嗤う23
「この嬢ちゃんはオレが誘ったみてえなもんだ。現に、スヴェルヘイムのリラーギルを殺してる。実力もかなりあるぞ」
「は、本当かよ。第一級の大斧エルフを?」
「ああ、この目で見た。第一班の奴らは全員な。嬢ちゃんが闇ギルドに入るのは実力を加味しても申し分ない」
「だが、入ったとして。最低はルールを守るべきだろ。何でもありなら利益優先の共殺しになるぜ?」
「まあ、まて。入団する挨拶もさせようと思ったんだが、間が悪くてな」
男達がやり合う会話に勇者も混ざる。圧倒的上から目線で、いちゃもんをつけてきた男を意識から除外して。
「――ねえ、そんなことよりさ。エルフが欲しいんだけど。団長さん、どうすればくれる?」
「金があれば渡すが、そもそも……何で欲しいんだ?」
「だって、エルフが女だからって性奴隷はないわ」
勇者は反転し、背後のエルフに顔を向ける。
助けが来ると信じて脅えを隠す銀髪のエルフ。強気に睨んで喚くエルフ、無表情で流れに身を任せているエルフ。
「可哀想じゃない、性奴隷なんて。もっと有意義に時間を使うべきよ。大丈夫、怯えないで。勇者のわたしが誓うわ、性奴隷なんて無駄なことさせないから」
「ほん、とうに……?」
銀髪のエルフが弱々しく口を開く。エルフ三人の中で一番脅えているのが彼女だ。
だから、希望を求めたのだろう
助けを信じ、必死に待っている姿。涙を浮かべ、今に堪えている。
そこへ差し伸べられた救い。
一筋の光。平常心を失った彼女には光にしか見えなかった。
「ええ、本当よ。勇者は嘘を付かないもの」
勇者は勇者として誇らしげに胸を張った。
それが、どれだけ悍ましい歪んだ救済だと知らず。
「た、たすけて。わたしたちを、サーニャもミーシャも。助けて、おねがい……!」
彼女は自身の選択で選び、それを見た勇者は――。
「うん、性奴隷なんてさせないわ。大丈夫、大丈夫よ」
慈愛に満ちた表情を張り付かせ、勇者は嗤うのだった。
「おいおい、待ってくれ。三人とも嬢ちゃんにくれてやるのは不可能だ。こっちも体面があるし、一人だけ特別扱いするってわけにもいかない」
勇者がその気になっていたのに団長からの横やり。周りに居る黒装束の者も頷いたり、勇者に野次を飛ばす。
溜め息を吐く。
黒い衣装に身を包む者は約五十人。これだけ人数がいながら、性奴隷という温い欲求を満たすためにエルフを買い取ろうとする者達。
「……じゃあ、どうすればいいの? 生温いお前ら全員、屍に変えればいいかしら」
「……晴れて加わった仲間だ。敵対したいわけじゃない」
「ふふ、冗談よ? 勇者が人族を殺すなんてしないもの」
ちょっとした言葉遊びに真面目に答える団長に、半数の黒装束が一歩後退して戦闘準備をする。
勇者の異常さをこの目で体感した第一班の男達だ。その他の男は取るに足らない小娘に何やってんだと、半数の奴等へ呆れているような目を向けた。
勇者は彼等の対応がおかしくて溜飲を下げる。勇者なのだから人族を殺すはずがないだろうと。
「……そうかい。妥協案として一人だけエルフをやる。入団祝いを兼ねてな。これで納得してくれないか?」
「そうねえ、うーん、一人だけか。ねえ、一人だけだってさ。誰が救われたいのかな。性奴隷にはさせないし、あなたたちで勝手に選びなさい」
「一人だけ、なんて。おねがいします、サーニャとミーシャをたすけて!」
「だから、一人だけだって。ごめんね、本当なら三人とも性奴隷になんかさせたくないんだけど」
「一人だけなら、本当に救ってくれるのにゃ?」
「嘘偽り、許さない」
「疑い深いわね。本当よ、あなたたちにとって救いになるかどうか分からないけど、奴隷にはさせない」
「なら、リーアをにゃ……ミーシャごめんにゃ」
「問題ない。リーア、クルトと生きて欲しい」
「そんな……私だけ救われるなんて、そんなのないよッ」
エルフ達の自己犠牲。種族が同じだから、仲間だからと救おうとする。
なんと尊き心。勇者はそれに虫酸が走り、エルフの顔に唾を吐きたくなった。
「……はい、決まりね。じゃあこの銀髪エルフを貰うわ」
「ああ、手荒な真似をしてもいいが、絶対に逃がすな。この場所がバレれば正規ギルドから討伐隊が編成されるかもしれねえ」
「わかった。もし逃げちゃったら、その時は大声で叫ぶわ」
「ダメ、私だけ、救われるなんて……!」
一人だけ救われるという事実に泣き崩れた彼女。銀髪の隙間からこぼれ落ちる一筋の涙。
勇者にとって憎むべき存在。
涙に同情するとか、ここに連れてこられたのが気の毒だとか。歳が幼いから憐れんだりとか、女だから情けをかけるとか。
そんなことを、勇者が思うわけない。
手を差し伸ばしたのだって惜しいと思ったから。
だって、勿体ないじゃない。性奴隷にするだけなんてさ。
こいつらには、手を抜いていいものじゃない。
壊さないと。何もかも、大切なものも生きる希望も。
全て握り潰さないと気が済まない。
勇者は軽く抱擁する。長い綺麗な銀色の髪を手で梳くと、エルフ特有の長く伸びた耳元で呟く。
「大丈夫よ、勇者のわたしが救ってあげるから。――性奴隷なんて生温すぎるし、ちゃんと地獄の底へ送ってあげる」
甘美な言葉を投げる悪魔の囁きではない。
甘い声に含まれた言葉には、裏も表も無いただの毒。
「え……?」
銀髪のエルフ、リーアは金色の髪を持つ少女を見る。
今、口ずさんだ言葉が間違いではないかと疑って。
「大丈夫、奴隷よりもっと惨いことやってあげるからさ。希望を失うほどやれば、ある意味救いよね」
金髪の少女は嗤っていた。
ぞっとするほど嫌な感じを内に秘めながら。
「やくそくが……!」
「約束は守ってるわよ。こいつらからは守ってあげる。だから、勇者のわたしが家畜として飼ってあげるの」
この子は私達を人として見ていない。
エルフの少女、リーアはそう思った。
勇者と己を呼ぶ少女に、何かとてつもない怪物が中に潜んでいる、そう気付いたのだ。
「なん……で?」
救ってくれると言った。
同じ少女であり、人であるはずなのに。
奴隷にするではなくて家畜として飼う。
信じられなかった。
この場に連れてこられた時点で地獄。
閉ざされた闇に救いの光はなく。
外からの光でしか、闇は破れない。
「ほら、喜びなさい。ゴミと遊んであげるって言ってんだからさァ」
勇者は嗤う。口角を上げ、エルフを見て愉しそうに。
その笑みに歪んだものがなければ、ただ笑っている少女。
瞳の中に黒く濁ったものが、狂気が浮かんでいなければ――。




