宴
「おぉ~、すごい数の魔物の群れだな。あれは斬りがいがありそうだ」
エルフ族の里がある大森林へ押し寄せる魔物の大群を上空から見下ろしている男はそう呟いた後、腰に差してある刀の柄へと手をそえようとしたが。途中であることを思いついて止めた。
「でもエルフ達を食った後の方が魔物は強くなるんだよな、能力が使えるようになる奴がいるかもしれねぇしな。
よし決めた! 闘うのはエルフ達が全滅してからだ!!」
「よし、じゃないでしょうがアァツ!!!」
――バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バアァンッ!!
「うんっ? 危ねぇだろ。何するんだよ、ヴィンデ」
これは素晴らしいアイディアだと思っていそうな顔で魔物の様子を見学し始めた男の背後で五発分の発砲音が響き渡り、その音に少し驚きながらも男は振り向くことなく腰の脇差しで飛来した鉛弾を全て受け流した。
普通の拳銃の倍近く長い銃身の側面に500 S&W MAGNUMと刻印されたリボルバーへ弾を再装填していた花の妖精は自身の方へ振り向きながらそう言った男の姿に心底腹が立ち、その長い銃身で男を殴ろうとするが。
「だから危ねぇって、俺は攻撃してきた相手へ反射的に攻撃する癖があるって知ってるだろヴィンデ。怪我させたくねぇんだよ」
「だからッ! いつもそうだけどッ! 私に対する優しさの半分でも他人へ向けなさいよ!! エルフ族の里にはたくさんの子供達がいるんだからッ!!」
「うんっ? 親であるヴィンデと顔も知らない他人じゃ、接し方が違うのは当たり前だと思うんだが。
そもそも此方が悪いとはいえ人族ってだけで襲ってくるからなエルフ族、そんな奴らの子供を何で俺が助けないといけねぇんだ? 意味が分かんねぇな」
振りかぶったリボルバーの銃身を男の手でつかまれて動かすことができなくなった花の妖精は男を言葉で説得しようとしたが、予想通り男へは通じず逆に正論を返された。
確かに男の言う通り、男の種族である人族が仕掛けた多種族への侵略戦争のせいで男は人族を嫌悪する多種族にしか会ったことがなかった。
しかしそれはここ百年程の話でそれ以前の多種族と人族の関係は良好であり、良き隣人として共に暮らしていたのだと反論したが。男は過去は過去だと言って話を打ち切ってしまった。
「――あれはっ、クソッ!」
「デュラン!? 待って! どうしたのよっ」
それでも何とか男を説得しようとしていた花の妖精は魔物の群れの様子を眺めていた男が目を見開き、魔物の群れへ向かって突撃していったことに驚愕しながら視線を男が向かった方へ向けた。
するとそこには魔物の群れから必死の表情で逃げているエルフ族の子供達の姿があった。
恐らく里の外れで魔法の練習か何かをしていたのだろう、子供達が逃げてくる反対の方向に壊された結界が見えた。
それが上空からの索敵を邪魔したのだろう、結果として子供達の存在に気が付くのが遅れた。
「子供に襲い掛かってんじゃないわよ!!」
里へ魔物の群れが到達する前に男を説得すればいいと考えていたため、予想外の事態に混乱しながらも子供達を追う魔物の群れではなくその進行方向の森の木々を銃弾で破壊して行く手を塞ぐことで僅かな時間を稼ぎ。
稼いだ時間で魔物へ目の前にある物がエルフ族の子供に見えるようになる水属性の幻惑魔法を使うと魔物は目に見える様々な物へと噛みつき、最後には魔物同士で食らいあうことでその大半が二度目の死を迎える。
残った魔物も花の妖精の手で眉間に銃弾を撃ち込まれて死亡した。
「子供達は無事に逃げ切ったみたいね、デュランは他に逃げ遅れた子を助けに行ったのかしら?」
花の妖精は口ではそう言いながらもどうせ強い魔物でもいたのだろうなと予想していた。
良くも悪くも感情的な行動ができない男は理性的に考えて行動するのだから、助ける利点のないエルフ族を助けるとは思えないからだった。
故に男がエルフ族の少女を守るために魔物を斬ったと思われる光景を見た時、花の妖精は目を見開き固まった。
「……どういう風の吹き回しよデュラン、あなたさっきまでエルフ族を食べて強化された魔物と闘いたいなんて最低なことを言ってたじゃない。
急に飛び出すなんて正義の心にでも目覚めたの? だったら嬉しんだけど」
「……分かんねぇ、分かんねぇけど。体が勝手に動いたんだよ」
その後。花の妖精は思わずそう嫌味を言ってしまったがそれに対する男の返答はいつもと違い、僅かとはいえ確かに感情がこもっていた。
普段と違う男の行動から彼がエルフ族の少女に恋をしたのだと悟った花の妖精は茫然自失となり、二人のやり取りをただ見守るしかなく。
そのまま花の妖精を置いてエルフ族の里へと向かった男の姿に深い悲しみと喜びの正反対の感情が同時に駆け巡り、男への恋情を胸の内に抱え込んだ花の妖精は少し経ってから男達を追いかけた。
