嗤う27
中層上位。最前線とも言われる古代樹フロア。
中層中位の密林地帯から螺旋階段を上ると、まず見えるのが背丈以上に生えている草である。
簡単に身を隠せるほど伸びた草は硬質で、手で分けて進まなければならない。
ゴールドが草を分けて進むのをクルトが追う。
中層上位の螺旋階段付近は安全地帯とも言われている。フロア毎に安全な場所は別々なのだが、この草郡に紛れて魔物が居る、ということはほぼない。
滅多に遭遇しないぐらいで確実に居ないわけではないが、この階層の中で気を抜ける場所といったら階段付近である。
なので、普通は安全地帯で一息つくが、二人は休息を挟むことなく古代樹フロアに踏み入れた。
草を掻き分けて進んだ先には太い根が地面から出、数メートル幅の幹が天を目指して伸びている。
何千本も連なった古代樹はダンジョン内の明かりを奪い、枝から生える葉が陽を遮る。
古代樹のせいで視界が悪く薄暗い。明かりとして頼れるのは光苔。緑の光は淡く輝き、辺り一帯届くものではないが、これを辿って歩くしかない。
ゴールドは脳裏にマッピングしてある道と光苔の配置を目印に進んでいたが、後ろを歩くクルトに止まるように手を置いた。
「……少し様子を見る」
「はい、でも何もいないですよ。早くしないと……」
近寄って小声で話すクルトへゴールドは窘める。
「焦るな。最前線は初めてだろう。一つのミスが死に繋がるんだぞ。死にたくないなら私の言うことを聞け、そう言っただろ」
「……すみません。でも、まだ敵はいません。進んでも大丈夫なんじゃ」
「見える限りに居ないが、最前線で油断は禁物だ」
「……はい」
足を踏み入れたことがないフロアに急ぐあまり、色々と疎かになっている自覚はあったのか、沈んだように口を閉ざしたクルト。ゴールドはそんな雰囲気に耐えられず、話を変えるように持っていく。
「魔物の種類は覚えたよな?」
「はい。猿、鳥、亀、蛇ですよね」
このフロアに生息する魔物の種類である。
猿とは賢猿とも言われるイビルモンキー。頭の賢さから厄介極まりない魔物である。
鳥はフィルバード。臆病鳥であり、外敵を見つけると騒がしく鳴く鳥だ。
上記二種類の魔物に攻撃性はなく、ダンジョン内で出会わなければ無害と言い換えてもいい。ただ、このフロアでは一度発見されると死を覚悟する。
攻撃的なのは亀と蛇のほうで、亀はカルンタートルと言われる巨大陸亀。一度攻撃されると味方問わずに暴れる性質があり、群れで生息しているため一匹の狂暴化が連鎖して手に負えなくなる。
蛇とはリザードマンで、人型の爬虫類。知能も僅かにあり、剣や弓で集団で襲ってくる。
だが、このフロアにおいて危険なのはカルンタートルとリザードマンではない。
「特に危険なのが猿と鳥だ。見つかったら死を覚悟しろ」
中層上位は明確なサイクルがあった。これに嵌まると、どれだけ強い冒険者でも死に陥る。
猿に見つかれば亀に石を投擲され、暴れ狂った陸亀を相手にしなければならない。
鳥に発見されれば甲高い鳴き声で侵入者を知らせ、猿と蛇が寄ってくる。
猿は亀を利用して冒険者を追い立て、蛇は負傷した冒険者に集団で襲い掛かる。
因みに、一度怒った亀は時間が経過すると不自然なほどピタリと落ち着きを取り戻す。体力が尽きたかのように、のっそりと草や苔を食べに行くのだ。
亀が狂乱している最中は時間経過を待つしかないが、一応の対処方法もある。
十以上の複数パーティが一匹ずつ連携して狙えば難なく倒せるかもしれないが、少数では罠を張るのがメインとなる。
個人単位での撃破は難しい。固い甲羅に斬撃は通らず、魔法も効果が薄い。鈍器で砕くにしても時間が掛かるため、有効な手にはならない。
素材は売れなくもないが重いため、持ち運びに手間を取る。肉は不味いため討伐するリスクとは見合わない。亀は攻略して討伐するよりか、無視して素通りしたほうが得策である。
そして、亀はこのフロアに数百、もしくは千の数まで上る。
大樹が乱立している道には茶色い巨大な生物がうようよと動いていた。
このフロアにおいて、地上はカルンタートルとリザードマンが支配していると言っても過言ではない。だが、逃れるために樹を上れば安全、というわけでもなかった。
樹に上れば鳥に見つかりやすくなり、鳴き声に集まってくるリザードマンに弓で狙われる。それに、普通に地面を歩いていれば攻撃性がない猿が弓矢を取り出して集中攻撃してくるのだ。
安全地帯は螺旋階段を過ぎれば無い。
だからこそ慎重に攻略していかねばならない。
このフロアをしっかりと攻略するためには、十以上のパーティ――百人規模の人数が必要である。
遠目が効くスカウトを先行させ、安全な進路を確保する。
カルンタートルの戦闘は避け、リザードマンを発見すれば即刻に殲滅戦へ掛かる。
イビルモンキーには弓で牽制し、直ぐに離脱をする。
これが、今ギルドに出回っている階層の攻略方法。
本当なら、二人で挑む階層ではないのだから。
クルトは古代樹フロアにおける危険な魔物を脳裏に浮かべ、警戒しながら上を見上げて歩く。
「猿と鳥には気を付けます。……あいつらのアジトはどっちに――」
二歩三歩と歩むクルトは無意識にゴールドの目の前、大樹に隠れていない道を通過していた。
それに対し、ゴールドは舌打ちをしながら対処する。
「ちっ――!」
闇ギルドのアジトがどこにあるのか問うたエルフの首根っこ、掴んだゴールドは引き摺り下ろすように地面に力任せで投げた。
尻餅をついたクルトは口論しようと口を開くが、ゴールドが反対側の手で塞ぐ。
非難するような目でもがくクルト。ゴールドは一睨みで黙らせると大樹の先を眺めた。
蠢く影がいる。
黒みがかった青色の鱗に黄土色の瞳。爬虫類の目をした人型の魔物。リザードマンである。
既にリザードマンは此方を見ていない。突出した背骨の鱗が見える。
背中しか見えない魔物は足取り確かにどこかへ向かっていた。
ゴールドの予測は仲間の所へ行っている。仲間を呼び、集団で襲い掛かる腹積もりだろう。
「クソが……気付かれたぞ。説教は後だ、追うぞッ!」
「は、はい、すみません……。って、え? 追うんですか!?」




