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嗤う3



『勇者さま、朝ですよっ!』


 小鳥の囀ずりに少女の呼び声が重なる。


 開け放たれた扉からは、日輪草のように明るい少女がいた。少女はふりふりのドレスに黄金の髪。青のリボンがアクセントをつけ、少女らしさを一面に出していた。


 華やかな彼女はにこにこと微笑みを絶やさず、勇者が寝ているベッドまでやってくる。


 顔まで埋まっている毛布を引くと、再度起こすために息を吸った。


『あーさでーすよー。朝です、朝。太陽が輝いてます!』


 勇者と呼ばれている少女は返答として、うーと唸りを上げた。毛布が引かれたことで朝日が当たり、近距離の叩き起こしに身を捩る。


 窓からの日光は確かに気持ちが良く。勇者は毛布にくるまって幸せな朝だと実感した。


 もぞもぞと手だけ動かして毛布を奪い返し、弛緩した寝顔のまま毛布の温もりにくるまる。こんな日は二度寝だなと、勇者は自分の意思を尊重することにした。


 あくびを一つ、少女へ背を向け。


『……ねむ、だる、あと五時間』


 反対側へと寝返りを打った勇者。


『もうっ。ほら、起きないと。ダメですよ、今日の予定は詰まってますよー』


 少女は勇者の毛布を無理やり剥がす。


 そこには十代半ばの少女。温もりを失って恨めしそうな目を送る勇者がいた。


『えー、やだ』


 駄々を捏ねる少女であっても、見かけによらず選ばれた勇者なのだ。


 そして毛布をひっぺ剥がした少女も十代半ば。勇者と歳が近いということもあってセットにされている。


『そう言わずに。ほら、今日も一日頑張りましょう。おー! さ、勇者様も一緒に、おー!』


『……ぉー』


 一人は元気良く片腕を上げ、快活に朝を迎えようとする者。


 もう片方は寝癖で跳ねた前髪をそのままに、口だけ適当に呟き、朝に弱い瞼をしぱしぱとする者。


 彼女達は対照的だが、仲は良い。


 勇者をベッドから追い出した彼女は服を何種類か引っ張り出す。


 服を選んであれこれ悩む姿は新人メイドのようだ。ただ彼女はメイドではない。


 服装をコーディネートするのは好きでやっている。彼女の役目は勇者の補助だ。立場はあくまで対等、もしくは勇者よりも上である。


 本来の地位は高く、彼女は第三王女と呼ばれている。だが、それには価値が無く、無意味な肩書きでしかなかった。


 王位継承はないに等しく、彼女自身も上に立つことを望んではいない。


 そんな王女を政略結婚の駒として利用する者もいたが、持ちかけられた縁談は何故か破談ばかり。


 器用も良く、王族としての気品もあるのに、縁談の数日後には断られているのだ。誰かに根回しされているのだろうと、文官の一人は推測していたが、確たる証拠はなかった。


 勇者の従者のような立ち居ちも、最初は一向に縁談が結ばない王女へ押し付けたようなものだった。


 しかし、初めがどうであれ、時を経つごとに二人は仲良くなり、親友になるほど仲を築いていった。


 勇者は幸せだった。怠惰に生活しながらも、彼女と勉強したり買い物へ行ったりと忙しない毎日。


 それがずっと続けばいいと願っていた。


 そう夢のような日々、だった。


 だから、辛い。こんな、夢を見るのは。


 これは夢。手を伸ばしても届かない過去のユメ。こぼれ落ちた幻想は砕かれて、欠片の破片は現実を映し出す。



 □



「おい、クソガキ。起きろ、起きろってんだッ!」


 あれ、いつの間に気を失っていたんだろう――と、勇者は夢から覚めた。


 うるさい音が耳朶を打つ。


 耳鳴りするほどの大きな声に勇者は目を開く。近距離で発した者を視認し、野太い怒鳴り声が今も続いていることに顔を顰めた。


 男に従ったわけではないが、むくりと体を起こす勇者。緩慢な動きで前を向く。


 ぼけーと視線が定まらないでいると、三十そこらの男と目が合った。


 男は勇者に用があるようで、眉間に皺を寄せて睨んでいる。筋肉が盛り上がっている厳つい男は冒険者だろうか。


 勇者は呑気に考える。


「こんな状況でよく眠れたもんだ。着いたぞ、お前らの売り手が来る。起きてねえとぶっ殺すぞ!」


 勇者からしてみれば小さすぎる威圧。それに過去を思い出す。


 起き上がりに怒られたのはいつ以来か、昔はたくさんあったっけ。


 罵倒されるようなことはなかったが、似たようなものだと勇者は鼻で笑った。


 それに対して、挑発されたと勘違いをした男が更に凄みをきかせて怒鳴るのだが、勇者は一笑にして流す。


 癇癪持ちか、子供が怒っているようだと思ったのだ。


 喚く男を完全無視する勇者。外野が騒がしいが、そのおかげもあって段々と頭が冴えてきた。一先ず辺りを確認することにする。


 がたんごとんと時おり揺られる反動は直にお尻に伝わる。やけに冷えて痛いなと擦る勇者は少し腰を浮かせて、地べたに触れる。


 床は鉄の板だった。


 窓の役割なのだろう鉄柵からは、風景が緩やかに流れていく。


 どうやら馬車の中で寝ていたらしい。それも特別製の。


 不快な揺れも、舗装されていない道を馬車で進んでいるからだろう。


 勇者は揺られる衝撃に合わせて左右に首を動かした。だが、これは何だろう。


 手を前に触れる。少し錆び付いている鉄の棒。


 馬車の横側の木板に突き刺さっている。反対にも同じような空き窓から何本も刺さっていた。


 この窓のような空いた空間に、まるで閉じ込めるかの固い棒。これ、どこかで見たような気がする。勇者は記憶を掘るように思い返す。


 そして直ぐに、勇者は馬車の形状を把握した。


「ああ、これ……奴隷用の」


 この馬車は奴隷を運ぶために作られた物。そう認識した勇者は横目で馬車内を流し見た。


 檻が付いている形状の奴隷用の揺りかご。その中には、薄汚れた服を着た子供が何人もいた。


 大体確認すると八人の子供。少年少女の割合は少女六に少年二。少女のほうが多い。年齢は十歳前後といったところか。


 子供達は寒さに震えてるように脅えを露にしていた。


 それが解らなかった。感覚が鈍っている勇者には、何に脅えているのか検討がつかない。


「ねえ、おじさん」


 勇者は鉄格子に掴みながら馬車の横で護衛しているのか怪しい男に声をかけた。


 欠伸を噛み殺した男は声を発した正体が奴隷だと知るや眉間に皺を寄せた。


「あァ?」


「今の状況、まったく分からないんだけど。説明してくれるよね?」


 勇者はつい先程の鮮明な記憶を呼び覚ます。

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