デュランは里の入り口まできた時、まだ己が抱えている少女の名前を知らないことに気が付いた。
「なぁ、綺麗な女。お前の名前を教えてくれねぇか」
「ぼ、僕の名前はアリス。アリス・リーフグリーンですっ、それよりも速く下ろしてください!!」
「そうかいい名前だな、俺の名前はデュランだ。ライオットって苗字はあるが適当に考えたやつだから覚えなくていい。
それと下すわけねぇだろ、お前そんなちいせぇ体であんなに血を流してたんだぞ。アリスはまだ歩けねぇよ」
訊いてみるとアリスという名前であることが分かった。
それからアリスに下ろしてくれと言われたが彼女がまだ出血の影響で歩くことができる状態ではないため断り、少しでも早く完全な少女の治療をするため里の中心部を目指して慎重に歩く。
そして里の中心部へたどり着くと集まっていたエルフ達にアリスと肩口が破けて血がついている服を見せ、回復魔法の得意なエルフがいるか訊いてみると何人かいたため彼女の治療をお願いした。
「……お主人族じゃろ、なぜアリスを助けてくれたのじゃ。
人族は皆、ワシらのことを下等生物だと下げずんどるもんだと思っておったのじゃが」
「……あぁ、その考えに間違いはねぇよ。俺は捨て子で親がおせっかいな花の妖精だからな、ちょっと他の人族より特殊なのさ。
とはいえ俺もアリスが子供を守るために自分を犠牲にするようなやつじゃなかったら助けなかったさ、俺は親と違って薄情なんでな」
デュランはエルフ族の女性に怒られながらも無事でよかったと抱きしめられているアリスが泣いている光景を見つめ、胸が熱くなるのを感じ驚いたが。何故か悪くないと判断してそのまま見守った。
そうしていると里の長だろう高齢のエルフに話しかけられ、何故アリスを助けたのかと訊かれて少しの間悩み。分かる範囲で答える。
本当はもっと何か別の理由があると己の直感が告げていたが、それが何なのか分からなかったため高齢のエルフには言わなかった。
ただ――
『大丈夫、君を絶対に死なせやしないさ』
毒の影響で立っていることすらできず、痛みから脂汗を流しながらもそう言い切り。エルフ族の少女を守り抜いたアリスことを美しいと思い、デュランは息を呑んだ。
それから気がついた時にはアリスを食らおうとする魔物を斬り伏せていた。
何故助ける利点のないエルフ族のそれもハーフエルフであるアリスを助けたのか、何度考え直しても答えは出なかったが。もしかしたらこれがヴィンデが言っていた愛や好きって感情なのかもしれないと一時的な答えを出した。
「――なるほどのぅ。アリスの相手をどうしたものかと、悩んでいたのじゃが外からきよったか」
「はぁっ? 何が言いてぇんだ爺さん」
「今宵は宴ということじゃッ! 皆の衆飲むぞォッ!!」
――ウオオオオオオオォォォォォォッッッ!!!!!!!!!!!
しばらくすると何故か納得した高齢のエルフが訳の分からないことを言い出した。
思わず訊き返すと高齢のエルフは宴だと言い、周囲のエルフ達もその言葉を合図に雄叫びを上げる。
やはり訳が分からず首を傾げていたデュランはいつの間にか追いついていたヴィンデから「私たちの旅にこれからはあの子も加わるってことよ」と言われ、よく分からないながら仲間が増えるのはいいことだなと納得した。
――ぼ、僕があの人と!? い、嫌じゃないですけど急すぎでしょう!!
宴の最中。デュランと結婚するよう母親と里の長から言われたアリスは頬を赤らめながらそう言い返したが、母親の真剣な表情に息をのんだ。
それから好きな相手と一緒になれるのは当たり前じゃないと言われてアリスは母親が女として当然の幸福を得られなかったことを思い出し、軽はずみな考えで言い返したことを謝ったたが。母親は苦笑しながら首を横に振った。
――だけどね、私は不幸じゃないのよ。だって私には世界一可愛くて優しい自慢の娘がいるんですもの!
そのまま抱きしめながら伝えられた母親の愛は自己嫌悪で黒く染まっていたアリスの心にしみわたり、自分の正直な気持ちへ向き合うことができた。
アリスはあったばかりの無茶苦茶で言葉遣いの荒い、忌み子である自身を真っ直ぐ見つめてくれるデュランのことが好きなのだと自覚して顔を真っ赤に染め上げた。
――分かりましたお母様、僕も覚悟を決めます。
能天気なデュランの後ろでそんな会話を繰り広げる親子のことも親代わりの花の妖精の涙の後にも気が付かず、デュランは宴の料理に舌鼓を打ち。満足するまで料理を食べます。
そうして宴を楽しんだデュランは何故かアリスと同じ部屋で眠ることになり、首を傾げていましたが。
「デュラン、僕は君のことが好きだ。あったばかりでこんなことを言うのは変だと思うかもしれないけど、本当に君のことが好きなんだ。
だから、僕と結婚してください」
その場でアリスから愛の告白をされて目を見開くのでした。