嗤う2
過去系の話は『』を使ってます。
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「あなたは終わりなの。ねえ、今どんな気持ち?」
散乱した王座の間には、死屍累々の光景が広がっていた。
真っ赤な絨毯は血を吸い込み、赤黒いものに変色している。染み込んだ血液は全て魔族のもの。
魔王の配下は勇者一人に皆殺しにされた。肢体を切り刻まれ、絶え間ない絶叫は今や静まり返っている。
倒れた魔族の顔からは涙のような血が流れていた。
散乱するのは魔族の足や腕。中には原形を保っていない肉片もあった。
勇者は嘲笑う。椅子にぐったりと座る魔王へ向けて。
黒の鎧を着た魔王はボロボロの体だった。片腕を失い、裂傷で血だらけな体は満足に動かすことができないでいる。
そこには、魔族を纏めあげた王の片鱗はなく。
気力も底をつきかけている魔王は、勇者の嘲笑に精一杯の怒気を放った。
「化け物め……っ!」
魔王も攻撃はしたのだ。極限たる最上級魔法や、魔王たる魔力で練った身体強化の一撃。
だが、どれも通用しなかった。いや、何も効かなかったのだ。
魔王は勇者など恐れるに足らない、そう高を括っていた。
だが、だが――。
魔王は片腕だけの手を握り締め、肘掛けに振り下ろす。
――なんだ、この惨状は。我が配下は片手で捻るように潰され、渾身たる最上級魔法は剣を軽く振るうだけで無に還された。
勇者の見掛けに騙されたのだ。人族が士気を上げるために持ち上げている、魔族の大半はそう思っていた。
魔王もその一人。人族の小娘ごときと侮っていた。
何より、魔王率いる我々魔族に敵うものなどこの世にいない、そう自惚れていたのだ。
今さら悔いても、もう遅い。何もかもが遅かった。対策もせず、勇者に勝てるわけがないのだ。
何故なら――勇者は不死身だったのだから。
魔王が向けた『化け物』とは誰に言っているのだろうか。勇者は辺りを見渡す。
だが、そういえば全員殺したっけと周りが息をしていない死体だけにやめた。
もう誰もいない。この空間には魔王と勇者のみ。
魔王に相対するのは自分しかいない。ならばと、勇者自身に向けられている言葉と認識できた。しかし、それに勇者は首を傾げざるをえない。
目の前にしか化け物はいないけど、そう小首を曲げる勇者。
白い剣を持ち、血に染めた顔に笑みがなければ、貴族の令嬢に見間違える少女だ。
「化け物はどちらかしら。その醜い顔、下劣で非道な行い。魔王、あんたはっきり言って不快だわ」
「クソ、クソ、クソッ! 悪の化身めが!」
「あーあ、うるさいなあ。喚かれると頭に響くわ。それに、悪の化身ってなによ。わたしは勇者、聖なる勇者よ?」
「何が勇者だ! これだけ同胞を虐殺して、命を弄ぶ者が、勇者であるはずがない!」
「はっ、笑わせてくれるわ。魔族は死ぬべきなのよ。だって、この世界にいらないもの。だから、消すの。この世界を浄化させるわたしは何て素晴らしい勇者かな」
「ふざけるな! 魔族も歴とした生き物だ!」
魔王は掌を勇者へ向けた。魔方陣が展開され、魔王の体を包み込む。
勇者は魔方陣に警戒をするが、魔王の腕から放出されたものは業火の炎。
ただの直線的な最上級魔法かと、勇者は警戒を緩め、剣を握る。
業火は何倍もの大きさに膨れ上がり、勇者目掛けて一直線に向かってきた。威力も普通の人間ならば消し炭となる威力。
だが――勇者は普通ではない。普通では、勇者を名乗れない。
勇者は手に持っていた剣を横に振った。ただ、ただそれだけで魔王の最上級魔法は霧散する。
勇者も最上級魔法を食らえば一溜まりもないのだが、聖剣は魔法を無力化する。
それに頭部以外ならば瞬時に回復出来る魔法があるのだ。体の大部分を貫かれても生きていられる魔法に、勇者は何度も助けられている。
「魔王なんていって、こんなゴミみたいな魔法しか出来ないなんて笑えるわよね。ゴミと同然な魔族なんて死ねばいいのよ。臭いし、生きていられると不愉快しかないもの」
炎は消したが、魔王の体にまとわりつく魔方陣が消えていない。そのことに勇者は気付く。注意を払うが、時間差で放たれる魔法かと安易に結論付けた勇者。
もう魔王には、抵抗出来うる手段がない――。
「なんで、なんで人族はこんな化け物を召喚したんだッ。こやつのせいで世界が滅ぶぞ……!」
「世界が滅ぶ? 滅ぶのはあんたらよ」
勇者が駆ける。互いに開いていた距離が二歩で詰まされ、魔王ですら目が追いつかない速度で勇者は迫った。
「――滅亡などあってはならぬ。貴様は存在していいものではないのだ!」
魔王は最後の悪足掻きと知りつつ、体内に残った微々たる魔力を魔法に注ぎ込む。
掌を勇者へ向け、放出――。
勇者は強化された動体視力をもって、魔王が何をするか分かっていた。
この距離は勇者の専売特許。魔法に頼る魔王ではなすすべがない。
一閃して魔王の腕を切り落とす。魔王は遂に両腕を失った。
「人のことをそんなふうに言うのね。あなた、神になったつもり? 所詮、魔王でしかないのに」
勇者は抵抗が虚しく終わった魔王へ、白刃の剣を突き刺す。聖剣は魔王の心臓を貫いた。
「――ァァァァ!」
魔王の叫び声に勇者は嗤う。口角をつり上げて、何度も何度も剣を突き刺した。
血飛沫が舞い、玉座を紅に染める。
そのたびに、魔方陣が紐解かれていく――。
「アハ、アハハハハハ! ねえ、もっと聴かせてよ! そのクソみたいな叫び声っ! あなたのソレ、とっても見苦しくて素敵だわ! 大丈夫、他の魔族もみんな殺してあげるから、お仲間さんも地獄に送ってあげるから!」
頬を赤く、高揚した勇者。その笑い声を最後に、魔王は世界から消えた。