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忌み子

 少女は忌み子(ハーフエルフ)である自身のことが大嫌いだった。

 エルフ族の族長(ぞくちょう)の娘として生まれた少女の母親は、族長の娘として厳しく育てられた影響かおてんば娘で人一倍冒険心が強く。

 外の世界は危ないから決して森の外へ出てはいけないという(おきて)を破り、彼女は閉鎖的な大森林を飛び出した。


 エルフ族は精霊(せいれい)の声を聞くための長く尖った耳を持ち、精霊の力を借りることで強力な魔法を使うことができる種族だが。まだ子供である彼女にはそこまでの力はなかった。

 結果として人さらいに捕まった彼女は奴隷(どれい)として人族(じんぞく)の権力者の持ち物となり、助け出された彼女は心を(こわ)されて人形のようになっていたが。

 皮肉にも死んでいた彼女の心を生き返らせたのは身ごもっていた権力者の子への母性本能であり、母親としての愛だった。


『やぁっ! 私の赤ちゃん、とらないでっ!』


 彼女は権力者への憎悪と善意から自身の子供を魔法で()ろそうする大人達に衰弱(すいじゃく)しきった身体で抵抗し、子供を守り切った。

 しかしエルフ族は人族から一方的な宣戦布告で国を滅ぼされて隠れ潜むようになった過去があり、可愛がっていた族長の娘が無理やり身ごもらされた子供。ましてや相手は憎悪の対象である人族の指導者である。

 生まれた子供に悪感情が向かってしまうのも無理はなかった。

 そうして複雑な心境の大人達の見守る中で短く尖った(・・・・・)耳を持つハーフエルフの少女は生まれた。


 大人達の多くは生まれた子供に罪はないと憎悪を抑え込み、まだ子供である彼女の子育てを手伝い少女の成長を見守っていたが。裏で一部の大人達が少女のことを()()と呼んで嫌悪していた。

 そのためある意味当然ではあるが大人でも抑えきれない憎悪をエルフ族の子供達が抑えれるはずもなく、少女は他の子供から様々な暴言、暴力を受けることになったが。

 自身の生まれと子供達が少女の父親の手で理不尽に家族を奪われたことを知ってしまった少女は反撃することもできず、やがて忌み子(ハーフエルフ)である自身は生きていてはいけないのではないかと思うほど追い込まれてしまう。


『ごめんなさい、私が森の外に出さえしなければっ。私が全部悪いのッ!

 アリスに罪なんてないのよ! だって、あなたはこんなに優しいじゃない!!』


 やがて母親へ『僕は死んだ方がいいのかな、お母様』と()いてしまった少女は涙を流しながら己を抱きしめてそう言った母親の姿を目の当たりにして強く後悔し、確かな母親からの愛情を感じた少女は生きようと自然と思った。

 自分自身に価値を感じることができず、生きていていいのかまだ分からないけど。それでも母親の泣き顔は二度と見たくないと思ったのだ。


 それから少女は変わった。今まで一方的に暴力を受けるだけだった状況を変えるため、子供達と向き合い殴られながらも心の傷が少しでも治ればいいと子供達の親代わりをしようとした。

 そんな少女の姿は親を(うば)われた子供や人族との戦いで子供を亡くした親の心を(くも)らせていた憎しみを晴らし、自分自身の心へとしっかりと向き合わせる。

 本当はみんな分かっていたのだ。こんなものは八つ当たりにすぎないと、亡くなった家族が生きていたのならばこんな幼子(おさなご)に何をやってるんだと怒るのだろうと。


『ごめん、なさ、いッ! 本当はわかってる、あなたに罪がないことも。こんなことをしたってしょうがないってこともッ!! 

