十秒
プライド王国へと到着したデュラン達は起源統一教団の思想に染まった国の見学という当初の目的を果たすことができないことを悟り、どうするか相談していた。
「ったく、またこれかよ。どうするヴィンデ? 助けに入るか?」
「それはもちろん――って、言いたいんだけど妙なのよね。
さっきからあの蜘蛛の魔物達は逃げる人族を襲わず建物を壊してるだけ、まるで誰かを待ってるかのようだと思わないかしらデュラン?」
デュランはヴィンデの言葉に以前竜穴で逃がした蛇の魔王が脳裏をよぎり、嫌な予感がしながらも助けに入りたそうなアリスの顔を見つめてからため息を吐き。
そしてアリスの決断次第では死地に飛び込む覚悟を決め、口を開いた。
「助けたいのか、アリス」
「えっ、いや、そのぉ……」
正直、プライド王国の住人なんぞどうでもいいとデュランは思っている。
何せ起源統一教団の支部を自国に置き、多種族を虐げることしか考えていないような奴らだからだ。
きっとここで助けに入った所で受け取れるのは罵倒だけだろう、だが。
「前にも言ったが遠慮なんかすんな、どんな無理難題でも俺がいる。必ずアリスのやりたいことを実現してみせる。
アリスはどうしたい? ゆっくりでいいから言ってくれ」
「ぼ、僕は――」
それじゃアリスの心が守れない。
デュランにとってプライド王国の住人は無価値だが、アリスの笑顔を守れるのならばそれだけで助ける価値が生まれる。
旅を共にする中でアリスの存在はそれほどまでにデュランの中で大きくなっていた。
「――助けたいです! きっと罠だって、デュラン達を危険にさらすって、分かってるのにっ!!
……それでも助けたいんです、僕も死の怖さは身にしみて分かるから」
「分かったアリス、あの蜘蛛共を俺達でぶっ潰そう!」
抱きしめることでアリスの涙を隠しながらそう言った後、デュランは天晴を抜くとその鞘をアリスに預けた。
「デュラン、これは?」
「大樹ユグドラシルの枝木で作った鞘だから、持ってれば少しの間なら守ってくれる」
アリスは鞘を見つめながら少し考え込んだ後、ポシェットから出したひもで鞘の両端を結んで肩から下げるとデュランを睨み付けた。
「……分かりました。その代わり、デュランも無理はしないでください。
何か不測の事態があったらみんなで逃げるんです。約束ですよ、分かりましたか!」
「ああ、約束するよ。心配しないでも無理はしない、何かあったらみんなで逃げよう。
ヴィンデは全員に幻惑魔法をかけながら周囲の警戒と援護! ルイス、ノア、リーベはアリスを死んでも守れ! クラウンは俺と一緒に親蜘蛛を殺るぞ!!」
デュランは指示を出し終わると山のように大きな蜘蛛へと視線を向け、あいつを最優先抹殺対象に定めながら光属性の魔力で体を強化した。
そして逃げようとしたクラウンの首を掴んでからアリスに向き直った。
「デュラン、僕は!」
「アリスは回りの小蜘蛛を頼む! 無理に殺そうとしなくてもいい。人命救助優先だ、分かったな!!」
「うんっ!」
「よしっ、いい子だ! では行くぞぉッ!!」
デュランはそう言ってから三秒ほどで親蜘蛛の元に着くと、クラウンを親蜘蛛の顔目がけて投げつけることで強制的に闘わせながら足を一本斬った。
しかし斬ったはずの足は次の瞬間には元通りとなり、親蜘蛛は二匹に増えていた。
「何っ! 消えた!?」
そして目の前から突然消えた親蜘蛛にデュランは驚きから声を上げたが、背後へ気配が突然現れたことに気が付いてなんとか攻撃を避けれた。
しかし親蜘蛛はその巨体に似合わぬ速さを持っていたようで風圧までは避けきれず、クラウン共々吹き飛ばされた。
「クソッ、即時の再生と転移に加えて超スピードだと!? どう考えても俺対策だろ、コイツ!!」
「――ご名答、その通りでございます」
思わずデュランがぼやいているとそれに対する返答が背後から聞こえてくる。
親蜘蛛をバラバラにしながら後ろへ視線を向けると、前逃がした蛇の魔王の姿が空中に投影されていた。
「どうしたよ、こっちには来ないのか卑怯者!」
「ええ、まだ私は命を落とすわけにはいかないのでね、それともう一個プレゼントを今贈りましたのでお楽しみください」
「プレゼントだと、それはなん――何ッ!?」
バラバラにしても再生することでその数を更に増して復活する親蜘蛛に苦戦しながら蛇の魔王と会話をしていると、突然上空に巨大な山が現れた。
それもただの山じゃない、汚染された竜穴の気配を感じる。あの山からッ!
