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49 お待たせしました!



 突然の攻撃を受けて着陸したドラゴンは、明らかに混乱していた。

 しきりに首を回して周囲を見渡しているが、視線が定まっていない。

 どこから攻撃を受けているか分からない、という様子だ。


 そこを狙って、僕はまた生け垣の陰から魔法を発動させる。


「<トールハンマー>!」


 再び轟音と共に、雷撃が次々とドラゴンに襲いかかる。

『ギャアアアアアアアアア!』

 さしものドラゴンも、痛切な悲鳴を上げて身をよじった。

 ……だが、ウロコが少し焦げた程度で、大きなダメージにはなっていなさそうだ。


(やっぱり、時間稼ぎにしかならないか……)


 生け垣の後ろを走って場所を移動しながら、僕の手は悔しさのために震えていた。

 いま僕がやっている戦法は、しょせんは弱者の戦略。

 本物の強者がその気になれば……一瞬で打ち崩されてしまう。


『アアアアアアアアアアアアアアッ!』


 その時、ドラゴンは天を仰ぎながら雄叫びを上げたかと思うと、口から巨大なファイアボールを吐いた。

 一発だけではない。二発、三発、四発……ドラゴンは、間を開けずにファイアボールを撃ちまくり、周囲にバラまく。

 その狙いは明らかだった……僕が身を隠せるような生け垣や石垣が、次々とファイアボールの直撃を受けて破壊され、炎上していく。


 ……ドラゴンの強さの秘密は、その巨体からくる身体能力や、飛行能力、魔力を帯びたウロコによる防御能力もさることながら……最も大きい要素は、ほぼ無詠唱で何発でも高威力のファイアボールが撃てることにある。

 そのためドラゴンと戦う時は、最低でも数十人の魔法使いが交代で詠唱することによって、常に高出力の魔法防壁を張り続ける体制がないと勝負にならない。


 隠れ場所を次々に破壊され、僕の行動範囲は急速に狭められつつあった……これでは、見つかるのも時間の問題だ。

 そして、もし見つかれば……前衛のいない僕が、ドラゴンの攻撃から生き残る術はない。


 終わりの時が、近づいて来ていた。

 ……だがそれでも、僕は攻撃の手を緩めない。


 ここで僕が攻撃をやめれば、ドラゴンは僕がファイアボールに巻き込まれて死んだと勘違いして、この場を通り過ぎ、僕の命は助かるかもしれない。

 けれど、それでは大勢の避難民が犠牲になる。


 だから、僕は……


「<トールハンマー>!」


 雷撃が群れを成して、次々とドラゴンに襲いかかる。



 船尾にいる船頭が漕ぐ小舟に乗って、マキナは川を渡る。

 その視線は、一心に向こう岸へと注がれていた。


 マキナの張りつめた心は、雷鳴が轟くたびに、一瞬だけ緩んだ……輝く稲光と響き渡る轟音は、カケルがまだ生きて戦っている証だったから。


 だが、雷鳴が虚空に消えてしまうと、マキナの心は何度でも、不安と焦燥に立ち戻った。早く、もっと早くと、舟の遅さを呪いたくなった。


(なんだろう、この気持ち……)

 マキナは胸を手で押さえながら、経験したことのない感情に戸惑っていた。

(これが……もしかして……好きってことなの?)


「お嬢さん」

 その時、船尾にいる船頭に話しかけられて、マキナはハッと振り返る。

「なんですか?」

「……本当に、いいのかい?」

「ええ……全ては覚悟の上です」

「わかった……向こう岸には、誰かがつないだままにした馬があるから、そいつを使うといい」

「はい。ありがとうございます」


 そう言って前に向き直り、マキナは再び反対側の川岸に目をやった。


「お願い……間に合って」



(やばい! 見つかった!)


 ドラゴンと目が合った瞬間、僕はすぐに詠唱を中断し、石垣に隠れるように身をかがめて、一目散に走った。


 瞬間、僕のすぐ後ろの石垣が、ファイアボールの直撃を受けて爆発、四散する。石垣の破片が天高く舞い上がった後、走る僕の背中にパラパラと落ちてくる。


「くっ!」


 僕はなおも走った。後方にファイアボールが着弾する音と振動が、そして熱波が、二つ、三つと立て続けに襲ってくる。

 だが、四つ目は少し様子が違った……少しだけ間隔を開けて放たれたそれは、僕の後ろではなく、前方に落ちたのだ。


「ぐっ!」


 僕はうめきながら、ローブの袖で顔を覆って、降りかかってくる火の粉から身を守った。


 ……だが、目の前で、そして背後で、燃え盛る炎が逃げ道を完全に塞いでいるのを見て取った僕は……これ以上の抵抗が無意味であることを悟った。


(ここまでか……)


 死を覚悟した僕は……ゆっくりと立ち上がり、石垣の上から身体を出して……ドラゴンの前に身体をさらした。


 草が焼ける匂いがする。周囲に立ちこめる黒煙が、視界を滲ませる。

 赤い炎の光が、周囲の空気に乱反射して、まるで、この世のものではないかのような空の色を作り上げていた。


 そんな終末じみた光景の中、僕は巨大な赤いドラゴンと対峙していた。

 ドラゴンと目が合う。爪も牙も届かないが、ファイアボールなら絶対に外さない距離だ。


 だがドラゴンは、すぐには僕を殺さず、しばらくその鋭い眼光で僕をにらみつけていた。

 僕もドラゴンをにらみ返す。


 上空では、三体のリトルドラゴンが円を描くように飛び続けていて、この戦いの結末を見届けようとしていた。


 瞬間、ドラゴンが口をカッと開いた。

 僕も杖を構える。


 ……だが、僕の行為は全くの無意味だった。

 僕の詠唱がまだ十分の一も終わらないうちに、ドラゴンの口腔には、既に赤い炎が渦を巻いて生まれようとしていたのだ。


(……ああ、時間が足りない)

 その時、僕は走馬灯でも見るかのように、あの人のことを考えていた。

(いま、彼女がいてくれたら……)


 だが、その思いも虚しく、ドラゴンの口の中の炎が爆発するかのように急激に大きくなったその時……僕は、ついに終わりが来たと思った。


 ……その時だった。


「<サーベル生成スポーン・サーベル>!」

 最初、それは幻聴だと思った。


「……<剣聖ソードマスター>!」

 でも……それは現実だった。


「はああああああああっ!」

 瞬間、白刃が赤い空を切り裂くようにきらめいて……


『ギュアアアアアアオッ!?』

 顔を横殴りにぶっ叩かれたドラゴンが、悲鳴を上げ、轟音と大振動を伴いつつ、地に倒れ伏した。


「……!」

 そして、呆然とする僕の目の前に……一人の、最強の剣士が舞い降りる。


 それは、男装姿でも、質素な青いワンピース姿でもない……初めて会った時と同じ、華やかな青いドレスを着た……


「……マキナ!」


 最強の前衛、その人だった。

 サーベルを手にしたマキナは、スカートを翻しながら僕の方に振り返り……あの美しいカーテシーをして一礼する。


 どこか懐かしい感じさえする、マキナの軽やかな声が聞こえた。


「あなたの忠実な自動人形……もとい、もっとすごい大事な存在かもしれないマキナちゃん!」

 マキナは顔を上げ、ニッコリと、どこかから音さえも聞こえて来そうな最高の笑顔になって、こう言った。

「ただいま参上、ですっ!」


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