 だけど許せなかった! 母様はあの人族に殺されたのに!! なんでその娘が生きてるのよッ!l 返して、私の家族を返してよっ』


 少女は子供達の中で一番年上の女の子が叫んだ言葉に対して最初反応できなかった、それほどの衝撃だった。

 頭では分かっているつもりだったのだ、己の存在の罪深さを。しかし現実は少女の想像を超えていた。

 目の前の女の子は当たり前のように母親を持つ子供だったのだ(・・・・・)

 その日人族が攻めてさえこなければきっと、今日も母親と共に笑っていた。こんな悲しみを背負うこともなかった。

 気が付けば少女は女の子を抱きしめていた。まるで女の子が愛する我が子かのように優しく、女の子へあなたを愛している人が少なくともここに一人いると伝わるようしっかりと。


『ごめんね、僕はお母様のために生きるって決めたから死ぬことはできない。

 それでもあなたの悲しみを受け止めることくらいはできると思うんだ、こんな僕でも』


 少女は泣きじゃくる女の子の頭を静かに撫でながら己の罪を(つぐな)おうと密かな決意をした。

 母親のために死んで逃げることはできないからせめて、目の前の女の子のような人を死ぬまで救い続ける(・・・)のだと。

 それがアリスと名付けられた少女が己の魂に刻んだ(ちか)いだった。だから僕は後悔しない、絶対に。









挿絵(By みてみん)

 魔物(まもの)。魔法などに使用される生命エネルギーである魔力の湧き出る竜穴(りゅうけつ)と呼ばれる場所が死の属性である闇属性の魔力で汚染され、周囲の動植物が(へん)じた動く災害。そんな存在の群れがエルフ族の里を襲った。

 アリスは里の外れで先生として魔法を教えていた子供達を逃がすため、力の限り闘ったが逃げ遅れた子供をかばったことで致命傷を負ってしまった。

 何とか魔法で治療することで闘い続けようとしたが、やはり傷口から流し込まれた毒が治療を許さなかった。視界が回り、もうこれ以上闘うことは無理だと悟って覚悟を決めた。


「アリスお姉ちゃん! 逃げてっ!」


「大丈夫、君を絶対に死なせやしないさ」


 ――例え、僕がここで死ぬことになってもッ!!


 そう心の中で呟いた後、アリスは最後の力を振り(しぼ)って己の生徒である少女を風属性の魔法で里の中心部へ向けて吹き飛ばす。

 これで少女の命は里の大人達が守ってくれると安心したアリスは毒が回ったのか、立っていることができなくなり崩れ落ちた。


 ――ごめんね、お母様。もう泣かしたくなかったのに僕、もう死んじゃうや。


 アリスは人のため生きた人生に悔いなどなかったが、母親は己が死んだ後大丈夫だろうかと少し不安だった。

 忌み子(ハーフエルフ)である自分のことを愛情を持って育ててくれた程優しい母親だから、きっと僕なんかが死んでもショックを受けるのだろう。

 そうならないためにもまだ生きていたかったが、もう指一本動かなかった。


 ――そう言えばもっと自分を大切にするよう言われたばっかりだったけ。僕は僕なりに体調管理しっかりしてるんだけどなぁ。


 少し前に『睡眠は一刻で十分だしあまり食べ物を食べなくても周囲の魔力だけで一月は生きていられる!』と胸を張って言い切ったアリスに対して烈火(れっか)(ごと)く怒っていた母親の顔を思い出して幸せだったと苦笑し、それと同時に死にたくないと強く思ったが。その願いが叶わないことはアリスが誰よりもよく理解していた。


「――まだ、生きていたかったなぁ」


そうして人生で初めての()がままをこぼした後、アリスは目を閉じて最後の時を待つ。


「グガァッ!!」


「えっ、何っ!?」


 しかしいつまで待っても死は訪れず、何故か魔物が悲鳴を上げた。

 何事かと目を開けたアリスの視界に映り込んだのはまるで太陽のような輝きを放つ人影だった。

 もう一度よく見てみると人影は耳がハーフエルフであるアリス以上に短く、獣の特徴なども持っていなかった。


「……どういう風の吹き回しよデュラン、あなたさっきまでエルフ族を食べて強化された魔物と闘いたいなんて最低なことを言ってたじゃない。

 急に飛び出すなんて正義の心にでも目覚めたの? だったら嬉しんだけど」


「……分かんねぇ、分かんねぇけど。体が勝手に動いたんだよ」


 アリスは挿絵(さしえ)でしか見たことのない人族の特徴をもった少年と青年の中間くらいの男性に目を見開いて固まっていたが、聞き流せない言葉が聞こえて我に返った。

 声の聞こえた方へ視線を向けると何故か巨大な鉄の塊を(・・・・)抱えている妖精がジト目で人族の男性を見ていた。

 男性は先程の言葉に対する返答なのか、妖精から目をそらしながらそう言った。


「ったく、手を出しちまったもんはしょうがねぇ。()るか」


 人族の男性は腰にある刀の(つか)へと手をかけて鯉口(こいくち)切ると金色の(・・・)魔力を体に(まと)い、黄色の着物の上から羽織(はお)っている黒い羽織(はおり)が揺れたかと思えば一瞬で姿が消えた。


