嗤う1
むなくそ有り。タグ参照。
曇天の空は今にも雨が降りそうだった。
王宮内の天井は壊され、雨を凌ぐ屋根はない。所々崩れた王宮は瓦礫などが散乱していた。
王を守るための人は居らず、人族は王宮を捨てた。今頃は他国へと逃げ延びている頃だろうか。
辺りは静寂が支配する。
そこへ疾走する少女がいた。彼女は大切な人がここに居るという情報を掴んで、呼吸を乱しながらも全力で走っていた。
瓦礫を避け、削れた柱を跳び、急いで駆け寄る。
一室にしては大きい広間。壮観な調度品がずらりと並ぶ部屋に、息急き切りながらも到達した。
扉を壊す勢いで押し開く。
そして、遅かった。たどり着く以前に手遅れだったと自覚する。
とても広い部屋に異形の生物がいた。それの個体名はゴブリンとオーク。人族には似ても似つかない容姿の魔族だ。
魔族の末端兵士。知能は低く、武力は人族の一般兵よりも少し強いぐらい。だが、生命力と繁殖能力は驚異で、一国とて数で来られれば一般兵では太刀打ち出来ないだろう。
だから、国が落ちた。有力な者達が戦場に出ている隙をついて、この国を狙った。
魔族が勝利し、人族の国は滅んだ。
彼らの笑い声がとても良く響く。戦場で傭兵が勝ったときのような笑い声。
傭兵の一部では打ち倒した死体の前で、酒を飲んで悦に浸るという。
下卑た傭兵と同じように、ゴブリンとオークも愉しそうに言葉を交わしていた。
一つのモノに群がりながら。
そのモノは、彼女にとって何よりも大切な人だった。
直ぐ様、彼女は死体を十二体積み上げた。激昂して手足を切り刻み、黒い血は床へと染み込んでいく。
悲鳴もなく散らばった魔族の死体。その真ん中で、彼女は膝を折った。
ぐしゃと膝が魔族の肉塊を踏み潰す。飛び散った赤黒い血が頬にかかった。
震えが止まらない。
漠然とした現実が彼女を突き落とす。
『うそ、よね?』
分かっている。これが事実だということは。
歯がかちかちと鳴りながらも手で触れる。
血塗られた遺体。
冷たかった。大切な人は何も言わず、無言で横たわっていた。
彼女は嗚咽を漏らす。言葉にならない懺悔が喉元を抉る。大切な人はどれだけの苦痛を味わったのだろうか。
抱き上げる。大切な人はとても軽かった。痛々しい体が彼女の心を食い破る。
凄惨な躯が苦しさを、死に様を語っていた。
大切な人は死んでいた。
――は綺麗な金髪に、清んだ瞳は青色だった。
それが今や、全裸で嬲られている。顔には光がなく、絶望な表情で歪んでいた。所々に青アザが目につき、首には締められた跡もあった。
彼女は唇を噛む。血を流すのも構わずに、大切な人の胴体を抱いた。
大切な人の手はない。
『許さない、許さない、許さない』
大切な人の足はない。
魔族に肢体を切られ、犯されていた。
彼女は恨んだ。力のない自分を、大切な人を弄んだ魔族を。
黒き憎悪が心を埋め尽くす。
溢れ出た感情に身を任せ、空を見上げた彼女。ぽつりと一粒の雨が頬を濡らす。
血塗られた遺体を抱き上げ、決意と共に勇者は涙を流し。
『あなたたちを、わたしは許さない。大切なモノも生きる希望も、勇者のわたしが全部コワシテあげる。殺して、殺して、殺して、お前ら魔族を潰してやる――』
勇者とは――魔族を殺す者。
勇者は誓ったのだ。あの日、人族以外のモノを根絶やしにしてやると――。