這い寄る絶望
トライデント王国の王都ベルメーア
極大の山脈を天然の城壁とした地形と南部に広がる海が特徴的なこの都市は、外部からの攻撃や侵入を防ぎやすく、水質資源が豊富なため。
他国との交易が盛んに行われており、別名・水の都とも呼ばれている大都市である。
またトライデント王国はアイディール神国を明確に敵視している数少ない国の一つであり、ウィンクルム連邦国が消された今となっては世界で唯一多種族と人族が共に暮らす国となっている。
デュラン達は天晴を鍛錬した鍛冶師であるアルムにアリスの武器を作ってもらうため、ベルメーアの工房を訪れていた。
「デュラン、アルムさんってどんな感じの方なんですか? 僕の棒を作ってくれる人なんですよね」
「昔ながらの頑固一徹な鍛冶師って感じの人だよ、ちなみに俺の刀である天晴と脇差しを打ったのもアルムだ。
性格に難ありだが、腕は本物だからそこに関しては安心していい」
デュランがアリスからの質問にそう答えていると、肯定するように腰の天晴がカタカタと震えたので慌てて柄を握りしめて大人しくさせる。
そうしていると目的地である工房に着いたので三回ノックしてから中へ入り、いつも通りの鉄を叩く音を聞きながら大声でアルムを呼んだ。
しかし呼んでも来なかったので、椅子を二人分創ってその場で待つことにした。
「……懐かしい声がすると思ったら天晴を打ってやった小僧じゃねぇか、どうした。天晴が刃こぼれでもしたのか?」
「いや違う、今日はこのアリスの武器を作ってもらいたくて来たんだ。
材料はこの風竜シエルの爪とミスリルで四尺くらいの長さの棒を作ってくれ、鞘は大樹ユグドラシルの枝木で背負う感じで頼む。値段は言い値で大丈夫だ」
「僕からもお願いします、アルムさん。お手伝いできることがあったらなんでもしますので!!」
デュランが渡した材料をしばらく眺めていたアルムは納得したように頷くと、アリスの手の長さなどを測ってから材料を持って作業場の方へと歩き出した。
「手伝いはいらねぇが、この依頼は引き受けた。三日後に取りに来い」
「分かった、じゃあまた三日後にくる。頼んだ」
「失礼しました!」
デュランはそう言ってから外に出ると一瞬ヴィンデ達の待っている宿へ帰ろうか悩んだが、せっかくアリスと二人きりだしデートすることに決めた。
そして裏通りから表通りのメインストリートへ戻るとアリスが槍を持ったじいさんの石像に視線を奪われていたので、かつて唯一神を目指して争った十二の神の一柱であるポセイドンであることを教えると。
「おぉ~」と目を輝かせたので少し面白くないと思ったが、可愛かったので取りあえず頭をなでてから近くの屋台でリンゴ飴を買って渡した。
「ありがとうございます! そういえばデュラン、この神様は強かったんですか?」
「あぁ、強かったらしいぞ。この国の名前にもなっているトライデントっていうあの槍を使って津波を起こしたりとか出来たらしい。
今でもこの国の王族がトライデントをどこかに隠し持ってるって噂だ、本当かどうかは知らないがな。」
そう言葉にしながらも恐らく本当の話だろうと内心で結論づけた。
起源神ワールドと剣神を除いた他神のことを忌み嫌う起源統一教団が、海神ポセイドンを信仰するトライデント王国へ喧嘩を売ってないのが何よりの証拠だろう。
まあ、この国が攻めずらい地形なのもあるとは思うが。
「そんなことよりもそこの喫茶店へ入らないか? 少し小腹が空いてな」
「そうですね! 僕はパンケーキがいいです! 美味しそうです♪
それとお金について教えてください、何時までもデュランに頼り切りはいけないと思うので!!」
デュランはそうしたらまた一つ俺の仕事がなくなるんだが! と思ったが、アリスの意見を否定するのはありえないので泣く泣く話し出した。
「世界中で使われている主流な硬貨はユグドラシル硬貨とドラゴーネ硬貨の二種類だ。
他にもその国独自の硬貨なんかもあるが、大体この二つのどちらかを利用してることが多いからこの二つだけ覚えればいい」
「ドラゴーネ硬貨は見たことありますが、ユグドラシル硬貨は見たことないです! どうしてですか、師匠!」
「ああ、それはユグドラシル硬貨が使えるのはあの起源統一教団がある国だけだからな。
今まで見せる機会がなかったんだ、実物はこれだ」
デュランはそうしてユグドラシル金貨を見せながらどちらの硬貨も大金貨が一番価値があり、大金貨→金貨→大銀貨→銀貨→大銅貨→銅貨の順で価値が下がっていくことを教えた。
ただ買い物をする際はその国で買おうとしている物がどれくらいの価値を持っているのか知っていなければいけないため、買い物はゆっくり覚えていくことになった。……助かった。
