覚悟完了
「両断とはやってくれるねぇ~、流石は筆頭大魔王を殺した化け物だ~ね。
でもあっしの能力影の支配者は影そのものを実体とする能力、あっしを殺すのなら例の天下無双とやらを使わないと無理だね~。
もっともそんな隙を与えるつもりはないけどねぇ」
魔王にとって猛毒であるはずの光属性を纏った天晴で何回斬っても目の前で我が物顔で再生していく吸血鬼の姿に、このまま斬り続けても時間の無駄だと悟り。デュランは奥の手をもう一度使う決意をした。
使えば死ぬかもしれないことは誰よりも分かっていたが、影の中へ消えていったアリスを助けられるのならば死んでも構わなかった。
「よくさえずる蝙蝠だな、アリスが消えてからもう二分は経っている。
楽に死ねると思うなよと言いたかったがもういい。貴様の言う通り、使おう」
「使うって例の魔法をかい、だからそんな隙は与えねぇって――グゲェッ」
ただし短縮詠唱ではアリスを探し出してから助けに行くまで時間が足りないため、完全詠唱を使う必要があると判断し。脇差しも抜き放って二刀流になり、詠唱が終わるまでの時間を耐え忍ぶ体勢を取ったが。
目の前の吸血鬼へ対しては憂さが溜まっていたので影から新たに現れた百体の吸血鬼の男全てへと高速の斬撃を飛ばして切り裂き、バラバラになった男の間抜け面を睨み付けながら詠唱を開始した。
「――勝利だけを願うなら剣は牙と変わりなし、貫き難き仁の道。守り抜くもの人という」
「あっしらよりもあんたの方が化け物じみてるねぇ~、でも魔法は使わせないよ~」
そこまで詠唱したところで再び足下から現れた吸血鬼の男に襲撃を受けたが、棍棒へタイミングを合わせて蹴りを放つことでその一撃の勢いを完全に殺し。そのまま男の棍棒を足場に空高く跳躍して影から距離を取った。
「我が身は無辜の民がため、剣となりて敵を討つ 」
「影から距離を取ろうったって無駄なんだよねぇ~、影の世界!! 串刺しになっちゃいなよぉッ!!!」
吸血鬼の男がそう言うと一瞬でデュランを囲むように槍が配置されており、世界の時が止まったのかとデュランは錯覚して焦ったたが。もう一度よく観察したことで吸血鬼の男が何をしたのか分かった。
男は影から影へ槍を移動させることで殺人的な加速を成功させ、それを銃の弾丸のように全方位から発射することでこの絶体絶命の状況を作りだしたのだろう。
再生任せのカスかと思ったがそれなりに闘いを理解しているようだ。
普段のデュランならここで死んでいただろう、しかし――
「ただ一筋の閃光を、恐れぬのなら来るがいい――天下無双」
――剣神と化したデュランを殺すにはいささか速度が足りなかったようだ。
斬撃を飛ばしたのでも魔法を使ったのでもない、ただの技量のみでデュランが空間を斬ったことで全ての槍と吸血鬼の男は同時に斬り捨てられたが。
吸血鬼の男は何度斬られても再生するのだがら無意味だと笑おうとして失敗した。
「バカ、な。そんなバカな! ありえな――あぁ」
何故ならデュランの斬撃は男の本体である影を斬り捨てており、存在しないはずの実体を捉えられた男は絶望しながら灰になって消えた。
デュランはそんな男の最後に注意を払うことなく魔力で五感を極限まで強化してありとあらゆる情報を得ると取捨選択し、やがてアリスの上げた悲鳴で居場所を突き止めると。
空間を斬って創り出した穴で洞窟の最奥へと辿り着き、アリスを犯そうとしていた醜い吸血鬼の男を殴り飛ばした。
「死ねええええええッッッ!!!l」
「――グガバァッ!!!?? き、貴様は剣神! ど、どうやってここまできた!!!」
「大丈夫かアリス! 怪我とかはしてない――グッ!」
そんな吸血鬼の言葉を無視したデュランは急いでアリスを助け起こし、そのまま彼女が無事か確認しようとしたが。
