嗤う15
夜が明けた。草原を移動し、極力ゴーレムと戦闘せずに次の階層まで登る方向でひたすら歩いた。
ゴールドに買ってもらった剣は杖代わりに使用して、弱音を撒き散らしながらもゴールドの後ろを着いていく。
螺旋階段が草原のど真ん中にあることは遠目から見えた。目的地があとどの距離か分かるのが救いで、景観を壊している螺旋階段はダンジョンらしさが溢れていた。
階層を登ると汗が伝う。苦行のような階段をひたすら堪えて中層中位までやってくると、勇者は達成感を味わうより先にうめき声を漏らした。すぐに後悔した。
このフロアは森だ。濁った大川に森林。
いや、熱帯雨林と言ったほうが正しいか。
「熱い……ダルい。ねえ、休まない?」
勇者は中層中位に踏み入れた瞬間に、ゴールドへ提案を申し出た。
「安全エリアはまだ先だ。ここで寝たら狼共に喰われるぞ」
勇者は却下されたことで精神がへろへろになる。
日射しといっていいのか、偽の空から降り注ぐ熱は強い。現実に真似た空が忌々しいとさえ思った。
勇者は空からの熱を防ぐように腕を上に翳す。湿気によって蒸し暑いため意味がない。
「……迷宮内なのに、気温があることに不思議です」
クロスティは胸元の服をぱさぱさと扇ぎ、風を送り込みながら森林を流し見ている。
熱帯のこの中層中位はジャングルを模しているようだ。
蔓を剣で切りながら進むゴールドは注意を怠らずに進む。クロスティは直ぐ後ろを歩き、勇者は数歩後ろをやっと着いていっている。
ゴールドは時たま後ろを振り返り、勇者と距離が離れたら待つというのを繰り返していた。
「あと百メートルもしたら休憩に入る」
「……まだ、そんなにあるの?」
「もう少しだろう。頑張れ」
百メートルの距離は長い。足下の伸びた幹に邪魔され、蔓に足を取られる。慣れた者でなければ体力を消耗する。
勇者は情けないほど疲れていたが、クロスティは初めてにしては上出来なほど着いていっていた。
「……ねえ」
幾分か歩いたところで勇者はゴールドを呼び止める。
「なんだ、また泣き言か?」
勇者はそんなゴールドにムッとするが、耳を澄まして前方を指差す。
「……そうじゃないわよ。ねえ、聴こえない?」
「何がだ?」
「――戦闘の音よ」
勇者が指差した方角へゴールド達は駆ける。勇者も追随すると視界が開け、戦闘しているのが視認出来た。
魔物。銀色の毛並みの狼がいた。体は人と同じような大きさで、鋭い牙と爪で敵を翻弄している。
「……あれはスヴェルヘイムの連中だな。私達の同業者だ。敵対してるのはウルフ、数が尋常じゃない。我々も加勢に入るぞ」
「待って。おかしいわ、これ」
銀狼は勇者も知っていた。魔王城の近辺に生息している魔物で、何匹もやりあった魔物だ。
特徴的なのはほとんどの個体が単独で行動する。多くても三匹程度で固まり、縄張りというものを持たない珍しい特性があった。
文字通りに集団生活を好まない一匹狼で、連携などしない。
そんな勇者の声にゴールドは足を止めるが、見えている戦況に言葉を投げる。
「止まっていたらあいつらは死ぬ。冒険者は助け合いだ。――先に行くぞ」
確かに、相手をしている冒険者側が分が悪い。
五人パーティの内、二人が軽傷を負っている。他三人も狼の大群に後退を余儀なくされているのだ。
ゴールドは走る。腰に帯剣している一番長い剣を手に、襲われている冒険者の元へ駆け寄った。
話を聞かないゴールドに文句を言いつつ、勇者は敵対している勢力を分析する。
「トレインによる魔物の軍勢。いや、でも……これは」
銀狼が大量発生している原因は分からない。ダンジョンだからという憶測でしかない理由はあるかもしれないが、銀狼は集団で狩る生き物じゃないことは確かだ。
「――ボクもいきますっ!」
クロスティもゴールドにつられて走る。蔓に足を取られないようにしながら後を追うが。
「あんたが行っても足手まといよ。……ったく」
忠告をしても一睨みするだけで、クロスティも加勢にいった。
劣勢に立っているパーティは、どれも長い耳をしていた。エルフと呼ばれる種族で、魔法が得意な魔族だ。
「なんで魔族が襲われてるのよ。それに、魔族が……どうして魔物を殺してるのよ」
魔族とは、人族以外の生物を指す。エルフは人に近い容姿をしていても、魔族でしかない。
銀色の狼は三十匹はいる。既に全方位を囲んでおり、エルフ達が逃げる隙間はない。
エルフの斧使いがいた。狼の攻撃を受けきると、果敢にも斧で一閃した。
続いて剣を持つエルフは隣の細長剣のエルフを守るように道を開こうとする。
剣で狼を払い、一突きで頭部を裂く。
「また殺した。……どうして、魔族は魔物を殺さないわよ?」
勇者はゴールドが加勢に加わった集団を見る。
エルフ達が魔物から攻撃を受け、エルフは武器を持って狼を殺す。こんな光景は見たことがなかった。
勇者の知っている魔族は、魔物を従えながら人族を蹂躙する。
――違和感はあった。この世界を全て見てきた勇者に知らないことがある。
ダンジョンなど知らず、人族のパーティに魔族が加わり、仲良く談笑している姿に困惑した。
魔族の子供が人族と一緒に捕らえられ、奴隷となっている姿には目を疑った。
それは、魔族という括りがない世界のようで。
「これ、もしかして時代転移とかじゃなくて……」
まるで、勇者ただ一人が、別の世界に来てしまったかのような。
「ここ、わたしの知ってる世界じゃ、ない」
信じたくはない。でも、極めつけは魔族のパーティが魔物を殺しているところ。これを目の前にすれば、嫌でも気付いてしまう。
魔族は子供であっても平気で上級魔法を使ってくる。本来ならばだが、人族にとって常識だ。
なら、この狼共に囲まれたところで、上級魔法を発動すれば一掃できるのだ。魔法に高い適正を持つエルフが、それをしない。
傷を負ってまで上級魔法を使わず、逃げ道を模索している。
使っているのは初歩の初級魔法だけ。
魔法が発展していないのだろう。
ゴーレムを素手で壊したことに驚く第一級の冒険者がいた。勇者がいた頃には、身体強化を知らない冒険者はいない。
なら、この世界は。
ここは、勇者が居た世界とは別物だ。
では、魔大陸エルビアと言ったゴールドの言葉は。
「いやいや、嘘でしょ……」
もしも、勇者が知っている世界であって、また勇者が知っていないという世界が存在しているならば。
確定は出来ないが、その可能性は高い。
――パラレルワールド。勇者が居た世界と全く同じ異世界で、そして別の世界。
「……パラレルとか、冗談じゃないわよ。……そんなの有り?」