「えっ、何処に――」


「……やっぱ、手応えがねぇな」


「――はっ、えっ?」


 気が付いた時。人族の男性は魔物の群れを斬り殺し終え、アリスのとなりに座り込んで大きな欠伸をしていた。

 その光景を目の当たりにしたアリスはまるで伝説の剣神(けんじん)のようだと思い、そんなことはあり得ないと即座に己の考えを否定したが。ふと、人族の男性の髪と瞳の色が金だったことを思い出して固まる。

 何故なら金色の魔力、光属性の魔力を持っている証である金色の眼と(かみ)は七大竜王のリーダーである光竜(こうりゅう)ライ・オードしか持たないはずだからです。


「……そこの綺麗(きれい)な女、肩の傷と体の毒を消してやるから動くなよ」


「えぇっ! 魔物の毒を消せるウゥッ!?」


 そして希少な薬草を(せん)じた薬でなければ取り除けないはずの魔物の毒をこの場で消せるという人族の男性の規格外の言葉に驚き、思わずアリスは体を動かそうとしたが毒の影響で体中を激痛が走って涙目になった。

 人族の男性はそんなアリスの行動に優し気な笑みを浮かべながら手をかざし、金色の光が手の平から放たれアリスの体を優しく包み込んだ。

 光が収まると本当に体から毒がなくなったのか、体の痛みのほとんどが消えた。


「これでよし、里まで連れてってやるからじっとしてろ」


「だ、大丈夫です! もう動けますから!!」


 そのまま放心しているといつの間にか人族の男性の腕の中に納まっており、その態勢(たいせい)がお姫様抱っこだと気が付いたアリスは顔を真っ赤に染め上げた。

 なんとか腕の中から抜け出ようと体を動かしたが肩口から痛みが走り動きを止めた。


「暴れんなまだ応急処置しかしてねぇんだから、そのまま大人しくしてろ」


「えっ、な、なんでッ!?」


 そしてアリスは人族の男性が体の一部を抑えたことで完全に動けなくなってしまう。

 アリスの知るよしもないことですがこの時、人族の男性は体を麻痺させ動けなくするツボを魔力で効果を高めながら押しており。後一時間は動くことができないようにされていました。

 しかしながら里の仲間達にお姫様抱っこを見られるという羞恥(しゅうち)プレイを受けている最中のアリスには関係のない話でしょう。


「……もしかして、デュラン。あの子に一目ぼれした?」


 普段と違いすぎる人族の男性の行動に固まっていた妖精はそう呟きながら一筋の涙を流すのでした。

 これが後に世界を救う少年と少女の始めての出会いであり、またとある妖精の受難の始まりでしたが。そんなことはまだ、誰も知る(よし)もありませんでした。







 この世界にはかつて剣神(けんじん)(たた)えられた剣士がいた。

 剣士は十二の神が唯一神(ゆいいつしん)の座を巡り争ったことで荒廃(こうはい)した世界を救うため、新たに生まれ落ちた十三番目の神である起源神(きげんしん)ワールドと同道して旅立ち。長い旅の末に起源神ワールドと共に十二の神を討ち果たして争いを終結させた。

 そして争いを終結させ、神を打倒した剣士は剣を極め神の領域へと至った者――剣神と呼ばれた。

 そんな偉業をなしとげた剣神はやがて姿を消し、共に世界を旅した起源神ワールドは世界を見守る存在として七体の竜王を生み出した後。荒廃した世界を支える大樹ユグドラシルに姿を変える。


 世界中のありとあらゆる種族が姿を消した剣神を探したが見つかることはなく、剣神は伝説になった。

 これはそれから数百年後。好きな女のために世界存亡の危機へと立ち向かった――新たな剣神の物語である。

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