09 一難去ってまた一難
僕が唖然としているのにも気づかず、マキナは夢中で、いかにゲイルたちに復讐するかを語っていた。
「やつらは剣や弓で反撃してくるでしょうが、私はそれを全部かわしたり、弾き飛ばしたりして、やつらに『こ、攻撃が全く通じないよ~』『こんなの絶対勝てないよ~』と、目一杯の屈辱と絶望を与えてやります」
「そうして、血まみれになって地べたに這いつくばったやつらは、私に命乞いをします。『た、助けてくれ~』『命だけは~』……しかし、私はそいつらを思い切り見下しながら、こう言ってやります。『ざまぁ』と」
「言うと同時に、私はサーベルの一振りでまとめてやつらの首をはねます……知ってますか? 人間っていうのは、首をはねられてもしばらくは生きてる、っていう説もあるんですよ。そこで私は、まだ意識があるそいつらの首を蹴り上げて、リフティングをしてやります。やつらは、耐え難い激痛と屈辱の中で死んでいく……と、こういうわけです」
得意げな顔でそう話を終えたマキナに、僕は言った。
「……やめろよ」
「え?」
「そんなひどいことはやめろって言ったんだ!」
「ひっ……!」
突然、僕に怒鳴りつけられて、マキナは怯えたような表情になる。
……それを見て、少し言い過ぎたかと思った僕は、
「ご、ごめん……」
と言って声のトーンを落としつつ、こう続けた。
「そりゃ、ゲイルたちがやったことは仲間への裏切りで、冒険者として一番やっちゃいけないことだ……でも、こうして僕は生きてる。だから、ゲイルたちを殺すことはないよ。ましてや、そんなむごい殺し方をするなんて」
「そ、そんな!」マキナは食い下がった。「そんなの甘すぎますよ、カケルさん! そいつらはカケルさんを殺そうとしたんですよ! 私、絶対に許せないです!」
「うん……そりゃ僕だって、このまま何もしないわけじゃないよ」
あれだけのことをやられて黙っていたら、今度は僕がナメられて、冒険者ギルドの中で居場所をなくしてしまう。
「だから、街に帰ったらギルドに報告して、ゲイルたちを追放処分にしてもらう。今回は、それが落としどころだ」
「……」
「不満があるの、マキナ?」
「いえ、決してそのようなことは……」
「言いたいことがあるなら、言いなよ。いま怒ってる君の方が、素の君に近いんだろ?」
「そ、そんなことはありません! カケルさんにお仕えする私も、カケルさんの敵と戦う私も、どちらも同じ私です。私はただ……」
「ただ?」
「……私は、カケルさんの敵を絶対に許さないようにプログラムされています。けど、カケルさんが敵に情けをおかけになることは、想定していませんでした。だから、少し混乱しているのです」
「別に、情けをかけたわけじゃ……」
「では、どういうことなのでしょう?」
「そ、それは……」
「……申し訳ありません。カケルさんを困らせてしまいました。自動人形として、出過ぎた真似をしました。お許しください」
「……」
急にまた元の澄ましたに戻って、黙りこくってしまったマキナを見て、僕は急に、彼女との間に壁を感じた。
……マッシュやミリアム、そしてゲイルとの間でも感じた、心の壁。
まただ。いつの間にかまた、僕と他の人との間には、心の壁ができている。
(……僕という人間には、何か、致命的な欠陥でもあるんだろうか?)
僕がそんな風に感じて、気を落とした、その時だった。
僕とマキナは、同時にハッとなって、立ち止まる。
まだ遠い。
けど、それは確かに……甲高い剣戟の音、野太いうなり声。
……戦いの音、だった。
それはどうやら、街道から外れた森の中から聞こえてくるようだった。
「回避しましょう」
マキナが言った。
「おそらく、誰かがモンスターに襲われているんです。好都合です。私たちはこの隙に先へ進んで、無事に通り過ぎて……」
「何言ってんだよ!」
僕はさすがに怒った。
「助けるんだ! 行くぞ、マキナ!」
「えっ、あっ……はい!」
僕たちはそうして、駆け足で森の中に分け入っていった。
しばらく走ると、開けた川原が見えてくる。そこが戦場だ。
僕たちは川原に面した茂みに隠れて、様子をうかがった。
どうやら、川で水を汲むために街道を外れた冒険者たちが、ゴブリンの群れに襲われているらしい。
無数の小石が転がる川原で、ゴブリンの群れに取り囲まれているのは……
「ゲイルたちじゃないか……!」
「ええっ!? ゲイルってあの裏切り者の?」
マキナはそれを聞くと、まず驚き、ついで急にやる気を失ったようだった。
「カケルさん、ほっときましょうよ、あんなやつら。自業自得ですよ。『ざまぁ』ですよ」
「そんなこと言っている場合じゃないだろ!」
言い争っている僕らの耳に、ゲイルの戸惑った声が聞こえてくる。
「な、なんでだ……なんでゴブリンなんかに、こんなに苦戦してるんだ!?」
ゲイルは、にじり寄るゴブリンたちを大剣を振り回して追い払いながら、困惑を隠しきれなかった。
「バカだなあ」それを見て、マキナが言う。「ダメージが全然足りてないんですよ。範囲攻撃もほとんどないみたいだし。だから敵の処理速度が遅すぎる。敵の処理が遅くなると、被ダメージも増えるから、どんなに頑丈な盾役でも長くはもたない」
マキナはため息をついて、こう続けた。
「ま、算数もまともにできないような人には、ダメージ計算なんて、高等数学みたいなもんなんでしょうけど。まったく、あんなのが街で一番のパーティのリーダーだなんて、悪い冗談ですよ。きっと前から、カケルさん一人でもってたパーティーだったに違いありません」
「バカにしてないで、とにかく助けるぞ!」
「はーい……っ! カケルさん、危ないっ!」
「えっ?」
マキナがいきなり僕におおいかぶさってきて、僕たちは地面に倒れ込む。
次の瞬間、すぐそばの木の幹……さっきまで僕の頭があったところ……に、短い矢が突き刺さっていた。ごく原始的な素材と構造の矢。ゴブリンが使う物だ。
間一髪。マキナが助けてくれなかったら、死ぬところだった。
そのマキナは、すぐに立ち上がって、サーベルを生成して身構える。僕も立ち上がって杖を構えた。
気がつくと、僕たちもまた、ゴブリンの群れに周囲を取り囲まれていた。