その後は屋台で買い物をしながら宿へ向かって歩いていたが、途中で宝石店を見つけたのでちょうどいい機会だと判断し。アリスに指輪でもプレゼントするかと店へ入ると、ばったりとデート中のルイス達に出会った。
「……指輪でも買いにきたのか? 一応金は渡してるが金額的に足りてるか。
足りないんだったら追加で金をやるぞ、今俺はアリスとのデートで機嫌がいいからな」
「いや、もう買った後だし、そんな高いのを買ってないから大丈夫だ。こういうのは値段じゃないからな。
そう言うデュランの方こそアリスに結婚指輪を買ったらいいんじゃないか、エルフ族とはいえハーフなんだ。しきたりをそこまで気にする必要もないだろう?」
「ああ、元からそのつもりだ。アリスへのプレゼントはいくらでもあっていいからな」
デートという単語で頬を真っ赤に染め上げたアリスは目をキラキラと光らせているノアからの矢継ぎ早の質問攻めで羞恥心が振り切ったのか、顔をデュランの体に押しつけて隠してしまった。……可愛い。
何時までもその状態のままでいる訳にもいかないのでもう指輪を買っているルイス達には先に店を出てもらい。アリスの薬指の大きさを測り、適切な大きさの指輪を買ってプレゼントした。
「こんな綺麗で素敵なプレゼントありがとうございます、デュラン。とっても嬉しいです!」
「……アリスのが綺麗だと思うんだが、まあ気に入ってくれたのならよかった」
買ったのは青味がかった緑色のエメラルドの指輪だ。
アリスの色なのと宝石言葉が気に入ったから買ったのだがこの様子からしてどうやらアリスは宝石言葉を知らないのだろう、元々結婚指輪を贈る風習のないエルフ族出身だから当たり前だが。
欲を言うのならば左手の薬指へ着けたかったが戦闘する際危ないので、シルバーのチェーンを買って首から下げることにした。絶対に戦闘中、指輪が落ちないようチェーンは頑丈な物を選んだ。
「それじゃあアリス、そろそろ宿に帰ろうか」
「うん、そうだね。帰ろう、デュラン」
そう言って歩き出そうとした二人は突然床がなくなったような感覚と共に――下に落ちた。
「何ッ!? なんだこれは!! アリス、俺の手を放すなよ!!!」
「う、うんっ、分かった!」
とっさにアリスの腕を掴んだデュランはそのまま自分の方へと引き寄せようとしたが、地面から飛び出した棍棒に腕の骨を砕かれたことでアリスの手を放してしまった。
「おおっと、そうはいきやせん。用があるのはこちらのお嬢さんだけなんでねぇ」
「グガァッ!? テメェッ!!!」
「デュランッ!? だいじょ――」
アリスは全力で手を握っていたが、棍棒を持った蝙蝠のような羽を生やした男の吸血鬼に無理矢理腕を放され。デュランを心配しながら影の中に沈んでいった。
デュランはそのことに怒り狂いながら砕かれてない方の手で脇差しを抜き放ち、そのまま回転しながらの三連撃で棍棒ごと吸血鬼を斬ろうとしたが。怒りで我を忘れた攻撃は簡単に受け流されてしまった。
「――殺す」
「おぉ~、おっかないね~。でもいいのかい? まだ周囲に闘えない一般人がいるけども」
「関係あるか、死ね」
デュランは脇差しを納刀しながら即座に砕かれた腕を治して天晴を抜き放つと、空中を強化した身体能力で移動し。吸血鬼の男を両断するのでした。
「いててて、ここは何処だろう? デュラン、心配してるだろうし早く合流しなくちゃ」
アリスは影の中を抜けて気が付けば見知らぬ洞窟の中にいた。
なんとか辺りを見回して出口を探していると痛そうに体を抱きしめて倒れている少女の姿が目に入り、もしかしたら一緒に巻き込まれて影の中に落ちたのかもしれないと思って助け起こすことにした。
「君! 大丈夫!! どこか痛い所とかない?」
「――そうね、実は痛い所があるの」
「だったら僕が魔法で治してあげるよ、どこが痛いの?」
顔を俯かせたまま痛い所があると返事をしたので、アリスは体を少女の方へと傾けて魔法を使おうとした。
すると次の瞬間――
「えっ――ああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」
――少女はアリスの首筋に牙を突き立てて彼女の血と魔力を根こそぎ奪い取ろうと吸血を始めた。
そのまま弱っていくアリスの無駄な抵抗を楽しみながら吸血を続けた少女は彼女が意識を失うと、そのまま両腕で抱きかかえてから翼を広げた。
そしてこの状況に強い愉悦を覚えた少女は表情を歪めながらお人好しなハーフエルフのことを嘲り笑った。
「純粋な女の子を騙すのは何回やっても本当に心が痛むわぁ、クヒヒヒ」
そうしてアリスを手に入れた吸血鬼の少女は自身の主に彼女を献上するため、洞窟の奥へと進むのだった。