周囲の警戒はしても救助対象であるアリスへの警戒を怠ったその代償としてデュランは、魔物の毒が大量に付着したナイフで脇腹を刺し貫かれた――アリスの手で。
「――アグリに手を出すなんて絶対に許さない!! 死んで!!! ここで死になさいよ、このクズ!!!」
「ごめんな、アリス。助けにくるのが遅れて。今、ゲホッ、アイツを倒してやるからな」
完全詠唱に成功してもこの魔法を使っていられるのは三分が限界な上、魔力の制御が繊細で難しいため。普段のように魔物の毒を無毒化することができない。
本来ならばアリスを連れて逃げるべきだが、デュランをナイフで刺して罵倒しているのにも関わらず。止めどなく涙を流しているアリスの姿を見た瞬間、逃走という言葉はデュランの中から消えた。
アリスの腹を殴ることで彼女を眠らせてベッドへ優しく寝かせた後、殺意の感情に支配されたデュランが人間とは思えない咆哮を上げた。
「――貴様らには地獄の苦しみを与えてから殺す」
そうして睨み付けられた吸血鬼達は醜い争いを繰り広げだしたが、その全てを無視したデュランは天晴と脇差しを納刀して拳を握った。
「わ、私はアグリ様が彼女を欲しがったから手を貸しただけよ。ゆ、ゆるし――」
「ふざけるなァッ、私は貴重な洗脳能力持ちだぞ!! お前は盾にな――」
――ドガンッッッ!!!!
二人の吸血鬼はデュランに拳で顎を破壊されて洞窟の天井を突き破って星になったが、即座に追いついたデュランは宣言通り拳で体を解体していく。
そして吸血鬼達の再生を許さず、殺すこともできるのにデュランはあえて再生能力を封じず。再生する吸血鬼達の体をそれ以上の速さで破壊して魔力がなくなるまで拳のみで追い詰めると。
拳にアリスが嵐流刃と名付けた技を使い、すでに瀕死の二人の吸血鬼へ向けてその拳を解き放った。
「「た、たすけ、て」」
「――嵐流刃ッッッ!!!!」
その一撃は二人の吸血鬼を文字通りに塵へと変えた。
「ゲホッ、ゲホッ――まだだ! まだ仲間がいるかもしれない、これは解除しない」
デュランは口から血を吐きながら落下していったが気合いで体勢を立て直し、アリスの元まで戻って彼女にかかっていた洗脳を解いた後。
もう一度集中して辺りの意識を探ったが、こちらへ悪意を向ける意識はなかったので空間を斬った。
「どうしたの貴方達ッ!!? 大丈夫ッ!!!」
「町中で魔王に襲われた。敵は倒したから後は頼む、ヴィンデ」
そうしてできた穴を通ってベルメーアの宿へ戻った後、空間の繋がりを断ち切り。アリスをベッドへ寝かせてから魔法を解除して魔物の毒を無毒化したが、やはり遅かったようだ。
毒その物は無毒化できても傷ついた体を元に戻す余力はなく、そのまま倒れたデュランの元まできたヴィンデの姿を目の辺りにしながら「違う、俺はいいからアリスの手当を」と言いたかったが。
その言葉を口にすることはできず、深い暗闇の中へとデュランの意識は吸い込まれていった。
「黒神様よかったのですか、素行に問題があったとはいえアグリ達は魔王です。
剣神の底を見るために使い潰して」
そう言われた黒神は歪んだ笑みを浮べながら「我々の目的はあくまでも、恒久的な世界平和なのだということを忘れるな。制御できない駒はいらないのだよ」と厳しい口調で言った後。
「もちろん、彼らが勝ったのならば約束通り彼らの罪は許すつもりだったのだが。
まさかあのアリスという少女にあそこまでこだわるとはな、やはり彼らは愚か者だ。
しかし、剣神の手の内を暴いたのは彼らの功績だ、ならば吸血鬼という種族自体の存続を私は認めよう。王としてな」
そう言ってから黒神はその姿を消した。
最強の能力持ちであるゴリラの大魔王は吸血鬼の生存が確定したことに舌打ちしたが、大魔王筆頭亡き後のリーダーとして表情を引き締め。自身も黒神と同じようにその姿を消すのだった。