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24 破滅への道、そして……


「ハ……」

 ローラの甲高い笑い声が、法廷の静寂を破った。

「ハハハハハッ! アハハハハハハッ!」


「何がおかしい!?」


「い、言うに事欠いて、人形のそいつに心があって、人間の私に心がないと? バカバカしい! これが笑わずにいられますか! あなた、頭がおかしいんじゃ……」


 その時、ローラは、自分が言ったことに、自分でハッとしたような表情になった。


「そ、そうですよ……カケル・アーウィン! あなたは頭がおかしい! 人形に心があるなんて言い張るのが、その証拠だ! 頭がおかしい……つまり心神喪失だ! 裁判長! 私は、原告は心神を喪失しているものとして、訴訟を提起する資格がないと主張します! 訴訟の棄却を求めます!」


「な、なんだって……!?」


 今回の訴訟は、形の上では僕が原告となって、冒険者ギルドの規約変更の無効化を求める訴訟となっている。

 つまり、訴訟の棄却が認められれば、被告である冒険者ギルド(=ローラ)の主張が通ることになる。


「それだけじゃ済みませんよ、カケル・アーウィン!」ローラは言った。「ご存知ですか……心神喪失は、冒険者ギルド加入の欠格事由です!」


「くっ……!」


「お気づきのようですね! ……つまり、あなたが心神を喪失していることがこの裁判で認定されて、私がそれを世界中のギルドに言いふらせば、あなたはこの街だけじゃない、世界中の全ての冒険者ギルドに加入することができなくなる! あなたは冒険者ギルドから()()されるんですよ! もう二度と冒険者はできない!」


 ローラは、狂気じみた笑みを浮かべながら、両腕を振り上げて、快哉を叫ぶかのように言った。


「アハハ、こいつは傑作だ! 破滅ですよ! あなたは破滅するんだ!」


 そんなローラを見て、僕は思わず歯ぎしりした。


 ……この街のギルドを追放されるぐらいなら、覚悟はできていた。

 裁判の結果でマキナを取り上げられたとしても、マキナはクエスト中に行方不明になったとでもいうことにして、僕は人間になりすましたマキナと共に、他の街に移って冒険者を続けるつもりでいた。


 けれど、僕自身が、世界中の冒険者ギルドから追放されることになってしまったら……手の打ちようがない。

 そんなことになったら……僕はもう、冒険者を続けられない。

 まさに、身の破滅だ。


 口ごもった僕の弱みを嗅ぎつけたのか、ローラは畳みかけるように言ってきた。


「破滅するのが嫌なら、認めなさい! 自動人形には、心がないと! 自動人形は、ただのモノだと!」

「そして、認めなさい……自分の負けだと!」

「……そうしてくれれば、心神喪失の認定だけは、特別に見送ってあげてもいいですよぉ……? ま、自動人形は、予定通りギルドがいただきますけどねえっ!」

「キャハハハハハハ! キャハハハハハハハハハハハハッ!」


「……」


 正直な話……僕の心には、迷いがあった。

 このまま、認めてしまうべきなんじゃないかって言う僕も、確かに、どこかにいた。


 いったんここは負けを認めて、詫びを入れて、心神喪失の認定さえ回避してしまえば、あとでいくらでも手の打ちようはある。それこそさっきの、マキナは行方不明になったことにするプランを使ったっていい。


 だから僕は、本当の本当にギリギリのところまで、認めてしまうところにまで追い詰められていた。


「……嫌だ」


 でも、最後には踏みとどまった僕を、僕は死ぬまでずっと、誇りに思うだろう。


「………………………………ハア?」


 素っ頓狂な声を出したローラに向かって、僕は決然と言う。


「……たとえ、僕の人生が破滅するとしても……マキナには心がないなんて、そんなことを認めることはできない」

「……たとえ、この場を切り抜けるための、一時的な嘘だとしても……僕はただの一度であっても、そんなことを認めることはできない」

「だって、マキナには心がある……それが、真実だから」


「……はあ? はああああああああああああああああああっ!?」


「カケルさん!」

 その時、マキナが僕の腕に取りすがってきた。

「もうおやめください! 私なんかのために、一生を棒に振るなんて、そんなことをしないでください! ……あなたほどの才能なら、きっと私がいなくなっても成功できます! でも、ギルドを追放されてしまったら……!」


 ポロポロと目から涙を流しながら、マキナは言う。


「私は今日、カケルさんがおっしゃってくださった言葉だけで、ずっと幸せでいられます……! これから先、どんな人から、どんな扱いを受けても、カケルさんのお言葉を思い起こして、耐えていけます……! だから! だからどうか、私のためにそんなことをなさらないでください! お認めになってください! 私には、心なんかないと!」


「マキナ……」

 僕は、マキナの頬に手を添えて、親指でマキナの涙を拭いながら、こう言った。

「それを聞いて、僕は安心したよ……だって、そんなことを言ってくれる子に、心がないはずがないじゃないか……僕は正しいことをするんだ。その結果として破滅するなら、それでもいい」


「そんな……」


「マキナ……」僕は重ねて言った。涙を流しながら。「昔、戦争で家族をみんな失った時、僕には何もできなかった……だから、次に大切な人に危機が訪れたら、僕はどんなことをしてでもその人を守ろう、って決めてたんだ」


「カケルさん……!」


「ハア……ゴチャゴチャとうるさいですよ」ローラが吐き捨てるように言った。「反吐が出ますね。いい歳した男が、人形相手に、安っぽいメロドラマを演じるなんて……裁判長!」


 ローラは、裁判長に向き直って言った。


「もはや、これ以上の審理の必要はないと思います。どうか判決を!」

「……そのようですね」


 それまで腕組みをして様子を見守っていた裁判長は、腕組みを解いて、手にした木槌を打ち鳴らした。


「……全員、起立!」


 全員が起立して、裁判長に向かって向き直る。


 その時、僕はこっそりと、マキナと手を握り合ってささやき合った。

「マキナ……僕と一緒に逃げよう。苦労をかけるかもしれないけど、ついてきてくれるか?」

「はい、もちろんです。どこまでもお供いたします」


 そして、裁判長が口を開く。


「判決を言い渡します……」


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