06 最強の前衛(前編)
呆気に取られる僕を尻目に、マキナはゴーレムをにらみつけながら言う。
「<『イベント:脅威 - 出現』の発生を検知。例外をキャッチ。条件判定、全部省略。直ちに『プロシージャ:脅威 - 対処』を実行します>」
「な……マキナ?」
「カケルさん、敵です。武器使用の許可を」
「え?」
「許可するって言えばいいんです」
「きょ、許可します!」
「<サーベル生成>!」
マキナが手を構えてそう唱えると、空間からその手の中へと光の粒が集まってきて……一本のサーベルを形成した。
ビュンッ……という風切り音を立てながら、マキナはそのサーベルをゴーレムに向かって構える。
「き、君……」僕は驚愕していた。「戦闘も、できるの?」
マキナは、僕とは対照的な、自信たっぷりの声で言った。
「エレメンタル系の魔法は魂のある人間にしか使えませんから、魔法は一部の生成系のやつしか使えません……けど物理なら、一通りのスキルを修得してますよ……来ますっ!」
マキナが警告した瞬間、ゴーレムが両腕を地面に激しく打ち付け、その反動で空高く跳躍した。
高速で飛んでくるゴーレムの狙いは、マキナだった。着地の勢いそのままに拳を打ち付け、マキナを押しつぶす意図。
「マキナっ!」
マキナが一撃で粉砕される未来を予想した僕は、彼女の名を叫んだ。
……だが、当のマキナは、眉一つ動かさなかった。
ゴーレムが、着地する瞬間。
マキナは、サーベル一本でそれを受け止めた。
衝撃波が床を伝わって広がり、僕の足はふらつく……が、どうにか倒れずに耐えた。
そしてマキナは……まだ立っていた。
それどころか、サーベルでゴーレムの拳を受け止めながら、余裕の表情だ。
「瞬間ダメージ、693。とすると、DPSはざっと200とかですか? ……その程度じゃ、私にダメージは通りませんよ?」
言い終えるが早いか、マキナは「たあああっ!」というかけ声と共に、サーベルを振り抜いた。
瞬間、マキナの何倍もの巨体を持つゴーレムが、まるで放り投げられたボールみたいに、軽々と宙を舞う。
ゴーレム、数十メートル後方に弾き飛ばされて、背中から着地……いや、それは墜落と言った方がよかっただろう。
再びの衝撃波をやり過ごした後、僕は、ついさっきまでとは正反対の意味で驚愕していた。
「す、すごい……!」
「いえ、喜ぶのはまだ早いです、カケルさん」
「……え?」
マキナの冷静な声に、僕は我に返る。
ゴーレムが起き上がってくる。そのゴーレムに目をやりながら、苦々しそうな顔でマキナは言う。
「こちらの被ダメージはゼロですが、向こうにもほとんどダメージが入っていません。あのゴーレムには非常に強力な物理耐性があります。私は倒されはしませんが、私では倒すこともできない」
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「カケルさん、ステータス見てないんですか? あのゴーレムは魔法耐性もかなりあるようですが、物理よりマシです。ここは魔法で叩くしかないですよ」
「すてー……たす……?」
「え? ステータスがわからないんですか……ああ、理解しました。私が作られた時より、世界の魔法レベルが低いんですね、なるほど」
「つ、つまり魔法で攻撃しろってこと?」
「そういうことです……きっとあのゴーレムは、カケルさんに与えられた試練なんです。カケルさんが私のご主人様に相応しいかどうか、試すための」
「え……それじゃ君は、いままでにもこれと同じことを?」
「いいえ、安心してください! カケルさんが私の初めての人ですよ!」
「な……」
「クスッ。照れてる照れてる。可愛いですねー、カケルさんって」
おかしそうに笑った後、マキナは剣を構えた。
「……私が前衛になって敵を引きつけます。カケルさんは思いっきり詠唱して、派手に一発ぶちかましてやってください」
「そ、そんな簡単に……」
「じゃ、私、行ってきますんで!」
僕の返事を待たずに、マキナは走り出していった。速い。風が吹き抜けるような、文字通りの疾走だ。
あっという間にゴーレムに接近したマキナは、
「ほら! こっちこっち!」
などと言いながら、目にも止まらぬ速さでゴーレムに剣を振るう。
それに対し、ゴーレム、苛立たしげに咆哮し、拳を振り下ろす。
だが、マキナはそれを最小限のステップでひらりとかわし、すぐ横に落ちてきた拳にまで剣を振るう。
「ほらほらっ!」
ゴーレム、さらに咆哮して、今度は腕を水平に振り回すが、マキナは真上に跳躍して、容易くそれを回避する……。
す、すごい……。
「……って、いつまでも感心してる場合じゃないな」
そう思い、僕は詠唱を始めた。
すぐに詠唱は完了し、僕は発動の呪文を口にする。
「<ファイアボール>!」
空間から出現した巨大な火の玉が、ゴーレムに向かって突進する。
着弾の直前、マキナは飛びすさって距離を取った。上手い。そうしてくれると、後衛としてはやりやすい。
ファイアボール、ゴーレムを直撃。周囲が炎に包まれる。
「やったか……! ……いや!」
『グ……ウオオオオオオオオオオォォォッ!』
炎を振り払って出て来たゴーレムは、僕の目から見ても、ほとんどダメージを受けていなかった。
なんてこった……これじゃ、何発撃ち込めばいいかわからないぞ。
ゴーレムが倒れる前に、こっちの魔力が尽きるんじゃないか……?
だが、迷っている暇はない。僕は次のファイアボールの詠唱を始めた。
……ところが、詠唱が半分ほどのところまで来た、その時だった。
マキナと戦っていたゴーレムが、急に僕の方へ頭を向けたかと思うと……腕をムチのようにしならせて、腕を構成していた岩の一部を、僕に向かって放り投げてきたのだ。
「なっ!?」
弾速が速すぎる! 避けられないっ……!
そう思った瞬間、僕の目の前まで飛んできた岩が、真っ二つに割れた。