「もうお分かりかと思いますが、あれは汚染した竜穴を内包した山です。
そして今から三十秒後に爆発します、早めに逃げた方がいいですよ? ふふっ」
「このクソ野郎め!」
「ほめ言葉ですな、ありがたくいただきましょう。ではごきげんよう」
そう言い残して消えていった蛇の魔王を心の中で徹底的に罵倒した後、様々な可能性を考えたがどれも時間が足らず出来そうになかった。
結論は出た、アリスの願いを叶えるためには奥の手を使うしかない。それも十秒しか持たない短縮詠唱で!
やれるのかと一瞬自問してから、アリスのために闘う俺に不可能はないと笑みを浮べた。
「我が身は剣となりて敵を討つ――天下無双っ」
そして――剣は解き放たれた。
『十秒』
脇差しも抜いて二刀流になったデュランは周囲の親蜘蛛をほぼ同時に蹴り上げて空中へ移動させた後、二本の刀を巨大化させて空間ごと斬ることで親蜘蛛を削り殺し。削りきってから空気を足場に山へ向かって加速した。
『九秒』
山を全力で蹴り上げて空の彼方目がけて吹き飛ばしてからもう一度空中で追いつくと、二本の刀で十文字に山を切り分けたが爆発しない。……ブラフだったようだ。
山の中心部にあった魔力の渦へ突っ込み、内部からの浄化を試みる。
『八秒』
体が荒れ狂う魔力でずたぼろになりつつも何とか浄化し終わったので、残りの破片を追いかけて再び加速した。
刀のままだと山を削りきるのに時間がかかるので巨大な刀身を嵐のように荒れ狂う魔力の刃に切り替える。かつての光竜のブレスのような刃は厚く、これならさほど時間をかけずに山を壊し切れそうだ。
『七秒』
追いつくと両手の刃を全力で振るいつづけて山を粉々にした後、デュランは時間切れで動けなくなる前に下の小蜘蛛を殺すため。速度を上げて落下する。
『六秒』
何故か地面に埋まっていた小蜘蛛も含めて、全ての小蜘蛛を念のため親蜘蛛のように削り殺した後、アリスとヴィンデを連れて荷車へ連れて行って二人の安全を確保し。プライド王国まで急いで戻った。
その際、アリスから約束を破ったことを怒られたが、なんで泣いているのか分からなかった。
だが蛇の魔王のせいなのは間違いないので、奴は絶対に殺すと決意した。
『五秒』
蛇の魔王が追加で転移させてきた親蜘蛛と同じ大きさの魔物を再び巨大化させた二刀で削り殺した後、もうこれ以上この場所へ転移させることが出来ないようにプライド王国周辺の空間の繋がりを全て断ち切った。
……時間がもう残り僅かだが、これで終わりだろう。なんとか全治四日ですみそうだ。
『四秒』
そんなことを思っていると空中へ再び現れた巨大な山の姿にデュランは驚愕しながら蛇の魔王の能力を勘違いしていたことを悟り、それへの対処のため一か八か先程と同じように創り出した魔力の刃を不安定にしてから飛ばして山の近くで爆発させた。
気配通り、今度はただの山だったようで何事なく消えたことに安堵しながら極限まで集中した。
『三秒』
そしてこちらへ干渉しようとしている意識を見つけ出すと空間を切り裂き、蛇の魔王の元へ直通の通路を創り出した。
――これで終わりだッ! 残りの体力全部くれてやらぁ!!!
『二秒』
目を見開く蛇の魔王が能力を発動するよりも早くその体を斬り刻み、親蜘蛛と同じように空間ごと斬って削り殺してやった。様あ見やがれ!
『一秒』
蛇の魔王の仲間が通路を利用できないよう空間の繋がりを断ち切った後、アリス達の元に戻った所でデュランは限界を迎えて口から血を吐いた。
もうすでに限界を超えていたが最後の力を振りしぼり、アリスへ血がかからないよう口を手で押さえたが。それで精一杯だった。
『零秒』
そのまま倒れたデュランを中心に赤い血だまりが広がった。
「素晴らしい――素晴らしい強さだ! まさか筆頭を殺せる者がいるとは思わなかったぞ。
筆頭の報告を聞いて威力偵察を命じたが、どうやら正解だったようだな」
部下であった蛇の大魔王の視界を通して剣士の男の危険度と厄介さを目の当たりにした黒髪黒目の男――黒神は立ち上がり、計画を見直すため。近くの部下に各地へ散らばる幹部の招集を命じた。
「さあ、恒久的な世界平和のため! ゲームメイクを始めよう!!」
そう言いながら笑みを浮べた黒神は腕を振るい、その場から消えるのだった