティは理解していたが、体がびくびくとしてしまう。


 ――でも、こんなのじゃ駄目だ。早く勇者を、闇ギルドをどうにかしてもらわないと。


 クロスティの一大決心。


「ほら、可愛いあなた。話は私が聞くわよん?」


 クロスティの内なる決心を知らずしも、先を促す職員。クロスティは意を決したものの、心構えは出来ておらず。


「ひっ……!」


 喉元から小さな悲鳴が出てしまった。


 クロスティは職員が恐い。ただの強面ではないから――。


 その顔に厚化粧がされており、くねくねと体を揺り動かす素振りをしているから。


 巨体のオカマである。


 気持ち悪いとかそういう感想より、恐怖が勝っていた。



「マカオちゃんが出てくると話が進まないんだよねー」


 受付嬢は紙束をとんとんと机に当て、整理した書類を脇にどける。


 クロスティのおどおどした仕草に困ったような顔を浮かべる大柄な職員。


 受付嬢はそれを眺めて、いつもと同じだなーと暢気にあくびのようなため息を吐いた。


「なんでよ?」


 隣の椅子を持ってきながら聞く職員。丸椅子で受付の隣を陣取ると、腰を落とした。


 体型が良い職員がギルドの備品である椅子に座ると、子供用のオモチャに乗っかっているような違和感がある。


 受付嬢はどう言えば言い訳になるのか考えた。


 その答えを待つ間、早く知りたくて仕方ないのかくねくねとする職員の動作。椅子から左右に揺れ動く度に異音が混じっている。


 このまま悠長に言い訳を考えていたら、言う前に椅子が壊れそうだ。


 マカオという職員が何度も疑問に思っていた事柄。マカオが受付に入ると依頼者達が踵を返すか、他の列の最後方へと移動する。一気に暇になる受付スペースはおかしいと疑問が浮かぶが、今まで解決できずにいた。


 毎回のことである。受付嬢として礼儀がなっていない子を注意して割に入ると依頼者は顔面蒼白にして逃げていく。


 理由を同僚に問うても濁すばかり。


 それを氷解してくれるのなら、心も弾むというもの。


 話が進まないと溜め息を吐かれて、理由が知りたくて待機するマカオ。くねくね踊りに合わせて、みしりみしりと椅子の寿命が縮んでいるのだが。


 そんな、ちぐはぐな容姿や体型に、首を傾げてマカオへと疑問系で適当に呟く。


「顔が怖いから?」


「綺麗なお姉さんでしょう」


 即座に否定する職員に、受付嬢は笑って更に否定する。


「うーん、それはないかなー。顔だけ見れば厳ついオカマだよ」


「……不細工って言ってるのかしら。ぶっ殺すわよ?」

「そんなことないよー。マカオちゃんは中身が綺麗だからね。他のゴミ女より純真乙女だよ」


「あら、素敵な言葉。ふふ、イヴォールは見る目あるわねえ」


 調子のいい言葉に気を良くしたオカマ。


 マカオとイヴォールという二人の名前を知れた辺りで、幾分か落ち着きを取り戻したクロスティは話を切り出すことにした。


「あの、お話中ですが、依頼をお願いしてもいいですか?」


「ごめんなさいねえ。どうぞどうぞ、どんな依頼かしら?」


「スヴェルヘイムのメンバーを救出してください。依頼の報酬はこの口座から引き下ろしてほしいです」


「ちょっと待って。スヴェルヘイムの救出?」


「はい、闇ギルドに拉致されました。一刻も早く救出隊を」


「闇ギルド……?」


「はい、ダンジョン内……中層中位で遭遇した黒い服を着た集団です」


「それ、本当なら第一級犯罪者たちだよー。よく生きてこられたね」


「……話を聞かせてもらおうかしら」


「自分たち――ゴールドさんとユウシャ、そして自分の三人でダンジョン攻略に行きました。中層下位までは順調に進んで、熱帯のフロアに出たらスヴェルヘイムというパーティに遭遇しました。それで――」


「待って、ゴールドっていうのは第一級冒険者のエメルダ・マチルダで間違いないかな?」


「ソロの亡者ってアダ名のエメルダさんですかー?」


 二人同時の質問に、クロスティは肯定を返す。本名は初めて耳にしたが、ソロの亡者というアダ名が付いていることは勇者とゴールドの会話で聞いている。


「ゴールドさんからはこれを預かってます」


 クロスティは懐から手紙と金属板を取り出して渡す。


「……確かに本人の署名とプレートもあるわね。でも、内容がね、本人はどうしたのかしら?」


「先に闇ギルドのアジトに向かってます。クルトっていうスヴェルヘイムの人と二人で」


「んぅ? なんでー?」


「……スヴェルヘイムのメンバーが拉致されたんです」


「リーダーはどうしたのかしら。ほら、イイ男の」


「第一級冒険者のリラーギルさんですねー。あの人は第一級なんで退き時を誤らなければ、というより闇ギルドの接近に気付いて撤退すると思われますぅ」


「最初に会ったとき、既にスヴェルヘイムの人たちは数十匹の狼に囲まれてて、リラーギルさんは……ユウシャに殺されました」


「殺された……? それに、ユウシャって子はあなたと一緒にダンジョンへ潜った子よね」


「……はい。彼女とボクはゴールドさんに連れられてダンジョンに行きました」


「因縁とかあったんですかー」


「いえ。ユウシャは狂ってた。最初から、異常でおかしかったんです」


「第一級冒険者がね……。俄には信じられない話ね」


「第一級冒険者がそんな簡単に殺されるはずないですしー」


 二人の胡乱な目が集まる。クロスティは物怖じせず、本当なんだと訴えるように真っ向から視線を返した。


 ただ、直ぐ後ろから加勢が現れたことに動揺することになったが。


「そいつが言ってることは多分本当だぜ」


 後ろから声を掛けられた。クロスティが振り向くと小者臭いチンピラが一人。男は受付の直ぐ傍まで来ていた。


「あ……」


 クロスティはその男に覚えがあった。冒険者風の格好は見覚えがあり、その特徴的なチンピラ具合に記憶を間違えるはずがない。


「よお、死んでねえみてえで何よりだ」


 男は気安くクロスティの隣に座ると肩を回してくる。


 咄嗟の行為にクロスティは硬直するが、それを見かねたマカオが窘める。


「ピィグちゃん、やめなさい。どうしてもスキンシップがしたいなら、わたしが熱い抱擁をしてあげるわよん?」


「……遠慮しておく。あんたに抱き締められたら骨が折れそうだ」


 クロスティへ抱いた腕を解いてお手上げとばかり両手を上げて降参を示した。


「優しくするわよん? ま、それは置いといて、本当のことって? ピィグちゃんはこの子と顔見知りなのかしら」


「ああ、この前の依頼のときにな」


「ていうと、違法の奴隷商人の取り締まりかしら?」


 身を乗り出した巨体がテーブルを軋ませながらピィグに寄る。


 マカオ自身が彼に依頼した内容。柄の悪さには定評がある彼等のパーティ、国に定まられている法を無視した奴隷販売を調べるにはうってつけな人材だった。


 ギルドが嵌入しているとも知らず、商人は彼等を雇った。


 内密に調べあげたものの、奴隷商人が生業とする内側を披露してもらったが、限りなく黒に近い灰色。


 尻尾を掴むまでには至らず、摘発するまでにはいかなかった。


 こういったふうに公的機関であるギルドは違法性がある事を取り締まったりもしている。本来、ダンジョン攻略をしている冒険者に依頼をし、実力が確かな冒険者が犯罪者を捕まえるのだ。

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